十一話 散る者 進む者
エフレディア王国、王都ミナクシェル。
そこは既に地獄だった。
悲鳴が聞こえる、怒声が聞こえる。
放たれたのは炎の魔法か、それは煉瓦作りなど気にもしないで飲み込んでいく。
炎は広がり、都を飲み込む。
炎は、黄昏れ時の世界を、真昼のように照らしだす。
赤く照らされた、世界。
動くめくのは黒い影。
イスターチアの兵士たちだ。
さらに耳に入るのは略奪の音。
強奪、陵辱、破壊、殺戮。
略奪は勝者の権利だ。
敗者は、ただ淘汰される。
それが自然の摂理でもある。
甲高い悲鳴が響き渡る。
「死肉あさりの如きよな……」
その光景をただ静かに見つめ、勇者は呟く。
炎の街の中、勇者は無数の死体に山の上に立っていた。
勇者が増援の騎士団を倒しきるのにかかった時間は、僅か半刻。
半刻で全てを殺しきった。
増援なのか、それとも前線で追い払われた、騎士たちなのか、次々と湧いてくる騎士たち。
中には、凄まじい力量を持つものも居た、高度な魔法を使うものもいた。
けれども、その全てを一振りの元に切り捨てた。
相手になどなりもしない。
勇者、それは渾名などではない。
英雄すら、超越した、何か。
あえて例えるならば、それは戦略兵器の類であろう。
そんな勇者が騎士を殺し、戦闘の余韻に浸っている時だった。
それは、まるで雪崩のような勢いだった。
黒い鎧をきた、イスターチアの兵士たちが次々とミナクシェルへと入り込んできた。
要塞都市と言われたミナクシェル。
けれども、いくら要塞だろうと守るものが居なければ機能しない。
そう、殺したのだ。
勇者が、一人残さず。
故に、そうそうに門は破られた。
そして、まるで雪崩が道行くもの全てを飲み込むかのように、兵士たちは侵食したのだ。
兵士が通れば、街は燃え、壊され、逃げ遅れた人々は蹂躙された。
今も勇者の目の前で、逃げ遅れたのか、数人の兵士の手によって若い母娘が引きずり出された。
これから、行われるであろう行為に怯え、抱き合い唇を震わせている。
逆に兵士達は、その顔に喜悦を浮かべている。
世の常か、と勇者は思う。
仕方ないと思う反面、助けるかとも夢想する。
けれども、今助けた所でこれから待つのは地獄であろうと思い、首を振る。
しかし、若い母娘がとある記憶に引っかかる。
勇者は無表情でそれに近づいた。
「そこな雑兵共……」
「あん? なんだよ?」
楽しみを邪魔された、と思ったのか不快感を顕にした声を勇者に向ける兵士達。
「疾くと往ね」
けれども、冷たく低く響く勇者の声。
「俺を誰だと思ってやがる、俺は……」
「二度は無い、早々に消えよ」
発せられる、僅かな殺気。
それだけ、たったそれだけで、言葉すら発せなくなる兵士たち。
表情は喜悦から、恐怖へと転化し、怯えながらも、その場を離れていく。
「ありがとう、ございます……」
母親の震えた、その喉から、振り絞られた声。
「礼を、言わないでくれ……」
けれども勇者は悲しそうにそう言う。
「西へ逃げろ……我に言えるのはそれだけだ」
そう言うと、勇者は踵を返す。
「民の避難すらできんとは、愚かな王だ……ああ、我も人の事は言えんか」
自嘲する勇者。
その目には、憂い、自嘲、暗い光が灯っていた。
「さて、あと一息か……王女の居場所は」
千里眼を発動させる、その両目に黒き十字の光が宿る。
「王宮の裏手……、これは聖騎士……か? こんなにも女ばかり……十字教の聖騎士がこんなにも早く?」
勇者は俯き、思考する。
「いや、違う、これは……なるほど、贄か。無垢なのであろう、ああ、やはり十字教は潰すべきだ」
俯いた顔を上にあげた勇者。
その瞳には決意が見て取れる。
「なればこそ、救わねばならない……そうだろう? ネル」
虚空に話しかける勇者。
「ここに……」
すると黒髪の女性が、勇者の影から湧き出した。
