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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
五章 戦争 国の行く末
78/121

七話 戦乱




 

 哨戒を出し、陛下とファーフニルは洞窟の奥で休みをとっていた。


 すると、突然突風が吹き抜ける。

 行き止まりだった洞窟。

 ありえない、不自然な風に驚く。


 突風のせいか、焚き火が消える。

 反射的にファーフニルは暗視の魔法を唱える。


 警戒し、確認する。

 すると、穴を見つける。

 人が通れるほどの穴。

 先ほどまではなかったそれ、けれどもそこに穴はあった。


 音もせず、こつ然と姿を表した、その穴。

 恐らく新しい道ができたからこそ、風が抜けたのであろう。

 何処か外につながってあるだろう穴である。


 剣を持ち、警戒し、中を覗く。

 けれども、そこにあるのは暗闇だけ、何も見えはしない。


 反射的に遠視もかけてみるか、と魔法を唱えようとした時だった。

 聞こえる音。


 暗闇から響くのは、地面を蹴る、金属の具足の音。

 そして、人の声。


 思わず飛び退く。

 瞬間、風が抜けた。


「ちぇすとっ」


 叫び声とともに飛び出したのは女性。

 銀の髪に赤い瞳。


 スラッとしたその体躯は、猫化の動物を思わせる。


 見たこともない、青い薔薇刺繍で縁取られた、白い騎士服。

 色だけ塗りたくったような他の無骨な騎士服とは違い、清廉なイメージを抱かせる。


 セシリアである。


「セシリア、待ちなさいっ!」


 次いで、飛び出したのは、白い騎士服の取れる若い騎士。

 親族なのだろう、顔はよく似ている。

 声では待てと言っているが、その台詞は行動とは一致しない。


 既に走るのはやめ、ゆっくりと歩いている。

 そして、ファーフニルを見つけると、騎士の礼をした。


「火竜騎士団長、ファーフニル・エルトスを見受けますが如何に?」


「そうだ、自分がファーフニル・エルトスだ、貴殿は?」


 反射的に礼を返す。


「失礼、私はエンバス・リリィと申します、地竜騎士団の若輩者に御座います」


 地竜騎士団の、若騎士、それもリリィ家か、顔は父上には似ていないということは、母親似なのだろう。

 けれども、どこか顔が疲れているようにみえる。


「貴殿らが我々の救出に来たとみて、間違いはないか?」


「ええ、もちろんに御座います」


 成り行きを見守っていた陛下、ギリアスが声をあげた。


「エンバスか、救出の任、苦労」


 その姿をみて、傅くエンバス。


「陛下におかれましては、ご健勝そうに……」


「こんな所で礼式など気にするな、許す。それで、まさかとは思うがセシリアと二人だけか?」


 ギリアスは、きょろきょろと洞窟内部を見ているセシリアを指をさした。


「まさか、すぐにでも来るでしょう、私は愚昧が先行したので、ついてきただけに過ぎません」


「そうか、ならばよい、だがなぜセシリアを連れてきた? 確かに強くはあるが……」


「王妃様の御心のままに……」


 エンバスはそう言うと、ギリアスは頭を抱えた。


「アレも変な気を回す……、好いた女を側に置きたいは道理だが、危険な目に合わせたくないというのも男の矜持ではないか?」


 問いかけるギリアス、けれどもエンバスは微笑みで返す。


「好いたというのなら、もらってくれても構いませんが……」


「無茶を言うな、俺では彼女には勝てん、魔法ありでも無理だったのに、聖騎士(パラディン)になった今なら到底不可能だ」


 ギリアスのその言葉にエンバスは苦笑する。


「ところでこの穴は、誰の仕業か? 地竜騎士団の技か?」


「いえ、これはクリスが……」


 いいつつも、エンバスは顔を伏せる。


「なるほど、成れば聖騎士(パラディン)の技か、しかし、これほどの大業、そうそうに熟せるものではないだろう、それで肝心のクリスは何処にいる?」


小魔力(ポリ)を使いすぎまして、他の救出隊とともに、ゆるりとこちらへ向かっております」


