六話 翼竜騎士団 初日 前
「俺が聞いてたのは、息子という話だったんだけど?」
疑問に満ちた声が、執務室に響く。
ここは翼竜騎士団が執務室である。
声の主は黒い瞳のハゲた男。
黒い騎士服を少し崩しながら着込んでいる。
翼竜騎士団団長グラン・サーシェスだ。
「ですから息子です、理由はその書状の通りの内容と成っています」
高い声がそれに、答える。
声の主は、青い瞳に金髪の少女……クリスである。
「いや、わかるよ。失伝魔法でその姿、うん、わかる。でもそれ姿形だけじゃないでしょ?」
「質問の意味がわかりかねますが?」
クリスは淡々と返す。
「いや、わかってるよね、絶対わかってるよね、君」
けれどもグランは引きさがらない。
「質問の意味がわかりかねますが?」
それでもクリスは淡々と言葉を繰り返す。
けれどもそれは、苛立っているということだ。
「言わないとダメか?」
グランは、ため息をつくと、ゆっくりとけれどもはっきりと告げた。
「君その状態で魔法使えないでしょ?」
「……ちっ」
「ねぇ君今、舌打ちしたよね、絶対したよね? 仮にも上司に向かって舌打ちしたよね」
「お聞き間違いでしょう……魔法は使えない事もないです、ただしどの魔法を使っても小魔力枯渇で倒れますが」
「開き直ってる、何この子……魔法使えないのにどうやって騎士やるのよ? 騎士なんて荒事の世界よ? 騎士学校で学んでるでしょ?」
まくし立て、頭をかかえるグラン。
「成績的には問題ないはずですが」
「そうだね、騎士学校の成績はいいね。うん。でもこれ男の時の成績でしょ?」
「ちっ」
「また舌打ちしたよ。畜生! 公爵家だからって俺は甘くしないぞ?! 受け入れないっていう選択肢だってあるんだからな?」
「でしたら、書状に書いてある通り、出資の件は手を引かさせていいただきます……」
「あ、すいません、嘘です」
すごすごと引き下がるグラン。
翼竜騎士団は文字通り、翼竜を使役する騎士団だ。
翼竜は幻獣でも最強と呼ばれる竜種である。
その強さ、大きさは他の幻獣を遥かに凌駕する。
しかし、大きさをも凌駕するということは、食べるものも必要だ。
そのため維持費も幻獣最強なのである。
翼竜騎士団の出資者としてリリィ家が五割以上が占めている。
そして、クリスがなぜここまで強気なのかというと、クリスの貴族としての仕事に関係がる。
リリィ家次男としての仕事は出資者である。
クリスは元々ラプンツェル男爵家というリリィ家有数の豪商の一人息子である。
商人なのに爵位があるほどの豪商だ、軍部に影響を与える事のできる程の資産を有している。
その伝手を使わないわけがない。
アーノルドはそれを利用し、出資者としての仕事をクリスにさせていたのである。
それは食糧援助から場合によって武具の手配まで、クリスが手を出していた事になる。
故に、ここでクリスにへそを曲げられてしまうと翼竜騎士団は後々の経営が辛くなるのである。
「いいから、とっとと配属決めろよ……ください」
「もう敬語すら可笑しいからね? 本音漏れてるからね?」
グランの態度に、拉致があかないとクリスはため息を付いた。
結局のところグランも了承などしたくないのである。
当然といえば、当然だろう。
騎士団という男所帯。
そこに中身は違えど、体は女。
何が起こっても可笑しくはない。
仮に戦争や任務で死ぬのは良い。
否、良くはない。
良くはないのだが、対面は保たれる。
だが、仮に騎士団内部で女性問題? など起こってしまえばそちらのほう大変だ。
男など皆飢えた獣にも等しいのだ。
本人に問題がなくとも、回りが問題を起こしてしまう可能性は大いにある。
それに翼竜騎士団は血の気が多いことで有名である。
騎士団同士の流血沙汰などご法度である。
しかも、其の原因が今回のような特殊な事例であれば責任を負わされるのはほぼ確実に団長であるグランである。
故に、グランは悩んでいた。
