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できそこないの勇者 『ツイノモノガタリ』  作者: KZ
 火神 優(かがみ ゆう)
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異世界にて ⑤

 一歩の歩幅は変わらないはずで、自分の体重も重力だって同じはずなのに。異世界に来る前と後で、走りに乗る(、、)速度がまるで違う。

 踏み込んだ一歩にかけている力は以前と同じはずが、おそらくステータスというものの影響で、知らぬ間に膂力が足されている。


「──っと、危ない」

「さっきから一人で何やってんだ? 今平坦だったぜ」

「走るのに気をつけてないと転ぶんだ」


 必死だったさっきは無意識で気づかなかったのだろう。だが、一度でも起きた変化を意識してしまえば、変化を簡単には受け止められない。

 自分の身体に違和感というか、自分の身体のはずがまるで違う人間の身体ようで上手く扱えない。


「あっ──」

「……ガキか。走るのに重心が取れないのか、お前さん」


 アクセルを踏めばスピードはいくらでも伸びるが、ブレーキをかけた時の止まるという感覚がわからない(、、、、、)

 結果、アクセルは少しずつ踏まないと転ぶし、不意にブレーキをかけると何もないところで転ぶし、アクセルもブレーキがあやしいから出せるはずの速度も出せない。

 走るのが難しいと思うことがあるとは思わなかった……。


「急に開けたり、足場が悪くなる森の中じゃ無理か……」

「さっきからちっとも前に進んでねーぞ。もう無理しないで転ばない速度で走れよ!」

「そうしよう、──また出てきた」


 また(、、)スライムが木の陰から現れた。そして一匹現れるとゾロゾロと次が出てくる。

 つまずいて止まってばかりだが、スライム以上の速度で前には進んではいるはずなのに、次々とスライムたちが未だに現れ続けているのだ。

 俺に集まってきているのは先ほどわかったが、これはもう位置を常に把握されていて、スライムたちは連携しているとしか思えない。


「またも何も、縄張りを抜けない限りは振り切れないぜ。お前さんは完全に気配を掴まれてるしな。で、狩の間は群れるのがこいつらだ。獲物を仕留めるまでは協力すんのさ」

「そこからは早い者勝ちってことか……」


 どれだけいるのかもわからないスライムたちと戦っていたらキリがないし。無視していこうにも、先回りするヤツと追いかけるヤツとがいては簡単にはいかないんだ。

 これは本当につまずかないようにして、早く縄張りを抜けないといけない。


「行こう。もう転ばない速度で走るから」

「──待て! 今の……どっちだ?」

「?」


 新たなスライムたちが右から近づいてくる中、男は待てと手を出して辺りをキョロキョロし、何かを探すような様子を見せる。

 こうして止まっている時間が長いと、引き離したスライムたちも追いついてくると思うのだが。


「なぁ、そういえばなんだけど。これだけ次々と出てきても前からは現れないよな? 左右からばっかりだ」

「オレたちの進行方向に村があるんだろ。魔物が近づかない村まで行けば安全だが、引き連れてるうちは近寄れない。万が一があったらシャレにならないから、──マジか!」


 男は今度は急に走り出し、前方にではなく左に寄って進んでいく。どうしたのかと思いながら後を追うと、そこには先ほど逃した兄妹がいた。いてしまった。

 完全に子供たちが逃げていった方向を失念していた。

 こちらに向かって歩いてくる子供たちは無事だが、近くにはスライムたちがいるし、背後からは山のようについてきている。振り出しに戻るどころか……最悪だ。


「声がしたからまさかと思ったが本当にいやがった! この状況で足手まといが増えるだと。仕方ねぇ、オレが二人抱える。村に飛び込むぞ!」


「いや、村には近づけないんじゃないのか?」


「じゃあお前さんがスライムたちを全部引き連れて行って、一人で縄張りを抜けて撒いてくるか。村とは逆の右か後ろに向かってな!」


「それは無理だけど……」


 子供たちを見つけて表情は引きつっているが、男は子供たちを二人ともすぐさま抱え上げてしまう。

