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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
五章 戦争 国の行く末
81/121

十話 激戦 十字の欠片





 巨大な白刃が煌めいた。


「ハァ!」


 勇者の裂帛の気合の声と共に振り下ろされるその剣。

 その一撃、重さ、速度、何をとってもまさに最高。

 大司教(アークビショップ)とて、これほどの剣技を見たことはない。

 例え一流の剣士であろうとも、その剣の前には、膝をつくだろう、一撃。


 見えていても躱せない、それが見えてからでは避けられない。

 けれども、それがどうした。


 例えそれが、最初の一撃であろうと、大司教(アークビショップ)には先に視えている。


 十字に浮かぶその光り、その瞳。

 千里眼の聖痕(スティグマ)による未来視である。


 たとえ、最高の一撃、たとえ、最速の一撃。

 けれどもそれは、何処に来るのは解っているのだ。


 躱せないはずがない。


 紙一重、そう呼ばれる領域で勇者の剣を交わした大司教(アークビショップ)は前に出る。


 僅かに体を捻り、最小限の動きでその、勇者が腹に己が愛剣を叩き込む。


 引き裂かれ、吹き出る血液、臓物。


 けれども大司教(アークビショップ)は止まらない。


 剣の勢いのまま背後に周り、剣を地面に突き刺した。

 そしてそれをブレーキかわりに使用し、更に反動をつけて勇者を蹴りとばす。


「ぬぅ……」


 飛ばされ、空で体勢を整えながら悪態をつく勇者。


 視界に映るのは追撃をかけんと迫る大司教(アークビショップ)


「襲え……クウラ・ソラス」


 勇者は体勢を整えながらも小さく呟き、剣を投げつける。


 クウラ・ソラス

 勇者のために誂えられた聖剣。

 勇者の性格に類似した効果。


 目標に対してひたすら追いかけるという特殊能力を持つ。


 投げつけた聖剣(クウラ・ソラス)は風車の用に回転し、大司教(アークビショップ)を迎撃せんと凄まじい速度で飛び出した。

 けれども、大司教(アークビショップ)とて、先ほどの戦闘で既にその追尾能力は把握している。

 避けることをせず、大司教(アークビショップ)は己が剣でそれを受け止めた。


 わずかに勢いを削がれた大司教(アークビショップ)