「移動を頼む、目標は王宮の裏手だ」
「畏まりました」
ネルは恭しく礼をする。
すると二人は、地面を沈んでいく。
否、よく見れば影に沈んでいくという事がわかるだろう。
影の表面にはまるで水面のように波紋が広がっている。
まるで、底なし沼に沈むように、二人は沈んで行った。
***
「まじかよ」
己の腹部から、突き出た、一振りの剣。
驚きを禁じ得ない。
ヴァルトスの剣は弾いた。
その後踏み込み、ヴァルトスの首をはねようとした瞬間だった。
僅かな衝撃、けれどもそれで理解した。
痛みすらなく、己を貫く剣。
それは見覚えのある、相棒とも呼べる男の物。
「すいません、団長。俺はもとからそちら側なんですよ」
初めて聞いた、そいつの謝罪の言葉に、驚きもする。
いつもは逆ギレするばかりの対応だった、それなのにだ。
「ジャックか……いい腕してるじゃねえか?」
けれどもグランはどこか朗々と笑う。
最後の最後、どこに隠れていたのか、荒れ地になった草原。
隠れていられる場所などありはしないというのに。
ジャックは唐突に現れた。
ここぞ、という完璧なタイミングで。
「貴方に、鍛えられましたから――」
そう言って剣の角度を変え、内蔵を抉る、ジャック。
その抉り方は、内蔵を完全に破壊する、回復魔法すら効果を無くさしてしまう方法。
「そうだったな……」
「何か遺言は?」
ジャックは静かに問いかけた。
「くそ野郎」
グランは獰猛に笑い、剣を手放した。
そして、前のめりに倒れる体。
ジャックはグランの背中から剣を引き抜き、その首を刎ねた。
空を舞う首。
「貴殿は……いや、何も言うまい、これは決闘ではなく戦争であったな……」
ヴァルトスはそう言うと、剣を収め、己が陣地へと向かい歩み始める。
何を思ったのか、それとも何も思わなかったのか、ジャックは無言で地に落ちたグランの首を見つめていた。
***
落ちる、落ちる、落ちる。
腐敗竜の背中の穴に落ちたクリス。
小山ほどもある、腐敗竜の穴は生き物内部とは思えないほど長く大きい。
けれども、時間としては僅か数秒。
着地に備える暇もない。
気づけばクリスは衝撃を体に感じていた。
同時にバシャンという音。
そして、衝撃が抜ける頃には、からだにまとわり付くような液体がある事を理解する。
次いで、呼吸ができないことに、気付き、むせながらも必死に浮上する。
「ぶはっ、なんだここは……」
クリスが当たりを見回せば、そこには、黄色い液体に満たされ場所。
色々な物が漂っていた。
クリスは手近な物体によじ登り、息をつく。
目線が上がることで、新たな情報視界にはいり、ここが何処かを理解した。
「胃袋か……、つまり、これは胃液かどうりでヒリヒリする」
体についた、胃液を苦い顔でみつめ、動物のようにぶるぶると体を振るい、胃液を飛ばす。
ドンっという、鈍い音。
クリスの乗っている物体に何かがぶつかった。
それは紅い、鱗の……首のない竜、ちょうどクリスが乗っているものと酷似している。
「赤竜赤竜騎士団のか……」
胃液は流動しており、あちらこちらで食べたものがぶつかり砕け、沈んでいく。
このままではいずれ自分も沈むだろうとクリスは身震いする。
「小魔力ももうない……、なぜ腐敗竜が動いていないのかはわからないが、動かれたら不味いな」
体が動けば胃液も動く、そうすれば今のクリスでは唯胃液に沈むしかないだろう。
実際はクリスに受けた傷を修復してる最中であるのだが。
「こいつに掛けてみるか……?」
おのが愛剣を掲げる。
銀の細剣に吸収させた、竜殺し。
その切れ味は先ほど確認したとおりだ。
そして、本来の竜殺しには切り札とも言える魔法が込められている。
「キーワードは薙ぎ払え…か」
確認のための呟き。
けれども、それは発動した。
「うぇ」
目の前で剣を渦巻く黒い光、クリスは思わず眼を丸くする。
