十三話 空回り
「せっかく俺が手引してやったっていうのに、俺はこそこそと鼠とりかよ」
かつてステーキという二つ名で呼ばれた男は、ため息をついた。
耳ざとくそれを聞いたのか、一人の男がそれに反応した。
鍛え込まれた体に、茶色の短髪、それに他の兵士とは違い、緑色の軽鎧を着込んでいる。
一見、黒の鎧よりも貧相な見た目であるが、その胸に光る勲章がこの場での最高軍位である事をを示している。
「そう言わんと、敵将の首よりも王の首のほうが武功はでかいんちゃいますのん?」
「そういうことじゃねーんだよコルテス、俺はグラン・サーシェスを倒したかったんだ。この手で……」
「あきらめんさい、ヴァルトスの旦那も言ってましたろ? あんたはまだ死ぬべきではないって」
「実力がたりねーってんだろ? そんなもん嫌というほどわかってる、三年もあれのそばに居たんだ、だけどな俺はエリーの仇をこの手でとりたかったんだ……」
「戦争に巻き込まれた婚約者はんの事でしたか?」
「ああ、やつの気あたりに巻き込まれてな、もともと心臓が強くなくてよぉ、ぽっくりと逝っちまったよ……」
ライデはそう言って俯く。
地面に水滴が落ちていく。
「災難やったなぁ、けど、いくら仇をうってもライデはんが死んでもうたら、先に行った許嫁はんも悲しむとちゃいますん?」
コルテスと呼ばれた、陽気な男は、ライデを慰める。
「そうだな、エリーはそういう女だった、いつも自分のことより俺の心配ばかりして……」
そう言って、ライデは首をふる。
「ほらほら、落ち込むんのもそれくらいにして、なんか前んほうが騒がしゅうのうてきました、敵はん来たんとちゃいます?」
その言葉にライデはごしごしと袖で顔を拭うと、前を見据えた。
「敵つっても、こっちのネズミも混ざってんだろ?」」
「人形師と激昂でしたか?」
「確かな、まぁ所詮はゴロツキだ」
「そげなこと言わんと、あそこに紛れるのは、わいには怖くてできまへんよ?」
そう言ってコルテスは大仰な素振りで手を振った。
「精鋭といっても二つな持ちなのはファーフニルくらいのものだ、あとはそれぞれ泊付けの騎士たちだろう、渓谷でもう死んでる可能性だってある」
そう言ってライデは薄ら笑う。
その時だった。
迸る衝撃。
次いで、熱風が頬撫でる。
「なんや?!」
突然の出来事に身構えるコルテス。
「結界の二つ名ってのはすごいな、見てみろよコルテス」
ライデに言われコルテスがそちらを見れば、そこには遠目にもわかるほど天高くそびえる、炎の壁。
熱は、軍勢の後方にいる、二人のほうまで伝わってくる。
「あんなん、反則やん……、いくら鎧が魔法を反射するゆうても、あんな壁作られたら、熱だけで中身が参ってまうで!」
コルテスの額にたらりと汗が垂れる。
「最高クラスの炎の魔法、煉獄の壁か、グラン・サーシェスのせいで霞んで視えるが、ファーフニルも大概だな」
「冷静に見とらんと、なんぞ対策をたてないとやばいんちゃいます?」
「落ち着け、コルテス。あんな戦略級魔法、いくらファーフニルだろうと長く持たないさ、すぐにへばる……それにな」
そう言ってライデは冷たく微笑った。
「中に激昂と人形師がいるの忘れたか?」
その言葉にコルテスがそっと胸を撫で下ろす。
「そうやったそうやった。ほなゆっくりまちましょか」
安堵した顔、けれど、その顔はすぐ崩れる事になる。
「なんやあれ……?」
見れば前線の兵士たちが妙にざわついている。
敵は寡兵のはず、すぐさまファーフニルの魔法が消えるまではおそらく前線の小隊長が待機を命じているはずである。
けれども、感じる異様な気配。
「ひっ……」
思わず後ずさる。
「どうしたコルテス?」
ライデが不思議そうにコルテスを見る。
「おまはんは何も感じまへんかっ?」
「ああ?」
その尋常でない様子に、ライデは思案し当たりを見回した。
すると、前方で眩いばかりの光が瞬いた。
「なんだ? ……様子を見てくる」
