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ガソリンをとる 2

 試しに給油機の紙幣入れに千円札を捻じ込んでみる。

「これで、出してくれないか」

「……」

 俺は給油機に話しかけるが、しかしというか当たり前というか何の反応もしない。そもそも電源のランプが点いていないのだ。

「ダメっすか……」

 電気が通っていないのに機械が動くわけがないのは分かる。けど、これで済めば何せ楽だ。期待していないといえば嘘だった。では機械なしでどうやってガソリンを手に入れればいいのか。

「とりあえず分解するか」

 しかしどうすればいいのだろうか。マニュアルさえ見れば何とかなりそうだし、工具なんかも必要になるかもしれない。となると、このガソリンスタンドのスタッフルームにどちらもありそうだ。俺はその部屋があると思しき扉の前に立った。そしてドアノブに手をかけ開けようと試みるが、困ったことに押しても引いても開かない。そのドアはガラス製で、中の様子が分かる分だけなお恨めしく思えた。

「給油機を開けるためにスタッフルームに行く必要があって、そこにいくのにも鍵が必要で……頭がくらくらするな」

 いや……開ける必要はない。あたりを再び見渡すとコンクリートのブロックがスタンドの端に落ちているのが見える。それを掴むと、ガラス戸に思い切り投げつけた。思った通りガラスはカン高い音を立てて割れ、スタッフルームへの入口が出来た。こうした方が手っ取り早い。靴を履いていないわけではないけど、足裏をガラスでケガしないように慎重に歩みを進めスタッフルームに入る。中は散乱していたが、工具箱はすぐ見つけることが出来た(そりゃあ突然必要になるものを分かりにくい所には置かないだろう)。後はマニュアルを探すだけなんだけど、しかしこれが意外と見つからない。怪しい棚だとか、引き出しだとか、ロッカーの中身も覗いたけど、ない。怪しい所は全部探した。いや、正確に言えば探すことのできる場所は全部探した。後1つ、金庫だけは流石に中身を見ていない。ダイアル式なので適当に合わせていけばいつかは開くのだろうが、正直面倒くさい。かといって殴ったり衝撃を与えたところでへこみすらしないだろう。多分どこにもないということは、金庫の中に入っているのだろう。俺はここで粘るべきなのか、他にガソリンスタンドを探すべきなのかで決めあぐねていた。簡単な鍵だったなら迷わず開けにかかっていたが、ダイアル式となると悩む。開かなくもないし、一日かけて開かない可能性もある。

「どうしたもんか」

 俺の人生に目的はないが、俺の生活には暇もない。ここで粘っても無駄だ。この付近を探索すればきっとガソリンスタンドなんてすぐ見つかるだろう。

「弁償代は、要らないよな」

 呟きながら、俺は壁に掛かっているポスターを見た。ポスターは11月12月のカレンダーと、雪が降り積もった山岳の写真が印刷されていた。もうとっくに冬は過ぎているというのに。俺は誰もめくらなくなったカレンダーに止めを刺すように、最後のページである冬のカレンダーを破り捨てた。その下にはガソリンスタンドの絵が描いてある。どうやらこのカレンダー、ガソリンスタンドを経営していた会社のものらしい。元々はキャンペーンか何かで客に渡すためのものなんだろうけど。

「スタンドでも使ってるってことは、多分余ったんだろうな」

ガソリンスタンドの絵には洗車機や給油機の名前だけでなく、簡易的な説明も載っていた。

「洗車機は強い水圧で車の汚れを取ります」

 なるほど、子供向けの図説なんだろうか。よく言えば簡潔に書かれている。次に図の下の方にある地下の説明を読む。地下のタンクの説明文には、ガソリンを貯蔵しておきますと書かれている。

「ガソリンの貯蔵……え!?」

 給油機にガソリンが詰まってるんじゃないのか?そもそも地下のタンクって何だ?よく見ると、その絵では店員か誰かが地面に開いた穴へ何かのチューブの先端を差し込んでいる。この絵はガソリンをタンクに貯蔵する工程を描いたものであることに気付いたときにはもう、俺は外に出ていた。

 道路に近い場所に、マンホールのような金属製の蓋があった。おそらくここから地下のタンクにガソリンを入れるんだろう。まずはここの蓋を開けなければ。幸い工具箱にはバールが入っていた。俺は梃子の要領で蓋を開ける。後は同じく工具箱に入っていたポンプで汲み上げるだけだ。

