エピローグ 終末
大きな祭壇、その裏にはさらに大きなステンドグラス。
描かれているのは、神話の十二使徒が一人エフレディア。
そして、その従者、十二獣唯一の生き残り、光竜ミナクシェルだ。
ここは、空中都市、聖都マチュピーにおける、十字教の総本山。
大神殿における、大聖堂である。
「そう、すでにエフレディアは落ちたのね……」
静かに響きわたる声は、若い女性のもの。
女性は祭壇の前に佇んでいた。
金の刺繍を施した白い、神官服。
銀の髪に、赤い瞳、聖騎士である事がわかる。
しかし、ここ大神殿たる大聖堂で、この神官服を着れるものなど、一人しかいない。
彼女こそ、十字教最大の指導者、教皇である。
「はい……」
教皇の言葉に答えたのは、燃える炎のような髪と称されたエフレディアの王妃、フランシス・エフレディアである。
けれども、その瞳に力はなく、静かに俯いている。
「フランシス様がご無事なのは僥倖でしたわ、御身を大事に……誰か」
教皇の声に、一人の女性神官が、フランシスへと歩み寄る。
「こちらへ」
女性神官についていくフランシス。
「お供のものと、ごゆるりとお過ごしください、ここマチュピーは国にとらわれる事なき聖地、イスターチアもグラジバートルもおいそれとは手出しはできませぬ、そして枢機卿も……」
去り際のフランシスに、優しい声をかけた。
反応する元気もないのか、軽く会釈するとフランシスは退出する。
そして、フランシスが去ると教皇は苦虫を噛み潰したような顔になった。
フランシスが聖堂から出ていくと、教皇のその目には憤怒が宿る。
「枢機卿の足跡は?」
半ば叫ぶように、声にだす。
「生憎とつかめておりませぬが、大凡王宮でありましょう。しかし、王妃の追跡が途切れたことから、あちらにも余裕はない状況であると思われます」
横にいた神官が答えた、その答えに、教皇は苛立ちを募らせた。
「俗物めが、忌々しい! 金を稼ぐのだけは旨かったからこそ泳がしておいたが、王位欲しさに、イスターチアと手を結ぶなど、あってはならぬ!」
荒い息を吐きながらも、教皇は叫ぶ。
「グーデン、王妃の腹子は本当に勇者だと思うか?」
グーデンと呼ばれた無精髭の緑色の司祭服の神官は、軽く考える素振りを見せた後に言った。
「神託の内容、私に判断しかねます」
「よい、申してみよ、罪には問わん」
考えを言えという、教皇の圧力に、ため息を付きながらもグーデンは応じた。
「……エフレディア側から見れば、勇者でありましょうぞ、もちろん、我々からみても……、けれど」
「なるほど、イスターチアから見れば魔王そのものであるな……」
グーデンの言葉を遮るように、言葉を被せる。
そして鼻息を荒く、教皇はつまらなそうに、フランシスの出て行った扉を見つめた。
「それに、エフレディアの種は、本当に王妃の腹子しかいないのでしょうか?」
グーデンは疑問を口にする。
「それは、私にとてわからん、しかし、最も深き血は、王妃の腹子なるぞ? 他の深き血ほとんど枢機卿によって殺されたと聞いたが」
「でしたら、そうなのでしょうな。しかし、猊下、よろしいので?」
「何をだ?」
教皇はグーデンを睨む。
「王妃のお供の亞人共です、奴らは……」
グーデンは懸念を示す。
「構わぬ、聖戦は終わっておる、古狸共がなんと言おうと、すでに聖騎士となっている者達だ、むしろお主が抑えつけておけ」
空気が張り詰める、くだらない事を聞くなと限外に語る教皇。
古狸、神殿の第三位たる大司祭は、四人居る。
神託の聖人、カイエナ・レオンハルト。
空の巫女、プレミス・ランファイル。
忘却の騎士、ドルク・セファン。
そして、聖戦の英雄、ゼオル・リード。
どれもが、一癖も二癖もある、豪傑ばかりだ。
まだ若く、司祭の地位にしかないグーデンには、とても、どうこうできる相手ではない。
グーデンは無茶ぶりをと思うが、言われるままに頷いた。
言わなければ、この少女は収まらないだろうと知っているからだ。
「御心のままに……」
その反応を満足そうに教皇は頷いた。
「それと……新しく来た命の巫女の様子はどうだ? 相変わらずか?」
和らいだ空気に、唐突な質問。
「ええ、とてもぽんやりしております」