 けれども、剣を弾こうと、おのが腕に力を込める。

 しかし、弾けない、先程よりも明らかに威力が増している。


「なにっ……」


 僅かな驚愕、小さな隙、けれども勇者にはそれで十分だった。

 既に勇者は大司教(アークビショップ)の真後ろに居た。


 その背めがけて、足を振りぬいた。


 ドンっという衝撃音。


 そして、大司教(アークビショップ)は吹き飛ばされる。


 大司教(アークビショップ)は、己の内側からゴキリという嫌な音を聞き取った。


 受け身もとれず、横たわり地面を滑る。

 そして、視線を勇者に向ける。


 やはりと納得、そして、苦々しく思う。

 勇者の体にはまき散らしたはずの血糊は跡形もなく。


 既に傷は一変足りとも残っていなかった。


 勇者はいつのまにか剣を手に優雅とも思える足取りで大司教(アークビショップ)に近づいた。


「聖戦の英雄か……大層な呼び名だな……。しかし、この程度か、それとも老いぼれに期待した我が馬鹿だったか?」


 そして、倒れこむ大司教(アークビショップ)にその聖剣(クウラ・ソラス)を向けた。


「老害はここで疾くと逝ね」


 剣を振り下ろそうとした、その時。


「何やってるの援護魔法急いで!」


 フランシスの言葉に我に返った騎士たちが次々に魔法を放つ。


 大司教(アークビショップ)には結界が掛けられ、あらゆる魔法が入り混じり、勇者を中心とし、土煙が巻き上がる。


 けれども、それは効果を成さない。


「無駄な事を」


 勇者は呆れたように、呟き、そして立っていた。

 まるで何事もなかったかのように。


「しかし、鬱陶しい、先に要件を済ませておくか?」


 そう言って勇者は進む、フランシスの居る方へ。


 その間にも無数に魔法は降り注ぐ。

 けれども、それは勇者に意味を成さない。


 はじけるのだ、まるで聖騎士(パラディン)の守りの聖痕(スティグマ)のように。


「なに、無駄な事はない、こうして私が回復する時間くらいは稼げた」


 裏から聞こえた声に振り向けば、そこには剣を杖代わりにした大司教(アークビショップ)が立ち上がっていた。


「ほう、老いぼれが、立ち上がるか? もう小魔力(ポリ)も残っておるまい、何に小魔力(ポリ)を使っているかわからんが、そんな状態で何ができる?」


「できるか、ではない。やらなくては、ならないのだ」


「せっかく拾った命、伏せていれば助かったかもしれんぞ?」


「今更、生にすがりつこうなどとは思いましまい、老兵は黙して去るのみ……」


 そう言うと大司教(アークビショップ)は剣を地面に突き刺した。


「輝け、エクスカリバー」


 瞬間あたりに、まばゆい閃光が駆け巡る。


 エクスカリバー。


 聖戦の終結時、当時の教皇(ホープ)から授けられた大司教(アークビショップ)の愛剣。

 光の魔法武器(マジックウェポン)で聖剣といっても差し支えない。


 その黒い刀身で常に光を吸収している。

 吸収した光の量で、色々と使える技が増える逸品だ。


 黒剣(エクスカリバー)の輝きにたまらず、目を塞ぐ勇者。


「目潰しか、小賢しい!」


 剣を構え衝撃に備え。

 自身の聖痕(スティグマ)を発動させる。


 発動させる聖痕(スティグマ)は千里眼の追跡視。

 例え目で相手を認識しなくても、追跡視ならば相手が何処にいようと、動きがわかる。


 対象を発見。

 退避の動きが見て取れる。

 なれば、構えるのは愚策。


 そのまま、聖剣(クウラ・ソウス)を投げつける。


 確かな手応え。


「ぐっ……転送(アポート)


 けれども、呻きと共に小さく唱えられた魔法。

 光が薄れるとそこには、大司教(アークビショップ)が血の海に沈んで居た。


転送(アポート)か、なるほど、はじめからそれだけを狙っていたか……」


 転送(アポート)


 召喚系魔法の奥義、呼び寄せる召喚の真逆の効果をもつ魔法。


 故に扱いは難しく、小魔力(ポリ)の消費も並外れではない。

 高位の魔法使いでもそうそう使える者はいない。


 現状エフレディアで使えるのは氷結のヴァイスと煮込み(ラグー)のエスト、大司教(アークビショップ)しか居ないというレベルの魔法である。


 勇者は静かに大司教(アークビショップ)を一瞥すると、辺りを見回す。


 されど、フランシスの姿は無く、どこかへ転送されたのであろう。


「勝てぬとわかった瞬間これか、僅かな時間稼ぎにしかならぬとはいえ、やってくれた。ゼオルめ、老いてもなお英雄か……」


 そう吐き捨てると、勇者は血まみれの大司教(アークビショップ)へと近づいた。


 大司教(アークビショップ)は既に虫の息だ。

 既に呼吸も怪しい状態である。


「とっとと殺すか、それとも……ん?」


 感じる殺気、反射的にその場を飛び退る。

 すると先ほどまで勇者のいた場所に突き刺さる無数の鏃。


 斜線の先を見ればそらに浮かぶ、翼馬(ペガサス)に騎乗する弓部隊。


 さらには勇者を包囲するように蒼馬(スカイシーバー)二角獣(バイコーン)の槍を持った騎士達。

 それは幻獣騎士ミスティックキャヴァリアの騎士たちだった。


「後人の防衛に気取られたか、先ほどの光はそういう意味もあったか……」


 けれども騎士たちを見て勇者は嘲笑う。


「余興くらいにはなれよな?」


 勇者は笑みを獰猛なものに変えると、騎士たちのほうへ歩みを進めた。


 

