十一話 把握 前編
「翼竜の厩へ? 行ってもいいんですか?」
「ああ、グラン団長がもしかしたらと……詳しい事は現地で説明すると、グラン団長が言ってたでござる」
普段通りの、裁可の仕事中、唐突に申し付けられた命令。
「小竜の問題も片付いていないんですが……」
けれどもクリスは小竜のことが気になっていた。
「そっちは、前のように某が行おう、少し試してみたい事もあったでござる」
とはいえ、命令が下れば断るわけには行かない。
結果としてクリスもなんら解決の糸口を見つけられていないのだ。
引き下がれる理由がない。
「そうですか、では午後は翼竜の方に行きます」
「翼竜の厩は竜の中でも特殊でござるが、何か小竜へ育成のヒントがあるかも知れないでござる。ちょうどよい機会でござる、よく見てくるでござるよ」
「……はぁ、それはわかりますが、前から思ってたんですが、俺は竜に関しては素人みたいなもんなんですが……その辺はどう考えています?」
クリスは前々から疑問に思っていた。
小竜に関して、多少好かれやすい程度では、別に何かを直接解決する程有利な点ではないのではないかと。
それこそ、慣れた人が調査を行うほうがマシな可能性も否定できない。
「素人なりの視線というのも、時には必要であるのでござる」
けれども、ゴリアンは一蹴した。
「柔軟な対応ですね……」
「然り、我らが相手にするのは、竜でござる。竜とはすなわち幻獣が王。エフレディアが国教である十字教、十二使徒が一人エフレディア・ヒューミィ。その相棒十二獣が唯一の生き残り光竜ミナクシェルの直径の子孫と言われているでござる。創世の大戦を唯一生き残った正当なる幻獣……それが竜、人より遥か長い時間を生きる者達でござる。僅か百年生きるのも難しい我らが相手にするには恐れ多い者達でござる。……なれば、矮小な身である我らはあらゆる視点から考察するべきだと思わないでござるか?」
「そうですね……」
何かスイッチが入ったのか、ゴリアンはまくし立てる。
クリスも引きながら同意した。
「然り、特にクリスは解っていないようだから、学んでくるといいでござる。竜がいかに凶暴かを……好かれるという利点の素晴らしさを……」
「?」
「行けば解るでござるよ」
そう言ってゴリアンは神妙に頷いた。
***
クリスの目の前で繰り広げられている光景はまさに、驚愕といえるものだった。
「うーん……」
地面に伏せて唸るもの。
「俺の腕が、腕があああっ」
叫び、悶えるもの。
「くうぇー、こけきょー」
奇声をあげるもの。
ここは、翼竜の厩である。
午後、クリスは命令通り、厩へと赴いた。
俄に騒がしい雰囲気である事は察せれた。
何かをしているというのは、理解できた。
けれども、誰がこのような状況を予想できるだろうか。
クリスの目の前には死屍累々の団員たち。
呻きのたうち、伏せっている。
怪我も相応にしているようで、酷いものなど部位が欠損しているものまで存在する。
まさに野戦病院のような状況である。
「なんじゃこりゃ?」
思わず漏れたクリスの言葉。
「新人への洗礼だよ」
それに答えたのはオランだった。
「洗礼……ですか?」
「そう洗礼……そこでうめいてるのは騎士部隊の新人たちさ」
そう言って地面に転がる、団員たちを指出すオラン。
制服に肩章がないことから、クリスと同じく新人だという事がわかる。
黒い影がクリスの上にかかる。
「ああああーーーー」
上を見上げればそこには、叫びながら落ちてくる黒い物。
クリスは思わず飛び退いた。
ドサッという音。
「ぐぁ……」
呻きをあげて、のたうつのはこれまた団員だった。
クリスの知らない別の正式な団員が近寄って何事かを手元の紙に書き込んだ。
けれども、書き込むだけで何も言わずに、去ってしまう。
その後ゆっくりとオランが、のたうつ団員に活性化の魔法をかけた。