 その言葉を聞いて、ギリアスは大きな声をあげて笑う。


「ハッハッハ、気張りすぎたな、此度の救出隊、クリスはなにか、重責でも追う立場だったか?」


「王妃様、直々に指揮を承っておりました」


「なんとまぁ、いくらリリィ家とはいえ若騎士には重圧なろうに、フランも無茶をする」


 そう言いながらも、ギリアスは頬を緩める。


「なれば、帰るとするか」


 そう呟くギリアス。


「……だが急いては事を仕損じるという、今回はまさにそれだな」


 ギリアスは自嘲気味に笑う。


「過ぎた事を悔いても、仕方なき事、今は王妃様に陛下の無事を知らせることが急務かと」


 ファーフニルが、ギリアスを慰めた。


「それで、生き残りは、いかほど?」


「そこに倒れている、二人と今警戒に立っている、二人と私、陛下を含め六人と言った所だ……」


「火竜騎士団が、ほぼ全滅とは……」


 その結果にやはり、とエンバスは苦く思う。


「外にいた、あれを見なかったか?」


腐敗竜(ドラゴンゾンビ)でしたら、確認しましたが……あれは確かに並大抵の竜騎士(ドラグーン)では相手にもなりませんでしょうが……」


「それもあるが、それだけではない。あれは竜の吐息(ドラゴンブレス)を使う」


「ハ? 不死族(アンデット)が……ですか?」


 思わず目を見開き、聞き返すエンバス。


 不死族(アンデット)は特殊なものを除けば、基本的には身体に頼る攻撃しかしてこないのが道理である。


 腐敗竜(ドラゴンゾンビ)竜の吐息(ドラゴンブレス)を使うという事は本来ありえない事だ。


「ああ、しかも、即死級の毒の息(ポイズンブレス)だ、浴びればその体は溶け、その残滓を吸い込むだけでも瞬時に肺は爛れ死に至る」


 その言葉に驚愕すると、同時に安堵もする。

 それを確認して無事でいられたものである。


「よくぞご無事で……」


「結界のファーフニルなれば、こそだ。霰という事もある、毒の残滓はすぐに流れていくから良いものの、そこの二名は僅かながらに残滓を吸い込み、そこに伏せている」


 そう言って、ギリアスは寝込んでいる二人をみる。

 その表情は鎮痛なものである。


「なんとか、逃げ伏せても、小型の不死族(アンデット)の襲撃だ。他にも散り散りになった騎士はいるが、恐らくは生きてはいまい……」


「……」


 状況は、他の騎士を救出できる余裕ないということだ。


「では、警戒に出ている二人が戻り次第、我々も、洞窟を抜けて外へ、ミナクシェルへ帰還致しましょう」


 ファーフニルがギリアスを促す。


「そういえば、他の騎士たちはまだ、穴の中か?」


「愚妹が突然走りだしまして……」


「……そうか」


 よくある事だ、しかし、肝心のセシリアとはいうと、穴を出てから真剣な表情でずっと外を見据えている。


 暗視もできないというのに、外を見つめるその顔は真剣そのものである。


「……来た」


「何が?」


 セシリアはエンバスの疑問にも答えず走りだす。


 その手はすでに、腰の()に添えられている。


 迸る剣戟、カランと音がする。


 刀が閃くたびに、カランとカシャンと音がする、まるで骨が砕けるような。


 誰もが思う、意味がわからない。

 けれども、何かに襲われて、セシリアが何かを倒しているのだけが理解できた。

 エンバスは暗視の魔法を発動させる。


 暗視だけでは、見えない、何も居ないよう見える。

 否、けれどそこにはなにかがいるのだ。


 近づいでくる事で初めてわかる、背筋が凍りつくような感覚。

 けれども、そこになにか居ると知覚する。


 故に、構わず剣を鞘ごと振りぬいた。

 あたる感触、そのまま、力任せに振り払う。


 カシャンという音、何かが砕けた感触が手に伝わる。

 エンバスは急ぎ周りを確認する。


 見ればファーフニルは陛下をかばい結界を張っていた。


 紅い結界だ、黒い何かがそれに触ると、黒い何かは燃えあがる。


 その炎の明かりで、洞窟内部が照らされる。


動影骨(シャドースケルトン)……」


 動影骨(シャドースケルトン)

