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できそこないの勇者 『ツイノモノガタリ』  作者: KZ
 火神 優(かがみ ゆう)
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異世界にて ④

 ここが自分の終わりなんだと決めてしまえば、後は力尽きる瞬間までやり切るだけだ。

 そんな退かないし逃げないという意志は、揺るがない決意となり。決意というのは自らの背中を押すものでもあるらしく、自分でも不思議なくらいに身体は自在に動く。

 守るものがあるというのは、それだけで力になるのだろう。


「──子供を二人も助けることができたんだ。誇れる戦果だ。何より、俺にはできなかった(、、、、、、)ことをあの子にはさせられた。十分だ」


 スライムの倒し方がわかったところで数が多すぎてあまり意味はないと思ったが、自分の身に構う必要がなくなれば、できることは増えるのだとも気づいた。

 何も綺麗に斬って突いてしてやる必要もない。

 触れたところが溶けようと構いやしないなら、スライムが半分になったところで、大事らしい光るものごと踏んづけてやればいいんだ。


「まだまだ──」


 子供の脚ではまだ遠くまでは行けてない。

 元から玉砕覚悟の特攻だ。この調子で派手に立ち回って一匹でも多く倒して、一秒でも多く時間を稼いでやる。

 吹っ飛ばされようとダメージはないし、触れているところが溶けだすまでもまだ時間がある。

 このまま体力と気力に終わりがくるまで暴れてやるだけだ。


「──ろっ!」

「?」

「──せろっ!」

「いま何か聞こえたよな?」

「──伏せろって言ってんだろ!」


 聞こえていた何かの音がはっきりと言葉に聞こえて、「伏せろ」と言われていたのだと気づいた。

 声がした方向からは近づいている人影がスライムたちの後ろにチラリと見えて、その人影はスライムたちの包囲の外(、、、、)から地面を蹴った。


「死にたくなけりゃ頭下げろ!」


 頭上を飛び越えるように通り過ぎていく人影の手元には、陽に当たると鈍く光る黒いもの。

 眼で追うとそれが銃のような形に見えて、その銃口がこちらに向いていると理解した瞬間に、射線から逃れるためか伏せろと言われたからか、身体はとっさに反応し屈んでいた。


 直後に破裂音と爆発音がして、頭から背中にかけて大きな熱を感じた。次いで視界にも目を開けていられないほどの熱が飛んできて、思わず眼を閉じて口を塞いでた。


(熱っ──、なんだ? 何が起きた!?)


 しかし大きな音と熱を感じたのは短い時間だけで、隣で土を踏む音がした気がした。

 眼を開けると脚元が確かに見えていて、誰かが隣に立っている。


「ったく、一回で伏せろよ」


 立ち上がってみると隣にいたのは「伏せろ」と叫んでいた人物。まるで魔法使いが着ているようなローブを着ていて、木々と同じような色のローブのフードを被っているが、声から察するにおそらく若い男だ。

 男の身長は俺より少し高く、フードを取った顔から歳も俺より上だと思われ、短い金髪と碧眼。

 そして火薬のような匂いがする。


「助かった。でも、急に言われてもそんなにとっさには反応できない。伏せろなんて、普段から言われるような台詞でもないしな」

「表の人間はそうなのか? 危機感が足りねーな。まぁ、無事でよかったぜ。しかし、だいぶ残っちまった。どうするかな……」


 男に釣られて前を向くと起きた爆発音の惨状が目に入る。

 何が爆発したのか俺たちの周りは火の海になっていて、火の中でスライムたちは断末魔のような音を発して燃えている。

 身体を丸ごと燃やされれば水分がなくなり再生することはできず、中の光るものは熱に耐えられないらしい。

 スライムは火が弱点ということなのだろう。


 それでもまだ火より外側には無数にスライムが残っているが、再生せずに倒すのを男はやって見せた。

 俺が言われた通りに伏せていれば、火はもっと広範囲に広げられたのかもしれない。なら……。


「今のをもう一回できないのか?」

「残念ながら一回限りだ。さっきのは試作品のナントカって液体だ。それが入ったビンを撃ち抜いた。誰かさんがもっと早くしゃがめば、もっと広範囲を燃やせたんだけどな」

「悪い……」

「愚痴ってもしょうがねーし、やるしかないか」


 喋っている間に火は燃え広がることなく消えていき、焦げた地面の上をスライムたちは進んでくる。

 そして近づいてくるスライムたちに対して男が構えたものが、やっぱり拳銃なのだと改めて思った。


「……これが珍しいのか。これはお前さんのところの武器だろう?」

「それ、本物だよな。マグナムってやつか」

「逆に偽物とかあんのかよ。なんに使うんだよそんなの」

「俺には銃だとわかるだけで実物を見たのは初めてだ。銃なんて日常の中にはない」


 テレビの中でしか見ることがない男の手の物に見入っていると、男からは疑問という視線と言葉が飛んでくる。

 しかし、おもちゃでも偽物でもない銃なんてまず見る機会はないし、異世界にそれが存在していては驚くしかない。

 

