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1話 毎日の日課

話の展開をもっと早くしたい_(:з」∠)_


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……

 

 目覚ましの鳴り響く音で目が覚めた。手を伸ばして目覚ましを止めて、時間を確認する。4時50分、予定通りだ。

 早起きだと思う人もいるかも知れないが、朝ランニングしようと思えばこれくらいの時間には起きなくてはならない。毎朝のランニングは僕──佐倉雪斗の日課なのだ。

 布団の誘惑からなんとか逃げ切り、カーテンを開けて朝日を浴びる。梅雨は開けた。今日もいい天気だ。それから軽く水で顔を洗ってスポーツウェアに着替えた。

 

「忘れ物は……無いかな」

 

 そもそもランニングに行くだけなので、持ち物はさほど多くない。精々ハンカチとスマホ、あとは途中でお茶を買うための小銭くらい……

 

「あ、忘れてた」

 

 僕は引き出しから小袋を一つ取りだし、ポケットに入れた。これを忘れる訳にはいかない。

 

「よし」

 

 準備は整った。僕は出発しようと部屋を出て、玄関へ向かった。すると、

 

「お、おはよう雪斗」

「あれ? おはよう、父さん。今日は早いんだね」

 

 家を出ようと玄関に来たら、普段はまだ寝ている父が靴を履いていた。格好は、仕事の時のスーツ姿。髪が少し伸びてきたようで、ちょっとボサボサしている。

 

「今日もランニングか?」

「うん」

 

 毎朝のランニングは、雨でも降らない限り毎日やっている。今日も晴れているので、休む理由は無い。

 

「父さんは? 珍しいけど」

 

 普段父が出掛けるのは7時半頃で、起きてくるのも6時頃だ。今日は大分早い。

 それに合わせてか、今日は母さんも少し早起きしたらしい。台所から何やら作業をしている物音が聞こえる。

 

「ああ、出張だよ。暫く島根の方に行くことになったんだ」

「……結構遠いね。来週末までに帰ってこれる?」


 僕たちの住むこの町──杜草町があるのは東海地方。島根県とはそれなりに距離がある。それに、暫くということはすぐには帰ってこれないだろう。

 そして、来週末は僕の通う高校の学祭だ。クラスや部活で色々とやるので、できるなら見に来てほしい。

 

「んー……多分なんとか。一応、期間は一週間ってことになってるけど、下手すると少し伸びるかもしれない。でも、できるだけ間に合うように帰ってくるから。学祭の練習、頑張れよ」

 

 そう言って、父さんはちらりと腕時計を見る。

 

「ああ、そろそろ出ないと不味いな」

 

 そして、父さんが家の奥にいる母さんに聞こえるように、大きく行ってきますと言うと、行ってらっしゃいと、奥から母さんの返事が聞こえた。

 

「それじゃ、行ってくる。……っとそうだ、雪斗、ちょっと手を出せ」

「え?」

「いいから、ほら」

 

 言われるままに手を差し出すと、父さんはポケットから何かを取りだし、僕の手の平に乗せた。

  

「交通事故には気を付けろよ。怪我したらつまんないからな」

 

 手を開くと、そこには『交通安全』と書かれた小さな袋があった。御守りだ。

 

「わかってる。御守り、ありがとう。行ってらっしゃい!」

「行ってきます」 

 

 そうして、父さんは笑顔で出掛けていった。玄関に着いてから、いつのまにか5分近く経っていた。

 

「そろそろ僕も行かないと……」

 

 まだある程度余裕はあるが、ゆっくりし過ぎると学校に遅刻してしまう。とりあえず、父さんがくれた御守りはポケットにしまう。

 

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

 

 父さん同様、母さんに聞こえるように大きな声で言ってから家を出て駆け出した。

 

 

 まさか、暫く『ただいま』を言うことができなくなるなんて、思いもせずに。

 

 

─────────────────────

 

 

 「はっ……はっ……はっ……はぁ……疲れた」

 

 目的地にたどり着いた僕は、駆け足から並足に戻した。ここは家から徒歩45分程のところにある神社──杜草稲荷神社、その麓だ。まだ目の前には長い石段が続いている。この稲荷神社はちょっとした山の中腹にあるのだ。

 ここまで走ると、僕の足だと麓まで大体20分近くかかる。それからこの石段を登ってやっと境内にたどり着く。

 

「今日も空は綺麗だなぁ」

 

 石段を登りながら、何となく空を見上げてそう呟く。雲一つ無い、とはいかないが、朝の澄んだ空は綺麗だった。

 

 そうこうしているうちに、石段を登りきった。

 手水舎で手と口を清めて拝殿の方へ向かう。と、視界の上の方に何かが引っ掛かり、僕は目線を上げた。

 

