捨てられた令嬢と拾った青年
ふと書いた稚拙な文章ですが、楽しんでいただけたらと思います。
「私と彼の愛を邪魔しないで!」
毎日のように私に向かって吐かれる台詞。
「知りません。彼は私の婚約者です」
そして、私は毎度この台詞でその返答をするのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなある日、私はとうとう王宮に呼ばれた。無理矢理床に押さえつけられ、突きつけられる一枚の紙。
「イーリア・ガラリア。貴様との婚約を破棄させて貰う!」
私の婚約者…いや元婚約者のルーク・アルレートが私に向かって言い放つ。その目には侮辱の感情が煮え滾っており、今にも彼の懐にある剣で切り殺されそうだ。その彼の後ろで嬉しそうに満面の笑みを浮かべる少女ーーローズ男爵令嬢は、私に向かって「ざまぁ」と口パクをする。それを私はサラッと受け流す。
「…ルーク殿下、これはどんな茶番ですか?私、これから花嫁修行が控えているのですが…」
私が泣いて詫びると思っていたのか、予想外の態度を取られたルーク達は一瞬固まった。だが直ぐに顔を真っ赤にして、反攻に出る。
「貴様、抜け抜けと!!!「ッ⁉︎」」
突然右頬に痛みが走った。なんと、ローズ男爵令嬢が私の頬にビンタをしてきたのだ。
「どうして私とルークの愛を邪魔するの!ルークは私のことを愛してるのよ。貴方は誰にも愛の言葉も言われない負け犬じゃない!!!」
顔に傷が出来たら、どうしてくれるのだ。愛?そんなの知らない。だって、私は生まれた瞬間から彼の婚約者だったのだから。恋愛をする猶予も与えてもらえなかった私に彼女は一体何を求めているのだ。
「愛?私達貴族に愛ある結婚が必要ですか?この王国が愛という戯言で治められるとでも?馬鹿馬鹿しい」
少女は私の言葉を聞くたびにその可愛らしい顔を歪める。しかし、それ以上に私の心も苦しそうに軋み、少しずつ壊れていった。公爵令嬢として常に人々の好奇の目で晒される私は、恋などに現を抜かしていられない。でも、でも一度で良いから恋をしてみたかった。
「それ以上、彼女を傷つけるな!彼女に陰湿な虐めをした報い、受けて貰うぞ!!!」
もう片方の頬をルークに叩かれた私は、その余りの痛みに意識が飛んでしまった。
久しぶりにあの頃の夢を見た。私の16年間の人生で最も輝いていた頃の思い出。
「君はとても美しい。
いつか、僕が君をこの残酷な世界…いやこの鳥籠のような世界から救い出してあげよう」
小さい頃の甘く切ないあの少年との出会い。多分これが私の初恋であり、初めてで最後に人を好きになった瞬間だったのだろう。白金の髪に黄金の瞳を輝かせながらそう言う少年は、私の白銀の髪に唇を落とした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガタンガタン。大きな揺れのせいで無理矢理夢から現実に戻された。それにどうやら私は人身売買されるような護送車の中にいるようだ。
「ここまでされるとは…ふ、随分嫌われたものだ」
苦笑の笑みが浮ぶが、頬の痛みを覚え手を頬に添わせると同時にガシャンと音が鳴る。目を向けると、丁寧に手首に拘束具がつけてあった。それも丁寧に魔封じのものが。
父の公爵と国王は隠していたようだが、私は王国一の魔力の保持者であった。その魔力は王国の隅々を潤沢されるには充分なものでそれを理由に次期国王のルークと婚約したに等しい。きっと、これはルーク殿下とローズ男爵令嬢の独断なのだろう。でなければ、知将と名高い父と賢王が私を手放す筈がないのだ。
でも、この事実は変わらない。私は捨てられたのだ。生まれた瞬間からずっと尽くしてきた王国に…。感傷に浸っていると、護送車の扉が開けられる。
「おい、出ろ。
貴様はこれから変態共の餌になるのだ。泣いても無駄だぞ」
見るからにして極悪そうな男が私の腕を掴み、台の上に連れ出す。すぐ目の前には多くの人々がイーリアを舐め回すように見ていた。身体中に険悪が走る。箱入り娘同然のイーリアにとって、このような光景自体が信じられなかった。突如頭の中が真っ赤に彩られる。それからの記憶はない。
