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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
番外編 拠点フェイズ
70/121

騎士団宿舎 弐 憧憬



 



 普段ならまだまだ、寝ている時間。

 夜が明けたばかりの、まだ薄暗さが残る。

 今日はたまたま、朝早くに眼が覚めてしまい。


 やることもなく、両手剣(バスタードソード)でも磨こうと、剣をとったのだが、そこで油が無い事に気づく。

 そして倉庫へと向かったのだが、この駐屯所には倉庫に向かう途中に礼拝所があるのだ。


 どちらも、必須施設ではあるが、常用施設ではないため、宿舎からは少し離れた所にある。

 そして、団長室から倉庫にいくには、礼拝所を通らなかればいけない。

 礼拝所の前を通るときに、思ったよりも多い人に驚き、中を覗いた。


「おはようございます、クリス。朝の礼拝に来るなんて珍しいですね?」


 唐突に声を掛けられるクリス。

 

「ああ、アリシアか、おはよう。礼拝に来たわけではなく、ちょっと倉庫にだな」


 アリシアはクリスの手にある両手剣(バスタードソード)を見ると、理解したのか、頷いた。


「そうですか、それは残念です」


 そう言うと、中へと入っていく。

 中を覗くと、五十人程だろうか、それなりの人数が礼拝をしている。


「熱心な事だな」


 クリスとて十字教徒ではあるのだが、国教であるというから、礼儀として教徒であるだけで、別段思い入れはない。


 元々商人の家系というためか、幸か不幸か、主観的な見方を余りしないためでもあるが。


聖騎士(パラディン)なんて、本来なら十字教の神官しか成れないんすよ? 本当なら全員礼拝くらい義務付けるべきだと思うっすけどね?」


 唐突な声に、振り向くと、そこには不機嫌そうなミイナが、仁王立ちで手を組んで立っていた。


「やぁおはよう。ミイナ、息災か?」


「おはようっす、元気っすよ? 何でまたいきなりそんな事を聞くっすか?」


「不機嫌そうに、突っ立っているから腹でも減っているのかと」


「自分だって、機嫌の悪い時くらいあるっす、つうか聖騎士(パラディン)なのに殆ど礼拝に来ない奴らに苛立ってるんすけど?」


 すごみのある笑顔で語るミイナ。


「そう言うな、陛下が現陛下になられてから、国教としての十字教が少しばかり勢力を弱めた、つまり陛下は十字教に好意的ではない、という事だ、成れば国民は国民であるからして陛下の指導には従わなければならない」