そう言って、ライデは騒ぎの中心へと足を向けた。
***
「騎士は強いぞー♪ 格好いいぞー♪ お姫様を奪い取れー♪ 歯向かう敵は皆殺しー♪」
セシリアは高揚していた。
軍勢対一人。
この状況は、セシリアの好きな英雄譚。
白騎士物語のとある場面酷似するからである。
そして歌っていた。
大好きな白騎士物語の劇場で歌われるその主題歌を。
「例え敵が多くてもー♪ 華麗に突撃ー♪ いやっほぅ! 広範囲の魔法で虐殺だー♪」
思い浮かべる場面は、白騎士が仲間たちに次々に裏切られ、けれどもたった一人で、全ての裏切り者を粛清する。
仲間を集め敵の軍勢に向かう白騎士、けれどもその仲間は全てはじめから仕組まれた敵の回し者だった。
そしてそれには、幼なじみの親友も混ざっていた。
白騎士は激怒し、敵の軍勢もろとも仲間たちを魔法で焼き殺す場面である。
「♪♪♪」
セシリアは歌いながらもイスターチアの軍勢へと足を進める。
そんなセシリアのおかしな行動に軍勢はどよめき、動きを止めていた。
否、異様ともいえるその行動に恐怖すらしていた。
なかには矢をいかけるものもいた、けれど、何発撃っても当たらない。
まるで踊るかのようにセシリアは歩いていく。
歌を歌いながら。
軍勢まで5メートル、そこで足を止めたセシリア。
「君たちは敵だよね?」
無言のままに武器を構える軍勢をみてセシリアは、それを肯定と受け取り、深く頷いた。
セシリアは白騎士物語の先ほどの場面を思い返していた。
魔法で敵を焼きつくす白騎士。
それはとても格好いいし、強い。
けれども、セシリアは魔法は使えない。
聖騎士になった今でさえ少魔力すらろくに扱えない。
ならば、代わりになるものが欲しい。
そう言って父親にねだった。
そんな事言われても父親だって、困るだろう。
事実、父であるアーノルド・リリィは困り果てた。
確かに、使い捨ての魔法道具にもそういうものはある。
けれども、それを王妃の護衛をしているとはいえ、物語を再現したいだけの娘に買い与える事ができるだろうか?
だが、チンケなものでは娘は満足しないだろう。
折衷案として、アーノルドは魔法道具ではあるが、殺傷能力がなく、見た目だけは派手になるように細工したものをセシリアにプレゼントした。
セシリアは懐から愛おしそうに、それを取り出した。
そして、愛おしさのあまりキスをし、それを軍勢の中へと放りなげた。
瞬間、暴走する光。
あたりは真っ白に染め上げられる。
セシリアが投げたものは、光玉と呼ばれる物。
普段騎士たちが野宿などで使う、使い捨ての光源だ。
ただし、見た目だけは派手にと、アーノルドによって最大限の光を放出するように弄られた特別製ではある。
確かに派手といえば、派手だろう。
ただし、近くでは明るすぎて見えないだろうが。
けれども、セシリアにとって視界などさほど意味を持たない。
鍛えぬいた後、聖騎士となり、さらに研ぎ澄まされ、昇華された、第六感。
それは、迫り来る矢すら容易に躱し、例え視界が悪くとも、周りを把握する事ができる超感覚。
セシリアは、口角を釣り上げ笑う。
目をつむりながら。
そして、駆けた。
はじめは先頭の兵士達だった。
対魔法反射性能、対物理軽減性能の効果を持つ黒の鎧に加え、その手にもつ超重な大盾でもって、敵の進行を防ぎ止める最前線の重戦士。
彼らは唐突の目潰しにも、冷静に対応した。
盾を前に押し出し、身をかがめ、大地にしっかりと体を固定する。
どんな攻撃、どんな衝撃だろうと受け止める。
そんな気概が彼らにはあった。
ゆえに、彼らは死ぬことになった。
セシリアの愛刀、柊。
変異蛇竜との戦いで折れた国宝楓を鍛え直したものである。
その能力は、使い手の意思によってあらゆるものを斬る事ができるという、ある意味、剣としては極地に至る逸品だ。
つまり、柊の前では、鎧や盾など、なんの意味も持ちはしない。
なれば、がっしりと大地に体を固定した彼らは、柊を持つ、セシリアにとって、なんの障害になるだろう?
