表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
零章 過去の夢 一節 暗中模索
95/121

七話 翼竜騎士団 初日 後 

「食事はここに運ばれてくるから、基本的には翼竜(ワイバーン)が勝手に食う」


 そう言って目の前の男が指し示すのは、床元。

 そこには、青白い光を放つ超大な魔法陣が設置されていた。

 転送用の魔法陣である。


 周囲には生臭い匂いと共に血の跡がこびりついている。


 その匂いと汚さに、クリスは少しばかり眉を潜めた。


「臭いか? 慣れないと辛くなるぞ?」


 そういって気遣うようにクリスに声を掛けるのは、朱色の髪を逆立てた男。

 翼竜騎士団の黒い騎士服を着込んでいる。


 男の名前はオラン、クリスの指導役の騎士である。


 クリスはジャックに厩に連れて来られ、その後彼を紹介されたのだ。

 その後クリスはオランに厩の案内をされていた。


 そして、今は案内途中で立ち寄った、厩の中にある翼竜の餌場である。


 円柱形の厩の、その中心。

 文字通りの中心に餌場は存在した。


 そこは、厩の中に生える、厩程の中を殆ど覆い尽くす程大きな、巨大樹の虚である。


「大丈夫です」


 すぐさま表情を戻し、答えるクリス。


「貴族のぼんぼんなんかは、すげぇ嫌そうな顔するけど、お前は大丈夫そうだな」


 オランは、頷くと、外へ歩き出す。

 慌ててクリスも続いた。


 外に出ると、涼しい風がクリスの頬を撫でた。 

 同時に、クリスの視界に移るのは、とてつもない大きさの木の枝葉。

 その太さでいえば、半径がクリスの持つ、両手剣(バスタードソード)より遥かにでかい。


 さらに夥しい程の太い弦が縦横無尽に張り巡らされている。


 上を見上げれば、枝葉や弦が張り巡らされ、所々に翼竜(ワイバーン)の姿がかいま見える。


 翼竜(ワイバーン)二百匹が住む巨木。


 それが、翼竜の厩の正体であった。


 これが、たった一つの樹だというのだから、クリスは下から見た時に驚いた。


 翼竜の厩は、巨大な円柱状に作られている。

 中に入るとすぐに見えるのは、その巨木。


 地面から生えるそれは、厩の天井までその枝葉を伸ばし、厩全体に弦を伸ばし、まるで建物と一体化してるかのような印象を見るものに与える。


 オランはそんな大きな枝葉を足場に軽々と跳んで先へ進でいく。


 クリスもなんとか見失わないようにと、ついていくのがやっとだった。


 たどり着いたのは、その巨木の天辺。


 厩の半球状の天井に仕切りはなく、骨組みだけが存在している。


 そして、その上に佇むのは、無数の翼竜(ワイバーン)達。

 

「ここは……?」


翼竜(ワイバーン)の寄り合い所……みたいな場所だな。大抵皆ここにいる」


 二人が骨組みの上に乗ると、一匹の小さな翼竜(ワイバーン)が骨組みの上を伝って歩いてきた。


「おう、チキャーナ元気か?」


 オランが軽く手をあげると、その手に顔を押し付けた。


「グルゥ」


 喉を鳴らし、猫のように体をすり寄せる。


「甘えん坊だな、まったく」


 オランも、悪い気はしてない様子で、チキャーナの体を撫でくりまわす。


「獰猛じゃなかったのか……?」


 クリスの呟きが聞こえたのか、オランが振り向いた。


「ん? 獰猛だぜこいつら? ただチキャーナは特別小さくてな……」


 言っている間も撫で回す手は止めないオラン。

 チキャーナも眼を細めて、うっとりとしている辺り、確かにその姿は心を開いてるといっても過言ではないのだろう。


「クリスも触ってみるか? ほらチキャーナ」


 そう言うとオランがポンとチキャーナの首を軽く叩いて、その後クリスを指さした。

 すると、チキャーナゆっくりとクリスに近寄っていく。


 小柄とはいえ、翼竜(ワイバーン)

 その大きさはゆうに五メートルを超える。


 小柄な今のクリスと比べるならば、大人と子供というようなレベルではない。


 大人と乳児。


 それくらい大きさに違いが合った。


「……」


「……」


 眼をあわせる、一頭と一人。


 一頭は、興味津々に。


 一人は、緊張気味に。


 そして、二人の距離は徐々に縮まっていく。


 ゆっくりとチキャーナが首を伸ばす。


 ゆっくりとクリスが手をの伸ばす。


 そして、触れた。


 クリスの手に伝わる手触りは、なんとも言えない硬質な物だった。

 けれども、滑らかで、暖かかった。

 しばらく撫でていると、緊張が解けたのか、チキャーナも気持ちよさそうに眼を細めた。

 そしてゆっくりと頭を垂れた。

 

 ――しそさま。


「え? オラン先輩、何か言いました?」


 唐突に聞こえた声に、クリスがオランを見れば、オランは口をあけて呆けていた。

 