すでに半べそで、何処かいい落とし所を探している。
一方クリスは、グランを見て男の涙など見苦しいと思っていた。
「なんでもー、こんな状態なら普通家に匿うでしょう? リリィ公爵もなに考えてるのか……」
「自分は妾の子なので、殺したいんじゃないでしょうか?」
淡々と予想を踏まえた事実を述べるクリス。
「ああ、なるほど……ってさらっと何言ってんの?!」
叫ぶ、グラン。
「まぁまぁ、いいじゃないですかグラン。技術部ならできない事もないでしょう」
そこで、折衷案を出したのは酷薄な容姿の男。
副団長のジャック・スイラーである。
「ああ、確かに……技術部か……そういや先週一人減ったな……」
「技術部?」
クリスの疑問にグランは答えた。
「翼竜騎士団は三つの部署に分けられてる。一般の騎士部隊、精鋭の竜騎士部隊、雑用の後方部隊だ。そのなかの後方部隊の一つが技術部だな、主に魔法や武具の研究や翼竜の世話を担当している……」
「あまり前衛には出ないのですね」
「基本はな、ただ後方支援は狙われやすい。戦場なんかじゃある意味一番危険な部隊だ」
「構いません、返り討ちにします」
クリスは、承諾する。
「いや、構いませんて……あーもう、わかった、配属は技術部にしよう。ああそれとその魔法は口外してはいけないんだよな?」
「父上からは、そう伺っております。何分失伝魔法なもので」
「何その無茶ぶり……事実を隠しながら君に武功を挙げさせるとか、俺に対する嫌がらせとしか思えないんだけど、君の父上」
「紛うことなき、嫌がらせでしょう……、騎士学校時代にサーシェス団長殿に女を寝盗られたと聞いています」
「ちがうし! ライアとは両思いだし! え、何? アーノルドもライア狙いだったん? あいつ花屋のジョセフィーヌとか肉屋のカレンとも噂あった癖に?」
昔の事を思い出したのか憤慨するグラン。
一方クリスは父の好色ぶりに頭を抱えたく成った。
この分では、しらぬ兄妹が他にいても可笑しくはない。
「いえ、自分は父親の甘酸っぱい恋話に興味はないので、詳しくないです。たまたま古くから使える執事が酔ったおりに、吐露したのを小耳に挟んだだけです」
「そうなの?」
「ええ、父上がムカつくので弱みの一つでも握ってやろうと、執事を懐柔した時にたまたま聞きました」
「たまたま? それ本当にたまたま? たまたまって意味わかってる?」
「ちっ」
「また舌打ちしたよ、何なの……もう嫌」
憔悴した顔を見せるグラン。
けれどもクリスは気にもせずに、話を続けた。
「配属は技術部でよろしいですか?」
「……ああ、うん。後さ、男の振りを頼むよ? 一応男所帯だし、何かあってもこちらとしても責任は……」
「構いません、それと男の振りなど必要ありません、自分は元々男ですので」
言い切るクリス。
クリスとてそれなりに準備はしてきていたつもりである。
胸は晒で締め付けた。
髪も縛って後ろにまとめあげた。
低い声も練習し、十分ごまかせると判断していた。
「そう言われれば、そうなんだけど。他になんて言えばいいの? 失伝魔法ばれないようにね?」
「重々承知しています」
「後……」
「グラン、そのくらいで良いだろう」
そう言って、ジャックはグランを止めた。
「……ああ、そうだな。ジャック後は頼む」
何かを諦めたような疲れきった顔をして、グランはジャックに後を委ねた。
「了解だ。さて行こうかクリス。案内する」
「ハッ」
ジャックとクリスは騎士の礼をすると、力なさ気に手をふるグランに見送られ、部屋の外にでた。
ジャックの先導で、騎士団内部を歩いて行く。
「何か質問はあるか?」
ジャックの問いかけ。
「なんでもよろしいので?」
「ああ、なんでも構わない」
ひとしきりクリスは考えると静かにそれを口にした。
「あれが、最強ですか?」
「ああ……」
ジャックは小さく頷き、そして微笑った。
「確かにあの半べそ姿からは想像できないだろうが、間違いなく最強だ。普段ならば新人相手はもう少し厳かなんだがな、君がリリィ公爵の息子だからだろう、少しはしゃいでいたよ」
