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怪の話をご賞味ください

作者: ryu-san39

――夜になっても蒸し暑い

         こんな夏の夜には とある怪が貴方の前に現れるかもしれない――


「さぁて、お初にお目にかかりますわたくしは、

…そうですね、かいの見聞を広げて悦に入る、しがない琵琶法師『くずれ』と言ったところでしょうか?

はたまた皆様方に物語りを届けるしか能のない『妖怪』、と言っても差し支え無いでしょう。」


そう『それ』はいやらしくニタリと笑うと、おどろおどろしく話始める。

『それ』は男のようでもあり、女のようでもあった。

また古い衣を纏っているのか、真っ黒なスーツを着ているのか…礼儀正しく挨拶しているのか、踏ん反り返って座っているのか。

それすら判別が難しい。



十人十色…そんな言葉がある。

人それぞれ考え方や好みが違うという意味だ。

だが、見る度に心象のハッキリしない炎の揺らめきのような『それ』を見て、同じ『モノ』と判断する事はできるのであろうか?



「皆様は、妖怪というモノをご存知でしょうか?

古来より皆様方と因縁が深く、時折姿を現わす異形の者達。

時には災いをもたらし、時には変化を齎らし、稀に富をも齎らす――。

最近では親しみの念を抱いている子供も増えているとかなんとか…。

昔は畏怖の対象として扱われる事が多かったのに・・なんとも人々の変心とは面白いものです。」


まるで繊月せんげつの様に口角を上げ、薄ら笑いを手で隠した。


「おおっと、失礼。…話が脱線致しました。

さて、皆様は・・・『お歯黒べったり』という妖怪を知っていますでしょうか?

目も鼻も無い顔にお歯黒を付けた大きな口だけの妖怪で、婚礼前に死んだ女性の無念から生まれた妖怪と言われています。

もちろん様々な諸説があり、実際には違うなんて話もありますがね・・・

夕闇迫る中に神社や寺に現われ、そこを通りかかる人を脅かしてまわる。

人々に些細な『恐怖』を与え、それを糧にして存在してるような微笑ましい奴ですよ。

時代のせいか、今ではとんと姿を見なくなりましたね…。

最近は夜でも街は明るく、細々と存在を許されていたモノたちが段々と住処を追われている。あぁ、まったく嘆かわしいことです・・・。」


語り手は大げさに身振り手振りをし、落胆の色を表わした。


「さらには奇っ怪な出来事だと皆様が恐れ抱いていたものは、科学技術の発展により唯の自然現象と成り下がってしまいました。

妖怪は自然現象などから生まれたモノも数多くいますが、人の怨念などの強い思いや無念から生まれたモノもまた数多く生まれているのです。

人から生まれる妖怪には強い感情が必要であり、その多くは『恐怖』であります。

あぁ、勿論ほかの感情でも構いませんよ?

ただ人の想像を掻き立て、増長するのに最も適しているのが『恐怖』というだけで…


ほら皆様にも経験があるでしょう…?例えば…そう、かわや。」




「幼い頃、1人で厠に行くのが怖かった事はありませんか?古びた厠の壁のシミが鬼のように見えたり、見えなかったり…

【幽霊の正体見たり枯れ尾花】という言葉にもあるように、怖いと思っていると全てが恐ろしいく見えてしまうものです。

ですが恐怖の本質は、何でもないものがほとんどなのですよ。

言い換えれば、人の先入観こそが恐怖の根源なのです。


しかしどうでしょう?

これが嬉しいモノや楽しいモノであったのなら、それほど想像力を働かせることはないのでは?

無論、そこから膨らむこともあるでしょう。

ですが自分の限度を超えて妄想が膨らむ事なんてあるでしょうか?