「……よくわからないっす」


 クリスの遠回しな言い方に眼を細めるミイナ。


「だろうな、分かり難く言った」


 そう言ってクツクツと誂うように笑うクリス。


「十字教が、単一宗教ならともかくな、十二使徒教の子宗教でしかないからな、これが十二使徒教が国教なら話も違っただろうが…」


 十二使徒教の権力は凄まじい、過去、十字教が分化し、罪許符という物を発行した。


 それをよし、としなかった十二使徒教は、その日のうちに罪許符を発行した十字教を十字教と認めないという声明をだした。


 次の日、罪許符を発行した十字教は瓦解した。

 当然だ、親から子供ではないと言われたようなものである。


 事実上の絶縁である。


 あくまで十二使徒教の子宗教である、十字教だ、親である十二使徒教から認められなかれば存在そのものが否定されてしまうのだ。


 けれども、それだけの権力を持つ十二使徒教だが、他の子宗教と違う特徴がある。


「十二使徒教は、聖都でしか信仰を許していないっす」


 ミイナは静かに呟いた。


「だろう。なら、仕方ないだろう……?」


 聖都でしか、信仰を許されない十二使徒教。


 そのため子宗教が多く存在するのだ。

 勢力こそ大きいが十字教も本来ならばその一つにすぎないのだ。

 それからいくらか、クリスはミイナと話をして、やり込めていく。


 ミイナは学がないようで、少し遠回しな言い方をするとすぐに狼狽するのが、クリスにとっては面白かった。

 ついつい興がのり、話し込んでしまう。


 すると、礼拝が終わったのかアリシアが気づけば横にいた。


「はいはい、ミイナを虐めてないで、暇ならそろそろ早朝訓練の時間ですよクリス。話す暇があるくらいなら、今日は来れますよね?」


「……これから剣を磨こうとだな」


「来れますよね?」


「……ああ」


 言われるままに、頷き、仕方なしにそのまま訓練場へと向かう。


 しかし、基礎訓練、要は走りこみ、に参加したはいいものの、暇である。


 この走り込み、聖痕(スティグマ)をある程度使いこなせるものは、免除されており、言うなればまだまだ未熟な者しかいないからである。


 となると、アリシアは最後尾で全体を見渡しているし、ミイナは教官として先頭にいるし、走り込みで指導する事もなくクリスは暇である。


 とはいえ、クリスも団長という立場上、新人(ミイナ)の具合を確めるにはちょうどいいだろうと思い、先頭を走るミイナの三メートル後ろをぴっちりと追いかけていった。


 ミイナが速度をあげても、さげても、謎のフェイントをかけても只管に三メートル後ろを。


 ミイナも、クリスが後ろに付いているのがわかるのか、普段よりも、激しい速度変更で揺さぶりをかけるかのように、走り込む。


 それでも、ひたすらぴっちり、三メートル後ろを走るクリス。

 途中ミイナも意地になったのか、最後は全速力で走っていた。


 そして、それに巻き込まれ、気づけば、二人以外の団員が、息も絶えだえ、脱落していた。


「団長、暇なんすか?」


 周りの様子を確認しつつ、ミイナは尋ねる。


「暇じゃなきゃ、こんな事しないだろ?」


「おかげで訓練にならなかったすよ……」


 ため息をつきながらも、クリスを見据えるミイナ。

 クリスのせいと案に言っているが、実際はミイナがクリスの行動に動揺したからである。


「自分の限界をしるのも大事な事だと思うぞ?」


 それを知ってか、クリスはわざとらしくからからと笑う。


 そんなクリスに苛立ちを覚えたのか、ミイナは細い目をさらに細くし、クリスを睨む。


「じゃ、自分も限界を知りたいっすね、手合わせをお願いしたいっす」


「ああ、別に良いぞ」


 一もなく、ニもなく、クリスは了承する。


 実はクリスにとっては、願ってもない事である。

 神殿騎士団(テンプルナイト)第十三祭祀団。


 十字教の神官戦士(クルセイダー)、それを統括する組織、神殿騎士団(テンプルナイト)