答えなど、考えるまでもない。
障害になど成るわけがない、動かない敵など的でしかない。
セシリアは走りざまに柊を引き抜いた。
それは、さながら乳油を切るが如く。
最前線の兵士を、盾ごと切り飛ばした。
「一、……」
動かない的など、抜剣術を使うまでもない。
抜身のままの柊で切り開く。
速度をあげ、セシリアはひたすら柊を振るう。
「三、四、五……」
セシリアの狙いは一撃必殺。
ひたすらに首を跳ね上げる。
故に悲鳴は聞こえない。
「一九、二十、二十一……」
代わりに聞こえるのは鈴のような声。
楽しそう、まるで歌っているかのように数字を数える。
数字が聞こえると同時に、何かが倒れる音、そしてむせ返るような生臭さ。
「三十五、三十六、三十七……」
そして消えていく仲間の気配。
ここまでくれば、いかな雑兵でも気づく、何が起きているかを。
やがて光が収まり、視界が開ける。
そして見える凄惨な光景。
首だけない、仲間達の骸。
「六十四、六十五……」
聞こえ続ける、数字。
そして、兵士たちの開けた視界に映るのはセシリア。
その服は元の色がわからないほどに赤く染まっていた。
そして、生きている兵士のほうをみると口元を歪めた。
それは優しくて、けれども凄惨な笑みだった。
「ひっ」
兵士の中から、息を呑む声が聞こえる。
「じ、陣形を崩すすな!」
先に我に返った、誰かの声に、他の兵士たちも我に返る。
すぐさま生き残りは、防御を固めるように固まった。
「九十二、九十三……」
けれども、陣形を整える間にも仲間は討ち取られていく。
「相手は一人だ、弓兵、放てーー!」
その声に、弓兵達がすぐさま狙いをつける。
再び黒い鏃の雨がセシリアに降り注ぐ。
けれども、セシリアは柊を鞘に戻し、抜剣術で空を切る。
そして、大きく後ろへ飛び退ると、地面に柊を突き刺した。
瞬間、一拍おいて暴風が吹き荒れる。
そして、全ての鏃がセシリアが斬ったそこに吸い込まれた。
「なんだぁ?!」
驚きは誰のものか、それとも全員か。
セシリアが斬ったのは、空気という存在だ。
普通の剣で切ってもどうという事はない。
かすかすと、風の音がするだけだろう。
けれども、柊でもって空気の存在を切ればどうなるか。
斬られた空気は存在を無くし、そこには超真空が生み出される。
空気中に突然超真空が現れればどうなるか?
空気は安定を求め、超真空を埋めるように働きかける。
そして生まれる吸引力。
それに鏃は引き寄せられたのだ。
当然吸い寄せられるの鏃だけではない。
超真空は周りの物、全てを引き寄せる。
引っ張られるように前のめる兵士たち。
セシリアは、柊で地面にすがる。
そして、吸引が終わる刹那、地面から柊を抜き放ち、空気の流れに身を任せ、跳躍。
弓兵隊の中へと降り立った。
「九十五、九十六……」
接近を許した弓兵など、戦場でなんの役に立つだろうか。
内部では見方に当たる可能性があるので弓は使えない。
またたく間に斬り伏せていく。
視界が開けた今、目に映る恐怖は、先程よりも明確に伝わっていく。
「うわああ。化け物だっ」
一人、逃げ出す。
「くそ、楽な仕事じゃなかったのかよ!」
二人、逃げ出す。
恐怖は伝播する。
次々と脱走兵が現れる。
けれども、セシリアは脱走兵から襲っていく。
まるで、狩りを楽しむかのように。
まるで舞うように、一人、また一人と仕留めていく。
「二百六十五、二百六十六……」
今、セシリアは頭の中で、白騎士が敵を華麗に屠る場面を思い浮かべている。
そして、幾人もの敵を屠った白騎士はついに裏切りを画策した親玉へと辿り着く。
キンっという、硬質な音。
ここに来て初めて、セシリアの剣は弾かれた。
見れば、それは黒の鎧をつけていない一人の騎士。
セシリアはその男に見覚えがあった。
