夜ノ色 8
勇者とやらはすぐに見つかった。だが、意識はあるが正気ではないか……。
己が創り出した物にされ心配されているしまつ。
無様といえば無様だが、それだけ必死だったのだろう。何も知らぬ異世界に来て、何かの為に戦ったのだから。
本来ならこの世界の人間。いや、我がやるべき事なのだ。その重荷を背負わせた。
この少年も帰すべきだろうか……。
自分の世界へ。自分の現実へ。
まずは、正気を取り戻させてからだな。
「月に魅入られたか?」
そう話しかける。
少年ね自分を見る眼は、貴族と認識した我を殺そうとしている眼だ。白でも黒でもない。その力。
「その力を使いこなす術は、己の中にしかない」
そして微かに残る黒の残響。あの武器に纏わりつく残り滓。
「貴様がそれを会得するまで付き合ってやろう。娘が世話になった礼だ」
あの黒は邪魔をするつもりはないようだ。逆に手を貸すと。貴族にもおかしな奴がいたようだ。
「全て吐き出してしまえ。内に残る黒を」
日が昇る、その直前までその遊びは続いた。
そして少年は意識を失い、創られたものも姿を消した。
ただの遊び。戦いなどではなく戯れただけ。
その跡はとてもそうは見えないのだけど。
♢
「待たせたな。思ったよりも時間がかかった」
そう、未だ防御の魔法の中にいる村人たちに話しかける。
「……そいつは……」
村人たちは、ここまで運んできた少年を見るなり後ずさる。
「意識はない。それに、どう思おうと貴様らは救われたのだ。この少年にな」
「分かってる。分かってるが、オレたちは全部を見てた。 ……そいつは貴族と変わらない化け物じゃないか……」
「人間だ。貴様らと同じ。全部を見ていたのなら理解できるはずだ」
「…………」
納得はできんか。仕方ないな。
「次は遺跡を壊さねばらんのだが、この下にも遺跡の一部がある」
少年を抱えながら片手で防御の魔法に触れる。それは音を立てて、ひび割れていく。
「術者が倒れても消えんとは、少し驚いたが──」
粉々に砕け散った。何層にも重なる魔法が。
「これから起きる事。命が惜しければ他言するなよ?」
そう聞いた時には、全員が空中に浮いていた。
「──墜ちろ」
発せられた言葉はそれだけだった。
直後に街のあった場所。そこから貴族の城があった場所。さらに西にもそれは起きる。
上から押し潰されたように地面が沈む。瓦礫になるどころではなかった。一切が平らになっていた。
その力の加わった場所は大穴が開いていた。
それだけの破壊にも関わらず、地面が揺れることも、音が聞こえることも無かったのだ。
「遺跡もこれでいい。あとは貴様らをどうするか」
目の前で起きた惨状を見て、村人たちは恐怖した。
「その様子では、ついて来いと言っても駄目だな。人間の一団が近くにいるな。街の方向に向かっている」
村人たちはそれに思い当たる相手があった。
「商会の人たちかもしれない……」
「商会? 耳にする名だ。奴らを頼るか?」
「あぁ……ルプスに手を貸してくれた。話くらいは聞いてくれるはずだ」
本当は、目の前の貴族より、意識の無い少年より、マシだと思ったからだ。
「分かった。下まで送ろう」
村人たちの言った通り、下にいたのは商会の一団。ここでの異常を察し戻ってきたのだろう。
♢
少年をどうしようかと思っていると、女が声をかけてきた。
「それ、預かるヨ。アスカは間違いなく正しいことをした」
「認められてはいないようだがな……」
「しょうがないヨ。それでも守りたかった者の為に戦ったそいつは勇者だと思うよ」
「そうか。なら、少年は預けよう。長居しすぎた。そろそろ帰らねばならん」
知り合いがいたのなら、そちらに託した方がいい。この後、少し荒れるだろうからな。
「ところで、お前がスカーレットが言ってた貴族カ?」
「なんだ、アレとも知り合いなのか」
「ミネラは無事カ?」
「ミネラ? ……これをつけ付けていた子供のことか? それなら無事だ」
そのペンダントは、間違いなくアスカが買い与えたものだった。
「そうか、本当に助けられるのか、お前。アスカ良かったナ。ちゃんと救えてた。これなら、先に進める」
「……ミネラ……」
少年はそう口にした。女は意識があることに驚いているようだった。
「回復も問題ないな。これで頼まれた事は片がついたな。ただな少年、一つ言っておく。あの女とは手を切れ」
「……自分で決める」
「好きにしろ。だが、もし気が変わったら訪ねてこい」
「考えておくよ」
「その子供の件もある。急ぎ戻るのでな……」
女が呼び止める。
「名前くらい名乗っていけヨ」
「アルハザード。それが我が名だ」
それは父から継いだ名。貴族と呼ばれる存在の中で唯一、愛され生まれてきた子。