それは、段々と勢いを増し、巨大な竜巻になっていく。
「まじでー?」
そして、何処か気の抜けた声とともに、それは放たれた。
唸る黒光の暴風。
はじめは見間違いかと思った。
けれども回を重ねるごとに確信に変わる。
その風は光は腐敗竜の触れた所を消していく。
それは文字通りの消滅。
竜巻が触れた所から蝕むように、腐敗竜は姿を消していく。
空に溶けるように。
けれども、クリスはそれを見たことがある、知っている。
否、使っている。
それはまるで。
消滅の聖痕のような――。
黒光は僅かな間に全てを飲み込み、その姿を消した。
一瞬の空白、そして、浮遊感。
気づけばクリスは空に放り出されていた。
眼下に広がるは、霰の渓谷。
「これは死んだか?」
冷静に呟くも、呟きは風へと消える。
僅かな明るさに、眼が眩む。
見上げれば雲の裂け目から差し込む僅かな朝日。
「朝か……」
空を見つめながらクリスは渓谷へと落下していった。
***
洞窟から抜けだし、ギリアス達一行は悪路を進む。
踏みしめる地面は半ば氷、半ば泥濘、道は悪い。
それでも、懸命に前へと進む。
後方で聞こえる、戦闘音
不死族だ。
小型の不死族が時折湧き出て襲い掛かってくるのだ。
とはいえ、面子は精鋭。
半ば切り捨てるように走って行く。
しかし、精鋭といえど強行軍、既に何人かは犠牲になった。
けれども、それでも皆は前に進む。
誰が死のうとも、陛下を守れと。
そう言ってクリスは姿を消した。
半数以上のものは気づいていた。
まるで遺言のような、その台詞。
けれども、皆は指示に従い進んでいく。
疲労も頂点に達しつつある。
現状、まともに動けるのは、ファーフニル、ガレッド、翼竜騎士団くらいのもの、他のものはだいぶ疲弊している。
けれども、流石は団長とでもいうべきか、現状ギリアスの守りに付いているファーフニルなど黒虎の後部座席から、正確に魔法を唱え、ギリアスが乗るほうの、黒虎を援護する。
そして恐ろしいのは、その魔法の威力。
霰という炎に相性の悪い天候の中、衰えもせずに全てを燃やし尽くす。
疲労しているようにすら見えない。
さらに白獅子を操る、二騎が後ろに控え、徒歩の面子を援護している。
既に腐敗竜の姿を捉える事はない。
視界の先には既に明るい、渓谷の出口が見えている。
霰の渓谷からの脱出は順調だ。
そう、順調すぎるのだ。
だが、それゆえに、デスターは思い出す。
渓谷に入る前に呼びだされた内容を。
「で、なんだよ、任務ってのは? なんだ伽の相手ならしてやらん事もないぜ?」
デスターがクリスに問いかけた。
呼び出され、機嫌悪くそれに答える。
そして、鼻を鳴らす。
「一つ、問いたい」
けれども、クリスはそれを無視して逆に問いかけた。
「なんだ?」
「お前は誰に忠誠をささげた騎士だ? 国か? それとも騎士団か?」
「俺は…」
デスターは思い出す、自身が騎士になった理由。
貧しくて、飯もろくに食べれなかった幼少期。
腕っ節だけで裏路地の用心棒をやっていた青年期。
今の地象騎士団の団長に叩きのめされて、騎士になりたいと頼み込んだ青き日々。
「俺は騎士団に、団長に忠誠を捧げてる。国なんかには捧げねぇ」
その言葉に、クリスは当てが外れたのか眉を顰めた。
「けんど、団長は国に、陛下に忠誠を捧げてる、なら俺が忠誠を捧げるのは、国であり陛下だ、俺は騎士だかんな」
そして、デスターが続けたその言葉にほくそ笑む。
「いいだろう、及第点だ」
その言葉にデスターは眼を丸くする。
そして気づく、試されたのだと。
悔しさで顔が歪む。
「お前はわかりやすいな、だが、そこが良い」
「は?」
思わず、眼を丸くするデスター。
「翼竜騎士団から眼を離すな、不審な動きがあれば捕まえろ、或いは殺せ」
「…」
絶句するデスター。
クリスの言葉を理解しようとする。
この女は何を言った?