「これはいったい……」
「上に行けば解る、団長も上にいる」
そう言ってオランはクリスを促した。
クリスが上を見上げればそこには生い茂る、巨大樹の枝葉。
上で何が起こっているかは下から確認ができなかった。
けれども、耳をすませば聞こえるのは、騒がしい音。
巨大樹を登るために、クリスはあちらこちらに掛けられた縄梯子を登っていく。
厩……巨大樹は主に三層に分かれている。
根元であり、枯れ葉や落ち葉、翼竜の糞が溜まっている一層。
厩の骨組み入り組んだ枝葉が絡みついた二層。
頂上、竜の寄り合い所である三層だ。
そして、あちらこちらにある巨大樹の虚は餌場あったり、寝床だったりする。
クリスは二層の中間付近まで登ったが、それでも何も確認できなかった。
となるともっと上。
三層の寄り合い所で事は起こっているらしい。
クリスは警戒しながら、頂上へと足を向ける。
枝葉をかき分け、頂上へとつながる縄梯子を登る。
ざわめきが段々と大きく聞こえる。
そして、登り切った。
大きな枝葉のせいで薄暗かった視界から一転、クリスの視界は急激に開けた。
そこに居たのは無数の団員と……たった一匹の翼竜だった。
「来たか、クリス」
登ってきたクリスを見つけたのだろう、声をかけたのはグランだった。
その手には、翼竜の口から伸びる手綱。
どうやら翼竜は口輪をはめているようだ。
そして、翼竜は口輪をしても尚唸っている。
どうやら気性の荒いやつのようである。
「グラン団長、お呼びと聞いて参りました。何か御用ですか?」
「あー、少し待っててくれ」
「では、待たせて頂きます」
そう言ってクリスは少し出っ張った枝に腰かけた。
いくらかの視線が突き刺さる。
「エーゲン、前へ」
グランの声。
名前を呼ばれた一人の騎士が前にでる。
そして、そっと翼竜に近づいていく。
翼竜まであと数歩という所で、それは起こった。
翼竜は尻尾を振るう。
エーゲンに向かってなぎ払われる尻尾。
このままでは大怪我だ。
人間と翼竜の質量差。
あたってしまえば、いかに重厚な鎧を装備していようと怪我は免れない。
そんな一撃。
けれども、エーゲンはそれを飛び越えた。
軽い笑みを浮かべて。
「「「おおっ」」」
その姿に周りから歓声が起こる。
けれども、その歓声はすぐさま悲哀の声に変わる事になる。
翼竜は、恐るべき速度でその翼をエーゲンに打ち付けたのだ。
尻尾よりも明らかに速く。
翼竜の翼は強靭で、柔軟だ。
最速を駆けるその身体、決してやわでない。
つまるところ尻尾などの一撃よりも遥かに速く、重いのだ。
エーゲンは笑を浮かべたまま叩き落とされた。
「「「ああっ……」」」
周りの悲観の声と共に、ガサガサと枝葉に打つかり下に落ちていく。
「……だから降ってきたのか」
クリスは一層での光景の理由を理解した。
「おうよ、新人への適正検査らしいぜ?」
聞いたことのある男の声にクリスは振り向いた。
そこに居たのは先日食堂で出会ったグリフィスだった。
「グリフィスだったか……?」
「おう、覚えていてくれたか、兄弟!」
そう言ってグリフィスは朗らかに笑を浮かべた。
相変わらず声がでかい暑苦しい男である。
「お前も居たのか。それで適正検査ってのは何だ?」
「ん? 見りゃ解るよ。ほら」
グリフィスが示すのは、翼竜の手前。
名前を呼ばれたのだろう既に別の騎士がそこに歩み寄っていた。
その騎士は翼竜に先ほどの騎士よりも近づいた。
そして、ゆっくりとその体に触れた。
「「「おおお……」」」
途端にあがる歓声、その後騎士はゆっくりと翼竜から距離をとった。
「度胸試しか?」
「おう、翼竜の攻撃を避けて、首元に触れたら合格。竜騎士に成れるかどうかが決まるんだぜ?」
「へぇ? 叩き落とされた連中は権利喪失ってところか?」
「らしいな、俺も正直ドキドキしてる!」