 



***





 そこには荒野だった。

 草木一本残っていない。

 何もない場所だった。


 いや、先ほどまでは確かにあったのだ。


 草原があった。

 河川があった。

 森があった。

 動物が居た。


 そこらかしこには、生命の息吹で満ちていたというのに、けれど、今はそこには何も無い。


「はあ!」


 グランの両手剣(バスタードソード)が振るわれ、衝撃で大地が裂ける。


「ぬぅんっ」


 けれどもヴァルトスの両手大剣(グレートソード)が迎え撃ちがグランを空へと打ち上げる。


 空に打ち上げられるけれども、そのままグランは魔法を詠唱。


炎雲(フレイムクラウド)


 グランの戦略級魔法。

 空から自然では本来あるまじき、無数の火の雨が降り注ぐ。


 草木は燃え尽き、河川の水は瞬く間に蒸発し、水生生物は死滅した。


 ヴァルトスは剣を上空に掲げ、その身に降り注ぐ全ての火の雨を振り払う。


「チッ吸収生気(ドレインエナジー)


 舌打ち、さらなる魔法を紡ぐためか、空間に満ちる大魔力(モノ)を根こそぎ吸い取った。


雷光(ライトニング)


 空から無数の雷がヴァルトスに向かい襲いかかる。

 けれどもヴァルトスは、懐から短剣を取り出すと空に放つ。


「雷切……」


 小さく呟く、その短剣は全ての雷を吸い取るかのように、受けきった。

 雷が止み、ヴァルトスは短剣をそのままグランへと投げつける。


土壁(アースウォール)


 グランは着地と同時に詠唱破棄。

 けれどもそこに現れた土壁は、土壁の二つ名を持つジョーイのものに勝るとも劣らない。


 土壁は雷を含んだ短剣を受けて、轟音とともに崩れ去る。


「ぬんっ」


 崩れた土壁を一足にて飛び越えた、ヴァルトスの大上段からの振り下ろし。


 グランは踏み込むように避けるも、ヴァルトスのその剣は剣圧だけで、地面は抉れ、大気は歪む。


「おりゃあああああ!」


 グランは気合一声。

 ヴァルトスの脇腹へと両手剣(バスタードソード)を叩きこもうと剣を振る。


 けれどもヴァルトスはそれが来るのが解っていたと言わんばかりに、口角をつりあげた。


 瞬間、グランは後ろに引かれる引っ張られる、そんな感覚を感じ取る。


 剣速の僅かな遅延、けれどほんの僅か、しかし、それでもヴァルトスには、十分だ。


 いつのまにか両手大剣(グレートソード)を引き戻し、グランの両手剣(バスタードソード)に合わせている。


 ギィンと鈍い音。

 グランが吹き飛ばされる。


「今、切ったろ? なんで今のタイミングで剣を引き戻せっかなー」


 そんな間の抜けた声を出しながらグランは着地する。

 着地と同時に魔法を発動。


 再び詠唱破棄、ヴァルトスの後ろから無数の土の針(アースニードル)