翼竜騎士団をどうにかしろと?
最強の名を欲しいままにする連中を?
二つ名ももたない俺が?
今回ここに来ている翼竜騎士団の二人は知っている。
知らないはずがない。
人形師のクイードに激高のラジャンだ。
二人共、裏路地で名を馳せた元殺し屋だ。
「なんで俺が、いや俺じゃあの二人は倒せない、そうだ、他の騎士にも話を……」
「ダメだ、今俺が、怪しまれずに呼べるのはお前だけだ。他の騎士など呼んでみろ、何事かと騒ぎになる、翼竜騎士団にも警戒される」
「じゃあ、俺が他の騎士に話す、それならいいだろう!」
「騎士団同士で牽制している最中、問題を起こしたお前の話など誰が信じる?」
「じゃせめて、ラヴィを、地象のもう一人に…」
「ダメだあの者では腕が足りん、無駄死させたいのか?」
自身でもわかる、ラヴィの実力はデスターほどではない。
確かに地象騎士団では上位の実力者であるが、救出隊の面子の中では決して強い方ではない。
「くそったれ、せめて理由ぐらい教えてくれ!」
懇願し、食い下がるデスター。
「いいだろう……今回の陛下の襲撃、恐らくは手引したものがいる」
「……それが翼竜騎士団だってのか?!」
「あくまで可能性の話だ、だからお前は保険だ。何、お前は時間を稼げればそれでいい、数合打ち合えれば、他の騎士たちも気づくだろうよ」
そう言ってクリスはニヤリと笑った。
「仮に襲ってくるとしたら何時だ……どの機会だ?」
デスターは問いかける。
「そうだな、俺なら最も安心した所を狙う、例えば……安全なところに付いた時とか、助かったと思うときだ」
クリスの言葉を聞いて、デスターは考えた。
もっとも、安心した時はいつか?
渓谷から抜けただけでは、駄目だ。
安心するにはするだろう、だが自分たちは騎士だ。
城につくまで緊張感で張り詰めているだろう。
ならば、城につくまでで何処が一番安心できる?
相棒に、己の騎獣に乗っている時だ。
だが、今は己の騎獣は郊外の森に置いてきた。
仮の相棒としての鷲獅子が居るだけだ。
そこで気づく。
陛下は自分で騎獣を操りはしない。
けれども、このまま黒虎の後ろに居ることはないだろう。
今まで陛下を守ってきたのはファーフニルだ。
ならば、鷲獅子へ乗り換えるときにファーフニルの後ろへと座るだろう。
当然ファーフニルが手綱を握るのだから、ファーフニルの手は塞がる。
なれば、そこが最大の機会ではないのか?