 別名、暗殺骨(スケルトンアサシン)とも呼ばれる、動く骨(スケルトン)の上位種である。


 足音を立てずに暗闇に潜み、静かに得物を狙う。

 最大の武器はその、黒い体。


 闇に、影に擬態し、気づいた時には既に殺されていたという、逸話まである不死族(アンデット)である。


 エンバスはすぐさま、魔法を詠唱する。

 数秒の後に完成するそれは基礎の召喚系光魔法。


蛍灯(ホタルビ)


 無数の小さな光が、漂うように洞窟に充満する。


 照らされる辺り、黒い骨は既に無数に辺りに存在した。


「くっ」


 思わず舌打ちするエンバス。


 いつのまに此処まで接近された。

 暗視は常にかけていたはずだ。


 だというのに、この体たらく。

 己の油断に歯噛みする。


 苛立ち、力まかせに、近くの動影骨(シャドースケルトン)を剣の鞘ごと殴り飛ばす。


 エンバスの剣の鞘には、不死族(アンデット)を殺せる程度に銀の装飾が成されている。


 カシャン、と軽い音が洞窟内に鳴り響く。

 所詮は動く骨(スケルトン)


 姿が見えてしまえば、どうという事はない。


 あちらこちらで、軽い音が鳴り響く。

 同時に、別の所で、魔法を詠唱する声が聞こえる。


 僅か数秒、すぐさま詠唱は終わった。


「敵から距離をとれ! 炎上(プロミネンス)!」


 全ての動影骨(シャドースケルトン)の下に現れる魔法陣、そして燃え立つ炎の柱。


 ファーフニルの魔法である。

 ファーフニルの指示のままに距離をとる、エンバス。


 恐ろしい火力である。

 一瞬にして動影骨(シャドースケルトン)達は灰になった。


「見事なもので……」


「この程度なら、問題にならぬよ、しかし、この風では火は付けられんな、暗視だけでは今のような事になりえる」


「早めに撤退したい所でありますが……」


「いや、良い、先に行こう……」


「よろしいので?」


「こちらにまで動く骨(スケルトン)が来たという事は哨戒に出していた二人も既に、という事だろう」


「……では、私が先導しましょう、ファーフニル殿は、殿(しんがり)を頼みます」


「承った」


 三人は、進路を穴へ向ける。

 けれども、セシリアは外を見つめたまま、動こうとしない。


「どうしたんだい、セシリア? 帰るよ?」


 エンバスが声をかけるも、ただ沈黙を貫く。

 ただ真剣に、外を見つめていた。


「セシリア?」


 エンバスが踏み出した時だった。

 それは洞窟の外から現れた。

 例えるならばそれは影、不定形。


 人ほどの大きさのそれ、それへ眉間ほどの高さから、何かがまっすぐに、エンバスに向かって針のように伸びていく。


 何か? と思う暇さえない。

 気づけばそれは、エンバスの目前にまで迫っている。


「っ」


 避けようと思う、間に合わない。


 受けようと考える。

 けれども、何で受ければいい? そもそもこれはうけてもいいものか?