「ぽんやりか、そろそろ……、いや、よい。エフレディアは滅んだ、ならば結界石は必要ない。奴らめ持て余すぞ?」
くつくつと笑みを浮かべる教皇。
「お戯れを……、無為の民が苦しみます故に……」
「それは国主の努めよ、私には関係ない」
グーデンが窘めるも、教皇は気にもしない。
それどころか、笑ってグーデンに問いかける。
「次の枢機卿お前が成るか?」
「お戯れを……」
「ふん、つまらん男だ、お前は本当クソ真面目な所が、我が父、ゼオルに似ている」
「かの英雄に似ていると言われるのは光栄です、けれど、だからこそ、貴方に仕えているのでしょう、私は」
「ふん、つまらん……クソ真面目すぎて父のように命を落とすなよ?」
そう言うと教皇は立ち上がる。
「さて、私は妹の元へ行く、王妃達の処遇はグーデンに任せる」
「承りました……」
そして、教皇はその場を後にした。
***
空中都市マチュピーは全体を結界に覆われた要塞である。
見た目は、双三角錐であり、まるで綺麗にカットされた金剛石が浮かんでいるようにも見える。
上下の直径は10キロメートルにも及び、中央における左右の幅は8キロメートル、約1万人もの住人が生活をしている。
地上から12キロメートル上空の成層圏に存在し。
いかな幻獣といえど、その高さには届きはしない鉄壁の要塞でもある。
内訳として下界とのやり取りや、商店や、畑などがある下層部が三十階。
人が住む、居住区のある中層部が二十階。
主な神殿機関のある上層部が十階。
そして、中央部分、六階層分をぶちぬいて作られた大神殿を含めて、実質六十一層で構成されている。
中央を天柱が如く貫く、一つの自動昇降装置。
内部での移動するための唯一の装置である。
幅15メートル程の正方形の昇降機が中央に4つ程設置してある。
全体からみれば、とても小さなそれは、けれども人が乗るには十分すぎる大きさである。
そして今、最下層へと向かわんとするその昇降機の一つには一人の聖騎士が乗っていた。
アリシアだ。
アリシア昇降機に中央付近に設置してある、ベンチに腰をおろしていた。
昇降機の扉は透明で、様変わりしていく景色を、アリシアはほけっとした表情で見つめていた。
「なんで戦争なんてするんですかねぇ……」
つぶやかれる言葉。
「いい事なんて何もないのに」
その時昇降機の動きが止まり、チンと高い音が響いた。
付いたと同時に昇降機の扉が開かれた。
最下層、外界との出入口である。
昇降機を降りると、昇降機部分を中心とした円形の階層がそこには広がっている。
最下層故に大きさは精々直径100メートルに満たない場所だ。
壁や床は透き通り、外の景色を写してる。
そしてそこには、あちらこちらに直径3メートルから5メートルほどの魔法陣が書かれている。
転送を行う魔法陣である。
転送は本来人が単独でそれを行うには、膨大な小魔力と練度の高い小魔力の扱いが必要になる。
けれども、行き来できる場所を固定し、小魔力ではなく大魔力を吸収して自動で発動できるようになっているのが、ここマチュピーにある魔法陣である。
一つの魔法陣のそばにより、待機するアリシア。
まもなくして、そこには光が放たれた。
同時に、そこに現れる人影。
「戻ったっす」
どこかやつれた顔のミイナ。
そして、第十三祭祀団とレイト。
「おかえりなさい。よく戻れましたね、本当に……」
「たまたまっす、体の良い伝令にされただけっすよ……これを見るっす」
突き出されたのは、一枚の巻かれた羊皮紙。
「これは?」
「元枢機卿から、教皇へ当てた、新生エフレディア帝国の帝王としての手紙っす。十字教からの離反をつらつらと書いてあるっす、今日くらいにでも周辺諸国に対して知らせが届くんじゃないっすかね」
ミイナはため息を付く。
「自分たちは休ませてもらうっすね……」
つかれた顔でミイナは言った。
そして、昇降機へと入っていく。
レイトだけがその場に残った。
「アリシア殿、出迎えありがとう存じ上げます」
「無事でなによりです」
「またしても、生き残ってしまいました……」
レイトは無念そうに下唇を噛んだ。
声にならない嗚咽をもらす。
「レイトさんが無事なだけでも何よりです」