が襲いかかる。


 けれどもヴァルトスは後ろもみずに、足を踏み鳴らす。


 途端全ての土の針(アースニードル)が地面に落ちる。


 そして、もう一度踏み鳴らす。

 今度はグランがいた場所に穴が開く。


 けれども、既にグランの姿はそこに無く。

 再びヴァルトスの目前へと迫り来る。


「甘いわ!」


 叫び、同時にヴァルトスの両手大剣(グレートソード)の切っ先がグランの眉間に吸い込まれるように突き出される。


 紙一重で躱すが、グランの眉間から僅かに血が噴き出る。


 けれども、グランはそのまま、突き進む。


「ぬりゃあああああああ!」


 再び叫び、気当たりと同時に剣を振るう。

 一瞬ヴァルトスの動きが硬直する。

 そのまま、ヴァルトスを切り裂かんと差し迫る。


 しかし、帝国最強の剣士の名前は伊達ではない。


 ヴァルトスはニヤリと笑うと左手で、もう一つの両手大剣(グレートソード)を取り出し振るう。


 先ほどまではなかったもう一つの両手大剣(グレートソード)に目をひん剥くグラン。


 無理やり体を捻り、狙いをヴァルトスから二本目の両手大剣(グレートソード)にへ変更。


 己が両手剣(バスタードソード)を叩きつける。


 ガンっという鈍い音。


 ぶつかった勢いを利用してグランは距離をとった。


「おいおい、前はそんな剣なかったじゃねーかよ、反則だぜ」


「貴公がそれを言うか、なんだあの魔法は……前は無かったと思うが?」


「四年前と一緒だと思ってもらっちゃ、困るぜ?」


「その台詞そのまま、返そう」


 そう言うと二人は嗤いあう。

 そして再び剣を握りしめた。


「そろそろ、死んでくれや!」


 駆けるグラン。

 同時に詠唱破棄による、奇襲。


鎌鼬(エアスライス)


 風の下位魔法、視認できない無数の刃が背後からヴァルトスへと襲いかかる。


「見える魔法から見えない魔法へ繋げる奇襲、なるほど確かに視覚に頼るものには有効だが……俺にはきかん」


 そう言うとヴァルトスは足を踏み鳴らす。

 すると、鎌鼬(エアスライス)は消え去った。


「芸なんていらねーんだよ!」


 その隙にグランは距離をすでに詰めていた。

 けれどもヴァルトスは再び足を踏み鳴らす。

 グランの足が僅かに遅くなる。


「この程度!」


 けれどもヴァルトスは再び、足を踏み鳴らす。


 一回、二回、三回……。


 踏み鳴らす度にグランの動きが遅くなる。

 そして徐々に地面にグランの体が食い込んでいく。


「重力……魔法……だと?」


 すでに立つのも苦しいのか、グランは膝をつき、ヴァルトスを睨む。


「剣士の癖にとでも言いたそうだな、だが悪く思うな? 貴公相手では俺も形振りかまっていられはしないのだ……ごほっ」


 そう言うとヴァルトスは咳き込み、口から僅かに血が垂れる。


「まさか、失伝魔法(ロストマジック)か……」


 現在の魔法には重力という種類は存在しない。


 主に召喚系魔法で召喚できる魔法は炎、水、風、土の四種類、四大属性と呼ばれるものだけだ、派生や上位系の氷や雷などはあるものの、基本的にはこの四種類に該当する。


 基本的に質量のあるものほど召喚が難しく、難易度は風、炎、土、水の順に上がっていく。


 聖戦以降、魔法の資質が高い耳長(エルフ)族との関わりを断った猿人(ヒューマ)は徐々に魔法の質を下げていった。


 聖戦から百四十年、失われた魔法は数多くある。


「ご名答、大して魔法の素養がない俺が、貴公に勝つにはこれくらいするしか無くてな」


 血を吐きながらもヴァルトスは笑う。


「最も、この素養のない俺には負担が大きいのだがな……」


 動けないグランにゆっくりと近づくヴァルトス。


「貴公との戦いはやはり心が踊るが、俺も一軍を預かる身でな、悪いが決めさせてもらおう」


「ッ!」


 振り下ろされる二本の凶刃。


「なっめるなあああああああ」


 グランの最大限の気当たり。


 けれども、ヴァルトスは予想していたのか、表情一つ変えずに、剣を振り下ろす。


 鮮血が舞った。





***


 



