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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
五章 戦争 国の行く末
76/121

五話 焦燥                      ―地図挿絵―

 


 厚い、厚い雲に覆われている。

 遠くから見えるそこは、灰色の世界。

 夕方だというのにすでに暗く、肉眼で確認は困難だ。


 そしてまだ、秋だというのに気温は冷え込み、騎乗により汗をかいていた者達の体を冷やしていく。


「気温が下がってきたな……」


 誰ともなく呟くクリス。


「寒いですね……、霧もすごい……」


 まとわりつくような湿気に不快感を表すセシリア。

 周囲を見回すクリス。

 すでに雲が多いために航空騎兵はさがらせ、後ろにつけている。

 王都ミナクシェルを出発して半日が経過している。


 普通の騎士ならば、そんな長時間の騎乗息を切らせているものなのだが。

 出発と寸分違わず、隊列を乱さない者達に、クリスは予想以上だと感心する。


 すでに目的地である、霰の渓谷は眼と鼻の先である。

 本来ならば、このまま一気に救出に向かいたい所であるが、時間が悪い。

 本来不死族(アンデット)は夜にしかでない。


 けれども、暗い所なら、小型の不死族(アンデット)くらいは出没する。


 言う成れば、常に雲のかかっている薄暗い霰の渓谷は小型の不死族(アンデット)が多発する場所なのである。


 そしてこのまま夜になれば、火竜騎士団が襲われたという大型不死族(アンデット)が出没しても可笑しくはない。


 それに暗いとい事は、いくら暗視の魔法や千里眼があっても、昼と夜ではやはり移動は困難を極める。

 なおかつ年中霰の降り注いでいる場所だ、地面は泥濘、もしくは氷付き足場は悪い。

 このままの行軍は危険と判断し、クリスは夜営をここでしようと判断する。


 とはいえ、湿度も高い、大した休みにはなりはしまい。

 夜明けとともに捜索にでるべきだろう。


「ここで夜営を行う。各自準備しろ」


 一角獣(ユニコーン)に魔法を頼み、即座に伝達。


 すぐに騎兵が集まってくる。

 しかし、それに異を唱える声があがる。


「夜営だぁ? 目的地は眼と鼻の先じゃねぇか?」


 デスターだ、いつのまにか顔を治療したのか、怪我は跡形もない。


「これから向かえば、到着は夜中だ、捜索は難しい、それに夜の不死族(アンデット)は手強いぞ?」


「陛下が、その夜を凌げるかどうかもわかんねーだろうがよ? 火竜んとこの団長がどれだけ強いか知らねーが、それも望み薄なんじゃねーの?」


 その言葉にクリスはガレッドを見た、クリスだけではない、他の者もである。


「そうだな、ファーフニル団長だって強いが、無敵というわけではない、クリス様どうか危険を承知で夜の行軍を頼みやす」


 ガレッドはそう言って頭をさげる。


「そうか、団長を侮辱されて怒ると思ったが、お前がそういうなら、考えよう。少し待て」


 少し待て、とは言ったものの、やはり夜の行軍は危険を伴う。


 鷲獅子(グリフォン)は夜目は効かぬし、一角獣(ユニコーン)青馬(スカイシーバー)もそれにならう。


 猫化の幻獣が四頭いるのが救いである、とはいえ猫化の幻獣は水に弱いのだが。


 場所は霰の渓谷だ、常に霰が降っているため鼻による匂いでの追跡はできないが、本来夜行性であるその眼ならさして苦労はしないだろう。


 とはいえ、夜目の聞かない幻獣は置いていくほかないだろう。

 なれば、行軍は徒歩となる。


 幸い体力の無いものはいないようだ、と見回すが、一人つらそうな顔をしている者がいる。


 セシリアだ。


「姉上どうした?」


 珍しいと思うも、声をかける。


「こんなに長時間の騎乗は初めてでしてお尻が……馬にはよく乗るんですが、なんだかんだで長時間だとフランシス様と一緒に馬車の中なので」


「兄上、治療してやれ……」


