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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
五章 戦争 国の行く末
83/121

十二話 暴挙 十字と創世の破片





 はじめに見えたのは大空だった。

 どこまでも澄み切った青い大空。


 一陣の風が駆け抜け、眼を細めた。

 風の行く先を見据えれば、遠くに羽ばたくのは無数の(ドラゴン)達。


 楽しそうに羽ばたいている。

 自分も混ざりたくて、翼をはためかした。


 飛ぼうとした。

 けれども、飛べない。


 こちらが気になったのか、(ドラゴン)達はこちらに近寄ってきた。

 言葉にしたわけでもないのに応援する意思が伝わってくる。


 期待に答えて、飛ぼうとするも体は前に進まない。

 おかしいなと思って後ろをみると、何か黒い物が自分の影からはみ出ていた。


 きっと、こいつが邪魔をしてるんだと思う。


 いろいろとやってみる、体をねじったり、牙を突き立てたり、いろんなことをした。


 けれども、どれも効果がない。

 段々と疲れてしまい、しまいには泣いてしまった。

 助けて、助けてと意思を伝えたけれど。


 仲間たちは困った顔をするだけで、それ以上は何もできなかった。


 気づけば澄み切っていたはずの空は、どんよりと曇っていた。

 やがて雨が降りだした。


 雨の冷たさに身を縮こませていると、今度は体の中から温かい物が溢れだしてきた。


 溢れて溢れて、気づいたら黒いものは消えていて、空まで晴れていた。

 ありがとう、と無性に言いたくなった。


 でもきっと助けてくれたんだと理解してる。


 だから僕はありがとうと言って、仲間たちの所へ飛び立った。



 冷たい霰の中、クリスは眼を覚ました。


 意識が朦朧とするなか、クリスは起き上がろうとして、自身の右腕の無い事に気がついた。


「なるほど、竜殺しの剣か……、使い手でもダメージを食らうとは、というか伝承程度と思ってたんだが俺なんかにも本当に竜の血筋が混ざっていたのか」


 伝承では、エフレディア王家と王家に連なる公爵家には竜の因子が混ざっていると伝わっている。


「それとも、この体だからか……? どちらにせよ小魔力(ポリ)ももうない、右手は諦めるしかないか……」


 左腕で体を支え、立ち上がろうとする。

 けれどもそれもできない。

 なぜなら本来あるべき両足が無いのだから。


「おいおい……嘘だろ?」


 思わず漏れる言葉。

 ついで感じる虚脱感。

 そして、迫り来る絶望感。


 何かないかと辺りを見回せば、そこには竜殺し(アスカロン)と二つの水晶球が落ちている。


 左手だけでなんとか這いずり回り、竜殺し(アスカロン)を腰に挿し、水晶球を拾い上げる。


「なんだ、これ……結界用の魔法道具(マジックアイテム)? この術式は何処かで……」


 記憶に引っかかるのは、セシリア達が戦ったという変異蛇竜(ウィアードドレイク)から出たという、ノーザスの結界水晶。


「まさかな……、こっちは何だ?」


 一抹の不安をよそに、もう一つのほうを拾い上げる。


「竜の涙……」


 竜の涙。


 竜の死に際に時たま残すという、一滴の雫。

 雫は落下の衝撃で水晶となる。

 さらにその水晶は大魔力(モノ)を自動的に集め、貯めておく事ができるという、魔法道具(マジックアイテム)魔法武器(マジックウェポン)の核として使われる品物だ。


 竜の種類によって色が代わり、純度の高いものほど透明度が高い、そして竜の強さに比例してその、容量が増すものだ。


 クリスの手にしているものは無色透明。

 つまりは最高純度の純粋竜(ピュアドラゴン)の物というわけだ。


「国が買えるな……、殺した礼とでもいうのか?」