 それはセシリアがカインの首を落とした直後だった。


 聞こえる地鳴り、段々とそれは大きくなる。

 そして同時に、駆ける足音。

 音元の方向へ、其処へ居たものたちの視線が集まる。


 それは、セシリアとエンバスが出てきた隧道(トンネル)からだった。


 風を切るように飛び出してきたのは、クリスだ。


 何故か黒虎(シュバルスティガー)に跨っており、後ろに猛虎騎士団の一人を乗せていた。


「陛下、ご無事で何より! そして逃げます、お乗りください!」


 そう言うとクリスは騎手を猛虎騎士団にまかせて飛び降りる。


「クリスか? どういう事だ! 何があった?」


 ギリアスが返すが、クリスは辺りを千里眼で見回すだけ。


「話す暇が今は惜しいっ!」


 そう叫ぶとクリスは強引にギリアスを黒虎(シュバルスティガー)に乗せた。


 続々と足音が聞こえ、隧道(トンネル)から騎士たちが飛び出してきた。


「やべえ、最後尾の紅蛇と蒼馬の四人が下敷きだ、時期に此処もあぶねぇぞ!」


 デスターの悲鳴のような叫び声が聞こえた。


「洞窟から出ます、殿は俺が、先頭はガレッドに任せる」


 その言葉にファーフニルが目を輝かせる。


「ガレッド! ガレッド来てくれたのか!」


 ファーフニルがガレッドへと声かけた。


「団長! ご無事でやしたか!」


「ガレッド! お前なら、お前なら生きていると思っていたぞ」


 感極まったのか、ファーフニルの目尻には一筋の涙が浮かんでいた。


「あっしも、団長ならと…「感動の再会に邪魔で悪いが先を急ぐぞ」」


 クリスが水を指す。


「失礼、取り乱しやした」


「気持ちは解る。が今は脱出が優先だ」


 地響きが大きくなる。

 クリスはファーフニルに向き直った。


「ファーフニルだったか、もう一人の猛虎の後ろに乗って、陛下の護衛を引き続き頼めるか?」


「承りました……」


「では、向かおう。皆ガレッドに続け……これより先誰が死のうとも陛下を守りきれ! 後ろは振り返るな! 走れ!」


 クリスの激をうけ、皆が出口に向かい走りだす。


「デスター!」


「なんだよ!?」


 いきなり名前を呼ばれ反射的に叫び返すデスター。


「あの時の事忘れるな!」


 一時足を止めて、思い出すのは、渓谷に入る前の出来事。


「わかってらあ!」


 そう言ってデスターもかけ出した。

 その返答を聞いて、クリスは笑みを浮かべる。


 また、地響きが聞こえた。

 パラパラと頭上から土埃が舞い落ちる。


 クリスも走り、けれど途中で足を止める。

 そして、気づけば既に洞窟内はクリス一人。


「どう視ても狙われてるのは俺だよな?」


 クリスの独白。


 千里眼でみていた、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)の視線はずっとクリスを見据えていた。


 千里眼を通して目があったとさえ思った。


 ズシンと大きな音がする。


「お優しいこった」


 クリス一人のはずだった洞窟に声が響いた。

 否、はじめから居た。


 死んだはずの人間の声だ。


「カインか、その魔法は便利そうだな?」


「驚きもしやしねえ、けっ、お見通しってやつか」


 首だけになってなお、カインは動く。

 体と首が影により徐々につながり、やがて巻き戻しのように体が一つになる。


「未来視が強すぎんぞ、てめぇ、そのうち神託の神子にでもされんじゃねーのか?」


 ゴキリゴキリと首を回すカイン、あくびまでしている。


「興味はない、が、そうなれば逃げるだけだ」


「十字教相手に逃げ切れんのか?」


「十字教はお前らが潰すんだろ? グラジバートル、いや……十二使徒教、それとも死体愛好家(ネクロフィリア)と呼んだほうがいいか?」


「……情報はもれてねーはずだが、千里眼の力か?」


 その問にクリスは鼻で笑う。


「便利だろう?」


「おー、おー、俺も欲しいね、そしたらあの女にも負けなかった」


 そう言うとカインは舌打ちをする。


「それで態々起きてきて、俺に何か用事か?」


「視えてるんじゃねーのかよ?」


「そこまで便利なものではないさ、なんだ()りたりないか?」


「冗談じゃねぇ千里眼とは相性が悪すぎる。俺の弱点くらいわかってるんだろう? ……俺はあの大きさの腐敗竜(ドラゴンゾンビ)に一人で挑もうとする馬鹿がどんな顔をしてるのか気になっただけだ」