それがデスターのだした答だった
既に渓谷の出口は近い。
鷲獅子の係留地点もすぐそこだ。
デスターは、そっと意気込み己の斧を持つ手に力を入れた。
***
それは食堂で起きた。
唐突に魔法陣が現れたのだ。
レイトの頭上に。
はじめはそれは、小さかった。
けれども、段々とそれは拡大し。
そして誰もが眼を見張る。
けれども、知らずは本人ばかりか、レイトはもくもくとご飯を食べている。
「レイトさん……その」
横でご飯を食べて居たテートが控えに声をだす。
「どうなされた? テート殿」
「その頭上に……」
「頭上?」
レイトが首を向ければ魔法陣は点滅を繰り返していた。
そしてそれは、唐突に点滅をやめ、赤く輝く。
ぼふんっという音、共に白い粉塵。
次いで、レイトに何かがぶつかった。
「ハヒ?」
ぐぎりと嫌な音を立てるレイトの首。
「きゃあ!」
響く高い声。
粉塵が消えれば、そこにはレイトの顔の上に落ちたのだろう。
レイトの体を下敷きに、そこにはフランシスが眼を丸くして倒れていた。
「王妃様? どうなされたのですか?」
手を差し出し、王妃を立たせるテート。
「ありがとう、どうしたもこうしたもないわ、ここは宿舎?」
「はい、食堂にございます」
「時間がないわ、全員を招集して、防衛体制を」
「あ、はい、整っております」
「そう、急いで準備を……! って整ってるの?」
思わず眼を丸めるフランシス。
「はい、レイトさんが大司教様に、仰せつかっていまして」
その言葉にあの爺かという、言葉を飲み込むフラシス。
「そうならいいわ、状況を教えてちょうだい」
「ではレイトさんのほうから……」
「レイト? 何を寝ているの、起きなさい職務よ?」
「いたたた」
首をさすりながらも起きあがるレイト。
なにか、理不尽なものを見るような眼でフランシスを見るが、睨まれ、すぐさま姿勢を正す。
「……報告します、駐屯所の周りは城下からの道は塞き止め、現在ここに至ることのできる道は王宮の裏手のみと成っています、次いで聖騎士達はほぼ全員が武装し、斥候を残し、ここで食事をとっているもの以外は各自部屋で待機させています」
「随分と手際がいいのね? 開戦してまだ半日と立っていないのだけども」
「開戦については団長殿が予測されていましたので、こちらに緊急時の指導書が、ですが……」
レイトは言いよどむ。
「何か問題が? ……ないわけないわよね」
「ええ、ご存知の通り、戦えるものは決して多くはありません、聖騎士になり基礎訓練こそ受けてはおりますが、聖痕を使いこなしてるものは多くなく、戦力として数えられるものは百を少々超える程度かと」
その言葉に、落胆を隠し切れないフランシス。
実際、言われるまでもなく、フランシスとて解っていた。
クリスが、自身で集めたものを除けばほとんどが、街の平民である。
平民の女性に武力などない、荒事の経験などほとんどないだろう。
むしろ百名もいれば上出来だと思うしか無い。
しかし、イスターチアの軍勢は四万を超える、前線がどうなっているかもわからない今、圧倒的に、兵士も情報も足りない。
それに勇者となのるあの女。
尋常ではない強さ、大司教では勝てないのだろう。
だからこそ、大司教が自身を逃した事をフランシスは理解している。
「城下の情報がほしいわ……」
「残念ながら、道を塞いでしまいました。こちらでは情報を仕入れることは、不可能かと……、航空騎兵を使えば可能ではありますが、敵の航空騎兵に見つかる可能性があり危険です」
「城に戻るしかなさそうね……」
城には国見の泉と呼ばれる、魔法道具が設置されている。
発動させれば、国内ならばどこでも、映像として映せるものである。
最悪の場合、城に情報がなくても、国見の泉を使えば、ある程度の情報は手に入る。
