恋をした人、恋された人
♯恋をした人、恋された人
冬が過ぎ、桜が春の訪れを伝える。公園にはシートを敷いた親子連れ、手をつなぎ歩くカップルなどで賑わっている。
大学をでてすぐの交差点にある公園の様子を横目に、ひとり駅の逆方面へ進む。
1月にこの街で一人暮らしを始めたばかりの結城楓は、苦手な寒さのせいであまり顔を上げず歩いていたせいか、このあたりを何も知らなかった。
いい機会だということで、暇な日曜にゆっくりと散歩して店を探している。
ふと十字路を覗いてみると、丁寧に挽かれたコーヒーのいい香りが漂ってきた。
「よってみるか」
コーヒー好きには、たまらない。
* *
カランカラン、と古風な音が鳴り、店内に流れるアコースティック音楽が心地いい。
アンティーク調の店内を一通り見回し、小声で「可愛い店…」とつぶやいた。
どうやら時間が良かったのか、ほかの客は見当らない。
「そうでしょう。いらっしゃいませ、どうぞおかけください。」
奥から店員がでできた。聞かれてしまったのか…。
促されるままにカウンターの一席に座る。
「ここへ来るのは初めてですか?」
カウンターを挟み前に立ち、カップを拭きながら伏し目がちに話す姿には憧れるものがあった。
「はい、外でコーヒーのいい香りがしたんで…入ってみようと思って」
「なるほど。今ちょうど新しい豆が届いたところなんですよ。コーヒーはお好きですか?」
「はい、大学受験の時に世話になってからはまってしまいまして」
「ああ、眠気覚ましにもいいですよね。
でしたら、コーヒーのセットはいかがでしょう?580円で一番人気のものですね。
甘いものは苦手ではないですか?」
「大好きです!」
「そうですか。では、こちらからお選びください」
笑顔でメニューを差し出してくれる。
…さっきから、動作一つ一つに鼓動が早まるのを感じるんだが。なんだこれ…!
「わ、美味しそう!うーん…おすすめとかありますか?」
「そうですね…今日ですと、こちらのベリームースのケーキがお勧めですね。気候とあわせて爽やかな気分になれますよ。」
「あ、いいですね!じゃあそれでお願いしますっ」
「かしこまりました。コーヒーの種類はご希望などありますか?」
しゅる、い…?豆にこだわるタイプじゃない人には一番難しい質問だ。
「あ、えと…特にないです、あんまり詳しくないので…」
「では、オリジナルブレンドでよろしいでしょうか?」
「お願いします」
はい、と短く返事をして、店員さんは奥の調理場に入っていった。
なんだろう、このかんじ…!動きが繊細すぎてドキドキする!
女性の仕草を見ていてなったことはあるが、男性でこうなったのは初めてのことだ。
うう…と頬に手を当てていると、戻ってきた店員さんと目が合った。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえっ!なんでもないです…!」
「? そうですか」
店員さんはふわりと笑い、コーヒーをドリップしに向かった。
なんだこれなんだこれなんだこれ…!!!?
* *
「おまたせしました。どうぞ」
コーヒーのいい香りと、ケーキの甘い匂いが混ざり鼻をくすぐる。
「わ、ありがとうございます…!か、可愛い…!これ、っあ、えっと…」
「秋葉凌と言います」
「凌さん!このケーキ、凌さんが作ったんですかっ!?」
「ああ、それはアルバイトの子が作ってくれているんですよ。とても美味しいですよ」
「へぇ…!いただきますっ」
ケーキを一口食べ、もぐもぐと噛み締める。これはっ・・・これは!!!
「美味しい・・・!!!!」
思わず真顔で戦慄してしまう。
くすくす、と小さな笑いが聞こえる。あ、目の前に凌さんがいるの忘れてた・・・
「面白い方ですね。お名前お伺いしても?」
「あぁ、えっと、結城楓と言います。そこの大学の三年です」
「あ、そこの大学なんですね。結構ここでレポートをなさる方もいらっしゃるんですよ」
話を聴きながらコーヒーも一口。これもとても美味しい・・・!
これは当たりの店を見つけてしまったかもしれない。
ケーキを完食し、コーヒーカップを片手に話をしていると、凌さんのこともだいぶわかってきた。
ここの店長なわけではなく、マスターさんは現在趣味の園芸の会合に行っていること。
26歳で、ここでいろいろ学んだら、いつか自分の店を出すという夢があること。
(本人はそうとは言っていないが)凌さん目当ての女性客が多いが、恋人はいないこと。
コーヒーとミントが好きなこと。趣味はグラス集めということ。
ほかの客がいないのをいいことに、結局一時間近く語ってしまった。
「ごめんなさい、ケーキとコーヒー一杯で長々と居座ってしまって」
「いえ、私も楽しかったですよ。もしよろしければ、またいらしてくださいね。」
「はい、必ずきます!ごちそうさまでした!」
ホントにいいお店だ。
店員さんはいい人だし、コーヒーもケーキも美味しいし、店内も可愛いし、何より落ち着く空間。
…ただ、一時間ずっと鼓動は早まる一方だったので、あの激しい動悸は一過性のものではないらしい。
「お店行きたいけど、心臓破裂するのは嫌だなあ」
20XX,3,25
今日のお客さんは、本当に可愛い人だった。
入ってきた時の店内を見回す姿の愛らしさ。
ケーキを選ぶときの無邪気な目。出した時の目の輝き。
ほおばったあとの真剣な「美味しい」。
コーヒーのついた唇を舐める舌。
話しながらメガネをかけ直す仕草の、隠された色気。
俺はどうやら、結城楓に恋をしたらしい。
名前は伝え合った、「また来る」とも言われた。
それでも、今会いたくて仕方がない。
・・・次来た時には、連絡先でも聞いてみよう。
向こうはどう思っているのだろうか。
少し顔が赤かったのは、陽気のせいだろうか。
それとも・・・うぬぼれても、いいのだろうか。
またのご来店を、お待ちしております。
現在この小説の子達で漫画を書いています。
投稿する場合はPixivさんになると思うので、
投稿次第お知らせしたいと思います。
キャラクター設定を一緒に考えてくれたリア友の皆さん、さっそく二次創作でイラストを書いてくれた後輩、本当にありがとうございます。励みになっております。
初めて私のことを知ってくださった方、はじめまして。あとがきまでお読みいただきありがとうございます。もし気に入っていただければ、今後の更新も楽しみにしておいてくださいませ。
ではでは、次の更新で。