…少なくとも私は、『恐怖』には妄想の限度を突き抜けていける力があると思うのです。」


次第に声色が強くなっていくのを感じた。それはあまり感情を読み取れない、語り手の人間味が見えた瞬間だったのかもしれない。



「いやはやお恥ずかしい、少し熱弁を奮ってしまった様です。

私などの私的な考えはさておき、此度のメインの話を始めましょう。


・・・皆様、こっくりさんやエンジェルさんはご存知ですか?…名称は色々あれど、すべて同様の降霊儀式です。

今回はその降霊儀式とは似ているようで、全くの別物。とある中学校で行われた妖怪召喚。



・・・さあ、怪の話をご賞味ください」



急に耳元で囁かれたように言葉が響くと、微睡み(まどろみ)に似た気だるさに苛まれる。

まるで開いてる事を拒むように、瞼が重くなる。



歪む視界、落ちていく意識の中、最後に映る『それ』は、薄く笑みを浮かべているように見えた。



――――――――――――――

―――――――――





「失礼しましたー」


そう言いながら後ろへと1歩下がり、職員室全体に響くように挨拶をする。


「おう、遅くまで付き合わせてすまんかったな、早く帰れよ」


その言葉に反応するようにぺこりと頭を下げ、そのまま引き戸を閉めた途端に大きなため息が出た。


(謝るくらいなら早く解放してくれたらいいのに…)


教室へと歩き出すと、廊下には自分の長く伸びた影。

窓から差し込む光はとっくに橙色に変わり、着ていた青いセーラー服も夕日に染められている。

このオレンジが藍色へ変わり、夜を連れてくるまではあっという間だろう。



あぁ、もうこんな時間か…


その日、日直であった私は担任に頼まれて、大量のプリントのコピーを手伝うように頼まれていた。

もともと頼まれたら断れない性格と、面倒見の良さも相まって、その他の小さな雑務まで手伝い、結局今まで残ってしまったのである。


急いで自分の教室まで戻ると、引き戸のガラスに2つの人影が映った。

夏休み前に大きな大会を控えた野球部の顧問ですら何分か前に職員室に帰ってきて居たくらいだし、校内に生徒はほとんど残っていないハズなんだけど…


よく目を凝らしてみると、2つの影には見覚えがあった。


ショートカットヘアで教室の真ん中、1番後ろに座っているのは、ケイコ。

小学校の頃からの私の親友。

ボーイッシュでサバサバした性格なので、よく相談事にも乗ってもらってる。

いつもはそれなりに分別をわきまえた行動が出来る子だけど、熱中するとブレーキが吹っ飛ぶのが玉にキズだ。


ケイコの前の席に座り、彼女の机に乗り出すように座っているのは、チサト。

タイプの違う私とケイコの緩和剤のような存在だ。

緩やかな天然パーマがかかった柔らかい髪を持つ彼女は基本的には温厚で、心地の良いあいの手まで入れてくれる、聞き上手な子だ。



――2人ともこんな時間まで何してるんだろう?



教室の引き戸に手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。古い扉は立てつけが悪く、ガタガタと軋む音がする。静かな教室にその音は妙に不気味に鳴り響いた。