他にも長距離の連絡用の魔法道具等、戦争を有利に運ぶためのものが城にはいくつか存在する。
現状の情報と兵力では何もできない。
故に、フランシスは情報を求めて城へ向かう事を決める。
「城に戻るのはおやめください」
けれども、レイトがそれを止める。
「どうして? 何を言っているの? 現状の状態がわからない以上、騎士達の指揮をするためには……」
「城は既に落ちています……、既に煙が立ち上っております」
その言葉にフランシスは眼を見開き、言葉を咀嚼し、愕然とした。
急いで外を見れば、そこには、もうもうと煙をあげるエフレディア城の姿。
「なんで……そんな」
膝をつくフランシス。
「何をこんな所でのうのうと食事をしているの! すぐさま救援に行かないと!」
「気づいた時には既に遅かったのです、城に送った斥候によると枢機卿派と思われる聖騎士達に、占拠されているとのことです」
「なんてこと……」
「ご安心ください」
「何を安心しろというの!」
「このみに変えましても、我らは王妃様を守る所存」
そう言ってレイトは跪く。
けれども、フランシスは激高する。
まるで騎士のようではないか。
「騎士ごっこはおしまいよレイト。この国は滅ぶわ……」
「ごっこではりません、王妃様、そして滅びません。なぜなら私達は貴方を守るために集められたのですから」
その言葉に頷く周りの、聖騎士達。
「違うわ、あなた達は神託によって集められた、私を守るというのは名目にすぎない。そして私は神託の内容すら知らないのだから……」
「名目ではありません、私達は貴方を、正確には貴方のそのお子を守り、育てるために集められたのです、それが神託の内容です」
「え……?」
レイトは語りだす。
「太陽がいづる国、陽の恩恵を食いつぶしとき、西の豊かなる地を貪るだろう。そして、長きに渡り西の豊かなる地は帳が降ろされ、夕闇に包まれる」
それは信託の内容だった。
なぜレイトがと思うが、今はその内容のほうが気になった。
そこに示されているのは、確実にエフレディアの滅亡。
「そんなの、エフレディアの滅亡だけしか予言していないじゃない!」
フランシスは声を荒げる。
「続きがあります……、されど、使徒の血に連なるもの、最後の種、白き百合によって芽吹くとき、再び帳は上がり、西の豊かな地は再び陽の光に照らされる。そして芽吹きし種、西を覆い尽くす暗雲を払い、東の大火を払い、北の吹雪を従え、南の渦を飲み干す王となろう」
フランシスはその言葉に眼を見張る。
「最後の種は王妃様のお腹のお子、白き百合は女の聖騎士を指す隠語で御座います」
そして、他の神託が正しければ、お腹の子はいずれ――。
「……私にどうしろというの」
「逃げましょう、この国から。お腹のお子が育つとき、この地を奪い返しに来ればよいのです」
レイトがそう言った時だった。
「させると思うか?」
唐突に食堂に響く声。
「一見それは救世に聞こえるが、見方を変えれば単なる世界征服よな?」
ニヤリと獰猛に笑う女。
白銀の剣を構え、勇者レイネシアがそこにいた。
「何奴っ!」
レイトが剣を引き抜き、構えを取る。
けれども、一瞬で剣ごと弾かれる。
そして、そのまま勇者はレイトを蹴り飛ばす。
レイトは滑るように床を転がり壁に叩きつけられた。
「ぐ……」
誰も反応すらできない。
何時居たのか、いつの間に居たのか、突然に現れた。
テートが短剣を手に取るが、眼だけでそれを制される。
「やめておけ、力量の差ぐらいわかるだろう? 我は基本女は殺さぬ主義なのだ、殺させてくれるな」
けれども、そう言うと、勇者は王女に剣を突きつける。
「まぁ何事にも例外はあるがな……」
剣を振り下ろさんとする勇者。
「このぉ!」