ふと、目を覚ますと更地のど真ん中にいた。紅のドレスを身に纏っていたので、かなり目立つ。痛む身体に必死に動かしながら、指で地に魔法陣を書いた。
「…我が身に流れる古き血よ。我にその力を貸せ」
イーリアが呪文を唱えた途端、魔法陣が光りだし、イーリアの身体は髪の毛と同じ毛色を持った白銀の子狼になった。かつてイーリアの先祖は神狼だったと言い伝えられる。おかげでイーリアの血筋は狼に変換する能力を保持ているのだ。
『コレで幾分か、目立たなくなったかな?取り敢えず、身体が怠いから寝ようっと』
私は猫のように小さく丸まった。狼の毛皮のおかげで寒い思いはしない。ここで一つ、私は大事なことに気づいてなかった。何もない更地にそれはそれは美しい狼がいたら、かなり異様だということに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気持ちよく寝ていたのに物凄い風圧のせいで飛び起きた。
一体何事かと周囲を見渡すと、一匹の白金の竜が舞い降りてきているではないか。咄嗟に逃げようとするが、身体が宙にフワリと浮いたかと思いきや竜の前足の中にいた。竜は子狼が落ちないようにしっかりと前足で箱を作る。おかげで外の世界からの光を一つもイーリアに届かない。必死に竜の手に体当たりをするものの、ビクともしない。古の魔法を使ったせいで魔力カラカラのため、攻撃魔法を放つことさえもできなかった。渋々諦めた私は、その場に座り込んだ。そして、不幸尽くしの己の運命を嘆く。
竜が急降下を始め、その浮力で内臓を持ち上げられるような感覚に陥る。竜の手の中から解放されたと同時に子狼は自分と同い歳ぐらいの青年の腕の中にいた。
「陛下!お帰りなさいませ!!!突然ルートから外れたので驚きましたよ!」
遠くから男性が近寄ってくる。服装からして、官僚のようだ。ふとイーリアは陛下と呼ばれた青年に目を向ける。白金の髪に黄金の瞳、一つ一つが人を惑わせるためだけに作られたような容姿を持つ不思議な青年だった。
「すまない。つい地上で興味深いものを見つけてな」
そう言って青年は男性に腕の中にいた子狼を見せた。男性はその子狼の美しい毛並みに息をするのも忘れたように見惚る。
「ほう…こんなに美しい狼を見たのは五百年前以来です。それに私達を見ても怖がる様子一つ見せない。上位種でしょうか?」
「分からないが、サレアの土地にいたのでな。それに私はこいつを気に入った」
そっと壊れ物を扱うかのように青年に撫でられる。その心地良さにゴロゴロと喉が鳴った。その子狼の様子を見て、青年は嬉しそうに目を細めた。
「サレアですか…人身売買の拠点があると調査していた矢先に街が消滅しましたからね。何かこの子狼と関係があるやもしれません」
街が消滅?それって多分私のせいだ。昔からカッとなると、何かしらの事が起こった。もしかしたら、私はこのこころやさしそうな青年にまでも害を与えるかもしれない。
『…多分私がその街を消滅させた』
少年の腕の中から彼の黄金の瞳を見つめた。
「ん?もしかして、会話が出来るのかい?」
「陛下、その子狼は上位種ですぞ!私にも声が聞こえました!」
青年が驚いたように目を見開き、男性も青年と同じように驚いている。
『私、人間。訳ありの…名も帰る場所もない。貴方の迷惑になりたくない。だから、捨てて…』
これが私なりの精一杯の答えだ。青年はほんの短い間とばいえ私に安らぎという感情を与えてくれた。大事な感情が全て欠如していた私に。
「何を言っているのだ?お前は私に拾われたのだ。だから、お前に新たな名を授けよう。そうだな…アリア。お前はこれからアリアと名乗り、私に愛でられろ!」
青年がギュッと腕の中の子狼を抱き締める。その温かさに思わずほろりと涙が流れた。もう血も涙さえも枯れたと思っていたが、どうやらそれは違ったようだ。アリアはそっと青年に身体を預けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
青年と過ごすようになってから、アリアの生活はガラリと変わった。魔力はまだ全力ではないといえ、ほぼ潤っているといって過言ではない。
