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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
四章 団長補佐 守られしもの
65/121

⑮ 意思の先 ~守る者、守られる者~

 


 





 駆ける、跳ねる、飛び回る。

 土壁を走り、蹴り飛ばし、空を飛ぶ。

 縦横無尽に……、常に相手の死角を狙い続ける。


 そして、狙い済まされた一撃が、その翼に迫る。


「せいっ」


 小さな掛け声と共に、振るわれた白銀の細剣(レイピア)は、確かに翼を捉えたはずだった。


 けれどもキンッと響く、硬質な音。


 細剣(レイピア)が刃こぼれをおこす。

 細剣(レイピア)を振るったその腕には強烈な痺れが残る。


「む……」


 クリスは僅かに顔を顰めるものの、己が翼を震わせ距離を取る。

 瞬間、自身が一瞬前に居た所に、振り降ろされるその狂爪。


 一瞬だけ、その場に居た場合の未来を想像し、身震する。


 けれども、距離をとり相手の様子を伺った。


 全身十九の聖痕(スティグマ)と剛力の聖痕(スティグマ)により強化されたその力。


 その力で振るった一撃。

 けれども、それは翼には傷一つつける事が敵わなかった。


 竜人(ドラゴニュート)として、竜化しているレイト。

 その一撃を食らっても、僅かにゆらぐだけで平然としている。


「ぎぐぁ……」


 呟かれるのは人語ではない何か。


「ちっ……」


 クリスは悪態をつき、眉根を寄せる。

 最高の一撃を叩き込んだと思っていた。


 けれども結果、レイトは無傷である。


 翼なのにあり得ない硬度である。

 本物の竜と遜色ない、下手をすればそれ以上の硬度だ。


 これ以上力を入れればこちらが先に壊れてしまうほどの。

 そんなギリギリの攻撃。


「タフってレベルじゃねーぞ……」


 幻獣最強と言われる竜族。


 派生とはいえ、竜人(ドラゴニュート)のその力。

 そして加わった聖騎士(パラディン)の力。

 合わさったその力。


 聖騎士(パラディン)の力だけでは対抗するのが難しいとクリスは考える。


 男に戻るか?とも思う。


 けれども、仮にジョーイの援護があろうとそれほどの時間は与えてくれる相手とは思えない。


 今も隙をみては放たれる土壁(アースウォール)はあるが、その爪で振り払われ、すぐさま土に還っている。


 仮に男に戻れても、身体能力はいくらか上昇するが、それだけだ。


 クリスが使う攻撃魔法は主に召喚(サモン)系の武器魔法である。


 炎や氷の魔法で武器を作り出すという物である。

 攻撃力は高いが反面、範囲は得物のリーチだけという魔法である。


 吸魔の聖痕(スティグマ)を使えば威力に関してはヴァイスの戦略魔法にも劣るとも勝らない魔法ではあるのだが。


 けれどもヴァイスの切り札の一つ。


 絶対零度(アブソリュートゼロ)すらも、レイトにダメージを与えることはできなかった。


 そうなると。


「きれる札がねぇな……」


 思わず呟いたのは仕方のない事だろう。


 逃げるか? という考えが一瞬クリスの頭を過る。


 けれども下には倒れているヴァイスがいるし、ジョーイも息も絶え絶えといった風である。 


 何より下には闇火竜の剣(レーヴァテイン)の結界に包まれたアリシアがいる。


 クリス一人、逃げる事は可能だろう、速度だけならレイトよりもクリスが速い。

 けれど、クリスがいなくなれば他の三人にその意識が向けられるのは自明の事だ。


 クリスとて加減をしているわけではない。

 本気である、むしろ殺す気で攻めている。

 それでも、どうにも成らない事に歯噛みする。


 レイトの攻撃は次第に激しさを増していく。

 土壁と四枚羽のおかげで勝っている速度。


 けれども速度で撹乱するのもそろそろ限界に思われる。


 クリスの速度が落ちているのか、レイトの速度が上がっているのかはわからないが、次第にクリスの攻撃に対するレイトの反応速度が確実あがっている。


 細剣(レイピア)も、銀の篭手(ガントレット)も既にぼろぼろで、後何回も攻撃を受けることもできないであろう。


 守りの加護をも蝕み貫く、レイトの破壊の聖痕(スティグマ)

