⑭ 死闘と決意 ~来訪者~
作られた月夜の下で、紅と黒が交差する。
交差する度に響くのは、硬質な金属音。
時折火花を散らし、高速で何度も何度もぶつかり合う。
そんな光景をジョーイは下から見つめていた。
「航空騎兵なしで空中戦闘とか……」
半ば呆れた声をあげるジョーイ。
確かに飛行の魔法はある。
けれども、飛行の魔法の難易度は高い。
飛ぶ方法にもよるが、概ねどの方法で飛ぶにしても必要小魔力が多すぎるため実用的ではないのだ。
そのため、一部の幻獣騎士や竜騎士、のように航空騎兵に跨がり戦闘を行うのが航空戦、空中戦なのであるが。
クリスの飛翔の聖痕とレイトの竜人の翼による、空中戦。
互いに素早いというほどではないが、細剣と爪で切り結んでは離れての繰り返し、ヴァイスならば、間にまじれるかもしれないが、ジョーイの実力では飛ぶだけで精一杯だ。
とても戦闘の補助など出来はしない。
悔しさにわずかに歯噛みする。
「土壁を足場にするか? でも例え足場ができても、後衛の俺には近接戦は……」
ついていけない……、けれどもジョーイはその言葉を言いたくは無かった。
ジョーイとて、蛇竜騎士団の副団長である。
ヴァイスほど、魔法の扱いに長けるわけではないが、それでも、戦場で武功をあげ、二つ名をもらうほどには名の知れた騎士だ。
戦闘ならば、それなりの自負がある。
できないから、やりません、とは口が割けても言えないし、言いたくもなかった。
「だああぁぁ」
苛立ち、ガリガリと頭をかきむしる。
「休戦して、ぬるま湯に浸かり過ぎてたかなぁ……」
僅かに思い出すのは先の戦争。
イスターチアとの国境での防衛戦。
ジョーイは、そこで二つ名を得、副団長にまでのし上がったのだ。
クリスはジョーイに頼んだのは、落とした竜人の首筋に小魔力をこめろと言う事だけ。
けれど、実際戦闘の形勢は五分五分……むしろ若干クリスの分が悪いように思える。
これでは、いつ竜人が落ちてくるかも分からないし、下手をすればクリスが負けてしまう可能性すらある。
「落とすから、首筋に小魔力を込めろって言われてもな……」
言われた事だけをやっているだけでは、戦争には生き残れなかった。
言われた事以上の事を成し遂げて、ジョーイは戦争を生き残り、二つ名を授かったのだ。
それに、今回の本来の仕事は、クリスがここを封印塚を調べる間の護衛である。
クリスは公爵家だ、故にジョーイも頭を下げ言う事を聞いた、そのため今は本人が戦っているが、本来ならばそういう事はご法度である。
けれども思い出すのは先ほどの光景、滅多に見ることもないような大量の下位や中位不死族の群れ。
驚き戸惑っている間に、クリスは止める間もなく飛び出してしまった。
ジョーイには躊躇なくあれに飛び込む自信はなかった。
正直騎竜がいない今では、ジョーイでは相手にするのも難しかっただろう大群である。
それを聖騎士とはいえ自分より若い女の子が……。
そう考えただけで、己が矜持に火が灯る。
「プライドなんてもの、俺には無かったと思ったんだが、案外あったんだな……」
そう呟くと、ジョーイは空中をかける紅と黒の奇跡を見つめ、覚悟を決めた。
***
炎が弾ける。
掠ったのか、僅かに焦げ臭い臭いを感じ取る。
振り下ろされる、その狂爪を細剣で受け流す。
ギィィンと響く、金属音。
受け流したというのにそれは、体の真に響くような衝撃を伴った。
僅かに、態勢がくずれる。
翼を使い、態勢を整える。
けれども、その間にもう片方の爪が襲い来る。
銀の篭手で受け止めて、受け流す事すらせず、そのまま押されるように距離を取る。