 それに対して子供たちは「お兄ちゃんいた」と嬉しそうにしているし、知らない人に抱えられたというのに抵抗もしない。

 幼さゆえに無警戒すぎるのか、信用できる人間だと思われているのか。


「さっきのお兄ちゃんいた!」

「いたよーー、おねえちゃん!」


 抱えられている子供たちはそのままで後ろに向かい、村があるのだという方向に向かって叫ぶ。

 やはりこの状況がわかっていないのか。だけど先ほどのような怯えも不安もなく。そして「お姉ちゃん」と言った。


「「お姉ちゃん?」」


 子供たちは確かに村まで帰る道を知っていた。

 方向は間違えていないし、そのまま村まで行くことができたはずなのに、子供たちは何故だか逆走してきたのだ。

 それはおそらく途中(、、)で何かがあったからで、その何かとは「お姉ちゃん」が関係している。


「ちょっと、そんなに走っちゃダメだって! 魔物がいたんでしょ。危ないから!」


 子供たちの声に呼ばれるように現れたのは、「お姉ちゃん」と呼ばれていた女の子。

 女の子は長い黒髪に、動きにくそうなフリフリの服。

 俺よりも頭ひとつほど身長は低く、歳はさほど変わらないだろう。そんな女の子と眼が合った。


 しかし眼が合ったのは一瞬で、女の子は勢いよくこちらに走ってきたかと思ったら、俺たちではなくその後ろに向かう。

 そこにはちょうどスライムが一匹顔を出したところで、次々とその数を増やしていく。

 だが、このスライムは右から来ていた奴らではないから、後ろからついてきていた奴らが追いついてしまったのだろう。先頭が見えたということはいよいよマズい。


「──な、なにこれ。何でこんなに!」

「──また足手まといが増えやがった! やっぱり会長(、、)の指令なんてロクなことがない!」


 現れ始めたスライムの数に驚く女の子と、現れた女の子を見てさらに表情が引きつった男とが同時に喋った。

 女の子は数を数えるつもりなのかスライムたちから眼を離さず、子供たちを抱えた男は俺に近寄ってきた。


「おい、お姉ちゃんはお前さんが担当だ。役得だろ? さっさとしろ。全速力で村に飛び込むぞ」

「初対面の女の子を抱えろって、無理だろ」

「んなこと言ってる場合か! 引っ叩かれようと村まで行くんだよ。早くしろ!」


 手が塞がっている男は顎で「いけ」とやっているが、そんな真似を簡単にできるわけがない。

 確かに女の子は動きにくそうではあるし、たぶんそのせいで子供たちに先行を許すくらいではあるのだが、いざとなりでもしないと無理だろう。


「お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ?」

「うん。おねえちゃんつよいから」

「大丈夫なわけあるか! 舌噛むから黙ってろ!」


 男の言うことが最もで大丈夫なわけがなく、数なんて数え切れないほどスライムたちはいるのだから、子供たちの言うことを鵜呑みには到底できない。

 そうなると男の言うことの方が確かで、状況に対して間違いがない……んだよな。


「大丈夫。このくらいの数なら魔法で一掃します」


 スライムたちから眼を離さないでいた女の子は「魔法」と口にした。次いで女の子が「炎よ」と唱えると、手元に赤い魔法陣が現れる。

 そして赤い光を放つ魔法陣が起こすであろう現象は、すぐに俺の眼にも見えるようになり、間もなく女の子の頭上に巨大な火の玉ができあがった。


更紗(さらさ)の使った魔法とは色が違う。それに、これは攻撃のための魔法だ!」

「魔法使いだったのか。こんな村にな。だが……」

「戦う必要がある世界の魔法。本当にこんなのがあるんだ」


 火の玉は近くにいるだけで大きな熱を持っていることが誰にでもわかり、近づいていたスライムたちの脚も止まった。

 スライムに火が効くのは見て知っていたが、魔法でこんなことができるのは知らなかった。


「おい、お姉ちゃん。よく考えろ。こんなとこでそんなのブチかましたら森ん中が火の海だぞ。村まで焼くかもしれない。それに一発じゃこの数はやれないだろ。やめろ!」


 自分が想像したような魔法使いが眼の前にいることに歓喜していると、驚いていた様子の男が冷静に女の子を止める。