「はしゃいで、ですか?」
「騎士学校時代はよくつるんでいたそうだよ。言わば、好敵手という間柄だったそうだ、
その息子が自分の部下になるんだ、はしゃぐに決まってるだろう?」
そう言うとジャックはくつくつと笑う。
「想像できないかね?」
クリスの脳裏に厳かで仏頂面な、父の顔が過る。
「ええ、まぁ……」
「何にせよ、翼竜騎士団にいるのだから、そのうち実力をみる機会もあるだろう。戦ってみるか?」
「いえ、男の時なら兎も角、今の自分では流石に……」
その言葉にジャックは興味深そうに眼を細めた。
「男の時なら勝てる……と?」
「いえ、言葉の綾です。申し訳ありません」
素直に謝罪するクリスに、ジャックは笑う。
「いやよいよ、君のような若者は上を目指さなければな、我々も先人として胸を貸そう」
「お言葉痛み入ります。その時は胸をお借り致します」
「そうすると良い」
二人は騎士団の宿舎の奥に進んでいく。
翼竜騎士団の宿舎、駐屯所はエフレディア王国首都ミナクシェル南東に存在する。
山脈、切り立った崖の多い山腹に存在する。
これは、翼竜による国境偵察の関係上、最も都合のよい位置であるからだ。
二人は山腹を歩きたどり着く。
「さて付いたようだ、ここが技術部だ」
ジャックが指し示す先を見てクリスは眼を丸くした。
「ハイ?」
思わず間抜けな声をあげるクリス。
それも致し方無いだろう。
クリスの目の前に広がるそれは、広大な……森だった。
狭い切り立った山腹にあるとは思えない程、大きな白い木々。
あちらこちらから太く長く伸びる弦は、崖と崖をつなぐほどの橋となる。
見たこともないような草花が咲き乱れ、中に浮く花すらある。
水は崖下から、這い上がりそらへと消え、虹が常にかかっている。
魚は陸を歩き、鳥は水中を泳ぐ。
そこは特殊な生態系で満ちていた。
「翼竜の飼育が主だからな、主にこの森が活動拠点になる。ここの土地は全て翼竜騎士団のものだ気兼ねなく使え……内勤業務はそこの小屋」
ジャックが指差す先には、森の入り口にみすぼらしい小屋が一つ。
「いやいやいや、まずこの森の説明をですね?」
クリスが唖然としていると、ジャックは小屋の扉を開け放つ。
慌ててクリスもそれに続いた。
「ゴリアン、パンジ、オラン。居るか?」
小屋の中に居たのは、肌の黄色いく眼が黒い。
髪の毛は短く、顔中に傷があり、その眼光は鋭い。
けれども、女のクリスよりもさらに小さい男だった。
「副団長様でござるか? 何用でござる?」
「ゴリアンだけか?」
「オランとパンジはルーベリアの様子を見に行ってるでござる。してそちらは?」
「新人だ」
急とはいえ、紹介され、戸惑いながらもクリスは握手しようと、手を差し出した。
「クリスと申します、よろしくお願いします」
けれども、ゴリアンは一瞬だけ視線をさげたが、結局手はださずに顎をかいた。
クリスは空振った右手を所在なさ気に平開した。
ゴリアンの態度にクリスは眉根を寄せるが、ゴリアンは気にもしないで、クリスを見た。
「新人でござるか。ああ、先週一人食われたから増員でござるな……」
「食われた?」
物騒な言葉に思わず聞き返す。
するとゴランは面倒くさそうに、答えた。
「翼竜は竜種の中でも特に獰猛。気位が高いのでござるよ。前の新人は翼竜を怒らせて食われたのでござる、お主も食われないようするでござる」
ゴリアンは淡々と言い放つと、すぐに視点を下に向けた。
どうやら書類を書き込んでいるようで、その手は淀みなく動いている。
「気にするな、クリス。技術部は変わり者が多くてな……残りの二人はルーベリアの所か、厩に案内しよう」
ジャックの言葉クリスはしぶしぶうなずき、二人は小屋をあとにして、森へと向かった。
太い弦を渡り、木と崖の間を進んでいく。
数分もしないうちに、それは見えた。
それは厩と聞かれたら、疑問視を浮かべるだろう形であった。