 思い出すのは、大空の光景、夢か、それとも腐敗竜(ドラゴンゾンビ)の残した思念か、おそらく後者だろうと当たりをつける。


「とはいえ、今の俺には無用の長物か……、ああ、こいつを売れば生きていくくらいはできるかな?」


 生きて帰れたら、だがと自嘲する。


「それにしても体中痛すぎる」


 ため息をつく、痛すぎて笑いさえこみ上げてくる。

 体が軋むように、痛みを発している。


 欠損部位はどういうわけか、出血してないのが救いではあるが、どうやら相当無理をしたようだ。


「なんで生きてるのか、わからんな……他には傷はないが、小魔力(ポリ)は無いも同然……再生もできない、これじゃ生きているというのもおこがましいな」


 冷静に己を観察し、クリスはため息をつくと、仰向けになり空を見上げた。


 霰は降り積もり、クリスの体を氷で覆っていく。


「終わりっていうのは呆気無いというが、なるほど道理だな」


 体温の低下により、徐々にクリスの意識は再び朦朧としていく。


「姉上達はどうなったか…、無事にすめば騎士団は姉上が引き継ぐだろうし」


 朦朧としながらも考えるのは騎士団の事。


「まぁ巧くやるだろう」


 ここであることに気づく。


「あれ……俺って他に考える事ねーのか? 普通は走馬灯って記憶が色々蘇るもんじゃねーの? 俺って空虚だな……」


 訪れる沈黙。


「ふざけんな、誰が死んでやるか……、くっそなんかむかつく!」


 唐突に叫ぶ。


「ああ、あった思い残すこと! まだ竜の繁殖計画が進んでなかった!」


 そして沈黙。


「おかしーな、同僚は結婚して、子供いて楽しそうにキャッキャウフフしてるのに、俺はなんだ?」


 そして自問する。


「なんで女になって、騎士団なんて作ってんの? 嫌、王妃様の命令だしさ、断れないよ? 断れないけど、別に俺じゃなくてもいいよね、姉上でいいじゃん、別に神殿どうこうより、王妃様直接指揮とればいいじゃん、いや俺も悪乗りして変なの集めたけどさ、口実に旅行まがいの旅もしたけど、なんか巻き込まれたけど」


 不満がグチグチと溢れだす。

 そして沈黙。


「スッキリした……」


 叫んだせいで残り僅かな体力もなくなったのか、クリスは静かに瞼を閉じた。




***





 ミイナ達、第十三祭祀団に命令が降ったのは朝だった。

 裏路地(スラム)の奥の朽ちた神殿。

 そこでミィナと枢機卿(カーディナル)の伝令は会っていた。


「王妃を殺すっすね、承ったす」


 いつもどおり任務。

 言われた事をこなすだけ。


 特に会話もなく、唯々諾々と任務を引き受ける。

 けれども、その時だけは少し違った。


「まて、これを十三祭祀団に飲んでもらう」


「なんすか?」


 伝令が取り出しのは、小瓶に入った黒い瓶。


聖騎士(パラディン)を超えた力を手に入れる事ができる」


「へぇ、聖騎士(パラディン)を超えるって何になるんすか?」


暗黒騎士(ダークロード)……我々はそう呼んでいる」


「ふぅん?」


 ミィナは小瓶を受け取り、それを見る。

 千里眼を発動させた。

 だというに、何も見えない。


 気になり、蓋をとる。

 その匂いは、ミィナにとってある意味嗅ぎ慣れた匂い。

 腐臭と呼ばれるものだった。


 思わず顔を顰める。


「これ飲むっすか?」


 今までもたまに魔法道具(マジックアイテム)や必要な道具を渡されることはあった。

 けれども、こんな怪しげな物は初めてだ。


「飲めというのが枢機卿(カーディナル)様のお達しだ」


「十三祭祀団全員すか?」


「勿論だ、お前たち弱い事を枢機卿(カーディナル)は嘆いていらっしゃる。故にそれをくだされた」


 そう言って伝令の男は笑う。


 ミィナは守りの聖痕(スティグマ)をこっそり発動させる。

 その黒い液体にそっと指をつけた。


 途端波紋が広がり、水は波立つ。

 