陛下や王妃と共に視察に行った、翼竜騎士団の駐屯所。
嫌でも目にとまる、団長であるグラン・サーシェスを熱のこもった視線でいつも見ていた、その男。
後に侍従仲間から聞いた、そいつの素性とその二つ名。
「男色のライデ……君が裏切り者で親玉?」
「お前は、王妃の護衛の……、男色じゃねえよ!」
ライデは言葉ともにセシリアの剣を弾く。
「俺の二つ名は焼き肉だ、焼き肉! よく覚えておけ!」
そう言うとライデは剣を両手で構え、セシリアを注視する。
「その姿、聖騎士か」
そして、セシリアを気にかけながらも当たりを見回す。
見るのは死体の殺し方、そこから察する戦闘法。
「やるもやったりってか。黒の鎧を一閃とか、なんつう武器だ…」
ライデは喋りながらも確信する。
死体の鮮やかすぎる切り口。
そのどれもが首を狙った一撃必殺。
セシリアが決して装備に頼った剣士ではないということを。
セシリアを慎重に観察するライデ。
けれども、瞬間セシリアは一瞬つまらなそうな顔をして姿を消す。
「なにっ!」
ライデは左右をみるが、セシリアの姿はない。
否、いないはずがない。
ライデは魔法を詠唱破棄。
聖騎士対して魔法は効かない。
故に発動させるのは、身体強化。
セシリアを速度と威力に特化した敵と過程する。
故に、強化するのは感覚系、聴覚、視覚、そして敏捷。
上か下か、はたまた後ろか、あらゆる方向に対して身構える。
そして、強化したライデの感覚はセシリアをとらえた。
けれども、それはライデの遥か後方でだ。
急ぎ、振り返る。
セシリアは他の兵を次々と打ちとっていた。
瞬間ライデの中で疑問が過る。
そして、疑問は怒りに代わり、ライデの何かがぶち切れる。
「なめてんじゃねええええ、くそあまっ!」
ライデ強化の項目を切り替える、感覚の強化を全て破棄。
敏捷に全て割り振った。
瞬間、周りが遅くなるような錯覚。
ライデはセシリアの元へと駆け抜ける。
一方セシリアも、それに気づく。
恐ろしい速度で突き進むライデ。
けれども、セシリアは再びつまらなそうな顔をして、鞘に柊を締まった。
侮辱ともとれる、その行動にライデは激昂する。
「舐めるなあああ」
叫び、振りかぶる、一撃。
けれども、それは躱され、ライデの剣は空を切る。
セシリアは躱した瞬間、ライデの顎に掌底を叩き込む。
「ぎっ」
仰け反るライデ。
そして、今度は鳩尾に回し蹴りを叩きこまれた。
「がっ」
体が浮く、けれども、意識を強くもちなんとか踏みとどまる。
一撃はするどいが、聖騎士とはいえセシリアは女。
いくら鍛えようとも、そこには純然たる体格の差がある。
故に特殊な聖痕でもなければ、体術ならば、威力は決して耐えられないものではない。
ライデは歯を食いしばり、結界を展開。
再び、セシリアの掌底がライデを襲うが、結界で受け止める。
硬いものを殴りつけたような感触にセシリアの顔がわずかに歪む。
ライデはチャンスと思い、剣を振るうが、けれどもそれはやすやすと避けられる。
そして、再びセシリアは抜剣術を行使する。
柊による一撃で、ライデの結界を斬り裂き。
そのまま、鞘での二撃目をライデの脇腹へと叩き込んだ。
「ごふっ」
まるで、ゴミクズのように吹き飛ぶライデ。
けれども、疑問に思う、なぜ殺さないのかと。
これだけ、弄ばれていればだれでも気づく圧倒的な実力の差。
考えても答えはでない、故にそのままにセシリアに問うた。
「なんで、殺さねぇ……!」
セシリアは逡巡したのち口を開く。
「冬の新作の主人公らしいので……」
「は?」
思わず、変な所から声のでるライデ。
セシリアは先ほどとは違った意味で頬を染めている。
「ですから、新作です。第二侍女の作ってる、薄い絵本ですね、主人公を殺してしまっては第二侍女に合わす顔がないでしょう? 第二侍女にはお世話になってるので……」