翼を最大限にはためかせ、揚力を発生させて、停止する。
「馬鹿力……飛んでいる奴の力じゃねーよ……」
悪態を吐き捨てるクリス。
正直レイトがここまで強いというのは誤算だった。
恐ろしいのは、聖痕か、それとも竜人の力か。
どちらにせよ、その怪力はすさまじい。
そして何より、破壊の聖痕が厄介だ。
レイトの攻撃をかすりでもしたら、加わる大ダメージ。
質が悪いとしか言い様がない。
それに、すでに細剣が軋みをあげており、先ほど切り飛ばした、不死族の群れの血がなければ、自動補修も潰え、すでに折れて居たかもしれない。
銀の篭手もすでにボロボロだ。
蛇女の卵を割った、時に壊れた銀の篭手をベースにして、ユカラの篭手を解析し、特注、作成した試作品。
流石に土人製のユカラの篭手ほどの、革のような軽量化は計れなかったが耐久力だけならば近づいたと言える銀の篭手。
けれども、その銀の篭手もすでに後何回耐えれるかという具合である。
「翼だけじゃ速度が足りないな……」
速度はほぼ互角、僅かにクリスが早いものの、こちらの攻撃はレイトにはほぼ通じず、レイトの攻撃はまともに受けることすら難しい。
けれども巧く周りこみ、どうにかしてレイトの翼を封じなければ、レイトを止める事はできないだろう。
しかし、こうしてる間にも、レイトは息を整え体力を回復している。
そして、僅かに千里眼の聖痕に写るのものがある。
大気の大魔力の流れだ。
僅かにだが、レイトに流れ込みつづけている。
恐らくは、模造竜の吐息のためかか、それとも大魔力を取り込めるというならば、下手をすると再生の聖痕によって傷の回復をも行なわれる。
魔力枯渇に近かった先程よりも大分回復しているように感じられる。
どちらにせよ、短期で勝敗を決めなければならないだろう。
「ッ」
再び放たれる、模造竜の吐息。
避けようと翼をはためかせるが、その前に大きな影がクリスを覆う。
激突、けれども、その影は炎を防ぎきった。
大きなな影。
間に入ったのは土壁だった。
「無事ですか?」
土壁の上から声がする。
見上げればそこには、ジョーイの姿。
「お前っ……」
「おっと、野暮な事は言わないでくださいよ、女性だけに戦わせるわけにはいかないっしょ? 男として」
言葉を遮り、軽薄そうに笑うジョーイ。
クリスはその言葉に、僅かに、眉根を寄せる。
けれども、ジョーイは先ほどまでとは打って変わって、自信ありげな笑みを浮かべている。
「お前は後衛じゃないのか……?」
クリスは思わず、問いただす。
クリスからみても、ジョーイの前衛としての能力はさほど高くはない。
平均的な騎士よりも少し上、という程度でしかない。
「後衛ですよ、後衛ですけど、でも俺の魔法なら聖騎士にも通じます、多分竜人にも」
その言葉に僅かに眼を見開くクリス。
「先程、竜人を土壁で打ち上げたでしょう?」
「……そうだったな」
「ヴァイスの直接氷を召喚するような魔法は効かない、けれど、俺の土を操る魔法は、魔法事態が溶けても衝撃と土は残る。俺の土壁は魔法付与系ですからね」
魔法付与系魔法。
魔法は大別すると三種類に分けられる。
一つは身体強化系魔法、これについての説明はいらないだろう文字通りである。
一つは召喚系魔法、これは主に召喚陣を展開し、そこから魔法を打ち出すものを指す。
攻撃系の魔法は殆どがこれに当たる。
そして、魔法付与。
有機物や無機物に魔法をかけ、思うがままに操ったり、特殊な効果を発揮させるものを指す。
ジョーイの得意な土壁は魔法付与系に属する魔法である。
「……なら足場を作れ、崩れてもいい。一時的に奴の速度を上回ればいい」
「任されました、でも、もちろん援護もしますよ?」