「「キャアアアァァァアアァー!!!」」



引き戸の音に被さるように2人の絶叫が聴こえてくる。



「わ、びっくりした!…ケイコもチサトもこんな時間まで何してんの?」



2人は私の顔を見た後、お互いの顔を見合わせて笑い出した。

人間、本当にびっくりした時は笑うしかできないって言うし、2人ともそういう状態なのかもしれない。


「あは、あはは…や、やだもー!びっくりしたのはこっちだし!」


ガタンという音をたてながら、席を立ち上がったのはケイコ。

陸上部のホープというだけあって、少し短くした青いスカートからすらりと伸びた手足は日に焼けていて、クラスの女子の中でも背が高いケイコはその辺の男子よりも格好いい。


「あはは!なぁんだサキちゃんかぁ!あたしもすごく驚いたよー!」


あんぐりと開けた口元を両手で隠したチサトの右手には、レースの付いたシュシュ。

さすがオシャレで可愛いもの好きなチサト、小物までこだわっている。

しかし彼女のセンスは少し前衛的で、カバンには沢山の変なキーホルダーがジャラジャラ付いているのだけれど。



「2人とも急にあんな大きな声出すんだもん。心臓止まるかと思った!」


そう言いながら、私は窓側にある自分の席へと歩き出す。

校庭の様子が一望できるこの席は、授業中に隠れてぼんやりするには最高の立地で、なかなかお気に入りの席なのだ。



「っていうか…2人とも、部活は?」

「吹奏楽部は、演奏会終わったからミーティングだけだったのー」

「わが部は、部長も顧問の先生もいなかったので自主休業でーす!」

「…チサトの吹奏楽部はまだしも、ケイコのそれはサボりじゃないの?」

「みなまで言うな、サキ…」

「ふふ!まぁ夏休み前だし、ガッツリ部活してんのは野球部くらいじゃないかな?」



そんな事を話しながら、通学カバンにお気に入りのペンケースと今日宿題が出た現国の教科書とノートを入れていく。


(出席番号順だから、次当たるんだよな…。帰ったらちゃんと宿題やっておかないと。)



「それはそうと。2人とも何してたのよ?こんな時間まで…」

「えーとね!ひゃ・く・も・の・が・た・り♪」

「帰るわ」


区切った言葉に合わせて、人差し指を左右に振りながらおどけるケイコに呆れた私は、通学カバンを手に取り2人を通りぬけ、教室の後ろの扉から帰ろうとする。


「…って、ちょっと何帰ろうとしてんのよ。サキ!

折角だからサキも入っていきなよー、二人だけだとちょっと味気なかったところだからさぁ!」

「えぇー?」

「中々おもしろいよー!サキちゃんも参加して、“青行灯あおあんどん”とやらの顔を拝見しよーじゃない♪」


とうとうチサトも席を立ち、私の腕にするりと自身の腕を絡める。


「アオアンドン?」

「そ。百物語の儀式を最後までやったら出てくる妖怪なんだってー」

「よ、妖怪…」

「あっらー?サキィ、情けない声出してぇービビってるのかなぁ?」

「そ、そんなことないって…」

「じゃ、決まり!」


そのままチサトに引っ張られて、それまでケイコが座っていた椅子に押し込まれてしまった。

あまり聞き覚えのない妖怪の名の登場に、往生際悪くも「私は2人に披露できるような怖い話ないし」と断ろうとしたら、ケイコは「いーからいーから!サキは聞いてるだけで!」と、隣の席から椅子と机を持ってきて、あっという間に3人分の席のセッティングしていた。その3つの机の真ん中には手鏡を乗せていた。



どうやら話を聞いてみると、2人の百物語はちょうど1話目が終わったところだったらしい。

そこに私が扉を開けたものだから、引き戸の軋む音に二人で驚いたんだとか…

ちなみに手鏡はケイコの物で儀式に必要なものらしい。


「じゃあ次はあたしの番ね…」



私の右側に座ったチサトがしたり顔で口を開いた。



――――――――――

――――――

――…・・



物語は続いていく。


確かに、2人の話は少し怖いけど面白い。

でもまさかこのまま100話続けるつもりだろうか?

もう日も傾き、太陽はほとんど姿を見せていない。

流石にこのまま100話まで話しきるなんて事はないだろうが、この2人は限度というものを知らない。

熱中すると歯止めが効かないケイコと、聞き上手のチサト…気の済むまで続けるつもりだろう。


私はケイコが話す『紫鏡』の話を聞きながらある1つの名案を思いついた。


(そうだ、この状況を利用して怖い話を創ろう…)


