スメラギ
♢34♢
何が違う? 何故、こんなにも違う……。
同じ貴族と呼ばれる奴が支配する土地なのに。
どうして……。
人々は笑ってる? こんなに当たり前に。
行き交う人々は誰もがいきいきしていて、話し声すら楽しそう。
嘲りでも、嘲笑でもない……なんだこれは。
これじゃまるで、普通の街じゃないか──。
♢
「黒崎さん、どうされました。先ほどから顔色が優れませんが?」
そう、前に座る女性に心配を口にされる。
自分でも分かるくらい顔色は悪いだろう。だって、こんなものを見せられて平静を装えない……。
「大丈夫です。少し乗り物酔いしたみたいで……」
こう言っておけばいいだろう。理由としてはあり得ることだしな。
ムツからの移動はずっと馬車だったんだ。酔ったとしても不思議はないはず。
「いけませんね。少し歩きましょうか。もう目的地は目と鼻の先ですから」
女性が合図すると馬車が止まる。
先に下りた女性に促され、この土地に足をつけた。スメラギと呼ばれる貴族の支配する土地に。
「どのくらい歩くんでしょうか?」
「それは何故ですか?」
「人を待たせるのは好きじゃないので……」
この国。イワキへは呼ばれてきた。
この国の貴族直々にだ。
「ご心配はいりません。待ってなんていませんので」
女性の言葉の意味が分からない。自分を招いたはずの相手が待っていないとは、どういうことだ?
まぁ、いいさ。会えばわかる。行ってみよう……あの城に。
目指す場所は城。ムツの国のような西洋の城ではなく和風の城。この街の中にそびえ立つ、その建造物に……。
「──どちらに行かれるのですか?」
「えっ、あの城に行くんじゃ……」
「普通はそう思いますよね……。黒崎さん、あなたがムツの国で会った貴族は忘れてください」
どういうことなのかと疑問を口にしようとした時、僕たちの間に子供たちが駆け寄ってきて、どういうことなのか聞きそびれてしまう。
「──これ、トモエちゃんに渡して! 秘書のお姉ちゃん!」
そう女の子が花を差し出す。自分たちで摘んできたのだろう花を。
「どうしたんですかこれ?」
「遊んでくれたから、おれい!」
「分かりました。間違いなく渡しますので」
「また、遊んでって言ってね。ばいばい!」
それだけ言って子供たちは走って行ってしまう。女性は笑顔で子供たちを見送っていた。
「黒崎さん。大変申し訳ないのですが、お花もっていただけませんか?」
彼女は手が塞がっているわけでもないのに、花を自分に持ってくれと頼む。これも意味が分からない。
断る理由も思いつかず花を受け取り、歩き出した女性の後をついていく。
♢
歩いた先。イワキの街の中で一番大きな建物。すぐそこには海が見える場所までやって来た。
「こちらです。着いてきてください」
「……ここは?」
「商会と呼ばれる組織の中枢。その本部です」
僕が通されたのは、建物を正面から見たときに見えていたところ。二階の真ん中の部屋だ。
「本来は会長の執務室なんですが……」
そう言って入るように促された部屋は暗かった。昼間なのにカーテンは締めきられ、中からはあまり嗅いだことのない匂いがする。
……なんの匂いだ、これ?
「もう着いていましたか。すぐ叩き起こしますので、もう少しお待ちください」
そう秘書と呼ばれた女性と、同じ姿の女性に声を掛けられた。
「──なんで」
どうなって……双子だったのか? この人。
「魔法ですよ。そちらの私は偽物といったところでしょうか?」
思ったのとは違う答え。
そしていつのまにか、偽物といわれた女性の方は動かなくなっていた。
「お花。もっていてくださいね?」
そう言って、後から来た方の女性が部屋の中に入っていき、慣れた様子でカーテンを開き窓を開ける。
そして……何故だか執務室にある、ベッドに歩いていき毛布を引き剥がす。
「少し目を離したらこうなんです。トモエさん! 二度寝はやめてください! 起きないんですから!」
「……いいじゃない。どうせ暇なんだから」
「黒崎さんがもういらしてますよ。起きてください! 着替えてちゃんとしてと言っておいたじゃないですか! 着替えてないし、お酒の空はそのままだし、散らかり放題だし──」
毛布を剥ぎ取られた女性は薄着過ぎる。ほとんど下着といっていい格好だった。
「……Zzz……」
「──もう! 寝ないでください! 黒崎さん、もう五分時間をください。ちゃんとさせますから」
そう言ってドアは閉められた。自分は貴族に会いにここに来たはずだ。だけど……。
……あれが貴族?
未だ手に花を持ったままそう思った。
♢
五分経過し部屋の中へと通された。
向かい合わせのソファーの正面には毛布を剥ぎ取られていた女性。
一見ただ眠そうにしか見えない、この女性がこの国イワキの貴族。スメラギ・トモエ。
妖艶な女性という言葉がこれ以上ないくらいに当てはまる。そんな女性だった。
今のところ、その紅い瞳以外には貴族らしさなど感じさせない……。
トモエさんは、秘書の女性いわく。
絶対にこうはなりたくない。地位だの権力だのは人をここまで駄目にします。絶対に真似しないように!
そう言われた。
そんな彼女。トモエさんにムツの国での事に、自分の目的を話した。どうしてだか素直に話すことができた。
きっとこの人が貴族らしくなかったから……。
「アナタ。ワタシを殺しにきたんでしょう? いいの、やらなくて……」
そう子供たちから貰った花を、嬉しそうに眺める彼女は言う。
もう、そんな気は無くなっていた。この国を見た時から。
「なんだ、残念ね。それならそれで面白そうだったのに……。なら、お姉さんと遊んでいく?」
「トモエさん。あんまりふざけてると会長に報告しますよ」
「別にいいじゃない。こんなに可愛いワタシを放っておく、あの人でなしが悪いのよ?」
これも注意された。絶対誘いに乗るなと。
この世界の人々は貴族と知っているから誘いに乗らないけど、違う世界から来たあなたたちは気をつけなさいと。
「つまんないー」
終いにはそう駄々をこねる。
これで貴族。これで支配者なのか? 本当に?
「どうしてこの国は、ムツの国と違うんですか? 同じ貴族なんでしょう。貴女だって……」
「治める奴が違えば国なんて全然違うわよ。アナタの世界だって同じでしょ? でも、そうね。ワタシ個人で言うのなら……スメラギという男と真逆のことがしたかったから。かしらね?」
──少し、昔話をしましょうか。