夜ノ色 6
ロミオが倒れた場所に血溜まりが広がる。
人の体にはこれほど赤い液体が入っているのか。そう思うほどだ。
「まさか負けるとは思わなかった……」
人と同じ色の血を流す貴族はそう口にする。
「私の方が弱かったのだから、仕方ないな……」
けっして弱かったわけではない。
その力は信じ難いものだった。それでも自分が立っている理由は──。
「ロミオ。お前より僕の方が正しかった。正しい方が勝つんだろう?」
「そうだったな」
「なら、この道は間違ってない」
「君なら、どんな貴族だって殺せるだろう。だが、その果てにあるのは貴族と変わらないものだと思うが?」
「お前と一緒にするなよ」
「敗者の言葉に意味などないな」
果てがあるならそれは平和であり、救われた世界であるはずだ。
そこに貴族など存在しない。支配者などいるはずがない。
「死というのは、こんなものか……」
自分の死にさえその程度のもの。
彼は後悔もないのだろう。後悔を残して死ぬこともない。
「ロミオ、後悔はないんだろ?」
「ないな。やりたいように、したいようにしてきた。後悔など無い」
ルプスとは違い心からの言葉。
「なら、もう死ね……」
最後の引き金を引くのと、
「アスカ……君とは違う出会いをしたかった」
そうロミオが口にしたのは同時だった。
その言葉を聞いていたとしても、引き金を引いただろう。しかし、二度と消すことができないものが自分の中に残った。
♢
ロミオの創り出した眷属は全て消滅していく。主人を失った眷属は消滅するから。
……これで終わりじゃない。まだ、貴族がいる。あの城に。
この国はまだ救われてない。
もう一匹。存在している。平和をもたらすために邪魔な存在が。
「次は本当の城攻めか。残る力は少ないが、今いるこいつらで十分だろ」
鼠がやっと近寄ってくる。
これは臆病すぎる。戦いの中で一歩も動いてくれないとは。
「お前はもういい。魔力も空だろ? 大人しく見てろ。悪いけど、こいつ乗せておいてくれ」
狼の頭に鼠を乗せ、指示を出す。
「次はあそこだ。夜も更けてきた。お前たちの時間だろ? 城もろとも貴族を消せ」
侵攻が始まる。
今使える全部の戦力を貴族に向ける。
「あぁ、人間の殺害は許可しない。城にも人間がいる──」
話を最後まで聞かずに大蛇が動き出す。
「可能性がある。気をつけてやれよ?」
今のは主に一体だけに言った言葉だ。立ち止まったが、すぐに前進を始める。
……あいつ。
♢
城であったものが崩壊していく。狼が人間を連れ出さなければ巻き添いだった。
捕らえ、飼われている女性たちがいた。どんな扱いを受けていたのかは想像したくない。
ロミオという存在がいた以上、母親はいると思ってはいた。
だけど、そこには何もないのだろう。愛などなく、ただ結果だけが欲しいのだ。
「吐き気がするよ。聞こえてはいるんだろう? 貴族様」
ここに着いた時点で、酷く消耗していた貴族。
元より老いている。浅黒い肌の人型。横たわっていて、その体は古傷だらけ。
「放っておいても死にそうだけど、一秒だって生きていて欲しくない。何も残さず、ただ消えろ」
放たれる閃光は二色。
貫いた箇所から螺旋を描く黒。その螺旋の逆を描く白。ふたつの螺旋は交わり夜ノ色へと変わる。
「ちゃんと赤い血が流れているとは思わなかった」
そして闇の中に黒い光の柱が上がる。
意味するのは支配者の死。
ムツの国。その地の支配者もいなくなった。