「こんな顔だ」


 そう言うとクリスはドヤ顔する。


「うぜぇ顔だ………」


「なんだ見たかったんじゃないのか?」


「ちっ、もっと悲壮な顔をしてると思ったんだが、つまんねーな」


「なぜ悲壮な顔をすると思う? まぁいい、一応殺しておくか」


 クリスは光玉を取り出し、最高威力でカインに投げつける。


「ちょっまっ」


 あらゆる影が一瞬だけ消え去り、カインの心臓が光に浮かぶ。


 影の魔法ならば単純な話、強大な光で消してしまえばいい。

 そして、千里眼による追跡視。


 例え、目で見えなくても、クリスの脳内にはレーダーに映る画像のように相手の行動が写っている。


 鞘から細剣(レイピア)を引き抜き、一閃。


「ひでぇ……くそ……」


「悪いが敵にかける情けはない、それにお前と遊んでいる時間もないんでな」


「血も涙もねえ……」


 それがカインの最後の言葉だった。

 光が収まる頃にはカインは地に伏せる。

 カインとクリスが話していた間にも地響きは続き。


 既に天井が崩れかかっている。


 ガラッという音がひびき、ついに天井が崩れた。

 クリスの上に特大の岩が降ってくる。


「まぁ、成るように成るだろう…」


 クリスは左手の人差し指を動かし、ゆっくりとなぞるような仕草をする。


 途端、クリスに降り注いだ岩は空気に溶けるように消え去った。


 消滅の聖痕(スティグマ)だ。


 もう一度指をなぞる。

 今度は天井に大きな穴が開く。


 霰が降り注ぐ。


「つめてー、ていうか痛えよ」


 霰を受けてクリスはからからと笑う。

 飛翔の聖痕(スティグマ)を発動させる。


 背中に二翼生え、更に小魔力(ポリ)を込め四翼にする。


「よっと」


 かるい掛け声と共にクリスは空を飛ぶ。

 ものの数秒で洞窟を抜ける、そして感じる圧力。


 洞窟から抜けだした所にそれは居た。

 爛々と輝き、けれども濁った瞳。


 その大きく膨れ上がった醜い巨体は、鎌首をもたげクリスを見据える。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオン」


 まるで遠吠えのような咆哮、けれども、それには何処か、悲しみが交じり合う。


 そこに感じるものは、孤独の恐怖。

 まるで殺してくれと言われているようにクリスは感じとった。


「さっきの夢はお前か……?」


 ふと思い出す夢の映像。

 答えはない。


 腐敗竜(ドラゴンゾンビ)のその巨体がぐるん、と回転する。

 尻尾が振りぬかれ、尻尾の先の刺が射出する。


 その数、六。


 まるで鏃のように飛び出す刺を、クリスは上昇する事により回避する。

 けれども、感じる予感、未来視による危険察知が発動する。


 視える、映像。


 それは己の体を後ろから無数の小さな刺が貫く姿。


 直ぐ様方向を飛び去った刺のほうへと転換、体を屈め、手足を使い首と心臓を守る。


 飛び去った刺は、途中で二つに別れ、中から小さな刺が無数に現れる。

 そして、恐るべき速度でクリスへと向かい飛び出した。


 次いで、視える未来。


 緑色の靄があたりに掛かる。


 守りの聖痕(スティグマ)を任意発動させる。


 クリスの体を淡い桃色の光が包む。


 背後から聞こえる咆哮。


 竜の吐息(ドラゴンブレス)