 守りの聖痕(スティグマ)と液体が戦っているのである。

 液体は今にも侵食しそうな程に、聖痕(スティグマ)を掴んでいく。


 小魔力(ポリ)を込め、液体を完全に弾く。

 すると小瓶は割れてしまう。


 ミィナは距離をとり、外套(マント)で液体を全て避けた。


「何をしている貴様! 枢機卿(カーディナル)に逆らうのか!」


 伝令の男が、怒りを露わにした時だった。

 地面に落ちた液体が、男に飛びかかった。


「なんだ。うわああ」


 瞬く間に液体は男を取り込んだ。

 

 煙が立ち上がり男は解けていく。

 数秒もかからず、その体は黒いだけの骨になる。


 そして、黒い骨は膨張し、破裂した。

 次いで、その骨は逆再生のように集まった。

 逆再生はとどまる所をしらず。

 その体には、まるで粘土のように黒い肉が付いていく。


「なんすかねぇ……これ」


 そして、それはむくりと起き上がる。

 その体、肌は黒色。

 腐臭が匂い、首から上に顔はない。

 けれども、動く腐った死体。


 ミィナには、見覚えのあるその魔物の姿。


首なし騎士(デュラハン)……」


「ああああああああああああ」


 男だったそれは叫ぶ。

 発声器官など既に無いはずなのに、それは辺りに響き渡った。


雷神の槌(ミョルニル)……」


 ミィナの判断は早かった。

 雷神の槌(ミョルニル)を巨大化させ、赤雷を纏わせる。

 そして、そのまま解き放つ。


 雷は空に上り、赤き落雷となって降り注ぐ。

 

 首なし騎士(デュラハン)は一瞬のうちに蒸発した。


「班長!」


 その場に駆け込んでくるのは、小柄な聖騎士(パラディン)

 そして、次々に班員が駆け込んでくる。


「キャロル、皆。 どうしたっすかね?」


「今、赤雷が……」


「ああ……」


 班員は心配そうにミィナを見つめていた。


 ミィナが見つめるのは、首なし騎士(デュラハン)の痕。

 眼をつぶり、考える。

 あの薬を飲んだらどうなって居たかと。


「この腐臭……不死族(アンデット)ですか?」


 一人の聖騎士(パラディン)がおそるおそる問いかける。


「そっすね。なんか、強く成れる薬とかいうのを渡して来たから、怪しすぎて守りの聖痕(スティグマ)でつついてやったら、案の定。暴走して伝令の男をくいやがったっす」


「液体がですが?」


「そっす、そしたらそいつ首なし騎士(デュラハン)になったすよ」


 その言葉にざわめく班員たち。


枢機卿(カーディナル)が|私達を不死族(アンデット)に?」


 小柄な聖騎士(パラディン)……キャロルが呟いた。


「どうすっかねぇ。まぁ、十三祭祀団の経歴を知って、そんな事するんすよ?」


「……」


 班員たちは、怒気をみなぎらせた。

 

 十三祭祀団。


 その任務は女性修道院の護衛である。

 表向きだが。


 修道院は、陸の孤島にある。

 そもそも護衛など必要ない。

 修道院に入ってしまえば、下界との接触などほんの僅か。


 故に情報ももれる事はない。


 だからこそ、それを隠れ蓑として、本来の任務がある。

 それは、不死族(アンデット)の討伐だ。


 十二使徒教、及び子宗教、その信仰地域に強い魔物は出ない。

 だが、そこに例外がある。

 それが不死族(アンデット)

 

 信仰の力をもってしても、それは防げない。

 死者の念。

 

 よって、その地域に大きな被害をだす魔物というのは大概の事態は不死族(アンデット)なのである。 


 そして、その被害者の親族……特に子供はどうなるか。

 死の恐怖を体験した子供達は大抵狂う。

 下位や中位ならまだしも、上位不死族(アンデット)にもなればその力は近づくだけでか弱き者の命を奪う。


 そんな力の一端にふれて、子供がまともであるはずがない。

 多くは神殿に預けられ、正気に戻る前に死んでいく。


 同時に家族を失い絶望するものも、少なくない。


 そして、正気に戻った上で、家族が殺された者はどうなるか?