 そう言われるとまさにその通りで、火の玉は一方向なら効果があるだろうが、スライムたちは前方以外の方向全てから現れている。普通に考えて火の玉一つでは無理だ。

 火の玉を複数放つという選択肢もあるだろうが、それでは本当に辺りは火の海になる。


「大丈夫。こうするから!」


 だけど、そんなものは素人考えに過ぎないのだと次の瞬間に思い知った。巨大な火の玉は幾つもにわかれ、火でできた矢のようになって、スライムたちに降り注いだからだ。

 火の玉であったものは木々の隙間をぬうように、まるで意思でもあるかのように飛び、スライムたちに正確に突き刺さる。

 そして刺さったところから矢は炎に変わり、スライムを中から焼き尽くす。


「……おいおい、マジかよ」

「すごい。これが魔法」


 集まりすぎたスライムたちには、逃げようにも逃げ場はなく、降り注ぐ火の矢によって次々と駆除されていく。

 そうしてあっという間にスライムたちは視界から全て消え失せ、火が森に燃え移るようなこともない。

 想像通りの魔法使いだと思ったら、どうやら想像以上だったらしい。


「ねっ、大丈夫だったでしょう」


 これだけのことを簡単にやって見せた魔法使いは、とてもこんなことができるとは思えないほど優しく、普通の女の子みたいに笑ってみせた。

 しかし思わずどきりとしたその笑顔は、俺からもう一人の男に顔が向かうにつれなくなり、男の方を見た時には鋭い視線にと変わっていた。


「……アナタは誰? 助けてくれたお兄ちゃんは二人から聞いてたけど、もう一人いたなんて話は聞いてない」

「あぁ、そういや自己紹介もまだだったな。オレは商会(しょうかい)のスタークってもんだ。仕事は運搬とその護衛だな」


 ずっと気にはなっていたことを女の子が男に問う。

 それに抱えている必要がなくなったからか、子供たちを地道に下ろしながらスタークというらしい男は答えた。


 初めから俺のことを知っているふうだった以外は、そんな暇もなく何も尋ねられなかったわけだが。

 スーツの男が言っていた協力者。あるいはその協力者と関係がある人物のどちらかだろうと予想はしていたんだが……これはなんだ。


「商会の人。そうだ、そのローブ見覚えがある。 ……商会ってスゴく評判悪いですよね。貴族(きぞく)に尻尾をふる、人間の姿をした悪魔って呼ばれてますよ」


「貴族様はお得意様だからな。この世界は魔王と貴族様が支配する世界だぜ。一番の有力者たちに尻尾をふるのは当然だろ」


「──貴族が裕福な暮らしをするのに人間がどんな苦労をしてるのか、同じ人間のアナタだって知ってるでしょう!」


 直前に何かを察したように背後に隠れた子供たちをどうしたのかと思ったが、女の子の雰囲気が変わったから子供たちは隠れたのだ。

 お姉ちゃんは怒ると怖いと知っていたんだな。

 そして協力者かもしれないナントカ商会は、相当に評判が悪いらしい。そうでなければこんな反応はされない。

 悪びれたふうがないスタークという男の態度も関係はあるだろうけど……。


「それよりオレは名乗ったんだ。お姉ちゃんも名前くらい教えてくれよ。あれだけ魔法が使えるんだ。かなり名前の通った魔法使いなんだろう。仲良くしようぜ」

「……カレンよ。商会の人なんかと仲良くする気はないですけど」


 カレンというらしい女の子は一応名乗りはしたが、それで今のくだりは終わりらしく、今度はこちら向けてにジトッとした視線を向けてきた。

 そしてこちらに歩いてくる女の子を見た子供たちが、今度は男の背後に隠れに行ってしまったのだが。


「商会の人と一緒にいたってことはアナタも商会の人? 商会のローブは着てないみたいだけど。二人を助けてくれたから、いい人だと思ってたのに」


「その兄ちゃんはウチのもんじゃない。そいつはマヨイビトさ」


「マヨイビトってそんな……。じゃあ、初めての場所でこの子たちを庇って戦ったの?」


 何も喋っていないのに勝手に下がっていく評価が、マヨイビトという単語で違うものになったらしい。

 カレンという女の子からの疑いの眼と顔が、唖然という顔にと変わった。


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