スメラギ 3
商会という組織が仕事を得るには、スメラギの名前が必要だった。零の目的は名前だけ。ワタシから得たそれだけを使って商売を始めたわ。
貴族という生き物たちは、戦う以外を求め始めていたからうってつけだった。
魔王がそうするなら、貴族もそうする。貴族がそうするなら、従う人間もそうする。
この仕組みは瞬く間に広がっていった。誰も気づかない内に、商会はなくてはならないものになった。
商会が大きくなるにつれて、この地も発展していったわ。物も人もたくさん集まってきた。
──ああ、ワタシはスメラギと違うことができるのだと。あの男がしなかったことをして、変えていけばいいんだと、そう思ったら世界が違って見えた。
それまではアナタの見てきた貴族と大差なかったと思う。でも、今は違うと自分で分かる。
この国の一人一人の顔と名前も覚えてるし、これから人数が増えていったって全員覚えるわ。
ワタシの国にいる人間は、みーんなワタシのものなんだから。誰の好きにもさせないし、誰にもあげないわ。
ムツの国も手に入れる。ムサシの国も同様に頂くわ。報告なんて後でいい。
これで五つ。ワタシは国を手に入れることになる。
そうやって、最後には全部手に入れてみせる。だって、この世界は一度救われたのよ?
勇者様のやったことをなかった事になんてさせないわ。その道筋はもう見えた。
♢
「だからアナタは、もう好きにしてくれていいわよ?」
「……えっ?」
「好きに動いてくれていい。何も強制しない。妹のことを優先しなさいってことよ」
「どうして……」
「もう十分働いてくれたわ。貴族を一人消してくれた。それ以上は望まない。アナタを支援してあげることはできても、回復手段はおそらく無いわ。本当に探すしかない」
「…………」
「確かな事は言えないけど、両方の医術が必要になるはず。それを持つ医者の噂がある」
「噂、そんなもので……」
「噂があるってことは情報の元だって必ずあるし、商会の情報網にかかるくらいだから可能性は大いにある。それとも信じないの? アナタが諦めるの? 何もしないうちから」
そうだ。僕はそのために異世界に来たんだ。
「アナタは弱いわね。だから間違えるし踏み外す。けど、それだけは譲れないでしょ? 絶対に」
譲れるはずがない。
「だから、それを探しに行きなさいな。これは必要ない」
そう言ってトモエさんは一枚の便せんを燃やす。着いた先。そこの貴族に渡してくれと用意された封書を。
本当ならムツの国で渡すはずだった封書。 ……何故だか渡せなかった。
「この紙にはアナタたちにやらせることが書いてあった。そんなの必要ないわ」
「医者は探します。だけど、この世界も救いますよ。こんな国があるのなら、貴女みたいな貴族がいるのなら、不可能じゃないはずだ」
「……聞いてたの、話?」
「好きにしていいんでしょ? なら、勝手にやります」
「……呆れた。お好きにどうぞ」
こんな人がいるのなら。支配者の娘にして、自らも支配者であるはずなのに。現にこの国は彼女の、トモエさんのもののはずなのに。
活気のある街。ムツとは違う意味で発展していく国。やがては日本全土を支配下に置くというトモエさん。
支配者と仲のいい子供たち。その子供たちと仲のいい支配者。どうかしてる……だけど、こんな国があるのなら。こんな支配者がいるのなら。