「・・・・で、その子の自宅からは割れた紫の鏡が出てきたんですって、だけど破片の数が明らかに足りない…

残りがどこあるのか調べてみると、交通事故にあったはずの彼女の体内から大量の鏡の破片が出てきたとか…。」


「ひぃ!こわーい!!」

「それでこの話、ううん『紫鏡』って言葉をハタチの誕生日までに覚えてると…」

「覚えてると…?」

「彼女と同じ目にあうんだって!!」

「えー!!どうしよう、ハタチなんてすぐじゃん…あたし、絶対覚えてる気がする…!」

「大丈夫だよ、対処法があるから!たしかね、水色の鏡か白い鏡って言葉も覚えておけば大丈夫なはず。まぁ、もちろん忘れるのが1番だろうけど…」



怖い、でもなんだか続きが気になって仕方ない。

そんな知的好奇心を刺激される話の数々に、その場にいる誰もがいつの間にか百物語に夢中になっていた。

だからだろうか…普段あまり怖い話が得意ではない私が、こんなこと思ったのは・・・。



「じゃあ次は…7話目か。私が話したから…次はチサトの番ね!」

「あ、次は私が話すよ」

「え?サキちゃんの怖い話??気になる、気になる!」

「おーサキ、やる気じゃん?急にどうしたのさ?」


「2人にばっかり話させて悪いし、それに…今さっき思い出した話があるから…」



今まで聞き手に回っていた私が怖い話を披露すると伝えると、2人がどんなのだろう?と好奇心に満ちた目をこちらに向け、おとなしく私の話に耳を傾ける。

私はさっき思いついた話を、さも前から知ってるような口調で語りだすことにした。

不思議なことに、生まれたてのその話は何年も語り継がれたかのようにするすると私の口から滑り出した。


「これは…そうね、人がよく集まる場所が静かになった時。つまり夜の公園とか、放課後の教室とかで怖い話をすると出てくるっていう妖怪の話・・・」

「え、それって今の状況じゃん!!やめてよー」

「きゃー!ケイコちゃん、わざわざ言わないでよ、余計に怖くなるじゃん!」


2人とも口では否定的な言葉を並べているが、興味津々に聞き耳をたてている。

それに状況が似てるのは当たり前だ。

今の状況をそのまま説明して、話している訳なのだから。


「そう、その場所でね…ひとーつひとつ、怖い話を積み上げていくと…、ある妖怪の召喚に繋がっていくの・・・」

「妖怪の召喚…?」


ケイコは机の上に置いていた握りこぶしにぐっと力を入れ、チサトは両手で二の腕をさすり始めた。

私は視線を落とし、2人の反応を見てニヤリと笑いながら話を続ける。


「怖い話1つで『ソレ』を生み出す為の土台を作り、召喚に備えるの。さぁここで準備してお待ちしてますよって・・・

2つ目を話す頃には周囲のモノ達を集め、そこに大きな渦が出来上がる・・・

3つ目にはもう止まる事が出来ない…。既に呼び出してしまったから・・・」


「え?『ソレ』って…な、何を?」


そう尋ねるチサトの顔は、余裕が無くなってるいるように感じた。




「それはね………『語り喰い様』」




「かたりくい…さま…?」

「うん、普段から話している怖い話は、みんなに忘れられたあと彼の元へ行って、語り喰い様の養分にされるらしいわ。語り喰い様にとって怖い話は何よりのご馳走なの。」

「………。」

「4つ目、彼はもう側で話を聞いているそうよ。それはもう楽しそうにね・・・

5つ目……そうだ、ところで2人は、さっきまで話していた怖い話を正確に覚えている?」


私はケイコとチサトの顔を順に覗き込む。

ケイコとチサトはそれぞれ絞るように声を出した。


「えと、正確に?」

「…それは、うん。私たちが話した『紫鏡』とかの話、だよね?」

「うん、そう。ちゃんと覚えてるよ…?」



「…そう、2人とも良かったわね?この頃から徐々に記憶が奪われていくらしいから、さっき話していた内容も忘れてしまう事もあるらしいの…。

あぁ、でも『紫鏡』はハタチまでに忘れていないといけないから、忘れた方が都合がいいかしら?

6つ目…ここが最後のチャンス。

ここでやめれば『語り喰い様』はおとなしく帰っていくそうよ…。でもね…」


少し貯めて、私はさらに言葉を続ける。


「せっかくここまで待ったのに、みすみすご馳走を逃がすなんて勿体ないじゃない?