けれどもレイトが遮二無二にフランシスを突き飛ばす。
勇者の剣はそのまま、レイトに当たるが硬質な音と共に弾かれる。
竜化だ、レイトの体には既に紅い鱗で覆われている。
「おっ?」
何処か、驚いたような声をだして、勇者はさがる。
「竜人? 珍しいな、どうりで硬い」
「ああああ!」
レイトは勇者に体当たりをしかけた。
剣の通らぬ、その体、単なる重量物としての突撃は選択肢としては悪くない。
けれども、それは相手が格下の場合しか通じない。
「なるほど、己の体をよく知っている、悪くない手だ……、だが甘い」
勇者は、僅かに体をそらすとレイトの足を払いのけた。
それだけでレイトは顔から床へと盛大突っ伏し、動きを止めた。
「ふむ、まだ甘いが、なるほど連携はできているのか」
勇者は言うが速いか、体を回転させ、回し蹴りを放つ。
そこには無音の聖痕により、勇者の背後に近寄っていたテートが居り、驚愕に眼を見開いていた。
間一髪、上体を反らして、それを躱すテート。
同時に幻覚の聖痕を発動。
テートの瞳が光を帯びる、そして勇者の瞳を見据えた。
「ほう珍しい、瞳に関する聖痕はいくつかあるが、幻覚とはな……大凡聖騎士とは思えぬ思想の持ち主のようだ、だが」
幻覚の聖痕にかかれば、本来ならばかかった者の目は虚ろになる。
けれども勇者は嘲笑う、それがどうした? と言わんばかりに明確な意思でもって嘲笑う。
「効かない!?」
「そうとも、千里眼の聖痕は瞳に関する聖痕の最上位を冠する聖痕よ。幻覚如き見破れないわけがなかろう? そんな事も習わなかったか……」
見れば勇者は、おのが瞳に黒い十字の光を纏わせている、色は黒いが千里眼の聖痕だ。
そして半ば呆れたような表情をしてテートを見つめる。
「もっとも、ここにいるのは神官戦士ではなさそうだがな……、邪魔をするならば女といえど殺すぞ?」
放たれる殺気は、最上のもの。
見る者全てを跪かせる、そんな畏怖を抱かせた。
殺気によって動きを止めた、聖騎士達をよそに勇者はフランシスへと歩み寄る。
「甘いっすよ」
小さな声と、ほぼ同時に轟音。
食堂の扉をぶち破り、紅い雷が勇者目掛け駆け抜けた。
辺りは粉塵に包まれる。
「さて、腕に自信が無いのは下がるっすよ、ちょっとばかし大物っす」
何処か気の抜けた声で、パンパンと手を鳴らすのはミイナ。
「ミイナさん、でも今ので……」
テートがほっとしたような疑問のような声をあげる。
「こんなので殺せたら苦労しないっす、王妃は?」
「ここに」
小柄な聖騎士がフランシスを抱えミイナのそばへと歩み寄る。
「キャロルは王妃を連れて退避」
そう言うと、小柄な聖騎士は王妃を抱えて姿を消した。
「第十三祭祀団、抜剣」
ミイナの声に何処に居たのか、気づけばそこには第十三祭祀団、キャロルを覗く九人が揃っていた。
「包囲陣を敷いて、遠距離攻撃っす、守りの聖痕を目標に常時展開させるっす」
次々に、各々の武器から放たれる、魔法武器の攻撃。
未だミイナの攻撃による粉塵の中、勇者を目掛け攻撃は続く。
おかげで、食堂には衝撃と風圧で暴風が通ったかのような有り様だ。
数分、数十分か、時間の感覚がなくなるほどの魔法武器による攻撃が終わった時それはそこに立っていた。
「我の思い違いでなければ、お主らは枢機卿の下僕ではなかったか?」
悠々と、服についた誇りを払い勇者は歩く。
まるで何もなかったかのように。
それを見てミイナは、激昂、けれど同時に理解していた。
そうなる事を。
だが、声高らかにミイナは叫ぶ。
「思い違いをしないで欲しいっすね、第十三祭祀団の職務は魔物を滅ぼす事。枢機卿に仕える事ではないっすよ!」
そして雷神の槌を巨大化させた。
「たかが首なし騎士如きが思いあがるな!」




