プロローグ 誕生日
クリスの過去編()
そこは大きな屋敷な、執務室。
リリィ公爵家と呼ばれる家の一室だった。
「クリスよ……」
執務室に、厳しい声が響き渡る。
声の主は髭を生やし、少しばかり白髪が目立ち始めた壮年の男性だった。
男性の名前はアーノルド・リリィ。
リリィ家二十三代目の当主である。
その体は鍛え上げられ、弱い五十近い今でも、その迫力は顕在だ。
アーノルドのその声に答えたのは精悍な顔立ちの青年だった。
青年の名はクリス、アーノルドの実子である。
金髪を短く刈り込み、白い騎士服と呼ばれる服を着こみ、腰には剣を下げている。
「ハイ、父上」
「……今、イスターチアとの戦が始まりそうなのは知っているな?」
「ハイ、またしても国交を破ったと……」
「東の国は、枯れた地よ……富んだ、我らエフレディアを狙うのは当然の事……、しかしだ……」
そこでアーノルドは、眼を見開いた。
「だからといって、我が国土を彼奴ら蛮族に奪われて言い訳がない!」
「当然で御座います」
淡々と返すクリス。
「故にだ、クリスよ」
アーノルドはゆっくりと言葉をかけた。
「お主は、外部の騎士団に入ってもらう」
その言葉に、クリスは眼を丸くした。
「外部……のですか? 我がリリィ家が誇る。白百合騎士団ではなく?」
その言葉を聞くと、アーノルドは顔を僅かに歪めた。
「白百合はあくまでも、我が公爵領を守るための騎士団だ……戦に積極的に出るわけには行かぬ……そしてお前は次男だ。言ってる意味はわかるな?」
「ハッ」
返事をするものの、クリスの表情は僅かに曇る。
当然だろう言外に、自信を後を継がせないと言っているような物だからだ。
「ならばよい。軍を取り仕切る翼竜騎士団に話が付いている。リリィ家のためにそこで武功をあげてこい」
「謹んでお受けいたします」
「では行け……ああ、それと騎士学校の卒業と十四の祝いだ。蔵から好きなものを一つくれてやる」
「ハッ、感謝致します」
そう言って頭を下げるとクリスは部屋を後にした。
***
「たく、クソ親父が……、兄貴が見つかったからって、手のひら返しすぎなんだよ、何が武功を上げて来いだ。戦争いって死んでこいって事だろうが」
部屋を後にし、クリスは呟きながら、蔵へ向かう。
大股で、使用人たちが思わず道を開けるほどには、怒りが顔にじみ出ていた。
そんな使用人達を気にもせずクリスは進む。
すぐに蔵へとたどり着いた。
扉をあければ、そこは若干埃臭さが残るが、壮大な武具庫だった。
壁にはいくつもの武器かかけてあり。
箱には、不思議な杖や、弓。
棚には大量の書籍や魔法の品が置いてある。
「好きなものを一つとか、ケチくせぇ……剣にするか鎧にするか……俺回復魔法苦手だから、そっち系の魔法道具ねーかな?」
片っ端から物色を開始した。
「魔法武器に加護つきの剣、槍。おーおーなんでもあらあな……盾かぁ……却下だな、巻物か……俺は前衛だから要らないしな」
手にとっては戻し、手に取っ手は戻しを繰り返す。
「遠距離魔法を補うか……回復を補うか、俺って近接攻撃特化なんだけどなぁ……」
そこに見えたのは無造作に置かれた白い杖。
他の物と違い説明文すらない。
「なんだこれ……説明くらい書いとけよ、調べ直すの大変だろうが……」
ぶつくさいいながら、その杖を取り上げた時だった。
杖の下に、木の葉が一枚。
「汚えなぁ……掃除くらいしっかりしとけよ……」
クリスはどうにも気になって木の葉を持ち上げた。
案外神経質である。
その時だった。
ガコンッと何か重い物が動いたような音。
「あん?」
ズズズズと何かがずれる音。
音のするほうに眼を向けると、そこには壁が消え去り、地下へと繋がる階段が姿を現した。
「隠し扉か? 良いねぇ、せっかくだし、一番のお宝をもらって行こう」
蔵に隠し扉の先にあるものなど、一番の宝だと相場が決まっている。
クリスは意気揚々と階段を降りていく。
「暗いな……光」
小さく呟く魔法。
直後、クリスの手の上に魔法陣が展開し、そこから中に浮き松明のような光が辺りを照らしだす。
そこにあったのは、石の台座。
中央には台座に不釣合いな程大きな水晶が浮かんでいる。
表面はとても滑らかで、クリスの顔を写していた。
「魔法武器の類じゃないな……、ん、これは古代語か……」
台座に掘られた言葉は古代語と呼ばれる文字だった。
「気高き血を捧げよ、さすれば、古き従者は写身を得るだろう……」
読み上げたその言葉、けれども、古いせいか、文字の半分も読み取れない。
「使い魔召喚用の魔法道具か……? ふむ、俺使い魔いないし、やってみるか?」
クリスは懐から短剣をとりだし、親指を軽く斬りつける。
「気高き血ってなんだろなー、俺も公爵家だし、気高いよな。妾の子だけど」
半ば皮肉り、水晶に血を垂らす。
瞬間水晶が光輝いた。
「おっ……それっぽい、何がでっかな? うちの国の伝説じゃ竜が出ても可笑しくないんだがな」
揚々と口笛まで、吹いてクリスはその光を見つめていた。
光は段々と水晶の中心へと収束し、起点から魔法陣が浮き上がる。
「ほう、見たことない術式だな? あれこれ身体強化に近いような、でもなんかちげえ」
軽く考察を始めると魔法陣は大きくなり、地面へと吸い込まれた。
「え? 消えんの? おーい……魔法陣やーい」
クリスが魔法陣が消えた地面をこつこつと叩くが帰ってくるのは、虚しい土音のみ。
「なんだ、失敗か? 古いものだしな、仕方ねーか」
まゆを歪め、水晶を見やるクリス。
落胆し、他の物を選ぼうと踵を返した時だった。
「あん?」
クリスの足元に魔法陣が展開し、光を放つ。
あまりの光量に眼を覆う。
「まぶしっ」
そして、それは世界を白く染め上げた。
光が収まった時それは起きた。
「なんだってんだ……おい」
悪態をつくクリスの声。
それは、地下に響いた。
「ハ?」
思わず自分の声に驚いた。
なぜならそれは、自分の声とは思えないほど甲高かったのだ。
喉を触り、なんどか声をだす。
けれども、その声は全て、聞いたことのない声だった。
「なに……どういう事?」
呟き情報を収集するために、水晶に近寄った。
そして、気づく、水晶に映る顔が自分の物でない事に。
「ハ?」
長い睫毛、肩まで掛かる金の髪、青い瞳。
その顔は精悍な青年とは真逆と言える。
一見するとか弱いともみれる女の顔だった。
「ハァアアアアアアアアアアア!?」
クリスの叫びが地下室にこだました。
クリス十四歳。
誕生日の出来事である。