だから集まった内の1人を操って、最後に自分の話をさせるんですって・・・」



「サキちゃん・・・」

「サキ、あんたまさか…」


ケイコとチサトが私の顔を見て固まっていた。

椅子を後ろに引き、距離を取る。


「ぷ!」

「「?」」


「あはははっ!やーね、冗談よ、冗談!語り喰い様なんて、そんなのいる訳ないでしょ!」

「そ、そうよねー」

「お、脅かさないでよねー、あはは…」

「ケイコったら『サキ、あんたまさか…』だなんて真剣な顔して!ふふ!」

「それを言うならサキだって、それっぽくニタニタ笑ってさぁ!趣味悪いよ、ったく!」

「サキちゃん、怖い話出来ないなんて言いつつ、すごい上手だったねー」


2人にとっては7話目、私とっては6話目を語り終えた私の背中を、ケイコとチサトはよくやったと言わんばかりにバシンバシンと叩いた。

背中は痛かったけど、2人が恐怖で固まる顔を見たら妙な達成感みたいなものがあったし、予期せぬところで褒められて少し照れくさかった。

そんな緩んだ教室の中でまた緊張が走る。



ガタガタッ



「「「キャアァァアアアァァァ!!!?」」」



突然、教室の引き戸が開かれ、締め切られていた教室が開放される。

私たちと同様に慌てふためいていたが影が電気を付けると、驚いた担任の顔が覗えた。



「うお!?なんだお前ら、スゲー声出して…というかまだ残ってたのか!?」

「せ、せんせい…」

「もう下校時間過ぎてるぞ、早く帰りなさい」

「はーい」

「ほら、教室鍵閉めんぞー。早く出ろー!」


見回りに来た担任の登場で、今日の百物語はあえなく終了に至った。

怖かったねー、あそこで先生来るんだもん!などと3人で談笑しつつ、下駄箱で靴を履き替え、校門まで来るとチサトがなにか思い出したように声を上げた。


「あ」

「どうしたの、チサト?」

「忘れモノ」

「あ、現国の教科書?それって、今日宿題が出てるやつじゃない」

「あたし、教室に戻る」

「チ、チサト?」

「私も」

「え、ケイコも忘れ物?」

「サキは帰ってていいよ」

「ちょっと…2人とも今から教室行くの?」

「うん」


そう言うと2人はさよならも言わずに校内へと戻っていった。

2人の後を追う事も考えたが、大人数で行って先生に余計に怒られる事もないな…と考え、私は帰路につくことにした。

有無を言わさないケイコとチサトにどこか違和感を感じながらも、事情を話せば先生も教室を開けてくれるだろうし、2人で行くなら大丈夫だろう。その時はそう思ったのだ。


それから私は家に着くと用意された夕食を食べて、2階にある自分の部屋で今日出た宿題を解き始める。

しばらくすると遠くの方から電話の音が鳴った。

きっとお母さんが取るだろうとそのまま机に向かっていると、それからすぐに階段下からお母さんが私を呼んだ。


「サキ―!ケイコちゃん、まだ家に帰ってないんだって。あんたケイコちゃんがどこにいるか知らない?」



――――――――――

――――――――

―――…・・



「はぁ、はぁ!…はぁ!」


家から学校まで全力疾走。

学校へ行くなら制服を着なければと思い、制服を着たのが間違いだった。スカートが足に巻き付き、上手に走れない。



――2人とも、まだ学校にいるの…?



ケイコのお母さんから電話が来た後、不安になった私はチサトの家にも電話をかけてみたが、チサトもケイコ同様にまだ家に帰ってきてないみたいだった。

きっと忘れ物を取りに行った後、つい話が盛り上がってその辺で話し込んでるだけだろう。

そう思ってみるが、校門で別れた時の2人の様子がどうにも引っかかった。

確かに下駄箱で話してる時はいつもの2人だったのに、あの時の2人は・・・なんだか別人のようだった。


そんなことを考えているうちに校門を抜け、玄関の前までたどり着く。

学校の駐車場にも車はないし、職員室にも明かりはついていない。

きっと用務員さんも先生たちも玄関に鍵をかけて帰宅してしまったのだろう。

だってもう中学生が出歩いていい時間じゃないもの。

走って乱れた呼吸を整えて、玄関の扉に手をかけ、押す。



ギィ・・・



「やだ…玄関、鍵かかってない…」



玄関の鍵は確実にかかっているはずだと思っていただけに、簡単に開いた扉に拍子抜けした。そういえば校門も少しだけ開いていた…まるで何かを招き入れるように…


そこまで考えが至った時、私はとぶるりと身震いをした。


(ケイコとチサトを探さなくちゃ…)


