最上へと至る 5
「おにいちゃん……ありがとう」
それが少女の言いたかったこと。伝えたかった言葉。
彼女にではなく彼に。一番最初に。誰よりも先に。
それを言いたかった。
気持ちをなんと伝えたらいいのか、他には思いつかなかったのだ。
ありがとう。
その一言には少女の想いの全部が詰まっている。
少女はとっくに救われていた。
おそらく少年と出会ったときから。
本当はもっと早く伝えたかった。
言い出せなかったのは、恥ずかしかったからだ。
それでも決めた。気持ちを言葉にしようと。
しかし、目覚めたら少年はいなかった。
自分のことが嫌いになってしまったのか。
そんなふうに考えた。でも、それは違った。
こうして自分のところにきてくれたのだから。
かすれていく意識の中ではあったけど、少女は言えた。伝えることができた。
おにいちゃんは、どんなかおをするだろう?
♢
──ぽたり。ぽたり。ぽたり。と。
少年の頬を温かいものがつたう。
──ぽたり。ぽたり。ぽたり。
人の証であるような雫がこぼれる。
その雫は漆黒に落ちていく。光など存在しない暗い場所に。
──ぽたり。ぽたり。ぽたり。と。
暗い場所に、小さな光が散りばめられていく。
涙が落ちるたび。流れ続ける限り。
負の色であった黒色は、違う色へと変わっていく。
少年は最初から負の色であった。
ならこれは、いつかは訪れた結末。回避するには光が必要だった。
──ぽたり。ぽたり。ぽたり。と。
涙を流す少年に落胆の声。
哀れにも死にかける少女に嘲笑の声。
そんな声が聞こえる。
客席から。舞台の魔法使いから。
──ぽたり。ぽたり。
この子の言葉の意味すら分からない。
──ぽたり。ぽたり。
この子を嘲笑うことができるお前たちに。
──ぽたり。ぽたり。
やっぱり救いは必要無い。
少年は理解した。世界を救うということを。
ただ、貴族を殺し支配を終わらせても駄目だと。
こいつらのような存在がいる限り、救われない。
絶対に涙を流す人がいる。なら、どうすればいいか……。
──ぽたり。
貴族と同じように消してしまえばいい。
──ぽたり。
そうして綺麗なものだけの世界にすればいいんだ。
……ぽたり。
最後の雫が落ちた。もう涙はこぼれない。
♢
そして少年はたどり着いた。
描かれた先へ。最善ではなく最上へ。
手に入れた。
ただの黒ではない色を。他にはない力を。
救われた。
自分の行動にも意味があった事に。少女の言葉に。その想いに。
しかし、本質は変わらない。
──つまり結末は変わらない。