 当然不死族(アンデット)に、怒りを向けるだろう。


 十三祭祀団は、在籍するもの全てが不死族(アンデット)の被害者だ。


 いくら、強くなるといっても、不死族(アンデット)関係の魔法道具(マジックアイテム)を使おうなど。

  

 十三祭祀団にとってのそれは、禁忌とも呼べる行動。

 枢機卿(カーディナル)の行動は暴挙である。


 ミィナはその細い眼をさらに細めて、静かに宣言する。


枢機卿(カーディナル)は敵っす、王妃を守るっすよ」


 誰も反論はしなかった。




***


 


 デスターは己の目を疑った。

 渓谷を抜けるとそこには、いるはずの鷲獅子(グリフォン)が居ないのだ。

 二十匹以上もいたはずの鷲獅子(グリフォン)が一匹たりともだ。

 だが良い、まだいい、いや、よくはないのだが、良しとしよう。

 そう、デスターの目の前には消えた鷲獅子(グリフォン)以上に不可解なものが映ったのだ。


 それは、ただ黒かった。

 目前に広がるおびただしいほどの黒。

 例えるならそれは、地面を這い回る蟻の如く。

 目の前に現れた黒の蟻は、集団は軍隊の如く整列していた。

 否、それは間違うことなき軍隊である。

 黒、それは鎧の色だった。

 つまりはそれは、人である証。

 だが、ここに人がいるはずがない。


 いる訳がないのだ。


 霰の渓谷は地元のものでも滅多に近寄らない、僻地だ。

 商人ならば海を通るし、今回の事件がなければデスター達とて、こんな場所には来なかったであろう。

 では、なぜこんなところに辺りを埋め尽くすほどの鎧を着こんだ戦士がいるのだろうか。


 目を凝らす。


 陽光に反射し、見ずらいが、その鎧に刻まれた文様はデスターとて四年前の戦争でいやというほどに見た事がある。


 二頭の狒々にひかれた戦車。


 即ち、それは、イスターチアの国章。


 空が陰る。

 目線をわずかに向ければそこにはすでに放たれたあとの大量の鏃。


 すでにファーフニルは反応していた。


「陛下を守れえええええ!」


 怒声をあげ、更に結界を展開。

 前方にすべてを遮るような炎が立ち上がる。


 鏃は炎に触れると、蒸発する。


 それは何だろうとも通さない、煉獄の結界。

 ガレッドは自身を盾にするように陛下を後ろに下げた。


 次いで他の騎士たちも、陛下を守るように陛下の前にでる。

 翼竜騎士団の動向を伺いながらも、デスターは陛下の守りに付く。


 後方にいた翼竜騎士団の二人も、陛下へと向かう。


 来るか、と思いデスターは身構える。

 けれども、二人はそのまま、陛下を無視して、前にでたのだ。


「へっ」


 思わずデスターの口からこぼれたのは、驚きだった。

 驚きすぎて、陛下を守るために構えていた斧が下がる。


 なんだ、翼竜も味方じゃねーか、脅しやがって。


 思い浮かべるのはそんな、言葉。


 まだ、大丈夫だ、こっちには二つ名もちが、三人もいるし、ここにいるのは精鋭ばかりだ、いくら数が多くても雑兵くらいどうにでもなるだろう。


 そう自分を鼓舞する。

 そう考えた時だった。


 けれども、次の瞬間。

 希望は絶望へと塗り替えられた。


 翼竜騎士団のふたりは陛下の前にでたのだ。


 そう、そして、陛下の前を守る騎士たちを後ろから切り飛ばしていった。


 それには、もちろん、デスターの相棒とも呼べる、地象のラヴィも含まれている。


 なんて、ことだ――。


 考えれば、その可能性もあったはずだ。

 将を欲すれば、まず馬から。


 その可能性は十分にあった。

 それを考慮できなかった己の浅慮に後悔する。


 怒りと虚無感をごちゃ混ぜにしたような、感情がデスターに駆け巡る。


 そして、現状をデスターが完全に理解したとき、それは憤怒へと変わった。


「うおおおおおおおおお」


 デスター雄叫びをあげて、次の騎士に強刃を振るおうとしていた人形師のクイードに切りかかる。