新月の夜。

月の光には頼れず、本来ならもっと暗くて見えない気がするのに、不思議と学校の中がよく見えた。

独特の雰囲気にせっかく整えた心拍数がまた早くなる。

それでも2人を探し出すという思いが、さっきまでいた自分たちの教室へと足を進める。


引き戸のガラスに見覚えのある、2つの人影が映った。


私は急いで教室の引き戸を開けて、暗闇にいるその人影に声をかける。

教室にも鍵はかかっていなかった。


「ケイコ!チサト!」


2人は制服のまま先ほどの席に座り、下を向いたまま微動だにしなかった。


「忘れ物、取りに来ただけじゃなかったの?2人ともおうちの人が心配してるよ!」

「……。」


2人の周りを見やると、机の上にはケイコの手鏡が乗っていた。


「百物語の続きでもしてたの?」

「……。」

「何もこんな時間までやることないでしょ?」

「……。」

「ねぇちょっと、ケイコ!チサト!聞いてるの?」

「……。」

「ねぇってば!」


私は廊下側に座っているチサトのところまでつかつかと歩いていき、チサトの肩を掴んだ。


その瞬間。


それまで下を向いていた2人がグリンと私の方へ顔を上げる。チサトの肩に置いた手の手首をすごい力でグググと掴まれる。ひんやりした感覚が手首から伝わる。


「ひぃ!」


虚ろな目は焦点が合っておらず、まるで三日月型した口元がニヤニヤと笑っていた。

月明かりはないハズなのに二人の顔は不思議とよく見えた。


「サキも座りなよ…」

「い、いや…わ、私は…」


「座りなよ!!!!!!」


チサトの向かいに座っていたケイコが突然の大声を出した。

なんだか逆らえない空気に、堪らず私は空いているケイコの席に腰を下ろす。

私の右側にはチサト、左側にはケイコが座っており、2人とも不気味な笑顔でこちらを見ていた。


「ねーサキちゃん、百物語って知ってるー?」


2人の様子が明らかにおかしい。

さっき創った怖い話であまりにも脅かしてしまったから、その仕返しだろうか…

いたずら好きのケイコがチサトを巻き込んで、私を驚かそうとしている?


「サキ、百物語って知ってるよねー?」


2人のこの質問の意図は何なんだろう…

数時間前までここでまさしく百物語をしていたというのに。


「もちろん、知ってるけど・・・」


2人は顔を見合せ小さな声で「知ってるって」「サキ、百物語、知ってるって」とクスクスと笑う。


「じゃあ、青行燈様の事は知ってる?」

「う、うん…知ってる…よ。」

「百物語の後に、いろーんな怪奇を起こして、人間を恐怖の底に落としたんだって。すごく楽しかったって!」


まるで本人から聞いたかのように、楽しそうに語り始める2人。


「青行燈様はねー、最近すごーく面白い話を聞いたそうなの。」

「面白い…話…?」

「そう、それはね…」



「「100の物語りを重ねるよりも簡単で力は落ちるが、数人程度なら問題無く操れる方法」」



「それってまさか…」


「「語り喰い様」」


ケイコとチサトは声を重ねた。瞳は虚ろなまま、幼子の様に楽しそうに。

私は背中に流れる冷や汗を感じていた。


「百物語はね、話し終えた後で強力な力を発揮出来るけど、なかなか最後まで続けてくれる人達が居なかったらしいんだよね。」

「100個の怖い話、話すのも聞くのも大変だもんね?」

「ねぇ、2人とも…さっき驚かせたことなら謝るから…」

「そう、それでね。青行燈様は『この話』に乗り換える事を決意されたの。

…まだ、この話が世に広まるまで時間が掛かるけど、その価値は十分にあるって。」

「お願い、もう帰ろうよ…」


今すぐ立ち上がってその場を立ち去りたい!