「いやまて、クリス。兄妹とはいえ年頃の女性の尻をだね……」


「使えねー……かと言って他のに見せるのもな」


 辺りを見回せば、会話が聞こえていたのだろう。

 隠れるもの、ドギマギしてるもの、ニヤニヤと笑っているもの。

 なんてことはない、男が集まればそんなものだ。


 仕方ないとばかりに、クリスは自分でしようと思う。

 そこで、ふと思いつく。


「あー、姉上小魔力(ポリ)の使い方は習ったか?」


「えーっと、習ったんですが」


「習ったんですが?」


「難しくてさっぱり」


 半ば予想していた事とはいえ、肩を落としたくなる。


「……ちょっとヘソ出してもらえます?」


「えっ……」


 驚きながらもペロンと騎士服を素直にめくるセシリア、少し恥ずかしいのか、僅かに頬を紅潮させた。


 セシリアのヘソに手を当てるクリス。

 再生の聖痕(スティグマ)小魔力(ポリ)を込める。

 瞬間、セシリアの体を熱が駆け抜けた。


「おおぅ!?」


「変な声ださんでください、それより、治ったでしょう?」


「あ、本当だ、痛くない」


 騎士服のズボンの上から尻を確かめるセシリア。


「今の感覚を覚えておいて自分でできるようにしてください、つうか姉上のでかいな……」


 聖痕(スティグマ)の大きさがクリスとは段違いである。


 クリスのはコインほどもないのに、セシリアのは小さな林檎ほどには大きい。


「そんなに大きいですか?」


 けれどもセシリアは不思議そうに聞き返す。


「まぁ俺と比べたら……」


 クリスは自身のが小さいというのは聞いているために、別段疑問には思わない。


「そんな事ないと思うんですが……」


 けれども、セシリアはすがるように、クリスを見つめる。


「倍くらいありますよ?」


 とは言え、事実を答えるクリス。


「嘘!? クリスそんなにちっさいんですか?」


 驚愕というふうに、セシリアは眼を見開く。


「えっ、何を驚いているのかわかんないんだけど」


 確かに大小の差はあるという話ではなかったか?


「え、でもそんなに差はないと思うんですけど」


 そう言って、セシリアはクリスの下半身に眼を向けた。

 視線の意図を察したクリス。


(ケツ)じゃねーよ!聖痕(スティグマ)だよ!」


「ああ、なるほど!」


 セシリアが納得した所で声がかかる。


「いいかい、二人共? 仮にも淑女が大きな声で(ケツ)とか言うのはどうかと思うんだが……」


 エンバスが真剣な顔で二人を見据えて言った。


「突っ込むのそこじゃねーだろ! 夜間行軍の話だろうが!」


 叫び声が一つ。

 どうやらデスターが叫んだらしい。

 あの男案外真面目である。

 横目でデスターをちら見するクリス。


「ああ、忘れていた……まぁ、猛虎騎士団の二人を斥候に出す。白獅子騎士団は周囲警戒を、他のものは徒歩だ。依存はあるまい?」


 けれど直ぐ様、次の指示をだす。

 周囲からは短く、「応」と声があがる。


「一応考えていたんだね……」


 エンバスが関心したふうに、クリスを見た。


「当たり前だ、何を言っているんだ兄上は……、霧と霰の中の行軍だ、ガレッド、大体の位置でもわかるか?」


「へい、大体ならば……」


「大体の場所を教えてやれ」


「了解「と返答がある。


 クリスは地図を取り出す。

 渓谷は入り組んでおり、ところどころに岩場や洞窟が見える。


「入り組んだ道に、最悪の天候、最悪の足場、陛下が生きておられるならば、何処かに身を隠しているはずだ、結界のファーフニルがいるのなら……襲われたのはどの辺りだ?」


 ガレッドは中心付近を指し示した。

 そこは崖下の道だった。


「火竜でそこを通ったのか? 渓谷の上でなくてか?」


「へい、ここの渓谷の上は霰どころか、こぶし大の雹が降ってくるんです、風の魔法で多少なりとも防げはしますが、雹は流石に……ふってくる途中の空間は強風でして、おそらくそこで雹が砕けたものが、霰になって降り注いでいるものかと……」