 恐ろしいほどの破壊力である。


「っ……」


 目の前の火炎にクリスの思考が中断される。


 真横を模造竜の息吹イミテートドラゴンブレスがすり抜ける。


 僅かに、頬をかすめた。


「馬鹿の一つ覚えみたいに、ブレスばっかうちやがって!」


 叫び、土壁を駆け上がる。


 ドクン。


 その時、僅かに鼓動のような音が聞こえた気がして。


「なんだ?」


 僅かに、注意をそらし、辺りを確認するが、それらしいものは確認できない。


 ドクン。


 再び聞こえるその音。


 否、聞こえるというより頭に響く。

 直接脳に音が響き渡るような。


 次第に音は強くなる。


「なんなんだ一体……」


 不思議に思うも、レイトには聞こえていないのか、それとも気にならないのか。


 意識を逸らした隙を好機と捉えたのか、クリスに向かい飛び込んでくる。


「なっ……」


 僅かな隙に力を貯めていたのか、先ほどまでとは段違いの速度。


 確実にクリスの速度を超えている。

 翼を動かすも、明らかに回避は間に合わない確信する。


 ならばいっそと思い、クリスは細剣(レイピア)を離し、両手を構えた。






***




「千里眼で視えない部屋とか嫌っすねぇ……でもまぁここにありますって言ってるようなもんっすよね」


 そう言って、ミイナは薄ら笑う。


「鼓動が強くなってるわ……」


 ルシエンは鼓動の音に意識を注いでいる。

 二人はクリスが地上に作った道を辿り、生成路の方へと向かい歩いていた。


 道中何度も、鼓動が響いていた。


「そろそろ完成するんじゃないっすかね?」


「……何が完成するのかしら?」


「さぁ? 流石にそれはわからないっすねぇ、開けてみるまでのお楽しみっすね」


 小さな扉のほうへ、ミイナは迷いもせずに向かう。


「ああ、先に言っとくっすけど、飲まれたら殺すっすね?」


「何を……」


 言ってるんだ、という言葉は扉をあける音にかき消される。


 ギギギと、古い扉が悲鳴をあげるように音を立てた。


 小さな扉がその口を開く。

 瞬間感じる、重圧。


 そして、無数の負の感情。


 恐怖、怒り、憤り。

 妬み、僻み、恨み。


 圧倒的なまでの負の感情その流。


 なるほど、これに飲まれるなという事なのだろうかと、ルシエンは思う。


 様子をみれば、ミイナは不快そうに顔をしかめている。


 なんだ大したことないな、ルシエンはそう思う。


 ルシエンにとって、負の感情など何の意味ももたない。


 その体を構成するのは生贄にされた二万の人々。

 その負の感情など、こんなものではない。


 今更、そんなものがなんだというのか、怨嗟など、自身の体の一部にすぎない。

 鼻で笑えてしまうほどだ。


「何が飲み込まれるな、なのかな?」


 ミイナ嘲るルシエン、けれどミイナはルシエンを見つめて嘲笑う。


「これからっすよ?」


 これから?


 疑問に思うまでもなく、瞬間それはルシエンに襲いかかる。


 突き抜けるような高揚感。

 とある感情が一気に極限まで高まる。


 ……殺したい。


 その感情だけがルシエンを支配する。


 何でもいい、誰でもいい、そう例えば目の前の眉根をしかめている、細眼の女とか……。


 殺したい。

 己が手で、己が爪で、己が牙で。

 力づくで、なで斬りで、吸血で。


 自身にできうる限りの殺し方を思い浮かべる。


 ああ、ゆっくり嬲るのもいい。


 腕を落として、足を落として、何もできないようにしてから、じわじわと痛めつける。


 それとも、霧化して肺に入り込んでやろうか。

 悲鳴を聞きたい、いったいどんな声で泣くのだろうか。

 想像しただけで、体の芯が熱くなる。


 ジュルリ、と舌を舐めずる。


 けれど、そこで僅かに何かが引っかかる。


 確かにこの女を殺すのは楽しそうだ。


 けれど?


 疑問に思う。

 なぜ、私がこんなふうに思わなければいけないのか?

 確かに自身は吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)である。


 人族にとっては、魔物と呼ばれるものの上位種だ。


 人族を殺すのに躊躇いなどはない。


 けれど、今の感情は何だ?