「……へ?」

 

 そこには先客が居た。いつから居たのか、一人の少女が本殿の屋根の端に腰掛けて此方を眺めていた。美少女と言っていいだろう。銀色の長い髪に、白い着物。目は大きく切れ長で、金色の瞳が興味無さげに僕を見下ろしている。そんな外見のせいだろうか、僕と同い年か少し下くらいに見えるのだが、迫力というか威圧感というか、そういうものを感じる。

 

「おはよう、ございます。えっと、危なく無いですか? 落ちたら怪我しますよ?」

 

 思わず敬語で声をかけてしまった。

 少女は、何故か一瞬驚いたような目をして、そしてすぐに、何かに思い当たったのか一つ頷いた。

 

「ああ、成る程。そなたがそうか。そういえば朝方によく来ると言っておったのう」

「……えーっと?」

 

 意外と古めかしい話し方だった。それに、どうやら僕のことを誰かから聞いているらしい。

 

「気にするな、こちらの話じゃ」

「はあ」

「それと、そう危なくも無いの……よっと」

 

 彼女はそういうと、いきなり屋根から飛び降りて、驚いた僕の隣に殆ど音を立てずに着地した。。

「この通り、この程度の高さならなんともないわ」

 

 そう言って、彼女は口の端を歪めた。悪戯が成功したときに友人が見せる笑みに何となく似ている。彼女の様子には無理をしている感じはない。本当になんとも無いのだろう。どちらかと言うと、いきなり真横に飛び降りてきたのでこちらの心臓に悪い。今もまだ心拍数が上がったままだ。

 

「……頑丈なんですね」

「それがか弱い女子にかける言葉かのう……ん?」

 

 どこか呆れたように彼女は言う。か弱い、という部分に疑問は残るが、確かに失礼だったかもしれない。謝ろうと思ったが、急に少女が顔を近づけて、匂いを嗅いできた。整った顔が間近に迫り、さっきとは違った理由で心拍数が上がる。

 

「え? ……え?」

「お主、名はなんという?」

「雪斗……佐倉雪斗ですが」

 

 混乱していて、素直に答えてしまった。

 

「佐倉? 桜庭ではないのか?」

「桜庭って、ここの神主さんが桜庭さんですけど……」

 

 ここの神社の神主さんの名字が桜庭だったはずだ。下の名前は聞いてないけど。

 

「あやつも桜庭じゃが……まあよいわ、忘れてくれ」

 

 どこか腑に落ちない様子だったが、少女はひとまず僕から離れてた。何だったんだろう。

 

「あっ」


 何かを思い出したのか、少女が声をあげる。

  

「言い忘れておった。今日は小狐共は居らんぞ」

「ええっ!?」

 

 不意に彼女の言ったことに、僕はかなりのショックを受けた。

 僕がほぼ毎朝ここにランニングがてらやって来る理由、それはここの小狐と遊ぶためだ。

 一面に実った稲穂のような、黄金色の綺麗でふさふさな毛並みをもつ狐で、じゃれて来る仕草がとても可愛い。とても可愛い(大事な事なので二度)。本当なら放課後も遊びに来たいのだが、非常に、非常に残念なことに、家からこの神社と僕の通う高校はほぼ正反対の方向にあるうえ、課題や部活で殆ど時間がとれない。

 しかしどうにかしてモフモフ成分を補給したい僕が取ったのが、早起きして遊びに来るというものだった。だと言うのに……

 

「居ないんですか? 本当に?」

「本当じゃよ。何なら探し回るなり、ここで待つなりするがよい」

 

 やけに自信たっぷりに少女は言った。その自信が何処から来るのかはさっぱりわからないが、嘘をついているようにも見えない。

 だがもしかしたら、急にひょこっと草むらから小狐が顔を出すかもしれない。そう思うと、中々帰る気にはなれない。

 スマホを開いて時間を確認する。5時35分。帰りを全力ダッシュすると仮定すれば、あと20分くらいは大丈夫だ。

 

「……じゃあ、もう少し待たせて貰います」

 

 とりあえず20分くらいここで待ってみよう。そう思った。

 

 





 このとき素直に帰っていたら、僕はきっと家に帰ることがだろう。家に帰って、母さんに『ただいま』を言うことができただろう。

 

 そう後になって考えても、もう遅いのだ


 

 

 

  

・杜草稲荷神社


杜草町の東部にある、標高100メートル弱の山の中腹にある稲荷神社。少し登ったところが見晴らしの言い広場になっており、放課後は神社も含めてよく子供たちの遊び場と化している。

ちなみに、この神社の祭神は白銀の毛皮をもつ狐だという。

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