「やっかいだな……確実に助けが来るのなら、俺なら何処か洞窟を選ぶが……」


 大型の不死族(アンデット)であれば洞窟内部であれば入ってこれないだろう。


 小型の不死族(アンデット)なら余程高位でない限り、三人もいれば火竜騎士団でも対処できるはずだ。


 クリスはひとつの洞窟を指さした。


「おそらくはここだろう、他に近くに洞窟もないしな……」


「では、そこを目指すという事で?」


「当面はな、だが夜も近い、慎重に事を運ぶ。大型不死族(アンデット)腐敗竜(ドラゴンゾンビ)でいいんだな?」


「俺が確認したのは、腐敗竜(ドラゴンゾンビ)という事だけでやして……仲間の赤竜(ファイアドラゴン)も次々と殺され、一部は腐敗竜(ドラゴンゾンビ)に成りました……」


 ガレッドは口ごもる。


 結局何の、竜なのかはわからないらしい、とはいえ、腐敗火竜ファイアドラゴンゾンビは間違いないようだ。

 

 本来ならば竜が違えば対処も違うが、ゾンビ化してしまうと竜の吐息(ドラゴンブレス)も打てなくなる単純な物理攻撃しかしてこなくなるから対処はたやすいはずなのだが。


「霰が年中降り注いでる所だ、生半可な炎の魔法じゃ威力はさがるし、雷魔法も使えない、他の魔法は不死族(アンデット)にたいして効果がない……氷くらいか?」


 ともあれ氷だろうと範囲を失敗すれば、味方もろとも巻き込んでしまう。

 なるほど、不死族(アンデット)とは最高の相性の場所であると、クリスは理解した。


 狭い崖の下だ、下手に竜の吐息(ドラゴンブレス)を放てば崖は崩れ仲間もろともという所か、なんという場所だ。


 そりゃ、普通は時間がかかっても海を使うに決っている。

 時間がないからといって、わざわざ通るような場所ではない。


「陛下がいたのに、こんな道を使うとか、馬鹿なのか?」


 思わず呟いたその言葉、けれどもガレッドがそれに反応した。


「へい、自分も反対したんですが、翼竜騎士団のジャック殿の強い推薦がありまして……」


「なにっ?」 


 その言葉を聞いて、今までのクリスの考えが崩れ去る。

 翼竜騎士団、副団長、ジャック・スイラー。

 翼竜騎士団で長年、団長と共に肩を並べる騎士である。


 そんな、まさか、と思う。


 クリスは裏切り者はガレッドだと思っていたが、ここにきてそれは違う可能性が出てくる。


 確かに軍務の七割を掌握する、翼竜騎士団ならば、副団長ならば、大臣なみの発言権があるだろう。


 火竜騎士団の護衛ルートに口出すことも可能であろう。

 つまりは、裏切りものは翼竜騎士副団長のジャック・スイラーである可能性が高くなる。


 ともあれば、この救出隊にいる翼竜騎士団も下手をすれば、その可能性はある。


 翼竜騎士団の二人を確認する。

 自身が所属していた頃から知っている顔ではある。

 しかし、直接の面識はない。


 クリスは思い悩む、けれど、ガレッドの疑いも晴れたわけではない。


 どうする? どうする?


 焦燥がクリスを駆り立てる。

 後ろに配置するのはダメだ、いつ不意をつかれるかわからない。

 前に配置するのもダメだ、仮に陛下を見つけたとして、害される可能性がある。


 怪しいのは三人。

 ガレッド、翼竜騎士団の二名。


 二人はいい、おそらくセシリアと自身で抑えることができよう。


 三人目は恐らく、信用が置けるという点では実兄であるエンバスだが、その実力は知れている、押さえどころか下手をすれば瞬殺されてしまうだろう。


 他の騎士に知らせるにも、難しいものがある。

 一応三人が兄妹というのは伝わっているのだろう、多少の会話は気にされていないが。


 流石に、兄妹以外と職務以外の会話をすれば他のものは警戒するであろう。

 ここにいる騎士たちは未来の団長、副団長候補達だ、己が騎士団のために栄誉を欲している。


 陛下救出という名の栄誉を。


 そこへ、こんな話をしたどうなる?