 決して自分の意志ではない。


 殺すとしても、それは自分で決めるべきだ。

 決して誰かに操られて、命令されて殺すものではない。


 ふとミイナをみれば、その瞳は十字の輝きを宿し、ルシエンを見つめている。


 その眼をみては思い出す、己が主。

 本来ならば、生まれぬままに、城の地下に囚われていたであろう自分。


 結果的にとはいえ、ルシエンは産まれた。

 不完全な状態で。


 けれど、不完全な状態だからこそ血を求めた。

 情報を、知識を欲し、クリスの血を吸った。


 そして芽生えた感情、理性。

 気づいた、理解した一つの真実。


 完全体の吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)に感情はなく、父の命令を聞いて動く操り人形にすぎない事。


 その戦闘能力は凄まじく、国を滅ぼす事など造作もない。

 けれどそれは吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)本来の使い方ではなく、副次的な効果でしかない。


 吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)は血を吸い、小魔力(ポリ)を貯める。


 その貯めた小魔力(ポリ)は凝縮されて心臓に蓄積される。

 そして、貯めた小魔力(ポリ)が一定量を超えると変化が起こるのだ。


 心臓に……。


 眼にみえる変化ではない。

 けれども、その変化した心臓。


 それを吸血鬼(ヴァンパイア)が食らう事により、吸血鬼(ヴァンパイア)吸血鬼王(ヴァンパイアキング)と成れるのだ。


 (ヒヘト)の狙いはそこにあったのであろう。


 つまりは、ルシエンは初めから使い捨てにされる命だったのだ。

 クリスにその事実は告げていない。

 けれども結果的とはいえ、ルシエンはクリスに助けられたのだ。


 別に恩義を感じているわけじゃない。


 ただの偶然だ、そんな事はわかっている。


 けれども、名前をくれた。

 強請ったのは自分だが、自身の証として名前がどうしても欲しかった。

 種族名でもなく、名前さえもつけられずに使い捨てられるはずだった自身のために。


 そしてつけられたのは、己が母だったものの名前。

 そこにどんな思いがあったのかは、わからない。

 けれども、その名前をつけられた時、僅かに安らぎを、温もりを感じたのだ。

 そんな相手を悪く思えるはずもなく。


「だから……」


 小さく呟くルシエン。

 目の前の女は殺したい。


 けれども自分の意思ではないし、クリスの意向にも反するものだ。

 何より、自分は操り人形ではない。


「なめんなっ!」


 怒りを込めて叫ぶ。


 瞬間、ルシエンの体中に鎖のような紋様が浮き上がり光を放つ。

 そして、ルシエンの衝動を抑え、思考を正常に戻していく。


 ルシエンは荒くなった息を押さえ込んで、深く呼吸をする。


「へぇ……踏みとどまるんすか、ちょっとでもこっちに来ようものなら、殺したっすのに、使い魔の契約の効果っすかねぇ?」


 ミイナはルシエンをみて冷たく笑う。

 心底残念だとでも言いたげである。


「…………今のは何?」


 ミイナに詰め寄るルシエン。


 飲まれかけた、というのは確かである。

 先ほどの欲求は本物だった。

 自身の意思ではないのに、けれどもそれは確かに本物であった。


「何? 本当はわかってるんじゃないんすか? そっちの力に近いって言ったっすよね?」


 しかし、帰ってくる返答は曖昧なもの。

 けれども、ルシエンは確かに感じていた。


 自身の力に近い何かを。


 沈黙するルシエンをどう思ったのか、ミイナは話を続けた。


「今のは余波っすね、自分はさほど影響ないっすから行くっすよ、それを抑える自信がないなら来ないで欲しいっす」


 ミイナそう言い放って足を部屋へと進める。


「上等……」


 ルシエンは、ふん、と鼻を鳴らし、その後を付いて行く。




 