だから、と続ける。
「殺すのは他ので我慢しておきます……」
セシリアは少しだけ困ったような顔をして、ライデの顎を蹴飛ばした。
セシリアはライデの意識が無くなったのを確認すると、他の兵士へと襲いかかった。
***
「あれ、あかんやつや……」
コルテスは魔法で視力を強化し、全てを見ていた。
国王討伐に割り振られた千人もの兵隊。
本来ならば、普通の騎士、いや例え聖騎士が居ようともどうにかなる布陣であった。
黒の鎧は確かに高性能だ。
魔化学者ロデリックが開発した、イスータチアの秘密兵器。
魔法を反射する対魔法反射性能、物理攻撃のダメージを軽減する対物理軽減性能を基本に、着込んでいるだけに常に自然界にある大魔力をとりこんで己の少魔力へと変換し、肉体を常に強化、回復する吸収回復機能が付随されている。
故に、どんな雑兵でも歴戦の兵士なみの働きが期待できる、それが黒の鎧のメリットだ。
けれど、デメリットをあえてあげるとするならば、それはその重さ、その重さは着用者の体重など、はるかに超える。
吸収回復機能の力で強化された体ならば、なんの問題もないのだが、おかげで肉体能力は向上しても、実際のスペックでの機敏性があがらないのだ。
そして、対魔法反射性能と吸収回復機能をつけたが故の弊害。
すなわちそれは、魔法を使えなく成るということ。
本来魔法というのは、己の小魔力を呼び水にし、自然界から大魔力を肉体に取り込み、指向性を持たせて、放出、発動するというものだ。
けれども、黒の鎧を着ていると、呼ばれた大魔力が肉体ではなく、鎧に取り込まれる。
するとどうなるか、仮に魔法を使えば、対魔法反射性能により乱反射し、内部で己が肉体を過剰に回復し、吸収回復機能が相まり、内部で大魔力が溢れ、そしてやがて、弾けるのだ。
体が。
故に、黒の鎧を着ている間にとれる行動は、全て武器を使った戦闘に限られる完全なる物理戦闘に限られる。
本来はそれでなんの問題もなかった。
魔法を反射し弓も剣も、竜の爪すら通らないほどに強固な鎧。
本来これだけでいくら二つ名を持つ騎士だろうと手も足も出せなくなるはずだった。
仮に鎧を貫ける武器があっても、物量で押せるはずだった。
けれども、現実は、そこに居たたった一人の剣士によって覆されている。
聖騎士として、強化された肉体で最高峰の俊敏性を誇り。
柊により最高峰の破壊力を手に入れ、その二つを兼ね備えたセシリア。
鎧の頑強さなど関係ない一撃必殺に特化したそのスタイル。
黒の鎧にとっての天敵である。
「ようスパっと切れるわ、あれなみの剣士はヴァルトス将軍でも呼んでこなどうにもならんわ……」
半ば関心し、同時に呆れた。
「しゃぁないな……」
コルテスは背中に担いでいた弓を取り出した。
全長は二メートル程の赤色の滑車弓。
緑の鏃を番え、魔法を唱える。
そして、セシリアに向けて、放つ。
矢は、ぐんぐんと突き進み。
風斬音もせずにセシリアへと向かう。
けれども、セシリア己の後ろから迫るそれを一瞥すると紙一重で躱してしまう。
しかし、鏃を避ける瞬間それは起きた。
矢の木でできた胴体部分が盛り上がり、手の形へと変化する。
刹那に違和感を感じ取ったのか、セシリアが振り返る。
けれども、セシリアが振り返るよりもはやく、それはセシリアの首へと伸びていた。
首に手が伸びた時点で生憎とセシリアの守りの聖痕により、木の手は動きを止めたが、勢いは残る。
「ぐえっ」
つぶれた蛙のような声をだし、矢の勢いのまま、引きずられるセシリア。
木でできた手を、地面に叩きつけ、柊で突き刺した。
「仕留められんかったか……、普通なら首の骨いてもうてるんやけどな……」
コルテスは、呟く。
けれどもその声には喜悦を含む。
「ま、終わりやけど」