 そして、我に帰ったオランは奇声を発した。


「な、ななな……」


「な?」


 慌てふためくオランは、言葉を喋れない程に驚いているらしく、口をなんども平開させ言葉にならない悲鳴をあげていた。


 そして、震える手でそれを指さした。


 その先には(こうべ)を垂れたチキャーナの姿。


「うん?」


 何も可笑しい事はない。


 ただ、頭をなでて欲しいのだろう。


 そう思ってクリスはチキャーナ撫でた。


「グルァァァァ」


 高い唸り声、まるでそれは喜んでいるかのような。


 そして、直後クリスは空を飛んだ。


「おわっ!?」


 そして、乗せられたのはチキャーナのその首。


 すっぽりとその首元に収まった。


「チキャーナ!? クリス! 下手に刺激するな!」


 オランが慌てて叫ぶも、既に遅く。


「ギギャァ」


 チキャーナの小さい掛け声。

 それは出発の合図だった。


 クリスを襲うのは浮遊感。


 そう、チキャーナはその翼を大きく羽ばたいていた。

 風が舞い上がり、木の葉が揺れ、その場に浮き上がる。


「飛ぶのか?」


 オランとは反対にクリスはとても冷静だった。

 けれども、頭とは反対に、内心、胸は早鐘のように鳴り響く。


「クリス、降りろ!」


 オランが叫ぶが、クリスには何も聞き取れない。

 そこに居るのは、自身とチキャーナのみ。

 だからだろうか、クリスに迷いはなかった。


 そこにあったのは純粋な願望のみ。

 飛びたいという願望。


 故に、クリスは迷いなく命じた。


「ああ、いいぞ。飛べ」


 そして、飛んだ。


 高く、高く、高く。


 羽ばたき、前に、前に駆けていく。


 幻獣最速と言われる翼竜(ワイバーン)


 その最高速度は有に時速五百キロを超える。


 クリスに壁とも言える暴風が吹き荒れる。

 本来なら吹き飛ばされ墜落するであろうほどの衝撃だ。


 けれども、それは防がれた。

 いかなる力か、淡い緑光がクリスを包む。


 その光は翼竜(ワイバーン)の力である。

 風を読み、風を駆ける翼竜(ワイバーン)が、風を操れないはずがない。


 風はまるでクリスが居ないかのように流れ去る。


 鞍すらつけていない、不安定な翼竜(ワイバーン)の首元。

 だというに、しかし、クリスは落ちる気はしなかった。


「いいぞ、行け……試してみろ」


 クリスの呟き。

 それに合わせるかのように、チキャーナは空を駆ける。


 雲を切り裂き、上昇し、大きく体を回転させる。


 地上すれすれまで、滑空したかと思うと、そのまま急上昇。


 今度は錐揉みで、森に突っ込んだ。

 

 木々をなぎ倒し、回りを破壊し、再び空へと駆けのぼる。


 まるで弧を書くようにに厩の回りを旋回する。


 そして、上昇。


 遥か高所で、滞空。


「アッハハ、最高だなお前っ!」

 

 冷静だったクリスも、感情が昂ぶり、思わず声がでる

 まるで、チキャーナと一体化したかのような、感覚。

 チキャーナの言いたいことが、やりたいことが、何もせずとも伝わってくるような感覚。

 あり得ないと頭では理解している。

 けれども、クリスには解るのだ。


 クリスはまるで手足の如くチキャーナを操り空を飛んだ。

 何度も、空を駆けた。

 何度も、何度も、何度も……。

 まるでいつまでも、飛んでいられるような感覚だった。

 

 しかし、それはやってきた。


「いいぞ、次は……ん、そうか」

 

 チキャーナの限界だ。


 クリスは残念そうな顔をするものの、チキャーナを思い、ゆっくりと厩へと降り立つことにした。


 降り立ったそこに居たのはオランだけではなかった。


 団長、副団長、ゴリアン、その他見たこともない団員達がそこに集まっていた。

 一様に険しい顔をしている。


「何をしてるんですか?」


 飄々とチキャーナから飛び降りるクリスに面食らったかのような団員たち。


「何ってお前っ!」


 オランが走り詰め寄ろうとしたが、それを手で制したのはグランだった。

 そして、グランはクリスへと向き直る。


「……なにをしたか解っているのか?」


「何をって、彼女と飛んだだけでしょう?」


 クリスが不思議そうな顔をして、チキャーナを指し示す。


「彼女? オラン、クリスに竜の雌雄の見分けを教えたのか?」


「いえ、自分はまだ案内しか……」


 グランは、眉を顰めるとクリスへと視線を向けた。 


「竜の雌雄は、俺達でも中々難しい、しいて言うなら雌のほうが体がでかいくらいだが……、チキャーナは雌にしてはとても小さい。なぜ解った?」


「なぜって……?」


 そこでクリスは首を傾げた。


 ――なぜ俺は、チキャーナが雌だと知っていた?


