最後の日 7
♢21♢
「おにいちゃんは?」
もう何度目になるのか……。
朝から姿の見えない彼に向けられる言葉。
頼るものいないこの子にとって、唯一の代わりのいない人。
「お兄ちゃんは用事で遅くなるの」
「……そっか」
「今日はどうしたの? お兄ちゃんばっかりじゃない?」
「いいたいことがあるの……」
「なに、私から伝えてあげるよ?」
「だめ。じぶんでいわなきゃ」
「ありゃ、私じゃだめなのかな?」
「うん」
即答されてしまった……。
「おにいちゃんに、さいしょにいわないと……」
「最初に?」
「だから、ごめんなさい」
「悲しくなるからやめて……」
「おねえちゃんは、どこからきてるの?」
「今は宿からよ。少し遠いけど。あっ、でもね? 住んでるのは世界で一番高い場所よ」
「うん?」
「上は雲より高いんだから!」
「……へぇ」
分かってない。難しかっただろうか?
「いつか、お兄ちゃんと一緒に来たらいいわ。きっと気にいるから」
「いっしょに……」
「ミネラくらいの子もいるわよ? 遊び相手には困らない」
「うん!」
これもまた、交わされた言葉の一欠片。
伝えたかった少女の言葉は黒い場所に光をおとす。それにより闇は、ただの暗闇ではなくなる。
♢
「ちゃんと働けヨ」
「やるって! いい酒が、まってるからな〜」
「分かってると思うけど、スカーレットに傷一つつけさすなヨ?」
「誰に言ってるんだ? あんな張りぼてに遅れは取らない。余裕!」
「心配ネ。別の意味で……」
今だって──。
「杖、忘れてる。手ぶらで行くのカ?」
「あー、そうだった!」
「普段からそのくらい、やる気だせないの?」
「弱いものイジメはしない主義だ。今日は特別だ!」
「困ったヤツ」
ぐうたらで金が尽きないと働かない。
オマケに金使いも荒い。トモエが甘やかすせいネ……。
「スカーレットは杖持ってないよな?」
「代わりの物は持ってるヨ」
「これ、邪魔なんだけど……」
「そのままマナに伝えてやるからナ?」
「冗談だよ?」
「分かった。冗談だって始めに言うヨ」
「──いわないで! お願いだから!」
今日の働きを見て決めるヨ……。
「貴族なんて、ぶっ殺せばいいんじゃないのか?」
「お前がやるならいいヨ。それで……」
「やだよ。めんどくさい。一匹殺したら、全部やんなきゃなんなくなるだろ? 雑魚と戦っても強くはなれないしな」
「だったら、言われたとおりに働くネ」
「それもやだ。本当は働くたくない……」
「その本音は隠しておきなさい」
ぐうたら娘は扱いづらい。
物で釣れたのはたまたまだ。
興味がなければ、寝たふりしたままだったはずネ。
「マナのお土産もあるだろうし、これが終わったら帰るからな?」
「あるといいネ。お土産」
「何を言って。友達にお土産も買ってこないはずが──」
「マナが一人なら買ってくると思うヨ? でも、会長が一緒だからナ。お前、嫌われてるからナ」
「──嘘。そんなはずは……」
「勝負、勝負としつこいからネ」
「嘘だろ? なっ、うそだよね」
「ちゃんと仕事したら、褒めるように言ってやってもいいヨ?」
これでいいネ。
いいとこ見せたいやつは、頑張るからナ。
♢
そして今……。
遺跡と呼ばれる場所の近く。
合図が上がるのを待つだけになった。
横にいる相棒は、実は魔法使いだった彼女。何故だか傍目でも分かるくらい落ち込んでいる。
「えーと。どうしたの?」
「しつこい女は嫌われるか?」
「私は好きじゃないかな……。ちょっと距離があった方がいいと思う」
「例えばだ。顔を見るたびに勝負しろと言ってくるヤツはどうだ?」
「なんの勝負?」
「単純に闘いたい。その強さを見たい。感じたい。きっと、先に進むのに必要だと思うから……」
「その人に憧れてるの?」
「そうかもしれない。だから、ちゃんと相手をしてほしい」
憧れた相手にちゃんと見て欲しい……か。
自分にも当てはまると思う。
私は、彼女ほどそれを表に出さないだけで。
「いいんじゃないかな。だって諦められないでしょ?」
「うん。絶対に無理」
「なら、やるしかない」
「──だよな?! やっぱり悪い大人の言葉なんて、あてにならない」
「ほどほどにね」
あまり良くない発言だった気がする……。
今さら取り消せないし仕方ない。諦めよう。
「よかったのか」
「……?」
「あの子を置いてきてだ。もう会えないんだろ?」
「出港の方が早い。しょうがないよ……」
「別れも告づにか。可哀想だが、二度と会えないわけじゃないしな」
「そうだよ。私の魔法なら、どこにいたって直ぐに会いに行けるし」
「便利な魔法だよな?」
私はミネラの手を離してしまった……。
そのことへの後悔はすぐにやってくる。
合図の花火が上がって、いよいよ始まる。
主役のいない最後の舞台が。