「そうか、がんばれよ」
何処か他人ごとのように呟くクリスにグリフィスは不思議そうに目を細めた。
「クリスはやらないのか?」
「いや、俺は技術部だし、やらないんじゃないか?」
「そうかー、まぁお前ちっこいしなぁ……尻尾の一撃でも食らったら死にそうだよな」
「……そうだな」
クリスとグリフィスが話し込んでいるとついにグリフィスの番になったのか、グリフィスの名前が呼ばれた。
「お、俺の番だ! ちょっと行ってくるぜ!」
「叩き落とされてこい」
「ひどいな!?」
笑いながらもグリフィスはゆっくりと翼竜へと近づいていく。
後数歩という所まで近づき、ゆっくりとその手を伸ばす。
その時翼竜の尻尾が動く。
けれども、グリフィスは身を伏せて尻尾を避ける。
そして、起き上がると同時に跳ね上がり、翼竜の首元を手で触った。
「「「おお……」」」
そして歓声。
グリフィスは拳を空へ突き上げた。
「よっしゃ!」
羨むもの、悔しがるもの、感嘆するもの、様々な視線が交錯する。
帰りもゆっくりと噛みしめるように歩いて帰ってきた。
「おめでとう」
クリスは軽い拍手をして出迎えた。
「ありがとう兄弟!」
それからも、続々と挑んでは叩かれ、挑んでは触り、勝どきをあげるものの二種類に分かれた、結果残っていた新人はクリスを除いた十人程だった。
「今期の新人は豊作だな……お前ら十一人には、これから竜騎士としての訓練を受けてもらう」
全てが終わりグランがそう締めくくる。
十一人。
明らかにクリスも入っている。
「え? 俺も?」
思わず漏れた言葉はグランの耳に届いた。
「クリスは技術部だから翼竜の騎乗は必須だぞ、一緒に勉強してもらう。戦闘部隊ではないが輸送部隊で翼竜を使うこともある」
「はぁ……そうなんですか」
何処か釈然としない理由。
クリスとて訓練を受けれる分には嬉しいが、試験をくぐり抜けた連中の中にいては若干気まずい。
けれども、決まりならばクリスとしてはどうしようもない。
「納得行きません!」
けれども、当然批判の声が上がる。
声の出元は、膨れ上がるような筋肉を持つ男……ジスタンであった。
「お前は……名前なんだっけ……?」
「ハッ、我名はジスタン・トライム。 エスライ・トライム候爵が次男であります!」
「あー、うん、騎士団内は名前だけでいいぞー? それでジスタン。何が気に食わないんだ?」
「其奴にも試験を受けさせるべきです、今此処で! でなければ納得できません!」
その言葉に複数の騎士も同意したとばかりに頷いた。
思わずクリスも頷いた。
「お前まで頷いてんじゃねーよ!」
「つい……」
グランに軽口を叩くクリス。
けれども、それが余計にジスタンに火を注ぐのか、ジスタンの目尻は釣り上がる。
「自身でも頷くというなら、やってみるがいい!」
そう言って翼竜を指し示す。
そこには既に試験を終えて口輪を外された翼竜。
「まぁ、いいですよ、それで納得するなら……首元に触ればいいんですよね?」
「ああ……」
グランの肯定を聞くと、クリスは翼竜に向かって歩き出す。
「グルァ!」
翼竜は牙を剥き出しにクリスに唸る。
けれどもクリスは自然体。
まるで警戒などしていない。
近づく程に、翼竜を唸りを上げる。
けれども、後数歩という所。
唐突にうなりは止んだ。
そして翼竜はクリスを見据えた。
そして、クリスも翼竜を見据えた。
互いに目と目をあわせる。
何秒、何十秒が過ぎただろう。
息を呑む音。
まるで時間がとまったかのような感覚。
そして、それは唐突に訪れた。
翼竜は頭を垂れた。
クリスはそれをみて笑うと、ゆっくりとその首元に手を当てた。
驚いたのは団員たちだ。
グランは予想していたのか、苦虫を噛み潰したかのような表情である。
「これでいいだろう?」
クリスはそういうと、不敵な笑で団員たちを見回した。