そんなある日、青年が珍しく寝込んでいた。どうやら、竜特有の病にかかってしまったようだ。側近アルベルトが力尽くして看病したが、一向に良くならない。
「くそ、私は、ここで倒れるわけにいかないのだ…約束を守らなければ…」
青年ーージルが苦しそうに呟く。私に何か出来ることはないか、と考えるが、全然思いつかない。ふと、頭の中にある予感がよぎった。竜の病は特に魔力を多い竜にかかりやすく、治療法は自己治癒という、いったて簡単なものだ。体内で荒れ狂う自分の魔力を抑え込み、それをさらに自分の魔力の糧とするのだ。よって、この病は竜にとって新たな力を得ることを意味していた。
その助けとして、アルベルトがジルの中で暴れる魔力に干渉し魔力をコンパクトに整理しているのだが、ジルの大量の魔力にアルベルトの魔力は足りていない。竜の魔力に匹敵するほどの魔力を持つ自分だったら…淡い期待をし、それを私は実行に移した。
真夜中にジルの寝室に潜り込んだ私は、お昼竜都で手に入れたワンピースを口に咥え、それを被る。そして、解呪の呪文を唱えた。
『我に流れる古の血よ。再び眠りたまえ』
青年にしっかり手入れさて月の光に反射する毛並みが白銀の髪へと変わる。白銀の髪から覗く青い瞳がキラキラと輝き、少女の姿になった。素っ裸と恥ずかしいので急いでワンピースを身につける。
「ふぅ…狼の姿だと繊細に魔力を扱えないから、人の形に戻らないとダメなのよね」
アリアはジルが眠るベットに近寄り、そっと彼の手を取る。苦しそうに息をするジルを早く楽にしてあげたい。ずっと貯めておいた魔力を彼の手を通して流し込む。
以前とある魔女に『お前の魔力は癒やしの力を多大の含む』と言われた事がある。その当時、自分はそれが嫌で嫌で仕方なかった。何故なら、この癒し魔力を持っていたせいで自分の自由を奪われ続けてきたのだから。しかし、それが今ではとても嬉しかった。アリアの魔力がジルに流れる度にジルの顔色が良くなっていく。ジルが助かるなら、私は死んでもいいかもしれない…。最後の魔力が流れると同時に私の意識はプツンと消えた。
目を覚ますと、美しい顔が目の前にあった。白銀の髪がサラサラと流れ、瞳は固く閉じらている。慌てて起きようとするが、身体がガッツリと彼の腕にホールドされていた。
「うぅ…離して、よ」
必死に抜けようとするが、益々腕の力が強くなった。揺すっていると、瞼が開かれ、黄金の瞳が現れる。
「…アリア、もう少し寝させろ」
「ジル…もう、朝だから起きて!」
何とかジルから抜け出すことに成功すると、捲れたワンピースの裾を急いで直した。
「陛下、今日も私の魔力も…」
突如ジルの部屋の扉が開けられ、アルベルトが入室してきた。そして、謎の美少女の存在に固まる。
「アルベルト、私は元気になった」
「はぁ…それでこの妖精のような少女はどちら様で?それにアリアが見当たりませんが…」
どうやら、アルベルトは少女がアリアだとは気づいていないようだ。
「何を言っている?アリアはここにいるだろう?私も驚いたが、すぐに気づいたぞ。それにアリアが私のことを治してくれたのだ」
「へ…?ってかアリアのその容姿…もしかすると、リベア王国のイーリア公爵令嬢なのでは?最近リベア王国から捜索願いが出された…」
アルベルトの言葉に思わずアリアの身体が震える。またあの牢獄のような世界に戻らなければならないの、と。
「知らん。アリアは私が拾ったのだ。それに…アリアこそが私の契約者だぞ?」
そう言ってジルはアリアの首の近くにある痣をアルベルトに見せた。これは昔とある少年が「僕の姫様」とつけた痣だ。
「…それはめでたい!中々番選びを始めてくれなかったので、焦って…それで陛下王国の件はどうするのですか?」
「ん?そうだな…挨拶をしに行かないいけないとは思ってるぞ」
その時のジルの意味深の笑みが今でも忘れない。恐ろしいほど美しく、何か悪巧みを考えてる笑みだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから一週間後、私は竜化したジルの手の中にいた。バサリバサリとジルが紡ぎ出す音の他に五つの音が聞こえる。アルベルトを含む護衛隊の皆さんだ。