 けれど、逡巡する暇すらなく、反射的に結界を発動させる。


 目前に迫る、黒い針。


 ガリガリとエンバスの結界を削っていく。


 構成が間に合わない、抜かれる。

 エンバスがそう思った時だった。


 キンッっと甲高い音。


 次の瞬間、結界を貫くかと思ったそれは、くるくると空を周り。


 地面に突き刺さった。


「今のに反応するとは、エンバスの妹にしては出来過ぎるな?」


 エンバスが聞いたことのある、男の声。

 皮肉った声が洞窟の外から聞こえる。


 ゆっくりと地面を踏みしめる音。

 そして、そこには、エンバスがよく見知った一人の騎士が立っていた。

 その手には揺らぎ続ける、黒い槍。


「カイン……なぜお前がそこにいる……」


 地竜騎士団、エンバスの同僚、相方とも言える騎士、カインがそこに立っていた。


「なぜ? ってこの状況で聞くの野暮ってもんじゃないか」


 ついで、エンバスの横から聞こえる発火音。

 視線だけでそこを見れば、何かが燃え落ちる。


 ファーフニルの結界に何かが触れたのだろう、炎に阻まれそれは燃え尽きた。


「流石、結界のファーフニルって所か、その結界触りたくもねぇな、だがまぁ、大分疲弊してるようだな、息が上がってる」


 カインは厭らしく口角を釣り上げた。


 エンバスは思う、なぜここにいる、カインはまだ洞窟の内部にいるはずだ。


 どうして、あれは自分を狙ってきた、そして恐らくは陛下をも。


「疲弊した騎士が一人に雑魚が二人。となると問題は嬢ちゃんだけか……、俺を変態呼ばわりした罪、償わせてやる……」


 けれども、カインはそんなエンバスを気にもせずに、視線を這わせる。


 ねっとりとした視線、まるで獲物を品定めする狩人のような。

 ギリアス、ファーフニル、エンバスときて、最後にカインの視線がセシリアを貫き盛大にその顔を歪める。


「嬲って、犯して、その小奇麗な顔ぐちゃぐちゃにしてやるよ」


 宣言。


「……君は、敵だったんだね?」


「聞くまでもないだろう?」


 答えを聞くが速いか、セシリアはカインに向かってかけ出した。








***


 

 

 


 そこは掛け値無しの地獄だった。


 風が走る。

 走った後に、遅れてくる僅かな青い光。


 何だ?と思う。


 眩しい、と思う。

 けれども、つぎの瞬間そんな感覚は消え失せる。


 一瞬の浮遊感、そしてさがる視線。


 手がない、足がない。


 気づけば、何もない。


 何で無い? 先ほどまで自分は、その足で地面に立っていた。


 けれども、そこにあるはずの自身の体は既に無い。


「っっっ」


 思わず叫ぶ、否、声がでない、否、声が出せない。


 そして気づく、既に声を出す機関は機能していない。


 愕然とする、絶望する。


 そして理解する、ああ己は死ぬのだと。



「恐ろしいな……?その槍、魔法、これが噂に聞く風雷か……」


 女が呟く、銀の髪に紅い瞳。

 背中にまで伸びた髪の毛、大きな乳房。


 浅黒い肌に、露出の大きな、娼婦のような服装。

 大剣を地面に突き刺し、悠々と佇んでいる。


 恐ろしいなどと口ではゆうが、その表情態度は、自然体だ。


 キンッと大きな金属音、ついで走る、青い稲妻。


 稲妻は地面を駆け、周囲に伝播する。

 そして、触れたものの体を侵食し、麻痺させ、そこから体を崩壊させる。


 女の周囲には、既に物言わぬ骸が、散らばっている。


「話くらい、しようと思わぬか?」


 誰に話しているのか、誰にも話していないのか。

 女の問に答える声はない。


 キンッと再び高い金属音。


 女は剣を上空に掲げている。


 そして青い稲妻が走る。


 けれども、それは女に触れる前に霧散した。


「ふんっ」


 気合の込められた声。

 女は掲げた剣を地面へと振り下ろす。


 ギンッと先ほどよりも、重い金属音。


 何かが弾かれ、地面の上を転がるように、吹き飛ばされる。

 何かはその手に持つ黒い槍を地面に突き刺し、杖のかわりに立ち上がる。

 息も荒く、黒い槍を構えるのは、青い髪に灰色の騎士服。


 灰狼騎士団、副団長のレジールだ。


「化け物が……」


 吐き出すようにつぶやかれた言葉。


 それはレジールの本音だった。


「化け物? これは異な事。我は何もしていない、ただ小僧の槍を弾いていただけだ、化け物というなら、この骸どもを作り上げた小僧のほうが相応しかろう?」


 女の周囲に散らばる骸は、レジールと女との戦いの余波に巻き込まれた者だ。


 レジールの過重強化(オーバーフロー)