そう言うとアリシアは微笑んだ。
「レイトさんもすぐにおやすみになってください、疲れたでしょう?」
「はい、そうさせてもらいます……アリシア殿……」
「はい?」
「無理はなさらないように」
「レイトさんこそ、いつもボロボロですよ」
「私は体を動かすしか芸がないので……先ほどの手紙、お渡しください、私が教皇へとお渡しいたします」
「どうぞ……」
「では、これにて、失礼致します」
そう言うとレイトも昇降機へと入っていった。
「皆お疲れって感じですねぇ……流石に」
そう言ってアリシアは外を見つめた。
「なんで、戦争なんてするんですかねぇ……」
目下に広がるのは広大な海。
ふと思い出すのは、港町アルザークでの思い出。
そして、ふとクリスの顔が過る。
「クリスもどうか無事でいて欲しいものです……」
信仰心の薄く、普段表面上の祈りしかしないアリシアではある。
けれど、今だけは、真面目にエフレディアに祈りを捧げてもいいと思った。
アリシアは手を組み、そして、静かに祈りを捧げた。
ほどなくして、各国に伝令が届くこととなる。
古き大国、エフレディア王国の滅亡。
そして、神聖エフレディア帝国の建国。
エフレディア王国歴三百二十八年、冬。
エフレディア王国はその長い歴史に終止符をつこととなった。
僅か一日で、落とされた大国エフレディア。
後にそれは一日戦争と呼ばれる事になる。
そして、これを機にイスターチアは各国へ軍を進める事になる。
正しいのは十二使徒教か十字教か、各国で聖騎士どうしの小競り合いが勃発する。
黄昏れの時代は終わりを告げ、暗渠たる時代が幕を開ける。
だんちょーの経緯 一部 完
***
予告
「ここは、何処だ?」
目を覚ませば広がる、広大な大地、けれどもどこか見覚えのある。
「俺は確か勇者とかいう気違い女に……」
横に寝転がるのは裸の男たち。
そして気づく、自身も裸である事に……。
「なんじゃこりゃぁ!?」
「うるせぇよ! 門の外で騒いでんじゃねー!」
目の前に映る巨大な男、光る禿頭。
「ダライの旦那?!」
「レジールお前、生きてたのか! ……なんで裸なんだ?」
「俺が聞きてぇ!」
レジールの大冒険が今……。
始まらない。
***
真予告
半年後、マチュピーの大神殿内部、夜の帳が降りた頃。
「おぎゃぁ! おぎゃあ!」
響き渡る大きな声。
「無事生まれました。男女の双子です、フランシス様気を確かに!」
産婆が妊婦に声をかける。
「私の赤ちゃん……」
母は子を見て、力なく微笑みかける。
「出血が多い、止血急いで、治癒が効かない!」
慌ただしく駆けまわる神官たち。
「父さんの仇をとってね……」
そう呟くと母は静かに、意識を手放した。
「フランシス様! フランシス様!」
***
占領下、エフレディア王宮。
「その女は貴様の好きにするがいい、コルテス」
「はい?」
上司の言葉に、思わずマヌケな声が出た。
「褒章だ、嫁にでもするといい」
「うそん?」
「嘘を付いてどうする。閣下から直々のご配慮だ、貴殿の前妻は子供も産めず亡くなられただろう? 貴族としてはそろそろお前も跡継ぎが必要だと閣下のご配慮だ」
「いらんて……」
「閣下の配慮を断ると?」
「え、断れませんの?」
「当たり前だ、それに貴殿の報告を聞くとこいつは、相当の剣士なのだろう? ならば強いやや子を産むだろう」
そう言うとヴァルトスは、セシリアを軽く見据えた。
「別に子供だけ産ませたら後は奴隷でも侍従でも好きにしてもいいだろう」
「……ほんまに、断れんすか?」
「くどいぞ」
「……」
***
十年後。
ノーザス側、霰の渓谷。
一人の少年が谷を行く。
「月氷花が、あれば母さんが治るんだ」
少年は母を思い、不死族の巣窟に向かう。
しかし、少年の力では不死族すら倒せない。
逃げまわり、けれどもついに、月氷花の花畑にたどり着く。
けれども気づく、花畑の中心に氷漬けにされた一人の女性。
その美しさに少年は目を奪われた。
思わず近づき、そして、奇跡は起きる。
氷は溶け、女性の眼が見開かれる。
「おはよう、ところで誰だお前?」
一部 だんちょーの経緯 完
二部 古の従者の再誕 に続く。