コルテスはそう言って弓を下ろす。
瞬間、パタリとセシリアが倒れる。
コルテスの弓の銘は悪戯好きの仔猿。
弓の芯に練りこまれているのはイスターチアの幻獣、紅蓮の狒狒の骨粉、彫り込まれた加護は麻痺。
弓の効果は、風切音を消すというもの、加護の効果は体の自由を奪うもの。
奇襲による無力化を得意とする、コルテスの愛弓だ。
けれども、いかに弓の性能が高くても当たらなくては意味がない。
故にコルテスが弓に施した魔法は、樹木の手。
付与魔法に属する魔法である。
本来ならば、目標の敵に向かって手が追いすがるという、小動物を狩る時に使う魔法である。
けれども、コルテスはそれは矢に施した、時間差で発動するようにした。
結果、突如現れるラリアットのようになり、相手を襲う。
そして、現れる加護の効果、麻痺。
故にセシリアは倒れたのだ。
「初見しか、きかんけどな……ってお?」
セシリアが倒れたと同時、煉獄の壁内部で動きが見える。
「王さん、出てきおる? なんや、あの女、愛妾か? 資料やと王妃の護衛やけど……誰かあるか!」
すぐさま兵士の一人がコルテスの前に跪く。
「あの女、縛ってもってきい、他の兵士に嬲られんうちにな、急げ、あ、ついでに他の兵士にライデはんの回収頼んどき」
一礼すると、兵士は駆けていく。
「交渉材料になるかもしれんなぁ」
何時の時代も人の情愛とは厄介なものだ、例え己を滅ぼす事になっても、人は其れに引きずられる。
仮にそれが一国の王でもあっても、それは変わらない。
コルテスはケラケラと笑った。
***
「陛下、おやめください!陛下が居なければエフレディアは持ちませぬ、今も王権を枢機卿が狙ってるやもしれません。どうか考えなおしを!」
ファーフニルは叫ぶ。
「通せ……」
けれどもギリアスはただ、静かに結界を越えようとするだけだ。
「セシリア殿は女性とはいえ、騎士であります、なればこの結果も覚悟の上でございましょう」
なんとか引きとめようとするも、ギリアスは譲らない。
「通せ……」
「陛下、お下がりを……」
終わらぬ押し問答。
「通してくれファーフニル」
けれども、そう言ってギリアスは頭を下げた。
「おやめください陛下、示しがつきませぬ!」
あまりの出来事に半ば呆然とし、それでも急いで反論するファーフニル。
するとギリアスは静かに語りだした。
「俺はな、ファーフニル。いつも守られてばかりだ、騎士に守られ、妻に守られ、今度は好きな女にまで守られている……」
眼からは、涙がこぼれ落ちた。
「陛下、陛下であらせられます。その御身にはエフレディア全ての民の生活と命がかかっておるのです、どうかお引き下がりを、陛下!」
「ここで引き下がって何処に逃げろというのだ!」
ギリアスは声をはりあげた。
「それは……、しかし必ずや活路を、時間を稼げれば新たに応援が来るやもしれません!」
僅かに怯むも、ファーフニルも引きはしない、当然だろう、仮にも自国の王だ。
王妃でもない、例え公爵家といえど、娘一人となど引き換えにはできはしない。
「その間にあいつは、セシリアはどうなる? 殺されるか、嬲り者にされるか、どちらにしろいい事にはなりはしまいよ」
「ですが、陛下が出て行ってどうなると言うのですか、相手の狙いは確実に陛下の御首に御座います、むざむざその首をお渡しになるのですか!」
只管に諭そうする、ファーフニルだが、その額には汗が滲んでいる。
「それでもだ、通してくれ……ファーフニル」
なおも食い下がるギリアス。
「なりません……」
けれども、ファーフニルも譲らない、譲れない。
ギリアスとて戦えないわけではない、嫡子として訓練を受け、王宮の剣を習い、王宮で魔法を習った。
その辺の騎士にも引けは取らない。
けれども、ギリアスは王なのだ。
故にファーフニルも譲らない。