そう言うとジョーイはニカっと微笑んだ。
***
覚えた感情は興奮。
打ち合う度に、その感情は高まり続ける。
楽しいとさえ感じる。
先ほどの不死族など話にもならないほどの強敵。
それは、竜としての本能なのだろうか、喜びが全身を駆け巡る。
流石団長だ、と思う。
反面。
団長とは誰だろう、とも思う。
けれども、それもどうでもよくなって。
ただ目前の敵と戦うことだけに歓喜する。
***
「不味いです……」
レイトの闇火竜の剣による結界。
アリシアはその中で出られもせずに、静かに呟く。
恐らくは魔法であるというのに、アリシアの守りの聖痕では弾けない。
否、正確には弾けるが、弾いたそばから結界が再生していく。
内側から触っても得に害はないのだが、抜けようとすれば流石に反応する。
無理に抜けようとすれば、恐らくはアリシアの小魔力が尽きてしまうだろう。
恐ろしい威力の結界である。
恐らく闇火竜の剣は持ち主にしか操れないと言われるような、聖剣、魔剣の類なのだろう。
結界を使う前は感じ取れなかったものの、結界を発動している今ではアリシアですら容易に感じ取れるほど尋常ではない大魔力を闇火竜の剣に纏っている。
「不味いです……」
再び呟くアリシア。
そして、空中で戦うレイトとクリスを見つめた。
クリスがなぜいるのかは、わからない。
けれど、千里眼を持つクリスだ、アレがレイトだという事くらいは解っているはずだ。
恐らく殺しはしないだろう。
けれども、問題がある。
「狂化が暴走してる……このままではいずれ……」
狂化の聖痕の暴走。
狂化の聖痕による身体能力の向上には限度がない。
それこそ、体の限界点まで身体能力をあげる事ができるのだ。
闘争本能をむき出しにし、身体能力を向上させる……否、制限を取り払う、限界まで力を、限界を超えて発揮できるようになる。
それが狂化の聖痕の本質である。
けれども、その代償は小さくない。
人の体というものは、普段脳が常に制限をかけている状態にある。
けれど、それを取り払い強引に能力を最高まであげたとするとどうなるか?
簡単だ、自壊するのだ。
故に本来狂化の聖痕は守護の聖痕によって理性を保ちながら扱うべき物なのだ。
普通の聖騎士ならば、それも可能であろう。
けれど、竜人であり、半竜化した状態のレイトでは、なんらかの理由で守護の聖痕が巧く機能しておらず、狂化が暴走している状態にあるのだ。
クリスも攻めあぐねているし、レイトがこのまま、制限を解除されたまま身体能力を上げ続けるならば、すぐにでもレイトの体は崩壊を始めるだろう。
なんとしても、それは防がなければならないとアリシアは思う。
狂化を使った理由がアリシアを守るためというのならば、尚更。
「どうにかしないと……」
ルシエンに続いてレイトまで失ってしまう。
自分のわがままのせいで、人が死ぬなど……アリシアには耐えられない。
「なんとか……なんとかしないと……」
アリシアは必死に頭を巡らせる。
***
「足場たりねーぞ。もっと増やせ!」
クリスの激が飛ぶ。
既にクリスは飛翔の聖痕を解除し、無数の土壁の上を跳ねるように移動している。
「やってますよっと!」
叫び返しながら、ジョーイが次々に土壁を生成する。
時には壁のように、時には柱のように、時にはそれらを繋ぐ橋のように。
無数の土壁が墓場へと乱立する。
一つのせり上がる土壁に飛び乗り、レイトへと斬りかかるクリス。
足場がある分、先ほどよりもクリスの剣撃が重くなる。
一撃、二撃、三撃。
そして先ほどよりも早い攻撃が可能となる。
たまらず、と言った具合に下がるレイト。