『アリア、王宮の庭園が見えてきたぞ』
ジルは私に合図をして下降を始めた。私に気を遣ってるらしく、ゆっくりと降りていく。風の魔法を駆使してフワッと華麗に着陸したジル達は竜化を解き人化する。そこで問題なのが、人化したジルがアリアをその腕に抱っこしていることだ。流石に恥ずかしくて「降ろして下さい!」と抗議するが当の本人は聞く耳さえも持たない。
視界の端で何かが動き、こちらに走ってくる。ピンク色の髪をフワフワと靡かせるローズ男爵令嬢…その顔はジルの余りの美しさに蕩けきっていた。ゾワリも背中に悪寒が走る。嫌だ、嫌だと私の心が悲鳴を上げ、咄嗟にジルの腕の中から飛び出す。そして、ジルのことを庇うようにローズ男爵令嬢の前に出る。
「私の邪魔しないでくだ…まぁ、イーリア様、お久しぶりですね?」
私の存在に気付いたローズ男爵令嬢が嬉しそうに笑みを浮かべた。彼女の瞳に浮かぶのは優越、私の全てを奪っていたその瞳に私の身体の震えが止まらない。
「今日、貴方に用はありません。王様と父上をお呼びください」
「えぇー、せっかく竜王様に会ったのだから挨拶をしたいですわ?竜王様、これから私と茶会はどうですか?」
「ふむ…喉が渇いているから、水だけ頂こうか?」
ジルの返答に私の身体がビクリと震えた。私は彼に…いやジルに捨てられる。彼も彼女の虜になってしまう。そう思うと、私の身体は勝手に動いた。ジルの身体を突き放し、王宮の中に走り出す。彼女の虜になったジルを見るのが嫌だった。そんな光景を見るぐらいなら…死んでもいいとさえ思った。
「アリアッ!!!」
ジルが背後で必死に私の名を呼ぶ。それを振り切って私は王宮の奥へ奥へと走り続けた。
ふと疲れを感じ、立ち止まる。随分王宮の奥に来たようで、昔よく遊んだ薔薇園にいた。赤い薔薇にシミひとつない真っ白な薔薇…よく手入れされていた。近くでガサッと音がし、振り返る。
「ッ⁉︎」
「なんでお前がここにいる…」
音の正体はあのルークだった。金髪の髪が風に揺れ、紫の瞳が見開かれる。
「…どなたですか?」
彼に拒絶するかのように少しずつ後ずさる。
「本当にあのイーリアか…?私の婚約者だった…」
彼が私に近付き、その手でそっと白銀の髪を撫でた。恐怖で足が震え、防衛反応で魔力が疼き始める。
「…イーリア、私は愚かだった。もう一度私の婚約者にならな「私の番に触るな」ッ⁉︎」
ジルの声が聞こえたと同時に私の髪を撫でていたルークの手がはらわれた。そしてジルに腕を掴まれ、急に強く引っ張られ、ジルの匂いに包まれた。
「…アリア。いつ私の側を離れてよいと言った?それにこの男は誰だ?」
いつも以上にジルの声が低くなる。ジルはとても不愉快そうにルークを睨みつけた。
「…私の元婚約者です」
「ほう、こいつが…そうだな。一応お礼を言わないと、な?」
「お礼ですか?」
私を庇うように背中に隠したジルは、ルークに向き直る。
「お前が婚約破棄してくれたおかげで王国を攻撃する手間が省けた。アリアの虫除けとしての役割、ご苦労だった。感謝する」
「な、に?虫除けだと?この俺が?」
「あぁ、実際にはお前がアリアを捨ててくれたおかげで結果的にこの国を救われた。
もうアリアは我が手にある。もうこんな国に用はない」
さっきとは打って変わって、ジルは実に愉快そうにしている。逆にルーク悔しそうに唇を噛み締めた。そんなルークなどお構い無しにジルは少女の腰に手を回して薔薇の庭園を後にする。
「お前のご両親に挨拶をしないとな?」
「はい。ちゃんとジルのことを紹介したかったです!」
そして、私はジルを両親に紹介することができた。どうやらジルは私の両親を王国から竜国へと引っ越しさせたいらしく、父と何か怪しい交渉をしていた。
世の中には知らなくていいことがたくさんある。ジルと父の交渉が終わる間、私は母にジルとの馴れ初めを話し、女子トークを満喫していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから、竜王と一人の少女が大陸全土を制覇した。大陸は竜王の圧倒的な力と少女の癒しの魔力によって、長くの間その地に平和が訪れたのであった。