夜ノ色 7
♢33♢
黒い柱が上がってすぐ。舞台があった場所の近く。
もう舞台も街も破壊され、数えるほどしか建物は残っていない。
スカーレットが飛び去った場所。そこに道が開き、
空間が割れ男が現れる。
男が最初に目にしたのは瓦礫となった街。巨大なものが暴れたであろう痕跡。
そこは生きている者など一人もいないような有様だった。
しかし、すぐ近くに人の気配がある。そこまで近づくと防御の魔法によって守られていると分かる。
街がこの有様にもかかわらず、魔法は正常に機能している。誰一人傷つけることなく持続し続けている。
「──き、貴族……」
防御の魔法の向こう側からそう声がする。闇の中にあっても、その瞳の色は間違えようがない。
「まだ、終わらないのか……」
彼等は何を見たのか?
彼等は守られていた。それは全てを見ていたということだろう。
「ここで何があった?」
誰も口を開こうとしない。
「恐れるな、と言ったところで意味はあるまい。尋ねたことに答えろ。そうすればすぐに消える」
もう一度、同じ質問をする。
「ここで何があった? 娘がいたのだが、まさかこの有様だとは思わなくてな……。スカーレットというのだが知らんか?」
先ほどまで、ここにいた彼女の名前だった。村人たちは顔を見合わせる。
親しかったわけでも、直接話したわけでもなかったが……その涙を、その行為を、全員が見ていたから。
「あんた、貴族なんだろ?」
そう問われれば、そうだと返すしかない。
それは事実であり覆しようのないものだから。
「そうだ。貴族と呼ばれる者と相違ない」
「なら……何で?」
その、「何で?」 には様々な意味が含まれている。
「贖罪のつもりの自己満足の為だ」
自分の過ちへの贖罪。もう、どうしようもないくらいに歪んでしまった世界への贖罪。叶えられなかった願いへの贖罪。奪ってしまった希望への贖罪。
そんな変えようのないことへの自己満足。許しを請うこともできない、償うこともできない。だから自己満足。
誰にも許される筈など無いし、許してもらおうとも思わない。これは自分だけのものだから。
「……分かった。見ていたことなら話すよ」
村人がそう言ったのは、悲しげで後悔のにじむ、そんな声だったからだ。
「助かる」
男のただ一つの罪は全てを狂わせた。
英雄殺し。それが唯一の男の罪にして、決して許さない罪。
♢
時間切れだ。もうもたん、眠い……。
最後まで見届けるのは無理だ。
しかし、放ってもおけん。だから三種類目は駄目だと言ったんだ。馬鹿者が。
日が明けるまでは、まだ時間がある。
夜が明ければ消えるが、それではアスカが耐えられん。
眠気で気づくのが遅かったが、一つの気配に気づいた。
スカーレットは無事着いたようだな。仕方ない。あれに頼るしかないか……。
移動に時間など掛けられん。体の崩壊は始まっている。微かに残る力を使い、男の元へと移動する。
「いいところに来た、英雄殺し。少し手を貸せ」
「更紗と言ったか。貴様がいるということは、勇者か。これをやったのは……」
「察しが良くて助かるが、妾はそんな場合ではなくてな。二つ頼みたい。一つはその勇者を止めろ。意識を奪いさえすればいい。もう一つは遺跡の処理だ。中は調べたが、ただの廃墟だ。壊せ」
「請け負った。その体も万能ではないようだな?」
「あぁ、便利ではあるが万能ではないな。しばらくは戻らん。その間は……アスカ……を……」
いかん。ここまでか。
魔力に塊であった体は崩壊しサラサは消えた。
自分の肉体に戻っただけ。また現れる。
より混迷を極める壁の内の世界に。その外の世界から。