 けれども、デスターの戦斧(バトルアクス)はたやすくはじかれる。


 回りを囲むような、クイードの回りを囲む細い銀の線。

 不定形に姿を変え、自動防御、自動反撃、攻防一体のその魔法。


 土魔法の奥義と聞いた事がある。


 クイードは一瞬デスターを見ると驚いたような顔をして、そのあと、その能面なような顔で微笑んだ。


「あなたが気づくとは思いもしませんでした、だけどあなたでは私には勝てません」


 そういうとクイードは無数の銀線を放つ。

 だが、デスターは鬼のような形相でそれに耐える。


「これは、おれの落ち度だ……」


「はい?」


「おれは知らされていた、お前らを止められたはずだった」


 独白のように呟くデスター。

 けれども、クイードは笑う。


「無理です、あなた方の実力では、我々と相対してまともに戦えるものなど、結界のファーフニルくらいのものです、仮宿とはいえ翼竜騎士団を舐めてもらっては困りますね、それに、結界で手いっぱいのファーフニルなどラジャンの敵ではないでしょう」


「そんな、顔で、よく喋るな……」


 デスターは無造作に戦斧(バトルアクス)を振るう。


「あん? 冥途の土産にと事実を教えてあげた私に、なんて言いぐさ! いいでしょう今すぐ殺してあげましょ……う?」


「くせぇ、しゃべんな……」


 振りぬかれたデスターの一撃は銀線ごと、その体を断ち切っていた。


「私の自動防御を貫くとは、あらまぁ、油断しましたね……」


 そういうとクイードは地に伏せた。


「ラジャンは……」


 前を見据える、そこには無数に転がる死体達。

 その中に混ざる、首が別れたラジャンの死体。


「おうわ?!」


「何を驚いているんですか……?」


 聞こえるのは、どこか艶を含んだ女の声。


「おまえ、確か……」


 そこには恍惚とした表情のセシリアが立っていた。


(ワタクシ)、ちょっと行ってきますね」


 当たり前のように、喋るセシリアにデスターは呆然とする。


「行くって、どこへ」


「何処へ? 目の前に敵がいるんですよ? 斬るしかないでしょう?」


 さも、当然の事かのように言い捨てるセシリア。


「待てよ、どうみても千人はくだらねぇ!他にも二つ名もちがいるとも限らないんだぞ、幸い守りの要のファーフニルと陛下は無事だ、まだ立て直せる! それにこれだけの軍勢だ、国が気づいてないはずがねえ、逃げて増援を待つべきだ!」


 自分でも不思議に思うほどに、デスターの舌は回った。


「何処に?」


「え?」


「何処に逃げるの?」


 唐突な問。


 けれども、それは確信をついていて、セシリアには有無を言わせぬ迫力があった。


 デスターを後目にセシリアは結界を超えて歩き出す。

 顔には笑みを浮かべて。


 嘘だろう――。


 なんで、こんなにも危機的な状況で笑える、笑っていられるんだ。

 デスターはセシリアに恐怖を抱く、そして同時に自分を不甲斐なく思う。


 ちくしょう、と胸中で悪態をつくデスター。


 だが確かに、セシリアの言うとおりだ。

 例え霰の渓谷に逃げ込んだとしても、不死族(アンデット)の襲撃を何日も防いで逃げ切れるかという疑問も残る。


 恐らくはクリスが足止めしているであろう腐敗竜(ドラゴンゾンビ)もいつ現れても可笑しくはない。


 つまり、現状。

 逃げ道などないのだ。


「くそったれえええええええええ」


 自棄な雄叫びをあげ、デスターはセシリアに続いた。

 否、続こうとした。


 けれど。


「あちいぃ?!」


 ファーフニルの結界内側からでも、デスターはその熱さのせいでまともに近づくこともできない。


 けれども、セシリアは、何事もないように、事も無げに超えていく。


「なんなんだ、あいつは……」


 デスターが呆然とするなか、セシリアは静か軍勢向かいに歩いて行った。

 




