最後の日 8
♢22♢
花火が上がった。いよいよ行動に移す時だ。
客は全て街の中。港にはいくらかの人数しかいない。眷属も引きつけてくれている。
後は、可能な限り早く辿り着くだけ。
花火の音に混じって衝撃音が聞こえる。
向こうで戦闘が始まったようだ。
……スカーレットは遺跡に向かったか。
結局、夕暮れになってしまったな。
別れの挨拶くらいはしたかったはずだ。この子も、あの二人も……。
俺には託された者としての責任がある。
人並みに、それなりに幸福に。それは見届ける。必ずな。
アスカもスカーレットも、実に人間らしかった。
この国で長く暮らす、俺には余計にな……。
ここではない場所から来た少年は、一人の女の子を救おうとした。
偶然この子だったが、誰であっても変わらなかっただろう。結局は助けに入った。
それが当たり前なんだろう。アスカのいた場所では。
貴族との繋がりがあるようなスカーレットも、優しい娘だった。
どんなヤツなんだろうか……その貴族は。
少なくとも、俺の知るものとは違うのだろう。
貴族がそんな奴らなら、世界は違っていたのか? こう、ではなかったのか?
……答えは分からない。
ただ、そうあって欲しかった。
俺は己が守りたいものを守るため、他を切り捨てた。俺は英雄じゃないからな。
万人を救おうなどとは思わない。
守りたいものだけ。救いたいものだけ。それだけでいい。
♢
邪魔だ……。
港の眷属を処分する。引裂き、握りつぶす。
おかしな匂いもない。潮の匂いがするだけだ。
早く着きすぎたな。
ミネラという少女を抱えてだったが、村から向かう奴らよりは早く着いてしまった。
俺の方が距離が近かったぶん仕方ない。
先に船を頂くか。
「ここに隠れてろ」
一言も発さない少女はただ頷く。
好かれるとは思っていないが、こうも怖がられるとはな……。
一番大きな船に近づく。
十分な大きさだ。乗組員は使えない。
貴族を、雇い主を裏切るわけがない。なら、障害は排除しておく。
夕闇に包まれた船内を駆ける。
一人ずつ確実に息の根を止める。海に放り込む。
船の中に誰もいなくなるのに時間は掛からなかった。
俺一人ではここまでだな。後は合流してからだ。
少し血の匂いが染みついてしまったな。
この街を見るのも最後か……。
思うことが無いわけではないが、これからを考えるべきだ。
♢
全員が合流した。出港の準備も整った。
残るは、この子を船に乗せるだけなんだが……。
「アスカもスカーレットも来ない。乗るのはオマエだけだ」
嫌だと首を振られる。
先ほどからこのやり取りを繰り返している。
どうしたものか……。
無理やり乗せるのは簡単だが、果たしてそれが正しいのか?
「──ルプス、もう準備は出来てるんだ! 急げ!」
確かに。時間はかけられない。
商会も出港を確認したら逃げると言っていた。
ここでもたつけば困るのはお互いだ。
この子には悪いが頼まれたんでね。
少女を抱え上げ甲板に飛び上がる。
「ちがう。ちがうの……」
初めて口を開いた少女の言葉の意味が分からなかった。そのまま甲板に到達する。
──その時だった。
足が沈み込む。木材だったものに。色は失われ黒く変わる。
「やあ、ルプス。待ちくたびれたよ」
ロミオ……。どうなっている。
呑み込まれていく。船であったものに。
「いい出来だっただろ? 君の鼻すら誤魔化せた」
「……気づいていたのか?」
「勿論。私は君の強さを評価していたんだよ? 残念だ」
こんな真似ができるとは……。
だが、乗組員は? あれは本物だった。
「ルプスくん。残念でしたねー。あと少しだったのに!」
サウス。コイツの仕業か……。
「逐一情報は得ていたんですよ? 知っていて黙ってました! 面白くてね」
「サウス、下がれ」
「いいじゃないですか? 私めに語らせてくれても」
おかしな魔法を使うことは分かっていた。
手の内を見せずに篭りっきりの、この男の情報は少なかった。無視できると思っていた。
「別に、見逃してあげても良かったんですよ?」
「──何?」
「ただ、少し状況が変わりまして……。ルプスくんに、是非お願いしたい事がありまして!」
「こんな真似をして。お願いだと?」
「あー、もはや命令になってしまいました。許してください。なに、君なら可能性がありますから!」
今日の演し物だな。
ロミオはそれしか興味がないだろうし、サウスの口ぶりからすると、いいモノが仕上がったと言ったところか……。
「いいだろう。ただし、オレ一人だけにして貰おう」
「出来ない相談ですね。実は思ったより消費が激しくて、困っているんですよ?」
「雑魚では勝負にすらならなくてな……」
ロミオの言葉に違和感を覚えた。
コイツは一方的な展開にならないように、コントロールしていたはずだ。
それなのに……この口ぶりは何だ?
「ルプスくんの出番はもう少し後ですから、しばらく見物していてください」
「──待て!」
「メインは最後に。ですよ? お仲間もそれまでは無事ですから」
ちっ、今なら船ごと破壊できるか?
「そこで暴れない方がいい。お前はともかく、他は死ぬぞ? 嘘でも、ハッタリでもない」
ロミオは嘘を言わない。必要ないからだ。
口にした言葉は真実。そう思った方がいい。
「やはり、オマエを殺すのが確実だったな」
「出来ないことは口にしない方がいいぞ? お前には無理だ」
「隙あらば、と思っていた」
だが、コイツは隙を見せない。
絶対に。何があろうとだ。
従うオレたちにすら、一瞬の隙も見せやしない。
ロミオは最初から誰も信じていない。
だから気を許さない。心を見せない。
「もし、世界に信じるに足るものがあるとするなら、それは自分だけだ。ルプス、お前もそうだと思っていたんだが……違ったようだな」
「オレだけじゃない。アスカも違う……オマエとはな?」
「どうかな。守るモノがなくなれば、アスカはこちらに来ると思う。最後には黒を選ぶ……」
それは間違いだ。
アイツは人間だ。貴族じゃない……。