 そして、愛槍グラスロフ、彫り込まれた加護は、破壊。


 本来なら触れた所にのみ効果のでるそれを、魔法による雷を纏わせ、破壊する範囲を拡大するという荒業を行う。


 風雷の二つ名はそこから来るものである。


 そして、その余波の雷に巻き込まれたものたちの成れの果てが、辺りに散らばる骸である。


 既に骸の数は雄に百を超える。


「ちっ……」


 舌打ちを一つ、レジールは飛び退り、距離を取る。


「すべて弾いて置いて、よくも言う……」


 レジールはその顔を苛立ち歪ませる。

 レジールが女にしかけた攻撃の回数は既に三桁に届こうかというほどだ。

 レジールが女に奇襲をかけたのは、わずか数分前。

 過重強化(オーバーフロー)で強化された、その体。


 常人ではありえない、聖騎士(パラディン)でさえ、出せないであろうその速度。

 風のごとく地を駈け、陣を超え、人を超え、その雷槍で女を貫かんと差し迫った。


 槍での突きによる一撃目。

 首を狙ったそれは、剣によっていなされた。


 槍から迸る雷での二撃目。

 青き雷は女のその身に触れる前に、霧散した。


 回し蹴りによる三撃目。

 手で受けられ、上空へと投げられた。


 風の魔法で、空を蹴り、勢いのまま、槍を振り下ろす、四撃目。

 その大剣をまるで小バエを振り払うかのように、弾かれた。


 今度は雷を纏わせ、それを直接女に解き放つ、五撃目。

 周りにいた、兵士達は余波に巻き込まれて、数名吹き飛んだ。


 けれど女は笑いながら、飄々と構えている。


 攻めては、弾かれ、いなされる。

 攻めては、弾かれ、いなされる。


 それは、まるで子供に稽古をつけるがごとく。


「何者だ、てめぇ……!」


「これは異な事、わかっていて挑んできたのではないのか、小僧?」


 女は、目を見開き声をあげる。


 けれど、それにレジールは舌打ちで応じる。


「やれやれ、自分で挑んだ相手の事もしらないとは……、なればそれは我の沽券に関わる……。覚えておけ小僧、我こそはグラジバートルが十三代目皇帝。レイネシア・クラミール・フェイネル・ピアターラリース・ソシエーヌ・ナルベーインニッヒ・ナト・スペンシアーミルドリア・クライジミウなるぞ」