***

 


「我が首なし騎士(デュラハン)? 気でも触れたか?」


 勇者は不思議そうに目を丸め、自身の体を確認する。


 手から肩。

 足から腰。

 腹から胸。


 どこを見ても生身のそれだ。


 美しい肌、艶かしい肉付き、美しい髪、やはり到底、不死族(アンデット)たる、首なし騎士(デュラハン)には思えない。


 そして、ミイナと見比べる。


 手から肩。

 足から腰。

 腹から胸。


 荒れた肌、薄い体、ブローチでまとめてあるだけの整えてもいない髪の毛。


 そして、納得。


 なんてことはない、勇者ほどの美しさであれば、妬み僻みなど、日常である。


「つまり、そなたの貧相な肉付きでは、そう思わないとやってられないのだろう?」


 生暖かい目で勇者はミイナを見た。

 どことなく周りの視線もミイナに集まる。


 ミイナは、一瞬何を言われたのかわからないのか、目を丸くし、そのあと気ずき、顔を赤くした。


「違うっす! それに、これでもアリシアよりはあるっす! 馬鹿にしやがって!」


 自身はアリシアを馬鹿にしているが、それを棚に上げてミイナは怒り、己が槌、雷神の槌(ミョルニル)に赤雷を集め始めた。


 雷神の槌(ミョルニル)に渦巻く、膨大な大魔力(モノ)