自身も、土壁の乗ろうとするが、乗った瞬間すぐさま土壁は土に戻り崩れ去る。
ジョーイが魔法を解いたのだ。
思わず、態勢を崩すレイト。
わずかな隙ができる。
クリスは土壁を足場に、レイトを大きく超える跳躍。
そして、そこに待ってましたとばかりにジョーイが柱状の土壁を生成した。
柱に垂直に、着地、そのまま蹴り飛ばすように、レイトの背中へと回りこむ。
「とった!」
歓喜の声をあげ、クリスの細剣がレイトの翼を両断せんと差し迫る。
けれども、そこは竜人。
猿人にはない武器がある。
キンッと高い硬質音。
尻尾が細剣を受け止めた。
「なっ」
予想外。
見えてはいた。
一メートル弱は有ろうかという、赤い鱗に覆われた尾。
けれども、それまでの戦闘では一度も使ってはいなかった。
そのため、失念していた一手、奥の手として隠していたのなら大したものだろう。
レイトはそのまま、振り向きざまに爪を振るう。
銀の篭手を盾にして受けるクリス。
けれども、そのまま吹き飛ばされてしまう。
再び飛翔の聖痕を展開。
空中で態勢を立て直す。
「節約してどうにかなるような相手でもないか……」
呟き、そしてため息。
クリスは懐から、透き通った飴のような物を取り出した。
聖丸。
聖水を聖火で炙り、聖灰で煮固めたものである。
一般人でも魔除けなどに使える聖水と違い、本当に聖騎士専用の道具である。
小魔力の回復は、聖水のそれよりも遥かに多い。
ただし味は死ぬほど苦い。
紅茶を百倍に濃縮したような、そんな味がする。
聖丸を噛み砕き、飲み込むクリス。
左頬を引き攣らせた。
「こんなもの食わせやがって……」
舌打ちをし、深く呼吸をする。
長い息を吐き。
小魔力をさらに、飛翔の聖痕に込める。
すると、背中に淡い光が灯り、翼が増える。
二対四翼。
速度がそれほどあがるわけではないが、一対二翼よりも立体的な軌道を可能とする。
「手数が多いとは羨ましい限りだ……」
クリスは追撃を警戒する。
恐らくは浮いているであろう、レイトに視線を向ける。
それはジョーイの牽制か、次々に土の柱がレイトに向かい伸びてゆく。
けれども、レイトはその場から動かず、迫り来るような土の柱を撃ち落としていた。
けれども、僅かに爪が土をなぞるだけでその全てが崩れていく。
衝撃は残るというのは、何処へ行ったのか、まるで羽虫を振り払うかのようだ。
「頑丈すぎるだろ……?」
半ば呆れた声をあげるクリス。
しかし、ふと疑問が過る。
なぜ、模造竜の吐息土壁で一掃しないのか?
思い当たる一つの可能性。
模造竜の吐息の本物の竜の吐息とは違い、爆発を伴わない。
高温の火炎ではあるが、被害は燃え尽きるだけにとどまっている。
「そうか……燃やせないのか……」
確かに、土だろうと長時間加熱すれば、燃え、溶けるだろう。
けれども、模造竜の吐息はあくまでも、息。
一回で吐き出せる息の量には限界がある。
これが竜ならば、それこそレイトなど比べ物にならない肺活量で何の問題もないだろう。
けれども、レイトは竜人だ、その容姿は竜化してようと人に近い。
いくら狂化され、強化されようとも、体の大きさ、肺活量までは変えようがない。
長時間模造竜の吐息を吐き続ける事はできないのだ。
事実、クリスを助けるために一度ジョーイは土壁を盾にしている。
「奴を囲むように、柱を乱立させろ!」
クリスが叫ぶ。
ジョーイは聞き返す事もなく、すぐさま無数の柱を生成する。
振り払われただけで、崩れるだろうそれは、それでも関係ないとばかりに檻のようにレイトを包囲する。
「ラギァアアッ」
邪魔だ、とばかりに既に檻を破壊していくレイト。