 混乱は必死だ、話すべきではない。

 中には勢い勇んで、名誉に眼がくらみ殺しに掛かるものも出てくるだろう。

 けれども、仮に殺してしまってそれが間違いであれば、間違いだったでは済まないのだ。


 戦争が近い今、騎士団同士の不和などあってはならない。

 最悪、ここにいる者同士で殺し合いが始まってしまう可能性もある。

 それだけは避けたい所である。


 クリスが頭を悩ませていると、ふと、不満そうな顔をした、大男が眼に入った。


 良いのが居た、クリスはそう思う。


「おい、デスターと言ったな?」


 突然呼ばれたデスターに、周りは、またか?と苦笑し、呆れる者もいる。


「ああ、なんだよ?」


 不満気に返答するデスター。

 その顔は渋く、怯えを含んでいる。


「ちょうどいい、お前に汚名返上の機会をくれてやる付いて来い、他の者はここに残れ! 各自霰の渓谷に向けて準備しろ!」


 大きな声をあげて威圧するクリス。

 一方的な物言いは出発前の出来事を思い出させる。

 一部はデスターに憐憫の視線を向けているくらいである。

 クリスは歩き出し、デスターはしぶしぶそれに付いて行った。





***


 


「報告します!」


 それは唐突だった。


 フランシスが、救出隊を選別してすぐ後の事、王宮に辿り着き、護衛を残し、各騎士団を返そうとした、まさにその時。


 慌ただしくもその場に現れるのは、灰色の騎士服を着込んだ、若輩の騎士。


 服は汚れ、擦り切れ、血に濡れ、すでに疲労困憊で、息も絶え絶え、片方の肩を王宮の王宮近衛(ロイヤルガード)に支えられている。


「どうしたの?」


 その尋常ではない様子に、戸惑いながらも、声をかけるフランシス。

 その時フランシスは何か嫌な予感がする、とそう確かに感じた。


 けれども、その予感は的中する。


「アルザークが、……攻められました。敵はグラ……ジバートル。奴らは宣……戦布告後、直ぐ様攻勢を仕掛けてきました」


「なんですって!?」


 エフレディア最南端の街、アルザーク。

 南と西の一部諸外国との貿易を担っている都市である。


 なれば、この若輩の騎士はおそらく灰狼騎士団の騎士であろう。


「敵勢、およそ一万、うち二割は見たこともない航空騎兵で、……手も足もでず……アルザークは包囲されました」


 騎士はそう言うと、咳き込み、血を吐いた。


「早く、彼に治療を、医務室に」


 フランシスは指示をだすが、灰狼騎士団の若い騎士は首をふり、それを制した。


「お待ちください……! どうか、アルザークをお救いください! お願いします! 俺、まだ見習いで、けど、騎士団の皆が助けてくれて、俺以外の伝令は殺されてしまって! でも! 俺は彼らを見捨てて、見捨てたくなかったけど! けど、重要なのはこれを伝えることだって、わかってたから! だから!」