 赤雷は、色を変える。


 赤から橙色へ、橙色から黄色へ、黄色から緑へ、緑から青へ、青から紫へ。


 そして、紫から白へ。


「属性変更? いや、属性付加か、なるほど。だが何をしようと、聖騎士(パラディン)には魔法は利かぬ、そんな事は初歩の初歩だろう?」


 勇者は笑みを崩さない。


「よいよい、それで気が済むのならやってみよ、そして絶望するがよい」


 勇者は剣を腰に指し、無防備にその大きな胸をはるように前にでて、両手を広げる。


「さぁ来い!」


 わざとだろう、胸を揺らし、勇者は笑う。


「死に晒せっす! 雷神の怒り(トールハンマー)!」


 ミイナは渦巻く白雷ごと、勇者に雷神の槌(ミョルニル)を叩きつける。


「物理も混じってるではないか!」


 勇者は慌てて、剣を引き抜きそれを受けた。


「ちっ」っというミイナの舌打ち。


 ギィンという、鈍い音が響き、雷神の槌(ミョルニル)は受け止められた。


「ふん」という勇者の嘲り。


 けれども、白雷は雷神の槌(ミョルニル)のから勇者の体へと移動し纏わりつく。


「細かい芸に褒美を与えたい所だが、やはり無駄よの、この程度意識せずとも弾くだろうにっ?」


 勇者の言葉に僅かに驚きが交じる。

 体のバランスが崩れたのだ。


 なぜなら剣を持つその手が、剣ごと地面に落ちたから。


「衝撃で腕が落ちたか? まぁよい……すぐに再生……しない!?」


 驚きで眼を見開く勇者。


 落ちた手をみれば、その手は黒ずみ、炭化してるようにも見える。


「神聖属性の付加……、だがあれは人には効かないはず、だが手は焼け焦げた? 雷でか? なぜだ私は守りの聖痕(スティグマ)を常時展開している、効くはずがない!」


 混乱に陥る勇者。


「だから言ったすよね、てめぇは首なし騎士(デュラハン)だって!」


 我が意を得たとばかりに、高らかに叫ぶミイナ。


「確かに、暗黒騎士(ダークロード)の力を得るときに不死族(アンデット)の力を入れるとは言ってたが、その弊害か? いやだが……」


 けれども勇者はミイナを無視して、一人で思案に暮れる。


「……聞くっすよ!」


「うるさいぞ、貧相なの」


 ぶちっ、と何かが切れる音が聞こえた。


 時に人は、怒りで興奮するというが、それも上限を超えるとかえって冷静になるという。


 ミイナは冷たい声で、呟いた。


「……殺すっす」


 ミイナは全ての聖痕(スティグマ)を全発動、その身を光が駆け巡る。

 その姿に勇者は目を疑った。


「なに、そなたも千里眼の持ち主か……なれば我が首なし(デュラハン)というのも、嘘ではいのだな……」


 あっさりと認める勇者に、ミイナは気が抜ける。


「今更っすか、だけど殺す事には変わりないっす」


 そして、雷神の槌(ミョルニル)を再び構えた。


「何、例え我が首なし騎士(デュラハン)だったとしてもやることは変わらぬだけのこと、さて、わかっているか小娘?千里眼同士の戦いを」


 勇者も千里眼を発動させる。


「何を言って……」


 瞬間見える、死の危険予知、ミイナの千里眼における未来視の練度は決して高くない。

 けれども、それは明確にミイナを襲う。


「うっ」


 明確に視える自身の死、それは過程を省き結果のみをミイナに幻視させる。


 それも、一度や二度ではない。

 何度も、何度も、何度も、何度も――――。


「うえっ、なんで、こんなっことが」


 おもむろに床に膝を付き、ミイナは嘔吐する。

 整っていた息は荒くなり、冷や汗をかき、顔面は蒼白だ。


「そなたの負けよ、千里眼同士が戦うとき、勝敗は戦う前に決してしまう。それこそ実力が拮抗でもしていなければな、格上の千里眼持ちと戦う時は千里眼を使わぬ事だ」


 勇者が喋るその間にもミイナは己の死を幻視し続ける。


「そら、はやく千里眼を切らねば、精神が崩壊するぞ?」


 ミイナは言われるままに、千里眼を切る。


「はぁはぁ……」


「なに、休めばすぐ良くなる」


 そう言うと勇者は無造作に、ミイナの横を歩いて行く。

 十三祭祀団も思わず後ずさった。


「待つっす……」


「どうした? 小娘」


「殺さないっすか……」


 小さな疑問、この勇者ならばミイナどころか、この騎士団を一人で殺しきる事だって造作もないだろう。

 