 次の瞬間クリスは衝撃に包まれた。


 背後から放たれた竜の吐息(ドラゴンブレス)がガリガリと守りの聖痕(スティグマ)を削っていく。


 小さな刺はクリスのからだに突き刺さる。

 急所は防いでいるのもも、走る激痛に顔を顰める。


 一瞬の間に仕組まれた挟撃に舌を巻く。

 未来視がなければ、これでやれていただろう。


 そして、次いで感じる違和感。


 力が抜ける感覚がクリスを襲う。


 見れば小さな刺は中が空洞になっており、そこから血がだくだくと溢れ出る。


 さらに、小魔力(ポリ)をかき回すような感覚。

 竜の吐息(ドラゴンブレス)の色は緑。


 即ちそれは毒を意味する。


 大魔力(モノ)による衝撃は守りの聖痕(スティグマ)により防がれているが、副次効果はその限りではない。


 恐らくは小魔力(ポリ)を撹乱するその効果。

 常人なら魔力暴走、魔力枯渇、どちらかになっても可笑しくはない。


 竜の吐息(ドラゴンブレス)が途切れる。


 既にクリスは満身創痍だ。


 けれども、傷などものともせずに、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)に向かい飛び出すクリス。


 再び、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)は体を回転させる。


 しかし、今度は刺を飛ばすためではなく、直接叩きつけるため。

 遠心力によって、増大したその威力。


 その巨大な尻尾がクリスめがけて振り下ろされる。


 しかし、近づいてしまえば、今度はクリスの間合いでもある。

 近づきざまに、細剣(レイピア)を振りぬく。


 竜殺し(アスカロン)を冠するその剣を吸収したその銀の細剣(レイピア)


 例え不死族(アンデット)であろうと、否。


 不死族(アンデット)であるからこそ、銀でできた竜殺しは威力を増す。


「おっらああああああああ」


 振り下ろされる尻尾に向かい、細剣(レイピア)を振るう。


 細剣(レイピア)を包んでいた紅い光が、大きさを増す、輝きを増す。


「ギュァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 聞こえる悲鳴、それは腐敗竜(ドラゴンゾンビ)の物。


 細剣(レイピア)腐敗竜(ドラゴンゾンビ)の尻尾を根本まで縦に切り裂いた。


 暴れ始める腐敗竜(ドラゴンゾンビ)


 けれどもクリスは構わず、前にでる。

 (ドラゴン)の弱点はその頭部。


 暴れる腐敗竜(ドラゴンゾンビ)にの頭を切り飛ばそうと首へと向かう。


 けれども、途中でクリス翼が消え去った。


「……っ、と」


 慌てて、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)の背中に着地する。


 小魔力(ポリ)が足りないようだ。


 聖水を取り出そうとして、先ほどの戦闘で小瓶が全て割れているのに気づく。


 いざという時用の聖丸はもう使ってしまっている。


 思わず舌打ち、そして、さらにクリスに頭痛と目眩が襲う。

 軽度の魔力枯渇の症状だ。


 耐えるものの、症状はあまり良くない。


 急激に聖痕(スティグマ)が輝きを失っていく。

 

 しかし、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)は暴れている。

 まともに立てる状況ではない。


 細剣(レイピア)を突き刺し、楔にする。


 すると腐敗竜(ドラゴンゾンビ)は、動きを止めた。

 そして、小さく唸り翼をはためかせる。


「飛ぶ気かっ……!」


 小さく、舌打ち。


 飛ばさぬように翼へと向かおうとする。

 けれども、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)の背に、クリスの真下に唐突に穴が開く。


 否、それは、穴ではない。


 穴の中に一面、ギザギザとした白い刺が生え、まるでそれは歯のような。


 遠くから見ればそれをみれば気づいたろうそれは、紛うことなき、口だと。


 クリスとて、飛翔の聖痕(スティグマ)以外にも空を飛ぶ方法、飛行魔法くらい心得てはいる。


 心得てはいるが、けれども今は女の身。


 魔法はほぼ使えない。

 なれば、唐突に真下に穴があけばどうなるか。

 身を捩らせても、体を振っても、どうにか成るものではない。


 クリスは物理法則に従い、穴へと落ちていった。

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