 宣言する女……皇帝。


「なげぇ!」


「やれやれ、最近の小僧は礼儀を知らん、ならば我の事はこう呼ぶといい、勇者レイネシア……と」


 呆れたように、女、勇者は喋る。


 本物か、と疑う。


 けれども、やはり、とも思う。


 ありえない程の技量。


 本来過重強化(オーバーフロー)を掛けた、レジールの速度に追いつけるものなど、居はしない。


 一部の幻獣など、例外はあるが、けれども今回の相手は人のそれだ。


 少なくとも四年前のイスターチアとの戦争では、まともに捉えられた事すらなかった。

 そんな、レジールの猛攻を息も切らさず捌き切る。

 一体どのような技量があって成せる技なのか、そして尋常ならざるその怪力。


 レジールとて、自身が最強だと思っているわけではない。

 けれども、例え最強相手だろうと、一矢報いてみせる。


 それだけの意気込みはあった。


 自信もあった。


 けれども、それは無残にも打ち砕かれた。

 そして、過重強化(オーバーフロー)の残り時間も長くない。

 本来ならば、不意打ちからの一撃離脱のその予定。


 けれども、この勇者のその強さ。


 完璧に奇襲に対応された。


 格上だとは思っていたが、これほどとは思いもしなかった。


 ふと、感じる殺気。


 レジールは地面に己が愛槍(グラスロフ)を突き刺した。


 槍をさした場所を中心に、四方八方へと迸る、青き雷。


 青き雷は、いつのまにか周囲を取り囲んでいた兵士たちを、焼き殺す。

 辺りには、肉の焦げる匂いが充満する。


「勘がいいのか、慣れているのか……英雄と呼ばれるだけはあるな、小僧」


「生憎と簡単にやられてやるわけには行かないんでな……。大人しくその首渡してもらおうか?」


 レジールは気丈にも言い切った。

 けれども、すでに小魔力(ポリ)の枯渇は近い。


「そんな体でよくぞ吠えた、小僧。だが無理な相談だ、我は勇者であるが故に……な?」


「知ったことか……」


 レジールは吐き捨てる。


「小僧の知る、知らんなど、我の方こそ知らん、我はこう見えて忙しい、そうさな、仮に今すぐこの場を去るのならば、見逃してしんぜよう」


「な……に……?」


「聞こえなかったのか? 去るのならば見逃そうと言ったのだ、我に言われたのだから疾くと消えよ小僧」


 そう言って勇者は嘲笑う。


 レジールは己がハラワタが煮えくり返るのを感じる。


 この女はなんと言った?


 自身の決死の覚悟をあざ笑うが如く。


 見逃す? 敵を? 自身の命を狙った敵を?


 幼子が如くあしらって、その上見逃すだと?


 なるほど、戦況的には見逃してくれるならば逃げたほうがいいというのは理解できる。


 自身ではこの女、勇者には勝てない、そんな事ははじめの数合で理解した。


 理解させられた。


 けれども、見逃すという、それは、例えば、仮に、他の誰かが許しても。


 決してそれは、レジール自身が、騎士の矜持が許しはしない。


 レジールは己が愛槍(グラスロフ)のキーワードを静かに唱える。


「唸れ」


 そのキーワードにグラスロフは震え始める。


 キーンと高い音が響き渡る。


 構えを変える。

 両の手に構えた槍は片手に構え。


 まるで矢を引くがごとく。


 左の手は空をつかむ、けれども、そこには青い雷が、それも二筋、存在する。


 二本の青き雷が、まるで勇者に続く道のように形を成す。


「なんとも面妖な構えだな?」


 それを見据える勇者。

 けれども勇者は笑みを崩さない。


 何をやるのか、という興味、どうじに、何がきても、どうでもなるという自信。


 勇者は泰然とそれを見据えている。

 けれども、その笑みはレジールを格下と侮っていることに他ならない。


「ふざけろっ!」


 そして、レジールが叫ぶ。


 そして青い雷は光を増す。

 バチバチと迸る、蒼き雷。


 魔法陣が槍の周囲に展開し、槍に雷を注ぎ込む。


 そして、それは動いた。


 槍が消える。


 そして、それは成す。


 音を置き去りにして槍は進む。


 槍は、大気を穿つ。


 ドスンと、衝撃音。


 衝撃は凄まじく。


 勇者へと向けられたはずのそれは、勇者ごと地面を丸くえぐりとる。


 そして、その道筋には塵一つ残らない。


 勇者の裏に居た兵士達など、軒並み吹き飛ばされた。


 電位差のある二本の電気伝導体製の線の間に、電流を通す電気伝導体を弾体として挟み、この弾体上の電流と線の電流に発生する磁場の相互作用によって、弾体を加速して発射する。