「あ、そういえば」

 自分でも驚くことに容器が必要なことを忘れていた。さっき給油機の近くまで運んだものをこちらに運び、いよいよ穴の中にポンプの先端を入れた。そしてポンプのもう片方をポリタンクに差し込む。後はポンプのプラスチックの部分を押し潰したり戻したりを繰り返せば汲み上げられるはずだ。俺はその作業を1分程繰り返した。これでガソリンが手に入るはずだ。

「そう、ガソリンが手に入るはずなんだ」

 が、全くガソリンは上がってこない。流石に疑問を持った俺はポンプを穴から引き抜き、その先端を見た。

「濡れてないじゃないか……」

 考えられるのは2つだ。ガソリンが全く入っていないか、穴が思っていたよりも深くポンプがガソリンまで届かなかったかの2つ。これより長いポンプがない以上、どちらにしても手詰まりだ。こうなると他のガソリンスタンドに行ってもガソリンは手に入らないかもしれない。ガソリンが無くても最小限生活はできる。しかしガソリンがないと電気が扱えず、生活レベルは原始時代まで逆戻りするだろう。今までは車に入っているガソリンで何とかしてきたけど、それはあまりにも効率が悪い。

 仕方ない、近くにあるホームセンターに行ってポンプを探してみよう……そう思い自分が置いた自転車に目をやると、その横に気になるものが置いてあった。見た目には黄色い立方体の箱に見えるが、側面には片手で回せるぐらいのハンドルと、ホースのようなものが付いている。

「何だか、すごいソレっぽいな」

 近付いてよく見ると、そこには『非常時用手動汲み上げ装置』とはっきり書いてあった。何というか……。

「何で気付かなかったんだろうな」

 そういえば何年か前に大きな地震があったときに各ガソリンスタンドがしきりに導入していたはずだ。確かこのハンドルを回せば液体を汲み上げられる。……というか何でさっきまで給油機にガソリンが入っているなんて勘違いをしていたのだろうか。ここまで知っていて気付かなかったのはあまりにも間抜けだ。

「けど、自分を責めても仕方がない」

まずは使えるかどうか確認しよう。俺は側面に付いている折り畳まれたホースを伸ばし、スタンドにある穴に入れた。さっきまで使っていたポンプよりもはるかに長い。これは期待できそうだ。

次にもう片方のホースをポリタンクに入れる。おそらくここからガソリンが出るはずだ。後はハンドルを回すのみ。

「上手くいってくれよ」

 回し始めてもすぐには汲み上がらない。分かってはいても非常にやきもきする時間だ。俺はそれでも懸命にハンドルを回す。地下のガソリンが汲み上がるまで時間はかからなかった。回し始めて1分程度ですぐさまガソリンが上がってくる。とりあえずポリタンク一杯まで入れてしまおう。いや、この際だからポリタンク3,4個分は出してしまおうか。これでしばらくガソリンには困らないだろう。


 結局、俺はポリタンクを1つだけ持ってガソリンスタンドを去った。ガソリンはたくさん出た。だけど容器が問題だった。そもそもガソリンが満タンに入った容器を自転車に乗りながら3,4個も運べるはずがないのだ。少しテンションが上がって後先のことを全く考えていなかった。今だってギリギリだ。背負うこともできず、自転車に荷台は付いておらず、片手で持ちながらでは運転がままならないので、ハンドルにぶらさげている。ポリタンクには幸い取手が付いていたのでこのようなことができた。しかし容器の取手は小さく、また滑りやすい材質で出来ているため、放っておくとすぐに滑って落としてしまう。だから抑えるのと運転をギリギリ両立させるために、取手を親指、人差し指、中指で抑えながら、残った指でハンドルを操作している。何で3本なのかと我ながら思うけど、これが結局一番安定する。

 こんな状態で往復は辛い。今日はこれぐらいにして、必要になったらまた取りに行こう。そのときはもう少し運搬方法を考えよう。車はダメだ、そもそも道がない。かといってバイクには乗りたくない。バイクでもし事故でもしたら目も当てられない。もちろん自転車だろうが車だろうが事故は危険だが、バイクで転倒なんてした日には目も当てられない。周りに人がいれば別だけど。そうなると荷車がいいかもしれない。歩きで行くことになるが、その代わり一度に持ち運ぶことができる。でも、荷車ってどこにあるのだろう。ホースは必要なかったけど、やはりホームセンターに行く必要はあるようだ。

 では、午後はホームセンターに行ってみよう。この地域の拠点としている場所から車で10分くらいの場所にある。さっきのガソリンスタンドと違って車で移動出来るルートがあるから、運搬するのに問題はない。他に必要なものがあったらそれも持っていこう。

 こうして俺は午後の目標を決め、一度家路についた。


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