***







 上に見えるのは、土でできた無数の柱で囲まれた監獄。

 その中を何度も、紅翼と白翼が交差する。

 交差する度に、聞こえる高い音。


 まるでその身を削っているかのように、何度も何度も響いてくる。


「早く何とかしないと……」


 アリシアは焦る。


 闇火竜の剣(レーヴァテイン)の結界の中からそれを見上げていた。

 戦況が危うい事は誰の眼からみても明らかだ。

 ジョーイは魔力枯渇でほぼ虫の息、もう役には立たないだろう。


 クリスも段々とレイトに押されている。

 そしてそのレイトも段々と危うくなっていく。

 目に見えずとも既に崩壊は始まっているのだ。


 狂化の聖痕(スティグマ)による限界突破。


 それは己の体を壊していく。

 恐らくすでに理性は焼き切れ、言葉すら喋れないであろう。

 しかし限界を超えた肉体能力はクリスさえも、手をこまねく程である。


 クリスの聖痕(スティグマ)の数は十九。


 聖騎士(パラディン)の強さは聖痕(スティグマ)の数と言われるほどに、聖痕(スティグマ)とは重要な物である。

 聖痕(スティグマ)はどのようなものであれ、持ち得るだけで身体能力を向上させる基本効果がある。


 そして、その聖痕(スティグマ)を十九も持つクリスさえもを、純粋な力だけで押しているという事実。


 普通の聖騎士(パラディン)ならば、例え狂化の聖痕(スティグマ)ここまでの強さをだすまでに、己の体が崩壊する。


 けれども、レイトは竜人(ドラゴニュート)だ。


 肉体の上限も、体力も人のそれとは比べようもないほどに強大である。

 体の崩壊が始まっているというのにその力は衰える事をしらず、むしろ向上しているようにすら感じられる。


 竜の力というのは、それほどのものなのか。


 これでは、崩壊する前にクリスを殺してしまうかもしれない。

 最悪クリスを殺した後にレイトも自壊してしまう可能性がある。

 想像しただけでアリシアを駆け抜ける悪寒。


 それは嫌だ。


 目の前で人が死ぬなど吐き気がする。


 耐えられない。


 土耳長(アマゾネス)の村で治療にあたっていた時でさえ、無為な死を見届けた。


 初めて見た戦場跡。

 生々しい大きな傷、はみ出た内臓。

 露出した骨。

 変色した皮膚。


 治せど治せど、怪我人は運ばれた。


 自身の小魔力(ポリ)を極限まで使い果たし、何人もの命をすくっただろう。


 それでも、すくいきれなかった数人。


 数十人。


 死体を見ると考えこんでしまう。

 

 話したこともない、土耳長(アマゾネス)達。


 救えなかった命にも家族があり、生活があり想いがあったのだろう。


 けれども、アリシアはそれを考えるだけで涙があふれた。

 そして同時に吐き気もする。


 人の命を背負うという重圧(プレッシャー)


 決してまともな精神で、耐えられるものではない。

 ルシエンが目の前で切られた時などは、もう何も考えらなかった。


 自身の前で人が死ぬなど、耐えられない。


 あの時レイトがあいなければ、アリシアは錯乱し、泣きわめいていただろう。


「もう、死なせたくない……」


 強い、強い意思を乗せてそう呟く。


 その時、チリッと僅かに下腹部が痛む。

 そして流れこむ、大魔力(モノ)


久しく感じていなかったそれは、紛れも無く聖騎士(パラディン)になった時に感じたもの。


 そして、その時。

 アリシアに新たな聖痕(スティグマ)が開いた。


 自然と聖痕(スティグマ)の使い方がアリシアに流れ込む。


「これは……でも、なんで、この聖痕(スティグマ)が……?」


 新たな聖痕(スティグマ)が開いた事は素直に喜ぶべきことだろう。

 けれどもこの聖痕(スティグマ)では、現状を打開することはできない。


 貴重な聖痕(スティグマ)ではあるが、むしろ事後にしか意味を成さない物だろう。


「何で今、こんなのが!」


 嘆き、叫び、そして思う。

 もっといいのが他にもあるだろう。

 なぜ今これなのか?


 巫山戯るな!


 これでは、両方死ぬのを待てと言ってるようなものではないか!


 これが、十二使徒……十字教の信仰すべきエフレディアの所業なのか。


 あまりにも馬鹿げている。


「もうっ……エフレディアなんて信じないっ!」


 アリシアはそう叫ぶと、その瞳から大粒の涙を落とした。




 




