ボクの幸せ
背後で響く金属音。荒い呼吸。
動作の合間に必死な声で呼ばれる“ボク”の名前。
彼の命はここで尽きる。ボクがそう仕向けた。
大丈夫。皆に頼んで、死体はダンジョンの外に運んであげるから。
もう、ボクみたいな子に騙されちゃ駄目だよ?――あ、死体が誰かにに騙されるわけ無いか。
ふふふ。可笑しいな。
あ、また彼がボクの名前を呼んだ。
君がお人好しだから、ボクみたいな子に漬け込まれちゃったんだよ。
君の前の子もね、こうやって同じ事をしたんだ。
君の前の前の子も、君の前の前の前の子も、君の前の前の前の前の子も、君の前の前の前の前の前の子も、君の前の前の前の前の前の前の子も、君のずーっと前の子も、みーんなここで死んだんだ。
ボクが騙したの。
知らぬ間に深い層に迷い込んだ幼い子供。
不安そうに潤んだ瞳は、ターゲットをコロッと騙す。
不便な事も多いけど、子供の体ってやっぱり便利だね。
ボクは壁に小さく開けられた穴に転がり込む。
ダンジョン主のボクしか知らない秘密の通路。ここからいろんな所に行けるんだ。
一旦、自分の部屋にしている場所に戻る。
今度こそ死んだはずだから、死体を見に行く前に重い荷物を降ろしたい。
身軽になったボクは、彼が息絶えた事をわざわざ報せに来てくれた子と一緒に通路を進む。
ペッタン、ペッタンとボクの前を歩くそのスライムは、ボクの大事な仲間の一人。
抱き付くとヒンヤリしていて気持ちいいんだ。
扉を潜ると血の臭いが鼻を付く。皆が行儀良く座ってボクを待っていた。
ボクは輪の真ん中に倒れている彼を遠くから眺める。
「外に運んでおいてくれる?誰かに見つからない様に気を付けて。」
ボクは皆にそう指示を出して、ボク自身は自室に戻る為に足を進める。
「皆も自由にしてて良いよ。ボクは休むから。」
ペッタン、ペッタンとボクに付いてくるスライム達にそう指示を出す。何でか一人になりたい気分だった。
自室に戻ったボクは、いつでもフカフカなベッドに潜り込む。
『それでも僕は君が大好きだよ。』
前に彼をあの部屋へ閉じ込めた時。
自力で脱出してきた彼がボクに言ったんだ。
騙し、裏切り、殺そうとしたボクを、彼は見放さなかった。
それでもまたボクは裏切った。彼を騙して同じ事をした。
いや、同じじゃない。今度は確実に殺せるように、準備は念入りにしたんだ。
遅延性の痺れ薬の入ったお茶を、何も知らず嬉しそうに受け取った彼の笑顔が瞼から離れない。
二度目なのに、それでもまだ必死にボクの名前を叫ぶ彼の声が耳に貼り付いたまま消えない。
彼がこの前、屋台で買ってくれたヤキトリの味が恋しい。
でもボクは、人間が大嫌いなんだ。
大嫌いな人間がたった一人死んだ。それだけ。
それなのに。
何でボクは 涙が止まらないんだろう。
救わない。
バッドエンドが書きたくなった、だけ。