 電磁投射砲(レールガン)と呼ばれるものである。


 これがレジールの最大の必殺技である。

 一撃しか撃てない最大奥義。


 放った後は無手となるし、恐らく己が愛槍(グラスロフ)もしばらく使えないであろう。


 何処へ飛んでいったのか、探すのも億劫でもあるのだが。

 騒然とする辺り。


 当然だ、あの威力を目の当たりにして、冷静で居られるものなどいようはずがない。


 当の勇者の影形も残っていない。


「ふん……」


 既に小魔力(ポリ)は使いきった。

 もう体は動かないだろう。

今のこの体は雑兵すら、あしらえない。


 事実、今この瞬間、また敵兵に取り囲まれている。

 けれども、今はそれを振り払う力も。

 振り払うための武器もない。


「お仕事終了ってか……、しかし、頭を潰されたってのに、この兵士の迅速さはおかしいぜ……」


 レジールの口調は軽いが、顔は真剣である。

 レジールの出した被害は本来決して個人でだせるような物ではない。


 電磁投射砲(レールガン)による、勇者、皇帝の殺害、及び、周辺兵士の殺害。


 戦闘の余波や、電磁投射砲(レールガン)に巻き込まれた兵士を数えれば、その数は五百を超える。


 けれど、グラジバートルの兵士に乱れはない。


 これだけの被害、個人でこれだけの被害をだしたならば、普通なら兵士は恐慌に陥り、瓦解するであろうほどの被害である。


 明らかに、可笑しい。


「、こいつらは人形であるからな」


 レジールの呟きに答えたのは、女の、勇者の声である。

 レジールに戦慄が駆け抜ける。


 馬鹿な、ありえない。


 電磁投射砲(レールガン)は確かに勇者に直撃していた。


 あれを食らって生きているなど、ありえない。

 例え竜種であろうと、貫く程の威力を込めていた。


「なに、小僧はよくやった、褒めて使わすぞ? 我も一度死んでしまったのは久しぶりだ。だがまぁ、一度死ぬくらいで勇者は死なん」


 けれども、その台詞。

 矛盾を孕みながらも何処か説得力をもっていた。 


 聞こえる声は後ろ。


 レジールは、己か目的を果たせなかった事を理解する。

 落胆、自分の不甲斐なさにため息がでる。


 最後に相手の顔くらい見ておこうと、振り返る。

 瞬間、下方に見えるは銀の髪。


 目線を下に向ければ、勇者が拳をレジールに向けて放っていた。


 そして、その拳はレジールの顎を直撃する。


 衝撃、脳が揺れる、多大に疲労をしているレジールにはそれを耐える術はない。


 視界が、だんだんと暗転する。

 けれど、その刹那、レジールの瞳はあるものを捉える。


 揺れる、二つの果実。


「いい乳だ……」


 その呟きを最後に、レジールは後ろ向きに倒れこんだ。


「無礼な男だ、良い乳だと? ハンッ、最上の物に決まっておる」


 勇者は裸で仁王立ちし、腰に手を添えている。

 そこへ、ひとつ近づく影。


「そこって怒る所なんですか? 恥ずかしがりませんか? 勇者様」


「おう、ネルか、そちはない乳だからわからんだろうが、ある乳の我は皇帝であり、勇者であるからな、最上でしかるべきなのだ」


 ネル、と呼ばれた女性は、呆れた顔を隠しもせず、静かに外套(マント)を勇者へと差し出した。


「理由に成ってませんよ……はぁ、それで殺さないんですか?」


「殺すことなどない、こやつでよかろう」


 その言葉に、静かに目を見開くネル。


「では、この方に?」


「十分だ、我の部隊(パーティ)に相応しい」


 ご満悦といった表情で語る勇者。


「では、此度の遠征の成果は十分と」


「うむ、撤収だ、ネル、人形共を下がらせろ」


「承りました」


 そう言うと、ネルは懐から縦笛を取り出した。


 自然などうさでそれを吹く。

 すると、近くにいた兵士や、空に居た航空機兵すらも、忽然と姿を消した。


 そこに残ったのは、一つの馬車だけである。


「では、参ろうか」


 そう言うと勇者はレジールを拾い、馬車へと放り込む。

 そして自ら馬車の手綱をとった。


 慌ててネルと呼ばれた女性も、馬車へと乗り込んだ。


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