***






 竜の卵から産まれたその娘は、人の形をしていた。


 母は紛れも無く竜だった。

 赤い鱗の火竜(レッドドラゴン)、ローラン。


 エフレディア王国建国より初代の火竜騎士団長から仕えてきた、エフレディア王国最強の竜。

 十三代目騎士団長の時にそれは起きた。


 火竜(レッドドラゴン)であるローランが人化できるようになったのだ。


 赤い鱗の美しかった竜は、燃えるような真紅の髪の美女になった。


 相棒とも呼べるほどに長年共に戦場を駆けた二人である。

 ローランが人化できるようになったのならば、それは当然の事だったのかもしれない。


 戦場で育まれた絆はすぐに男と女の愛へと変わった。


 そしてまもなく二人には子供が産まれる事になる。

 ローランが初めて産んだ子供。


 それがレイトである。


 レイトは大事に、大事に育てられた。


 竜ではなく侯爵家の娘として。


 明るく、快活な性格に育っていった。

 十二の頃までは静かに暮らしていた。


 けれども十三の頃、それは起きた。

 レイトが失踪したのだ。


 誘拐なのか、はたまた事故なのかもわからない。


 当時ファーフニルは荒れに荒れた。

 けれど逆に、ローランは悟ったように静かであった。


 静かなローランに、窘めれられるようにファーフニルはレイトを表向きは諦めた。


 けれども、諦めれきれず、裏では何度も捜索隊を組織した。


 しかし、進展はなく、一年間の時が過ぎた。


 そして、レイトは唐突に見つかった。


 十字教の……、さらに上層。


 十字教の総本山。


 空中都市マチュピー。


 その神殿にレイトは居たのだ。

 出入りの商人がたまたま見かけたという。

 その報を聞いて、レイトの父、ファーフニルは飛び出した。


 そして、レイトと再会する。


 けれども、愕然としたのである。

 再会したレイトは、当時の明るい快活さはなく、ただ静かに神殿でエフレディアに祈りを捧げていたのだ。


 何があったのかは、わからない。

 もしかしたら、よほど酷い目にあったのかもしれない。

 けれども、確かにレイトであった。


 神殿に務める神官に聞けば一年前フラッと現れたと言うだけだった。

 レイトに問うても、首を振るだけ何も答えようとはしなかった。


 ファーフニルは疑念を抱きながらもレイトを引き取った。


 帰ってきてからのレイトは、とても静かに暮らすようになった。

 どこか他人行儀なきらいがあったが、それでも思い出すかのように、明るさを取り戻すレイトにファーフニルは喜んだ。


 そして、帰ってきてからしばらくし、レイトは唐突に鍛えてくれとファーフニルに頼み込んだのだ。


 初めは難色を示したファーフニルも、ローランすらもそれに賛成したため、仕方なしに鍛える事にしたのだ。


 そして、母の指導の元、竜化を覚え、王妃からの要請で聖騎士(パラディン)に推薦され、今に至る。

 結局、レイトが失踪した一年間に何があったのかは、ファーフニルにはわからずじまいだった。




***





 夢……夢を見ている。


 夢だというのが解る夢だ。

 そこには今より若い自分が母の指導の元、訓練に励んでいる。


 厳しい母である。

 けれども優しい母でもあった。


 訓練をするときは常に側で見ていてくれた。


 父も時折心配そうに様子を見にやってくる。

 いつもの訓練の様子である。


 けれども、いつもは、二三事話しかけるとすぐに仕事に言ってしまう父が、この日はいつも以上に側で若い自分を見守っていた。


 そして、心配そうに何事かを話しかける。


 ああ、そうかと思い出す。

 確かこの日は初めて竜化を習った日だ。


 しばらく様子を見ていると若い自分は小魔力(ポリ)を心臓に込めて竜化を始めた。


 そうだ、この後……。


 それを思い出すよりもはやく、事態はすぐに急変する。

 のたうつように暴れまわる若い自分。


 壁を殴り破壊し、口から何かを吐き出した。


 急いで両親が止に入る。


 けれども、止めに入った両親すら吹き飛ばした。

 暴れまわる若い自分。


 手当たりしだいに、家を破壊していく。

 それは、吹き飛ばした父にすら及ぼうとして……。


 母に受け止められた。


 いくら最強と言われた火竜(ファイアドラゴン)であろうと人化している時は竜程のちからは出ない。


 けれども母は、人化した身でありながら、竜化した自分の攻撃を受け止めたのである。


 その身を若い自分の腕に穿かれながらも。

 けれども母は笑いながらも、若い自分に微笑み、こういったのだ。


「お転婆ね私の若いころにそっくり……」


 そして抱きしめてくれ、何か温かいものが体を満たしたのを覚えている。