 それは感情の濁流だった。


 若い騎士は己が見習いだと言う。

 それが、次々見方が殺される中、ひたすら自身に課せられた職務。

 それを全うするために、アルザークから、ミナクシェルまで休まず駆けてきたのだろう。


 体は汚れ、壊れ、傷だらけになりながら、ただ伝える。

 アルザークのため、故郷のため、そこに思う人のため、命をかけた。


「わかったは、伝令ご苦労様。後は私にまかせて貴方はゆっくりと休みなさい」


 フランシスがそう声をかけると、若い騎士は安心そうに、頷いた。


「王妃様、ありがとうございます……」


 そして、眼を閉じる。

 それはとても、満足そうな顔だった。

 やりとげた、自身の職務を果たした。


 見習いなどではなく、確かに彼は今一人の騎士として職務を全うしたのだ。


 そして、彼は眠りについた。

 けれどこれは目の覚めることない眠りである。


 周りから悲哀の声が上がる。


「彼を丁重に葬って、立派な騎士よ、無碍にする事は許さないわ」


 彼を支えていた、王宮近衛(ロイヤルガード)は、短く返事をしたあと彼を抱え、そこを退出した。


「まさか、グラジバートルが……」


 エフレディア王国は四方を他国に囲まれている。

 西はまだいい、小国が連なっているだけだ。


 北は同盟国のノーザス。

 東の海峡を挟んで東は最大の敵国である、イスターチア。

 そして南は、同じ海挟を挟んだグラジバートル。


 アルザークを攻められたという事は既に、水竜騎士団は壊滅したと見ていいだろう。

 つまり今、エフレディアに置ける南の守りはアルザークに残る騎士団しか存在しない事になる。

 アルザークの騎士団の規模は五百あるか、無いかという程度である。

 いくら籠城しようと、到底何日も守りきれる保証はない。


 例え、アルザークを収めているのがかつて、戦争で将軍を務めていた経験があるジンム・レイダルス伯爵であろうともだ。

 本来、グラジバートルとエフレディアは常に戦争においては不干渉だった。


 グラジバートルも十二使徒の末裔が気づきあげた国家である。

 故にそれなりに国家間で交流はあったのではあるが、事が戦争になると、グラジバートルは手のひらを返すように、冷たくなるのだ。


 だが、戦いに後ろ向きな姿勢は、イスターチアとも交流を深めることはなかったのだ。


 それ故、守りも決して多くは配置されていない。

 水竜騎士団、凡そ竜騎士(ドラグーン)百。

 それが、南に配置されていた戦力だ。

 騎兵でいうなら千には相当する、戦力ではあるが。


 それでも航空騎兵を含めた一万が相手では手も足もでないであろう。


「戦争ね……」


 もはや、形振り構う暇などない。

 時間も惜しい。


 グラジバートルを直ぐ様殲滅しなければ、エフレディアはきっとイスターチアに攻められる。


 グラジバートルは決して大国ではない。


 規模はエフレディアの三分の一程度だ。

 まともにやりあったらまずエフレディアが勝つであろう。


 けれども、これを感付かれたら、この機にイスターチアは確実に攻めてくるだろう。


 それだけは、避けなければならない。

 最速でもって、殲滅し、アルザークを救出しなければいけない。


 そんな事を考えていると新たな報告が入る。


「大変です! イスターチアが進軍、その数、先方約二万、後方二万。既に東のクライツェル要塞が落とされ、尚も進軍しています」


「なんですって!」


 ありえない報告、東は翼竜騎士団の管轄だ。

 周囲の視線が。グラン・サーシェス翼竜騎士団長へと集まった。


「あ? おれ?」


 グランは僅かに、たじろく。


「そういや昨日の報告は受けてないな……」


 横にいる、ジャックに助けてくれという視線を送るグラン。


「そういえば、昨日の巡回、エストもライデも帰還していませんね……」


「お前それ、報告しろよ!?」


「それ所じゃなかったでしょうが!」


 ジャックは逆切れ気味に叫ぶ。

 フランシスによる強制招集により混乱したのはわかる。

 陛下が襲撃されて、行方知れずという大事だ、ある意味仕方ないとも言えるが。


 けれど、ギャァギャァとわめき続ける、二人、責任を押し付けあっている。

 これが、王国最強の騎士団の団長と副団長だというのだから、眼も当てられない。


「黙りなさい!」


 一喝するフランシス。


「汚名ならばは戦場で濯ぎなさい、それが騎士じゃないのかしら?」


「「ハッ」」


 直ぐ様騎士の礼をとる、二人。

 切り替えの早さは天下一品である。


「頭がいたいわね、とりあえず、翼竜の巡回の二人は敵にやられたと見ていいのかしら……?」


「ライデもエストも共に二つ名を受けた騎士であります、得にエストは煮込み(ラグー)という二つ名を受けた、魔法のプロフェッショナルです。余程の事がなければ、逃げ帰るくらいはできると思うのですが……」