 おそらくは、ほとんどの構成員は聖騎士(パラディン)であろう。

 一隊を預かる、その班長の実力。

 知っておいて損はない。


「じゃぁ、訓練場に戻るか?」


「いあ、ここでいいっす、聖騎士(パラディン)たるもの常在戦場の心得っす」


 言うなり、腰帯から小さな金槌を取り出す、ミイナ。


 雷神の槌(ミョルニル)と呟き、その呟きを合図にその姿を大きく変えていく。


「おう……、良いもんもってんな、雷神の槌(ミョルニル)なぁ?」


 千里眼を発動させるクリス、ミイナの一挙手一投足を見据える。


「武器は構えなくていいんっすか?」


 いいながらも、ミイナも千里眼を発動させて、準備を整える。


 その手の雷神の槌(ミョルニル)は既に、二メートルを超えるほどの大きさになり、今か今かとその腕にに振るわれるのを期待されるかのように、その身に赤雷を纏わせている。


 頷いてクリスは背中に掛けてあった、両手剣(バスタードソード)正眼に構えた。


「そのくらいの武器と打ち合うには、ちと力不足だが、まぁいいだろう」


「アリシアが来るまででいいすかね? 最後尾を走ってくるすから、二、三分て所っすけど」


「構わない、始めよう」


 クリスのその言葉、終わらないうちにミイナは既に走りだしていた。

 クリスとの距離は三メートル。


 二メートルに及ぶ、雷神の槌(ミョルニル)ならば一歩踏み出すだけで、そこは既に間合いである。


 一方クリスは両手剣(バスタードソード)を正眼に構えたまま動かない。


「ああああああっ」


 ミイナは怒声とも悲鳴ともつかない、声をはりあげる。


 間合いの外からクリスに向かって、思いっきり雷神の槌(ミョルニル)を振り下ろす。


 キンッと小さな音が僅かにに響き、そしてそのまま、雷神の槌(ミョルニル)はクリスの真横へと落ち、轟音を響かせた。


「良い、一撃だが、まだ荒いな……、聖騎士(パラディン)の身体能力に頼りすぎだ」


「今何をしたっすか?」


「真正面から振り下ろしてくるからな、ちょっと方向をずらしてやっただけさ?」


 不敵に笑うクリス。

 ミイナはその言葉に愕然とする。


 ありえない、二メートルを超える雷神の槌(ミョルニル)の重量は百キログラムを超える。


 それを聖騎士(パラディン)の身体能力をもって振り回すのだ、その一撃は、普通の者なら一撃でもって、体がミンチになるような代物だ。


 それを涼しい顔をして、ずらしただけだと言い放つ。


 クリスの両手剣(バスタードソード)であっても、普通に当たれば例え守りの加護が彫り込まれていようが問答無用で叩き折る。


 掠っただけでも、肉体ならば腕くらい吹き飛ぶような一撃だ。


 そんな一撃をあっさりと、ずらしたなどあり得ない。


 仮にそれができたとして、それを行うのにどれだけ精密な剣技が必要とされるのか。


 そこに至るまでに、何年何十年の研磨が必要なのか。


 油断ならない、そう思ったときだった。


 クリスの右手の人指し指に光る十字。


「鍛冶師……?」


「知っていたか?」


「何でいまそんなもの発動させて……」


 喋りながら、それに気づく。


「そうだ、手先が器用になる聖痕(スティグマ)だな、まさに小手先の技術」


 ニヤァとドヤ顔をするクリス。

 そのクリスの顔をみて、ミイナのイラつきが頂点に達する。


 冗談ではない、手先が器用になるだけで、己が一撃を簡単にいなされてなるものか。


「まだまだっす!」


 ならば小手調べは終了だ、全力で相手をしようとミイナは心に決める。


 雷神の槌(ミョルニル)のぶつかった大地からは、赤雷が迸り、それがクリスへ向けて牙を向く。