「まぁ、珍しいってのは本当みたいだな。オレからしたらそっちの方が意外だけどよ」

「そうだ……というか何か知ってるのか? 表側とかお前さんとかって言って、」


 最後まで言う前に男に突き飛ばされ、そこにちょうどスライムが飛んできたと思ったら、一匹が飛び始めたからか次々と後続も飛び上がりだす。

 数が減ろうとスライムはまだ沢山いるのだから、喋っている場合ではなかった……。


「──お喋りは後だ。少しはやれんだろ」


 スライムはいくらか減り、思わぬかたちで人数が二人になり、今度は二人で残るスライムを相手に立ち回る。

 一人でないというのはそれだけで心強いと知った。

 だが、人数が二人になろうとスライムたちは大して減らず、「ちょっと多過ぎないか?」という感想が隣の男から出た。


 確かに、言われてみればいくらなんでも数が多過ぎると思う。

 まったく移動してないのに無限にエンカウントし続けるというのはゲームでもおかしいし、ゲームではないのだからさらにおかしい。


「──よそ見すんな。気ぃ抜くな。とはいえ多過ぎるよな。こちとらずっと森ん中を走り回って疲れてんだがなぁ。はぁ……」


 とうとうため息が出た男だが、その銃から放たれる銃弾はただの一発たりとも外れていない。

 一発につき絶対に一匹。たまに一発で二匹。稀に三匹とスライムを屠る。


「つーか、一晩中走り回ってやっと見つけたと思ったらなんだ。どうやったらこんな状況になるんだ!?」

「……わからない」

「わからないって……。なら、もっと早い段階で逃げるとかしろよ! こんなになったんじゃそれすらできねーだろ!」


 スライムの位置を絶えず正確に把握しているらしい男は、喋りながらでも撃ちやすいところを見つけて撃ち抜くが、その腕前は百発百中どころではない。

 光るものの位置はスライムごとにまちまちなのに、一発も外さずに次々と倒していくとは恐ろしい技術だ。


「それはそうだけど、でもしょうがないだろ! 子供が二人こいつらに襲われてたんだ。もう少しで食われるところだったんだぞ!」

「何? 子供だと。こんな魔物だらけの森の中にか?」

「ああ、逃したけどいたんだ」

「子供って、──もうやってらんねぇ。逃げるぞ!」


 男が撃ち尽くした薬莢を捨てたところにスライムが飛んでいき、それに新たな銃弾を込めていた男はキレ、銃を使わずにこちらにと走ってくる。

 そしてそのまま腕を掴まれたと思ったら、次の瞬間には三メートルは上にジャンプしていて、スライムたちの包囲の外まで移動していた。


「な、なんだ今の!? 三メートルは上に飛んだよな!」

「このくらい余裕だろ。何言ってんだ? 見たところお前さんの身体能力はオレなんかよりずっと上だぞ。たとえガキを二人抱えたって逃げられたはずだ」

「いや、普通に無理だろ……」


 異世界の人間の身体能力が高いのはわかったが、それと同じだと思われては困る。

 三メートルも人間がジャンプできるわけがないし、子供を二人も抱えるのすら難しいはずだ。それで逃げるなんてできるわけがない。


「無理? そう思うなら自分で試してみろよ」


 男は訝しみながら言うが、仮に男のようなことが自分にできたら何も苦労はしなかっただろう。

 自分で無理だとはわかっていても、男を納得させるために「やればいいんだろ」と言い、一度やってみることにした。


「えっ──」


 俺は特に何も変わったことはせずに、単にその場でジャンプしただけだ。男の動作にも変わったところは見られなかったから、同じようにやってみただけだ。

 だが、地面はあっという間に遠くなり、俺は男に連れられた時よりも高いところまでジャンプしていた。

 そして着地はどうしようと思っている間に地面は近づき、衝撃はほとんどなく普通に着地していた。

 まるで脚に羽根でも生えたようだ。


「どうなってるんだ。これ……」


 これもスーツの男が言っていたことに含まれているのか?

 そうなんだとしてもこれはあまりに違い過ぎる。何の実感もないのも問題だろう。


「ちっ、──走れ。追ってきてるぞ!」


 何か自分の手足に変化があるのではと確認していると、男がスライムたちの動きを察して声を出す。

 スライムたちはせっかくの獲物に逃げられまいとしているのか、もうノロノロとは言えない動きでこちらに向かってきている。

 変わらず飛び跳ねるのもいれば、身体を伸ばして一度の移動距離を増やすものまでいる。

 全員が必死になっているのが目に見えてわかる。


「待て。追ってくるだと? おいおい、まさかコイツら全部……」


 急速に迫るスライムたちは全て俺へと向いていて、それを見た男の表情で俺にもわかった。本当にまさかだ。

 しかし思い返せば最初にスライムは二匹だった。子供たちの前に最初にいたスライムは二匹だけだったのだ。


 俺が子供たちの間に割って入ってから後ろから三匹増えて、スライムは五匹になったんだ。

 子供たちと距離が開いた時もスライムは俺に、包囲を抜けた今も俺に向かってくる。まさかと言うしかないがそうなんだとしたら、スライムが集まってきている説明もつく。


「お、俺に集まってきてる?」

「……そうだ。こりゃマズイな。ここら一帯はコイツらの縄張りだ。まだまだ湧いてくるぞ」


 男がまだまだと言うってことは、今いるスライムの数は大したことないということだろう。

 スライムが集まってくる理由が判明した以上、戦うという選択肢はもうない。


「なぁ、全力で走れば撒けるんじゃないか?」

「よし、試してみるか」


 お互いに頷いて一気にスライムたちを背に走り出す。

 俺はその走り出した自分の速度に驚かされる。

 見る見るうちにスライムたちは遠ざかる。

 しかしこれが限界ではない。足場の悪い森の中でなければ、まだ速度は上げられるだろう。


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