 すると竜化はするすると解けて、若い自分は人に戻ったのだ。

 薄っすらと夢が冷めていくのがわかる。


 ああ、目が覚めるのか、と理解する。


 なんでこんな夢を見たんだろうとも思う。


 あの時の怪我が原因で母は……。


 そんな思いが駆け抜ける。

 そして薄っすらとその光景が薄まっていく。


 ああ、目が覚めるのかと、どことなく理解した。


 起きなければと思う。


 ゆっくりと眼を開くと、そこには……。


 私の首に腕を絡ませ、抱きついた団長が微笑んでいた。


「だん……ちょう……どの?」


 唐突の事に、意識が追いつかない。

 何がどうして、団長が。


「やっと気づいたか……、たく散々手こずらせやがって」


 クリスはその綺麗な顔を僅かに歪ませながらも笑う。


 ふと手に違和感を感じる。

 温かい何かが、腕を滴る。


 己が手の先を確認する。


 みればそれは、クリスの胸を貫き、背中に飛び出している。


「っ……」


 思い出す、竜化する前の事。

 そして、おぼろげながらも感じていた先ほどまでの出来事を理解する。


レイトの攻撃を避けられないと悟ったクリスがとった行動は、ダメージを食らってでもレイトを正気に戻す事だった。


 首筋に感じる、暖かなな小魔力(ポリ)の感触。


「私は……また……」


 助けられた……助けられてしまった。

 レイトは父に助けられ、母に助けられ、その背中を見て育った。

 そしていつも思うのだ、誰かを守れる人に成りたいと。


 けれどもアリシアを守るだめに使った竜化。

 制御できると思っていた、いや出来ていたはずだった。


 けれどもそれは、狂化の聖痕(スティグマ)が無ければの話であって。


 竜化と狂化、両方を制御するのはレイトにはまだ無理であったのだ。

 己の不甲斐なさに涙すら溢れてくる。


「なんて顔してんだ。アリシアを守るためだったんだろう?」


 そう言ってクリスは笑いながらレイトの頭を撫でた。


 その姿が母とかぶる。


 けれども、クリスが体を動かすたびにその身からは流れていけない物が滴り落ちた。


「血が……」


「ああ、気にするな……。アリシアがいるんだ、これくらいすぐに治るだろう?」


 力なくも笑うのはアリシアに対する信頼の現れか、けれどもその笑みは弱々しい。

 そして破壊の聖痕(スティグマ)の影響か傷は段々と広がっていく。


「少し眠いな……、すまないが後は頼む」


 そう言うとクリスは体の力を抜いた。

 飛翔の聖痕(スティグマ)がその姿を消し、クリスの体重がレイトへとかかる。


「団長殿……!」


 思わず叫ぶ。

 誰から見てもこの傷は致命傷だ。

 けれども僅かに呼吸はしている。


 早く治癒をと思う。


 慎重にけれども素早く、竜化を解きつつ地上へと向かうレイト。

 最後に翼を消し去り、地面へと降り立った。


 するとそこへ、一つの影が立ちはだかった。


「お嬢さん……でいいのかな?」


 ジョーイだ、魔力枯渇気味で顔を青くしながらも、レイトとクリスに近寄っていた。


「すまない、私の力が及ばないばかりに、団長殿に、あなた達にも迷惑をかけてしまった……治癒の魔法を頼めるだろうか?」


「ああ、構わない。もちろん、そのつもりだ」


 レイトはジョーイにクリスを手渡すと、アリシアの元へと向かう。


 背後ではジョーイによる治癒の魔法か、「樹木の癒やし(ウッドセラピー)」と聞こえてくる。


 闇火竜の剣(レーヴァテイン)の前へと進むレイト。


「解け……闇火竜の剣(レーヴァテイン)


 そう呟くと、結界は静かに消えた。

 結界の中で涙を流しながらこちらを見ていたアリシアがレイトへと歩み寄る。


「ぶじ……でよがったでず……」


 アリシアは泣きながらも、レイトに告げた。


「どうぞ怒ってください、罵ってください、殴ってください……」


 レイトはうつむき、己への断罪を求めた。


「いいでず……、どちらかが、ぶじなだけでもよかっだですがら……」


 けれどもアリシアはそれを、良しとはしなかった。


「優しくしないでください……こんな罪をおかして、優しくされたら、自分は狂ってしまいそうだ……」


 そういうと、レイトは涙を流した。


「私は自身の力の制御ができずに団長に大怪我を……」


 レイトは只管に悔やむ。


「わだしも、治癒を……てづだってきまず……」


 けれどもアリシアはそう言うと、クリスの元へと足早へ向かってしまう。


「私は……私は……」


 レイトは力なく膝をおる。


 呟きながら、一人取り残された。


 


 




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