「なれば、敵に余程の相手が居たと見ていいのかしらね?」


「おそらくは……」


 フランシスを肯定する、グラン。


 フランシスは考える。


 ギリアスへの襲撃、グラジバートルの強襲、イスターチアの奇襲。


 悪いことが重なりすぎている。

 悪意すら感じるほどだ。


「地図を持ってきなさい!」


 急ぎ、一人駆け出し、すぐさま地図を用意した。


 挿絵(By みてみん)


 エフレディア王国は、西を荒野と砂漠、東と南を海、北は山脈に囲まれいる立地である。

 王国内部は、南に行けば、平野が増えるが、王都ミナクシェルなどは山岳地帯を切り開いた所に存在する。

 王都自体も北と東は山岳地帯であるため、攻めるには南か西からしか道はない。

 エフレディアは国土こそ大きいが、その実人は多くはない。


 国土の大半が山岳地帯で、さらに幻獣や竜の住まう山々も多くてなかなか人の手が入れられない場所も多いのだ。


 地図を確認する、イスターチアが既にクライツェル要塞を落としているという事は、すぐに王都に向かってくるだろう。


 本来は東に広大な山脈、イラエスト山脈があるエフレディアだが、軍事的にそこを超えてくるのは難しい。

 切り立った山岳地帯。

 野生の竜や幻獣の闊歩する森。


 このイラエスト山脈があるからこそ、エフレディアは過去の戦争でイスターチアとの戦いを生き抜けたといっても過言ではない。


 北部のほうに山脈の切れ目があるが、そこは海流が邪魔をする。

 エフレディアから、ノーザスに実質さほど距離はないというのに、船でいくのも二週間かかる海流だ。

 水棲の幻獣に船を引っ張らせるか。

 魔法で常に、大風を起こして北へ進むしか無いのである。


 故に航空騎兵ならともかく、歩兵を大量に連れて行く進軍では無茶がある。

 海峡の海流は常に南へと流れているのだ。

 故に北東方面からの進軍はほぼ不可能。


 このイラエスト山脈を超えるには、南下し山脈を回るしかない。


 山脈を回る所にあるのが、クライツェル要塞だ。


「アルザークはクライツェルの西……」


 そこが落とされたとなると、既にグラジバートルとイスターチアの軍が出会っていても可笑しくない。


 運が良ければ戦闘になってくれるだろうか?


 そんな希望的観測がフランシスの脳裏をよぎる。

 けれども、自身の首をふり、否定する。


 どちらにしろ、アルザークは既に敵のまっただ中にあるという事だ。


 先ほど息を引き取った若い騎士には申し訳ないが、アルザークが助かる道は既にないだろう。


 フランシスは歯がゆい気持ちになるが、どうしようもなく、けれども王妃として、淡々と物事を進める。


「既に敵は進行しているね、明日の昼には王都の南に兵を展開させましょう。そうね、となると草原での戦闘になるわね……収穫が終わった時期でよかったわ」


 イスターチアの歩兵がどの程度の速度で進軍してるかわからないが、グラジバートルの騎兵は航空騎兵である。


 アルザークからならば二日もあればエフレディアに到着できるであろう。


「しかし、このタイミング……まるで申し合わせたと言わんばかりですな……」


 一人の騎士が呟いた。

 フランシスも思わず同意したくなる。

 ここで、フランシスは一つの疑問が心をよぎる。


 むしろ、これほどまでの出来事、申し合わせなければできないのではないか?


 けれども、イスターチアの進行はともかく、ギリアスの同盟強化のための外交は突発的なものだし、グラジバートルに至ってはまったく眼中の外であった。


 もし、これが全て申し合わせたものだとしたら……?


