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ホームセンターへ行く 1

 天気は快晴だ。空はいかにも初夏といった青色をしている。これから午後に入りますます暑くなるだろう。今日は7月15日、もう梅雨も明けたのだろうか。

何というか、俺はこんな状況になっても日付だけは毎日確認している。日数が分からないと作物を育てられないし、他にも何かと不便そうだから。それに一から日数を計算するのは正直難しい。いや、何かの本で古代文明においても日数の計算が出来ていたとあったから、もしかしたら高校レベルの知識でもあればいけるのかもしれない。けど高校の勉強なんて何年前の話だろうか。現実的に考えたらやっぱり俺には計算できない。

同じ理由で時計も電池が切れないよう気を使う。時間の計算も当然無理だ。作物を育てるには困らないだろうが、しかし時間はいつからが0時なのか、それがよく分からない。それに時間はアレから逃げるためにも正確に測っておきたい。今はもう慣れているから適当にやっても逃げられるだろうが、念のため到着時間を測っておきたい。

「そういえば次にアレが来るのはいつだ?」

 俺は懐のメモを出す。メモには次の到着時刻が7月16日11時30分とある。とはいってもアレのスピードが時速1Kmであると考えての仮定であるため、正確性には欠けるが。

 アレ……人の形をしたあの黒いシルエットは一体何なんだろうか。あいつが俺以外の人間をどこかにやってしまったのだろうか。しかしあんなのんびり歩いている奴に人間があっさりやられるとは思えない。色々と確かめてみたいが意思の疎通はできないし、間近で観察するのも怖い。アレの検証は、もう少し生活が安定してからでいいだろう。今考えるべきはホームセンターだ。


 他のホームセンターを利用したことはあるが、この近くにあるホームセンターに行ったことはない。今まで敬遠していたのだ。その理由はすぐに後で味わうことになる。

「今は嫌なこと考えないで、とっとと行こう」

 俺は呟きながら車に乗り込んだ。車といっても、今回は荷車を運ぶために軽トラを使う。他にも使えそうなものがあれば持っていきたい。食糧品があればそれも山盛り詰め込みたいが、何年も放置されて腐っていない食品があるのだろうか。幸い生鮮食品を置くホームセンターは多くないため、腐った食品を見ることは少ない。そう、食品は。


 俺は道路に点在する車の間を縫うように、そして事故を起こさないように慎重に走った。もう少し早く着くと思っていたが、何だかんだで15分程かかった。俺はホームセンターの前に車を停めると、いきなり中に入るような真似はせず口元にマスクを着ける。腐った食品はあまりないだろうが、それでも中は大変な臭気に満ち溢れているはずである。俺はやはり閉まっていた自動ドアをバールで殴りつける。と、同時にガラスが割れ、その割れ目から生温い空気が溢れ肌にまとわりつく。匂いこそ感じないが、決してマスクを外したくないと思う。何となくマスクを手で抑え込みながら、俺はガラスに出来た穴から中に入る。

「荒らされてない……」

 中の様子は思っていた通り整然としていた。誰かが手を付けた後はない。俺は安心よりも落胆を覚えた。この生活を続けて4カ月経った今も、俺はどこかで自分以外の人間、もしくは他の人間がいた痕跡に出会うことを期待している。少なくともここに人間がいないことは俺を落胆させるのには十分だ。

「4カ月……長いよなぁ」

 こんなに時間が経っても人に出会えないのであればやはり人に会うことは諦めるべきなのだろうか。それとも諦めるには早すぎるのか。いや、早いとか遅いというのは他人の基準があってこそだ。他に誰もいない今、諦めるタイミングは自分のさじ加減ひとつだろう。

「そんなことより、今は目当てのものを探さないと」

 俺は意識を再び外に向け、店内の奥に向かうことにする。1歩2歩と、さして歩くこともなく、早くも見たくないものが視界の隅に入った。ペットコーナーだ。4カ月放置されたペットコーナーが左手に確かにある。俺はそこに背を向け、反対側へと歩いて行く。あれだけ派手にガラスを割って鳴き声が何一つしないのだ。そして連日続く蒸し暑さ。わざわざ確認する必要はない。

 これまで俺は2店舗程ホームセンターを利用してきた。1店舗目は皆が消えて2日目に向かった。映画の影響でサバイバルといったらホームセンター、というイメージがあったのかもしれない。そこでケージに入れられたペットたちを目の当たりにした。当時はパニックに陥っていたものの、人並みの善意を持ち合わせていた俺は犬や猫等の哺乳類を外に逃がしてやった。少し衰弱していたものの、彼らは全て生き残っており皆救い出す、というか外に逃がしてやることができ、ついでにペット用の餌をありったけばら撒いてもやった。

飼うという選択肢もあったかもしれないが、今でさえあまり余裕のない状態である。当時の俺にしてみれば逃がしただけでも上出来だ。外にさえ出れば俺と同じ状況、これでフェアのはず。そう言い聞かせるしかない。ちなみに観賞魚とかは軒並み死んでいたがこれも仕方ない。

 しかし問題は2店舗目だ。俺はペットのこともあり、他のホームセンターに積極的に向かおうと思っていた。だが俺だって生き残るのに必死だ。電気や熱(当時は3月、備えをしなければ十分凍えることができる季節だ)、それに移動手段だって確保せねばならず、次にホームセンターに行けたのは1カ月後だった。当然駆けつけたときには死屍累々といった有様だった。

あんな光景見たくないし、それに今ならもっと酷い状態になっていることは容易に想像できる。仕方のないことだ。しかし、やり切れない気持ちがないといえば嘘になる。

「いや本当、申し訳ない」

 物言わぬペットたちに謝る義理はないが、今や人間は俺1人だ。人間を代表して謝っておく。それにしても人が消えた4カ月前からここの犬や猫たちはどれほど生き延びたのだろうか。永久とも思える長い期間、ケージに入ったまま人が来るのを待ち続けたのだろうか。いや、きっと訳も分からず死んでいったのだろう。願わくばその苦しみが短かったことを祈りたい。


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