 思考するも、出てくるのは疑問だけ。


 ただクリスは解っただけ。

 そこに理由など介在しなかった。


「幻獣に騎乗した経験は?」


「いえ、ありません、馬だけです」


 その言葉に辺りがざわめいた。


「才能か……?」


「馬鹿な、才能のあるやつでも一年以上かかるはずだ、それに鞍もない」


「なら、なぜだ!」


 喧々諤々と言い争いが始まった。


「こんな、小僧っ子を認めるわけにはいかん!」


 一人の団員が駆け出し、クリスを殴りつけようとしたのか手を振り上げる。


「やめろ、ヴァルム!」


 グランや、他の団員が抑えようと駆け出すよりもそれは早かった。

 ブオンと、ヴァルムと呼ばれた男の上を何かが横切った。

 直後に、ヴァルムは空に投げ出され、巨大樹の葉にたたきつけられた。


「ミューデルト、お前……」


 それを成したのはグランの愛竜。

 翼竜が女王、ミューデルトだった。


 ミューデルトはクリスの前に佇むと頭を下げた。


「えっ、何、助けてくれたのか? 何? お前も撫でて欲しいの?」


 困惑したのはクリスのほうだ、とはいえ撫でるしか無い。

 ゆっくりと撫でるクリスに、ミューデルトは眼を細める。


 ――しそさま。


「団長、何か言いました?」


「いや……?」


 言えるはずがない。

 グラン達はミューデルトの行動に唖然とし、何も出来ずに居たのだから。


「クリス、お前は竜を操れるのか?」


「は? そんなわけ……」


 ふと思い出すのは、チキャーナに騎乗したときの、まるで一体化したかのような感覚。

 けれども、クリスは首を傾げた。

 操れるというわけではない。


「操れるわけないでしょう?」


「なら、これは翼竜(ワイバーン)達が勝手に行ったというんだな?」


「そうでしょう? 自分は翼竜(ワイバーン)に会うのも乗るのも今日が初めてですよ」


 何を言ってるんだとばかりに、クリスは胡乱げな視線をグランへと向けた。


「そうか、お前には才能があった、という事にしておこう、皆戻るぞ」


 グランは、回りの団員を促した。

 団員は不満気な視線をクリスに向けるものの、渋々と下に降りていく。

 そこに残ったのはオランとジャックだった。


「結局団長達は何しに来たんですか?」


 クリスはジャックへと問いかけた。


「オランが駆け込んできてな、クリスがチキャーナに連れ去られたというから、助けに来たんだ、新人はたまに食われるからな」


 さらっと、とんでもない事を言うジャックだが、その眼は真剣だった。

 ちょっとばかりクリスは頬が引きつった。


 ――その割には、心配というより怒ったような感じだったがな?


「そうですか……心配を掛けて申し訳ありません」


 クリスは疑問に思うが、荒立てないために謝罪した。


「気をつけるといい、オランもいつまでも呆けてないで、行きたまへ、クリスは俺が宿舎へ送っていこう」


「すんません……俺がもっと気をつけていれば、まさか行き成り頭を垂れるなんて……」


「いや、気にするな、俺も驚いた」


 二人の会話に、特有の言葉が入り込む。 

 クリスは気になり反復した。


「頭を垂れる……?」


「ああ、(ドラゴン)は相手を認めると頭を垂れるんだ……下げられたら乗っていい」


「へぇ……じゃぁ俺チキャーナとミューデルトには乗れるのか……」


 クリスはその事実に少しばかり胸が高鳴った。

 思い出すのは空を駆けるその興奮。

 癖になりそうな程の快感だった。


「チキャーナ、またよろしくな……」


 そう言ってクリスはチキャーナを撫でた。

 チキャーナは嬉しそうに、眼を細めた。

 すると、今度はミューデルトが嫉妬するようにクリスに頭を押し付けた。


「おいおい、わかった。お前も撫でるから、そう急かすな」


 二匹の翼竜(ワイバーン)は競うように、クリスへ擦り寄った。


翼竜(ワイバーン)に好かれる体質か……?」


 オランが不思議そうに首を傾げる。

 

 気づけば周りには、他の翼竜(ワイバーン)まで寄ってきている。

 クリスは、どんどん囲まれていく。


「ちょっ、舐めんな。べっとべとになる。騎士服食うんじゃねえ……ぶえ」


 流石に好かれすぎである。

 オランがどうやって助け出そうかと、考えている時だった。


 クリスの騎士服、その上着が、剥がされた。

 現れたのは、晒しに巻かれた、薄い胸。

 けれども、其処には本来男にはない、膨らみが確かにあった。


 さらにまとめてあった髪留めは外れ、髪は解かれた状態が拍車をかける。


「副団長……俺、幻覚でも見てるんすかね……? クリスが女に見えます」


 オランは目元をこすりながら、再度クリスの様子を確認した。

 翼竜(ワイバーン)がじゃれているせいか晒しは先ほどよりも緩み、その形が先ほどよりも見えやすい。


「ああ、それはそうだろう……? だってクリスは……」


 そこでジャックは思い出したように、言葉をつぐむ。


「禁則事項だ」


 そして、真面目な顔をして宣った。

 ジャックが何処か抜けているのは翼竜騎士団では周知の事実。


「そうですか……」

 

 オランはジャックの台詞に呆れた様子で流した。


 余談だがオランとクリスは宿舎で同じ部屋の予定である。


 この日から、オランにとって苦悩の日々が始まる事になるのは別の話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