 他国の進行は兎も角、ギリアスへの襲撃は、ギリアスの外交はエフレディア国内の軍務に深く携わるものしか、それを知らないはずである。


 となれば、他国に情報を流している、裏切り者がいる?


 その発想にフランシスが至るのは難しい事ではなかった。

 セシリアを救出隊に混ぜたのは、不味かったかと後悔する。


 だが、待て、そうすると、救出隊すらももしかしたら……。


「……」


 不味い、この場にいる全員が敵に見えてくる。


 実際は極一部であろうとは思うが……。


 問題はその一部が誰だか、わからない事であるが。

 けれども、ギリアスの事は覚悟しなければならないかと腹をくくる。

 それどころか既に自身の命までも狙われている可能性もある。


 護衛すら信用できない。


 仮に護衛が信用できても、役に立たないであろう。


 何しろ軍務に深く携わるもの、というのは、ここにいる騎士団の団長や副団長のような、歴戦の猛者達である、その辺の騎士では相手にもならないだろうし、フランシスを殺すのに一秒も掛かりはすまい。


 ましてや、その護衛を育てた、その親玉かもしれないのだ。


 仮にフランシスが今狙われたら、フランシスにはどうにもできないであろう。


 信頼できる手駒が欲しい。

 それも、強い手駒だ。


「ジョーイ」


「はい、なんでしょう王妃様」


 唐突に名前を呼ばれたジョーイは一瞬眼を見開いたものの、すぐさま王妃の元へと歩いていく。


「あんた、あれ、青薔薇騎士団の駐屯所知ってたわよね?」


「青薔薇……? 誰が騎士団長でしょうか?」


 ジョーイが不思議そうな顔をして問いかけた。


「ああ、そうね、名前をつけたのは今日だったわ、クリスの所よ」


「あそこが青薔薇……」


 クリスと聞いて、一部の人間の表情がかわる。


「そう……レイトだっけ、火竜騎士団長の娘の、アレとか他にも、何人か強そうなの見繕って連れてきてくれない?」


 その言葉を聞いて、表情が変わった人々の表情がさらに変わる。


「別にかまいませんが、えっと、理由をお聞きしても?」


「護衛よ問題ある?」


 フランシスは当然のように言い放った。

 言外にお前らは要らんと言っているようなものだが。

 一部の騎士は僅かに表情に怒りを滲ませた。


「あ、はい、そういえば、そうですよね。男に護衛されてたんじゃ気も休めないですもんね……」


 辺りの空気に気づいたジョーイが微妙にフォローをいれるが、フランシスは要件はそれだけだと言わんばかりに、ジョーイから視線を切った。


「一刻後に軍議を始めるわ! 翼竜騎士団と風竜騎士団は先に偵察を出しておいて、まずは敵の情報を調べないとね」


 そう言うとフランシスは会議室へと歩を進める。


「ヴァイス、護衛なさい」


「ハッ」


 恭しく礼をするヴァイス。

 直ぐ様、フランシスの横に立つ。


 正直、ヴァイスもあまり信用していないが、あえて護衛という事を口に出す事で、知恵の回るやつは気づいたことだろう。


 そして、これは同時に牽制でもある。

 裏切りに気づいているぞと。


 敵が進軍してる以上は暗殺者の一人や二人送られても可笑しくはないのだが。


 けれども、現在ここにはエフレディアで屈指の騎士たちがいるのだ、あえて護衛など指名しなくてもそんなものが来れば一瞬で返り討ちであろう。


 わざわざ、こちらが気づいている事を教えてあげたのだから、何か行動を起こすだろう、そう、わざわざ護衛といって呼び寄せるのだから、青薔薇の騎士団の情報を聞き出すなり、護衛が来る前に仕掛けたり、できるはず。


 そうでなくとも、なにか不審な行動を態度を取らないか確認してやろう。

 どんな小さな違和感も見過ごすものか、とフランシスは意気込む。


 見つけて、あぶり出し、目にもの見せてやる。


 そう決意してフランシスは歩みを進めた。


 


 



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