 千里眼で見た、危険予知。

 幻視した己の死、何度だろうと、何十秒も持ちはしない。

 なれば、なぜ殺さないのかと疑問を覚える。


「女子供はできるだけ、殺さない……」


 けれでも、勇者からでた言葉に驚愕する。

 ミイナは城下で勇者が騎士を皆殺しにする様を千里眼で見ていた。


 故に、王妃が大司祭(アークビショップ)転送(アポート)されるのを確認したのも素早く察知でき、十三祭祀団に戦闘準備させる事ができたのである。


 故にでるのは、疑問の言葉。


「なんでっすか……」


 その問に、勇者は少し考える素振りをして、けれども粛々と話しだす。


「我は勇者であるが同時に皇帝でもある。国を考えなければならぬ。子供は国を作り、未来を作る、女は子を生む、なればどこに殺す通りがある?」


 まっすぐとした瞳で語る、勇者なりの君主論。


「偽善っすね、女が産んだ子は、父の仇を恨み、仇を取りに行くかもしれないっすよ?」


「偽善とて構いはせぬ、もしそのような事になれば、それは我の咎よの、その時は優しく殺してやろうぞ?」


 そう言って勇者は自愛を浮かべて微笑んだ。


 一瞬、同姓であるミイナすらも呆けるほどに美しい笑みだった。

 だがすぐに、その笑みは、凄惨な笑みへと形を変える。


「だが、王妃は殺さねばならぬ、あれの腹子はいずれ魔王となる。なれば勇者たる我が、魔王を倒すのは必然よ」


 魔王という言葉に、あたりが騒然とする。


「先ほどそこの龍人(ドラゴニュート)が言っておったろう?意図的に隠したのか、それとも理解できなかったのか、ともあれ、此度の神託の内容はそういう事だ」


 魔王……魔族の王を指す言葉。

 それは誰もが知っている。


 古の神話。

 十二使徒の敵であった魔族。

 それを統べる王。


 十二使徒によって倒された、人類の敵対者。


 そして、十二使徒を半数以上も打ちとった、最強最悪の神話の化け物だ。


「なぜ王妃の腹に魔王がいるかは知らん、が神託は神による予言だ。手をこまねいていればいずれは実現してしまう。故に覆せるのは生まれる前、今だけよ」


 そう言うと勇者は、千里眼で虚空を見上げた。


「森か…、崖、川かこれは!しまった海に逃げる気か!ネル!」


 勇者が叫ぶ、すると勇者の影から女性が湧き出てくる。


「解っております、こちらへ!」


 影に波紋が走る。

 勇者は己の影に沈み込んでいく。


 数秒もしないうちに、勇者たちは影に沈んでいった。





 ***




 とある船の上。 


 くぅーと腹の虫が鳴く音が響く。


「お腹すきましたねぇ、ご飯はまだですかぁ?」


 お腹を鳴らした本人は物欲しそうに、指をくわえている。


「アリシアさんってばそればっかり、さっき食べたでしょう? 痴呆のお爺ちゃんじゃないんだから」


 フェイトが窘めるようにいう、けれどアリシアにご飯を食べた記憶はない。


「えぇ? うそ?」


 空腹のうちに無意識に食べてしまったのか自問するが答えはでない。


「こら、フェイトさん、アリシアさんを誂ってないで、手伝ってください、荷物の総数を数えないといけないんですから」


 リラが注意する。


「アッハッハ、ごめんごめん、すぐ手伝うからさ、所で何処いくんだっけ?」


「全く直ぐそうやって話をそらすんですから」


 ため息をつくリラ。


「空中外遊都市マチュピーです」


 アリシアは騙された事に、わずかに頬をむくらせながらも答えた。


「神に最も近い都市か……、アリシアさんは行った事ある?」


「式典で何度かくらいですねぇ、綿飴が名物なんですけど、とっても甘くて美味しいんです」


思い出したのか、口元からよだれが垂れている。


「式典って?」


「マチュピーには十字教の総本山たる大神殿があるんですよぉ? そこで年に一度だけ普段はお手伝いに行きます」


 フェイトは「へーっ」と気のない返事を返して、また話題を変える。


「しかし、あれだねー戦争はじまって、いよいよ招集か、なんてドキドキしてたけど王妃様と避難かー、開戦したの今日なんでしょう? よくこんなにはやく連絡とれたね?」


「レイトさんが言うには大神殿から連絡が来たそうですよ」


「そうなんだ? ま、でも、私らみたいな新兵が戦場にいった所で何ができるわけでもないわけで、避難できるのは役得だね」


「もう、不謹慎ですわよ、フェイトさん。私なんかは、今頃戦場ではお父様達が戦っていらしていると思うと、気が気ではありませんのに」


 リラは消沈気味に反応する。


「気にしたってしょうが無いよ、戦争だって、いつ始まっても可笑しくなかったんだしね」


 そう言うとフェイトは甲板から外を見る。


「あ、来たみたい、王妃様」


 その声にアリシアも身を乗り出して、外を見た。


「なんで、チェロルさんに抱えられてるんですかねぇ?」


 アリシアが疑問を口にする。

 走るチェロルの肩に担がれてる、王妃。


「さぁ? ドレスじゃ森歩き辛いからじゃないですか? あ、出発するみたいだよ、慌ただしいね?」


「あれぇ、まだ乗ってない人とかいませんでしたっけ?」


「次の便で来るんじゃないでしょうか?」


「それも、そうですねぇ」


 気づけば既に帆は張られ、ボエーと重低音な汽笛がなる。


 そして船は動き出した。


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