表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

 猫町が言った吉原は、浅草の先にある。

ここの道は人通りもほとんどなく、駕籠に追い抜かされることもない。

 もう江戸の外れも外れで、左右は田畑ばかりである。明かりも持って来ていないので、ぽつんと頼りなく灯っている常夜燈だけが道を照らしている。

 手の先も見えない闇の中で、甘斗は渋い顔になる。

(よりによって吉原かよ!)

 芝居町と並んで江戸の悪所、一日千両の落ち所と異名を取る花街である。ようは女が色を売る、男の遊び場である。仕事の貴賤をどうこういうつもりはないし、子供は立ち入り禁止なので甘斗は入ったことはないが、金のかかる場所であることは間違いない。

 そこに女に弱い鈴代が行く――

 これ以上ないほど最悪の組み合わせだ。

 調子に乗って金を使いすぎ、破産する所までを想像して、甘斗はため息をついた。

 けれど。

 鈴代の行動には不審なところもある。

 なぜ待ち合わせの時間に遅れてまで吉原に行ったのだろう?

 ひとりで行くつもりならば最初から用事があると言って、こっそりと行けばいいではないか。それを、わざわざ合流の約束までして。

 と。

 走っている間に、景色が開けてきた。

吉原は日本堤という土手の先にある。道を曲がれば衣紋坂があり、その末に吉原の大門が見えてくるはずだ。ここが土手で、ならば先に見えるのが吉原ということか。

坂の下に立ったところで、甘斗は立ち止った。

満月の下、黒瓦が均等に並ぶ様は、まるでひとつの巨大な城のようだった。柵のように周囲を囲まれているのが廓と呼ばれる由縁である。門の向こうの大きな道を、灯籠が赤々と照らしている。まだまだ距離があるというのに、にぎやかな喧騒がここまで聞こえてきそうだ。

つい見入った甘斗の横を、屈強な男たち二人の担いでいる駕籠が追い抜かしていった。小窓もなく中は見えないが、金持ちが乗っているに違いない。

 土手の下には大きな川が流れている。真っ暗な水面が、まるで鏡みたいに昇った月を映して輝いていた。その鏡の上を、頭の尖った船がいくつか泳いでいる。猪牙船という、速さが売りの渡し船である。

けれど、川には木材や家財道具やらが浮かんでいて、容易には進めないようである。先週の台風の傷跡がまだ残っているようだ。

 ともかく、ここまで来ればもう少しだ。吉原に着いたら、どうやって鈴代を探そうかと甘斗はため息をついた。

「……ん?」

 甘斗は足を止めた。

 何か、奇妙なものが見えた気がした。

 左右には茶屋が集まっている。ぼんぼりのかかった軒先が赤く照らされ、見るからに羽振りのよさそうな客が駕籠から下り、そうでない客は酒を飲んでいる。

 そこに、もうすっかり見覚えのある姿……

「うわ……」

 甘斗は慌てて茶屋の物影に隠れた。

 今夜だけで、もう見慣れてしまった金魚人である。

まさかとは思ったが、本当に江戸中にいるようだ。しかも、なぜか異様に数が多い。十匹、下手すると二十匹ほどいるかもしれない。

しかし、中には入れずに困ったように大門の近くでうろうろとしている者が多いようだ。

 こちらには目もくれないから、まだ気付いていないらしい。

甘斗は安堵の息をつき、はたと思った。

 どうやってあれに気付かれずに門を越えればいいのだろうか?

 どうやら見えていないものを襲うことはないようで、大門を越えていく者たちは素直に通し、駕籠かきに混ざって茶屋に座っていたりする。

 こんな平和そうな物の怪を退治していいのかもわからなくなってくるが、見える者たちには牙を剥いてくるのだから危険なことに変わりはないだろう。

 それにしたって、どうしてこんなに数が多い……

と、よく見ると、金魚たちは一方から歩いて来ているようだ。

 嫌な予感に背を押されて、甘斗は土手を下った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