そう思うのに、足に全く力が入らない…


動かない足と反比例して、どんどん早くなる心拍数と大量に出る冷や汗。

足は金縛りのように固まったまま。

動けない私をあざ笑うかのように、左隣にいたケイコはすくりと立ち上がり、私の背中に手を伸ばす・・・

触れられた瞬間、ぞくっと身震いが走るくらいに冷たい手。ケイコから体温を感じない。


「だからね、サキ…?わたしたちは手伝う事にしたのよ、青行燈様を。」

「百物語の青行燈…もとい『語り食い様』の話をね。勿論、サキちゃんも手伝ってくれるよね?」

「あ…い、いや……あっ……」

「嫌?私たち親友だもんね、サキ。一緒にやってくれるでしょ?」


私の歯が音を奏で始める。もはや自分の意思で止められない。

ケイコとチサトはそんな私を見るとクスクスと笑い出し、同時にボソボソと何かを唱え始めた。

はじめは何を言ってるか聞き取れなかったが、徐々に数え歌のような物だと気付いた。

そしてどんどん言葉が耳に届くと、私は恐怖のあまり歯だけではなく体全体で震え上がってしまった。 


「「語り食いに噺を捧げよ


噺1つで土壌が出来る さあさ、此処にて御待ちして居ります

噺2つで周囲に異形成るモノ達 集めて大きな渦が廻り出す

噺3つでもう止まれぬ 語り喰いは呼び出された

噺4つは賞翫(しょうがん)の時 共に寄り添い謳歌せよ

噺5つで記憶は彼方 朝餉も夕餉も分からない

噺6つは岐路の時 語り喰いが去るも語り手次第


馳走を逃がすな、我を語れよ


噺7つ


その場にいたモノは 最早 人ではあらぬ」」



チサトは私の首元に手を伸ばた。その瞬間、冷たいというよりもナイフを滑らすような感覚が首元に走り、体が反射的にビクンと跳ねた。

そのままゆっくりと耳元に顔を近づけ、更に氷のような言葉を投げかける。




「ねぇサキちゃん、今の話……7話目だね」




・・・!?




チサトの言葉を理解した時、ナニかの気配を感じた。

背後から青い光がぼんやりと辺りを照らし、教室内に吹くはずがない風が吹く。



振り返った瞬間、私は私で無くなった。



――――――――――

――――――


――…・・


瞼がゆっくりと開き、目の前に「それ」が現れる。


「お戻りになられたようですね」


深くお辞儀をし、まるで執事かのように出迎えられた。

そしてゆっくりと自身の言葉に合わせて足を動かす。


「如何だったでしょう…存分に楽しんでいただけたでしょうか?

人々の畏怖を集め、それを喰らう妖怪・・・その新たなる始まりの物語りを。


…青行燈は江戸時代の頃、武家の者達が好んで百物語をしていた時に頻繁に活躍されていました。

当時の青行燈の力は強いもので、現存している書物に青行燈が出てきた記録はほとんどありません。

そのことからも、青行燈の強さが窺い知れるのではないでしょうか。

しかし他のモノ達と同様の煽り受け、青行燈もまた時代の片隅に追いやられていきました。


おっと、今は『青行燈』ではなく『語り食い様』でしたね…」



そう言うと、語り手は目の前でピタリと止まり、何かを思いついたかのように質問を投げかける。



「あぁ、そうそう。ここに来る前に貴方はいくつの怪談を重ねていらっしゃいましたか?

ひとつでしょうか?ふたつでしょうか?・・・それとも……


いえいえ、私の言葉は所詮戯言。少し物語りの余韻に浸って頂きたかっただけでございます。

まぁ最も、今、この瞬間…

まばたきひとつの間にでも生まれないとも限りませんが・・・


おや、お分かりになりませんか?

人から生まれる妖怪には強い感情が必要であり、その感情の多くは『恐怖』であると…」





『それ』の浮かべていた含み笑いは次第に変わっていく。




「それでは貴方が新たな妖怪の創造主と成らん事を・・・」




その口元はまるで繊月の様であった。




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