丸い円柱状の建物、天井も円形で、それはまるで鳥かごのような形をしており、その建物は全て白い木々でできていた。
そして、それは、クリスが見た今までのどの建物よりも大きさだけは大きかった。
「大きいですね……王宮よりも」
「竜の厩は初めて見るかい?」
「はい、ここまでの物とは思いもしませんでした」
クリスの素直な感想にジャックは微笑んだ。
「人よりも遥かな大きな者達だからね、普通の竜ならさほど、高さはさほど要らないのだが、生憎と翼竜は飛ぶのでね、結果あの大きさになった」
段々と近づくとわかるその大きさ。
近くまで行くともう、上をみあげる事は叶わない。
そして、空には飛び回る翼竜の群れ。
それは優雅に。
まるで楽しむかのように、空を飛んでいた。
「良いな……」
クリスはその光景に眼を奪われた。
まるで空を泳ぐかのように、飛び回る。
時には、下降し上昇し。
翼竜達はどこまでも自由に飛んでいけるかのように羽ばたいていた。
ふと湧き上がる、郷愁と羨望の思い。
あそこに混ざりたい、自分も自由に空を飛びたい。
そんな思いをクリスは抱いた。
「君もか……」
唐突に響くジャックの言葉。
「君も?」
思わず聞き返せば、ジャックは懐かしそうに、クリスを通してクリスではない誰かを見つめていた。
「いやなに、随分と彼らを羨ましそうな顔をしていると思ってな、前にも同じ顔をした人がいた」
そう言って、ジャックは懐かしそうに微笑んだ。
「どなたでしょうか?」
「陛下……。ギリアス・エフレディア陛下だよ……、陛下も初めてここに居らっしゃった時は、クリスと同じ顔をなさっていた……エフレディア王家に連なるものには竜の血が流れているというが、あながち間違いないのかもな……」
「竜の血……」
呆然とけれども、何かを噛みしめるように反芻するクリス。
ジャックは尚も問いかける。
「皆はお伽話というが、俺はあながち嘘ではないと思うが、どうかね?」
「……自分にはわかりません、ただ、自分には彼らがどうしようもなく愛おしく羨ましい。そう思いました」
其の答えにジャックは満足したように頷いた。
「クリス……君は、良い竜騎士になれる、技術部の資料で失伝魔法を解析するといい、解呪の手助けになるかもしれない……仮に解呪が成功したら、君を竜騎士に推薦しよう」
ジャックのその言葉にクリスは思わず、眼を見開いた。
竜騎士とは、騎士でも精鋭だけが成れると言われる、究極の騎兵である。
それも翼竜騎士団の騎兵となれば、エフレディアでは最高峰といって間違いない。
その巨躯と共に空を駆けるのは一種の憧れだ。
騎士を目指すものならば誰しも一度は夢を見る程に。
「……感謝します」
その時、クリスの声は少しだけ震えていた。
感動したのか、驚いたのか、呆けたのか、クリスは自身でもわからなかった。
その時、巨大な影が二人の上を通り過ぎた。
次いで突風が駆け抜け、木々を揺らした。
思わず二人はそれを見上げた。
巨大な翼竜。
最硬と言われる、竜種の体、灰色の鱗。
首は短く、前足は翼と同化し、その体は細く、足は小さく、尻尾は細長い。
まるで鋭利な刃物のように尖った体型だ。
彼らを翼竜と言わしめる所以である、前足が翼と完全に同化したその体。
最大速度を出すときを出すときはまるで、矢印のような形になる。
そして、最大速度はあらゆる竜種を遥かに超越する。
最強の幻獣である竜種。
その中でも最速である翼竜。
故に彼らは、空の王者とも呼ばれている。
そして、その翼竜と共に空を駆る竜騎士。
それこそが、翼竜騎士団が一手に国防を担う理由でもある。
翼竜は、二人の上を通り過ぎるとまるで魅せつけるように空を飛び回る。
「どうやら歓迎されているようだな……」
「はい……」
「彼女はミューデルト。グランの相棒だ」
その翼竜は他のものよりも二回りは大きかった。
「つまり、あれが……」
「ああ、ここに居る二百匹の翼竜の頂点だ」