 けれども、クリスは見向きもしない。

 それはそうだ。


 魔法武器(マジックウェポン)の魔法が発動しようと所詮魔法は、魔法である。


 聖騎士(パラディン)に魔法はきかない。

 クリスに触れるか触れないかという、位置で一瞬で霧散する、赤雷。


 その隙にクリスの両手剣(バスタードソード)がミイナに伸びる。


 けれど、ミイナは雷神の槌(ミョルニル)を振り上げると同時にそれを弾く。


 ギンッと響く、先ほどよりも重い金属音。


 クリスはわずかに驚いたように眼を見開いた。

 クリスの両手剣(バスタードソード)は弾かれ、中を舞う。


「とったっす!」


 勢いのまま、振りかぶり先ほどよりも、早く力を込めて振り下ろす。


 響く、破砕音。


 地面には無数のひび割れが、でき雷神の槌(ミョルニル)のぶつかった所など、ちょっとした穴になっている。


「おー、危ねえな?」


 けれど、聞こえる声。


 声は先程よりわずかに高い所から、聞こえる。

 見上げればクリスは雷神の槌(ミョルニル)の上へと乗っていた。


 唖然とするミイナ。


 速いという話ではない。


 一体何がどうなっているのか、検討もつかない。


 そして、ヒュンヒュンと、まるで機会を伺っていたかのように、両手剣(バスタードソード)が降ってくる。


 クリスはそれを片手で受け取ると、背中へと背負う。


「終わりにしよう」


「……わかったっす」


 感じるのは圧倒的な経験の差、そして何より速度が段違いだ。

 ミイナは雷神の槌(ミョルニル)を元の大きさに戻す。


「対人戦はあまりしたことがないのか? その武器、その威力。例えば不死族(アンデット)相手ならば十二分な強さを発揮するだろうが、対人でその大振りは致命傷だな」


 ご丁寧に欠点まで指摘してくるクリスに、さらに苛立ちを募らせるミイナ。


「人を殺すのにそんな威力は必要ない、力はもっと的確に使え」


 けれども、言う事も最もである。


「肝に命じておくっすよ」


 ミイナはしぶしぶと、頷いた。


「案外素直だな? もっと突っかかると思ったが」


 不思議そうにミイナを、観察するがように見つめるクリス。


「これでも十三祭祀団の班長っすよ? 状況を見極める眼はあると思うっすけど」


「なるほど、確かにここで素直になるというのは悪くないな」


 クリスは嬉しいのか納得したのか、頷いた。


 そんなクリスをみてミイナは思う。


 なんだこの強さ、ふざけている。


 ミイナが大司教(アークビショップ)より渡された資料には、大した武功など乗っていなかった。


 二つ名は無し、特に目立った武功もなし。

 騎士団に四年間所属。

 ミイナとて聖騎士(パラディン)だ。


 その辺の騎士団員相手に、例え二つ名持ちだろうと、引けを取る気はない。


 けれど、もし仮に王都の騎士団で例外をあげるなら一つ。


「翼竜騎士団ってのはアンタみたいなのばっかりっすか?」


「そういえば、お前は知っていたな。だがまぁ聖騎士(パラディン)に比べればさして強くはないだろう…」


 翼竜騎士団を例にあげ、さして強くない、とどれだけの者が言えるのだろうか。


「アンタはそこで、どのくらい強かったすか?」


 思わず問うのは、その強さ。


「どれくらい…か、真ん中より少し上、という程度だな。聖騎士(パラディン)になった今ならもう少し行けるのでは、とも思うがな」


 淡々と呟くクリス。

 その抑揚のなさ、謙虚さが返って真実味を際立たせる。


 けれども、聖騎士(パラディン)なる前で真ん中より少し上ならば、聖騎士(パラディン)になった今なら?


