最上へと至る 7
♢29♢
少年は弱くなってしまった。
際限無く力をもたらす黒ではなくなったから。
やはり、時間をかけて真っ当に力をつけねばならなくなった。それは幸か不幸か。
しかし、今の状況では不幸でしかないだろう。
それでもやると決めた。男から託されたから。
そうしなければ世界など救えないから。
だから手を染めるのだ。邪法に。躊躇いなく。
♢
「ひとつ頼みを聞いてくれないか?」
ルプスという男の最後の頼み。
「この国を出るまででいい。こいつらを助けてやってくれないか?」
この男には恩がある。ミネラを庇ってくれた。
あの子が生きているのは、ルプスが庇ったからだ。
「気持ちは変わらないか? その選択肢は間違いなく、間違ってる」
それはお前の意見だ。僕はそうは思わない。
「間違った道を歩いて来た、オレが言うんだ。それでも……その道を歩んでいくのか?」
そうしなければ世界は救えない。
「後悔するなよ?」
しないさ。
「ならいい……。そろそろお別れだ」
そうか……。
「ありがとう。迷わず逝けそうだ……」
その言葉が最後の言葉だった。
ルプス。お前は守れないまま死んでいった。
心残りだったはずだ。情けなかったはずだ。
でも、僕はお前に敬意を表す。
「サラサ。力を貸してくれないか?」
だから欲しい。お前のような強さが……。
♢
空白の時間があった。実際は一秒くらいだったと思う。
自分の体感時間とは大分差があったけど。
「何が欲しい?」
──力が欲しい。
「何を成す力だ?」
決まってる。世界を救うための力だ。
「とても、そんなことをしようとする人間の顔には見えんが?」
偽りはない。本当にそう思ってる。
「まずは……名前がいるな」
……名前?
「大事だぞ。そういうのは。なんとするか……」
♢
舞台に黒い獣が現れる。
完全な黒ではなく、身体に散りばめられた白が見える。それにより空に浮かぶ星空のように見える。
獣は犬のような姿。大きさは人間くらい。
獣はジッと客席を見ている。
そのまま、ぐるりと一周見渡して回る。
──なんのために?
覚えるためだ。牙を、爪を。立てるべき獲物を。
そして始まりの遠吠えを上げる。
獣の遠吠えなど意にも返さない。哀れな獲物たち。
遠吠えの中、客席にもう一体同じ獣が現れる。
黒い獣は二体になった。
最初の獣は、また遠吠えを上げる。
黒い獣は四体になった。
それは続き、三十六体になった。
獲物たちはやっと気づく。
これは、危険なのではないか? と。
だって、自分たちを守ってくれるはずの貴族は、自分たちを見てすらいない。
獣の声が響きながら、舞台の少年からゲームのルールが説明される。
「最後のゲームだ。皆様にもご参加いただきます。ルールは簡単だ。この街から出た者を、僕は追わない。逃げきれば皆様の勝ち。逃げられなければ……そこの方のようになる」
黒い獣は客の一人の喉笛を噛みちぎる。
どうなったかは言うまでもない。
「一匹も逃すな」
黒い獣は七十二体になった。
おそらくまだ増える。際限無く。いくらでも。
もう、この場所にはいないのだ。
少年がこんな自分を見られたくないと思った人間は。いるのは哀れな獲物たち。
悲鳴を上げ、他者を蹴落とし、我先に逃げようとする様を見て、少年は笑う。
今まで、自分たちがやってきたことだろう?
最後くらい舞台に上がってみろ。どんな気分なのか味わってみろよ。
太陽が照らす者ならば、月もまた照らす者なのだ。太陽は闇を払うが、月は闇を喰らう。
無くなるという結果は同じでも、他は全てが違う。
平和をもたらす者を勇者と呼ぶのなら、彼も勇者と呼ばれるはずだ。
黒を喰らい尽くすと決めた少年も。