だが、思わぬ所からギリアスに援護がでた。
「行かせてやれ、それに……俺達が付いていればいい」
デスターだ。
「デスター殿、何を……」
「守るんだよ、陛下を、俺達は騎士だろ? そんくらいできる、いや、しなけりゃなんねぇ……」
そう言って何かを振り払うようにデスターは首をふる。
「あの女は言ってた、何処に逃げるんだって、それ聞いた時に俺も思っちまった逃げる所なんてねえってな」
デスターはそう言って拳を強く握った。
「こっちの騎士も十人も残ってねぇ、だげど、あっちの兵士も半分くらいあの女が減らしてくれた、女に男が守られてたら世話ねえだろ? なぁ、陛下様」
そして、ギリアスに語りかけた。
「隊長も、たぶん、逝っちまっただろう、女の癖して男らしい奴だった。あの隊長の姉さんなんだろ? なら俺は代わりにあいつを助けたい」
デスターの心からの本音。
ファーフニルの心は揺れ動いた。
ファーフニルとて、もうどうしようもない事はわかっている。
デスターの眼を見て、ギリアスの眼をみて、深く頷いた。
「……ならば活路を開きます、セシリア殿を救出後すぐに戻ってきてください」
「ファーフニル!」
「私の小魔力も残り多くはありません、これが最後の魔法です……聖騎士には魔法が効かないのでしたな、結界をといた後すぐに、私のもてる最高の魔法を撃ちます、その混乱に乗じて救出を……」
「恩に着る」
「てめぇら、いくぞ、準備はいいか!」
「応!」と叫ぶ騎士たち。
どうやら話は聞いていたようである。
少ない生き残りだが、皆やる気に、使命感に満ちている。
それを確認するとファーフニルは徐々に煉獄の壁を弱めていく。
同時に魔法詠唱。
そして消え去ると同時に発動。
「賜りし炎」
小さな炎が地面へと落ちる。
蝋燭ほどの拍子抜けする小さな炎だ。
少しづつ前へ燃え広がる。
敵へ向かい、放射状に燃え広がる。
それは進むごとに威力を増し、やがて人背丈の炎となり。
さらには、竜の背丈のような炎となり。
最後は津波のように軍勢にぶつかった。
「いくっぞ、お前らっ!?」
雄叫び一声。
けれども、進もうとして、眼に入る。
先ほど敵へ向かったはずの炎の津波。
そして、騎士たちは、息つくまもなく。
反射されたファーフニルの魔法燃えつくされた。
***
「なんで、あないな大技撃ちますねん……、そら死にますわ」
コルテスは呆れるように声をだした。
「死体の確認がでけへん…」
小さくため息をついて、頬をかく。
概ね即死だろうと、考える。
見える限りでは死体すら残っていない。
肉片、骨片のこらず蒸発したようだ。
「まぁ、確かにあの状況下、逆転を狙うんなら、大技狙いますわな……、この女どないしよ……」
縄で縛られ、動けないままに倒れているセシリアをみてため息を付く。
縛り方がやけに胸を強調している、嬲りものにする前に取り上げた、兵士達からの意思表示だろうか。
「縛り方がエロい……撤収準備しとけな」
ため息をつき、部下への指令もそこそこに、部下に持ってこさせたエフレディアの資料を確認する。
「どれどれ、ああこれかいな? 王妃の護衛、公爵家の三女、ほぉ……、えらい別嬪さん思っとったけど、そらそうか、前地竜騎士団団長の片手を飛ばす、聖騎士になる前に?」
経歴をたどっていく。
コルテスの背筋に悪寒が駆ける。
正直ぞっとしないものがある。
「この人まじ剣士、親は何考えてこんな娘育てたんや……、お貴族様の考えはようわからんな……まぁ、領地制圧の人質くらいにはなるやろ……そろそろ、本体が王都を制圧してる頃やろうし、わてらも王都へ向かうとするかいな」
コルテスは、荷車の上にセシリアを乗せた。
「いきまっせー」
気の抜けた声と共に、コルテスの率いる軍勢は一路王都へと向かいはじめた。