 クリスの聖痕(スティグマ)の数は現存する聖騎士(パラディン)の中で最も多い。


 基本的に聖騎士(パラディン)の格付けは聖痕(スティグマ)の数で決まると言っていい。


 それは余程の何かが無ければ覆ることはない。

 クリスの聖騎士(パラディン)としての格付けは最高位。

 それは、つまり最高峰の強さを持つ聖騎士(パラディン)ということだ。


 つまり、巧く行けば、今のクリスならば、王国最強と名高い翼竜騎士団の団長とも渡り合えるのではないのだろうか。


 仮にクリスが翼竜騎士団団長を倒せたなら。

 王国最強という名前が、自分たちの所に転がり込んでくる。

 考えずにはいられない。


 ぞくぞくとする、感覚がミイナの背筋を駆け抜ける。

 ミイナとて、強さに憧れがないわけではない。


 むしろ強さを礎にして、生きてきた。

 強くなければ行きられなかった。


 武人、そう言い換えてもいい。

 武人なればこそ、強さに憧れる。

 そして、戦士、騎士を問わず、戦いに身を置くものならば一度は思い、憧れ、目指す最強。


 下手をすれば、それが目の前にいる、かもしれないのだ。

 最強ならば、自分が勝てなくても可笑しくはない。


 なるほど、それならば、と悔しさ紛れに自身を納得させる。

 けれども、それがクリスならば横に並ぶ、騎士は誰だ。


 なんとなく、横に自身の姿がある事を懸想する。


 それは、とても甘美な、今の自身の境遇など吹き飛ばせるほどに甘美な誘惑だ。


 もしも、だ。

 仮に、だ。

 けれども、可能性は、無くはない。


 ならば……。


「団長様、ご指導、有難うございましたっす!」


「お、おう?」


 急に、慇懃に騎士の礼をするミイナに面食らったのか、クリスは変な所から声がでる。


「では、自分は先に戻るっす!」


「あ、ああ」


 ミイナは宿舎に向かって駆けていく。

 なんの事はない。

 ミイナも初対面でセシリアと握手をするくらいには、単純であるだけの話だ。


 薄っすらとそれを感じ取ったクリス。

 ミイナの態度、様子を見て考える。


 確かに強さは悪くない、自分を客観的に見れる冷静さもある。

 戦士として、騎士として班長として悪く無いだろう。


「となるとだ…」


 仮に十三再師団が神殿の送り込んだ手駒というのなら、あれ(ミイナ)を巧く使う、先導役、もしくは引き止め役が居るはずである。


「副班長とかいるんじゃないか?」


 思わずこぼれた呟きに、答える声があった。


「何がですか?」


 アリシアである、どうやら追いついたようでクリスの呟きに小首をかしげている。


「いや、十三祭祀団にさ?」


 アリシアが気づけば居るという状況が珍しくないため、クリスも気にせず話を続ける。


「居ますよ? キャロルっていう人が」


「へぇ居るんだ?」


「ええ、見た目は私と同じくらいの背格好ですけど、結構歴戦の聖騎士(パラディン)ですよ」


 なるほど、と納得して他の十三祭祀団たる残りの九名を思い浮かべる。

 小さいのは、一人いたなと思い当たる。


 確か、セミロングの髪の毛で、背は小さいけど、アリシアと違って他が小さくなかったやつだな、と思い出す。


「何か失礼な事考えてませんか?」


 ジト眼でクリスを睨むアリシア。


 本当どうして、こういう事だけするどいのだろうか。


「ところで、アリシア。新人の様子はどうだ?」


 苦し紛れに、話を切り替える。


「もう…、言う成れば、災い転じて福となす……です」


「?」


「ミイナとクリスがどんどん行っちゃうから、ペースに巻き込まれた子が自分の限界を見誤りまして」


「そりゃ悪かったな? でも福ってのはなんだ」


「おかげで、聖痕(スティグマ)が活性化されたのか、いつも以上に使えるように成った子が増えました」


「なるほど、確かに福だな」


「ところでなんで十三再師団に副班長が居ると思ったんですかぁ?」


 アリシアが不思議そうにクリスを見上げた。


「そりゃ、ミイナがな……」


 僅かに口ごもるクリス。

 アリシアとて、一応は神殿に連なる者である。


 仲間を疑っているとは本人の前で言う訳にはいかない。

 クリスが思案しているとアリシアは何かを勘違いしたのだろうか。


「あぁ、ミイナはクリスが期待してるような腹黒さとかは無いですよ」


 言い出した。


「別に期待はしてない……」


 期待している腹黒さとは一体何を指すのだろうか、逆に疑問に思う。


「そうですかぁ? まぁ今朝も虐めてましたけど、ミイナは正直頭はよくありません、学がないと言うほうが本人の名誉のためですかね?」


 アリシアも何気に口の悪い。


「そうなのか?」


 クリスは若干引きつつも、確認をとった。


 やはり同期という事もあるのだろう、アリシアはミイナにたいして他の人よりはいくらか気安い言動を取る事が多い。


「そうですよ、クリスは普段、貴族に囲まれているから分からないのです、一般の平民はそんなに知識なんてもってないんですよ?」


「それは、わかるが」


「いいえ、わかってません。なんだかんだと言って騎士なんかは魔法を使いますからね、殆どの人が字を読めるでしょう」


「それは、当然だろう……?」


 魔法を使うには呪文を唱えなければならない。

 呪文は特殊な言葉で形成される。


 特殊な言葉を使うのだ、下地である普段喋っている公用言語を理解しているのが大前提だ。


 単純な口頭で聞いて全部覚えられるものなら兎も角。

 小節の長い呪文の魔法など、魔法書などを携帯するのも珍しくはない。


「ほら、そう思ってる。当然じゃありません、この国の識字率は三割です。これでも国としては多い方なんですよ?」


 エフレディアは、その領地の七割が農村でできている。

 農民に読み書きなど必要はない。


 数が数えられれば十分である。


「まじでか?」

 

「マジです、荒事を生業とする男性の方は魔法を必ず使うでしょう、となると文字が読めないって事はないです、けど実際王都の識字率ですら五割に満たないんですよ?」


 クリスが知らないことを説明できたのが嬉しいのか、無い胸を張って自信満々に説明するアリシア。


 とはいえ、アリシアもたまたま神殿の仕事で、子どもたちに文字を教える事をしたことがあるだけだ。


 事実、神殿でも読みならともかく、書きができる者は貴重で、読み書きができるだけでも信者から神官に取り立てられる程である。


 そのため、貴族としての教育を受けていただけのアリシアですら、神官として神殿で過ごす事ができたのだから。


「それで、ミイナはあれで読みはできても、書きできないすし、頭もよく無いんですから、あんまりからかわないであげてくださいね?」


「善処しよう……」


 衝撃の事実を知ったクリス。

 開いた口が塞がらないというのはこの事だろう。


 というか、字がかけないのに班長とか大丈夫なのかよ?

 副班長の仕事多くね?とも思う。


 けれど逆に、副班長がミイナを先導するのも簡単だろうと推測する。

 一度キャロルとやらと話をしてみる必要があるな、とクリスは思う。


 ぐぅー。


 そこで、地獄の底から這い上がるような地響きのような音が聞こえた。


 アリシアの腹から。


「戻るか……朝食だな」


「そうですねぇ、お腹空きました、早く行きましょう」


 昔は、腹の音を鳴らすだけで照れていたというに、この始末。


 開き直って催促している。


 苦笑しつつ、アリシアも変わったな、とクリスは思う。






 


 


 


 






 


 


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