けれども、させまいとジョーイが檻の隙間を縫って、新たな柱を何本もレイトに向けて伸ばしていく。
「上出来だ……いい仕事するじゃないか」
僅かにジョーイに視線を向けると、ジョーイは僅かに顔を青ざめさせながら、恐らく魔力枯渇も近いのだろう、それでも次々に土壁の魔法で柱を生成していた。
これだけの量の土柱、レイトには体の一部、物理的な翼がある、邪魔でしかない。
模造竜の吐息で一掃できないのだ、一つ一つ壊していく必要がある。
けれども、クリスの飛翔の聖痕眼にみえる形で翼という形をとっているがその実、実態はないのである、単なる可視化した小魔力なのだ。
飛翔の聖痕は小魔力を操作し、大気への干渉をするという代物である。
風魔法にも近いが、普通の飛行ならば己で行う、膨大な負担がかかるそれを、翼という外付け機関で代行しているにすぎないのだ。
クリスは僅かに頬をゆるめ、二対四翼を広げた。
そして、自ら土の檻の中へと飛び込んでいった。
***
また、大きな音がした。
大地が揺れるほどに大きな振動。
地震が起きたのではと一瞬疑うほどの、衝撃音。
「派手にやってるわね……」
ルシエンは小さく呟いた。
その姿は既に、吸血鬼の女王のそれに戻っている。
今は地上、クリスが作った入り口のほうで佇んでいた。
「道事態を作るなんて……まぁそのほうが楽ね、私も聖騎士になったら聖痕手に入るのかしら?」
ぼやき、地下へと続く階段を見下ろすルシエン。
すると森のほうから気配を感じ取る。
「おっと、気づいたっすか? ルシエンさんだったすかね?」
視線を向ければそこには、髪を三つ編みにした聖騎士。
ミイナが居た。
「誰だったかしら……」
警戒し、ルシエンは眉根を寄せる。
「自分はミイナっす、よろしくっす」
そう眼を細めて笑うミイナ、握手でもするつもりだろうか、手を差し出した。
「悪いけど、慣れ合うつもりはないの」
軽く手を振って、それを断るルシエン。
「ありゃ、フラれたっすね……いいっすけど。自分も吸血鬼と慣れ合う気は無いっすから」
その言葉に、警戒、ルシエンは跳ねるように距離をとる。
爪を伸ばし、身構える。
誰かが漏らした? ありえない。
母自ら漏らすような事はないし、あの大きな土耳長は気づいても居なかった。
黒耳長達は、元々半吸血鬼だ、崇拝に近い感情をルシエンに向けている。
「別にやり合おうって気はないっすよ? 団長の使い魔なんすよね? なら問題ないっす、普段なら即効殺してるっすけど」
ヘラヘラと笑い、両の手をあげ、ミイナは降参のポーズをとる。
使い魔。
主従の契約という魔法がある。
何かを代償に、主人に従う、命を捧げるという物だ。
強制力は凄まじく、けれども互いに同意しなければ成り立たない。
そんな魔法である。
代償は契約内容にもよるが、従者に課せられる内容は確実に絶対服従である。
そのため本来、殆ど使われることはない魔法。
気位の高い幻獣などには殆ど使えない。
やってもせいぜい、犬や鳥が多いのだ。
クリスは無理やりそれをルシエンに行使した。
そのため表面上はルシエンはクリスの使い魔なのである。
やる気はない。
その言葉をどうとっていいものか、逡巡するも、仕方なしに爪を収めたルシエン。
けれども警戒は解かずに、ミイナを見据える。
「貴方、何者……?」
「何者……? おかしな事聞くっすね? 自分はただの聖騎士っすよ」
細い眼をさらに、細めるミイナ、けれどその眼には僅かに光が灯っている。
「千里眼……?」
思い当たるのは千里眼の聖痕。
使い手が少ないという話ではあったが、その一人が目の前にいるというのは聖痕の効果を考えると警戒心を煽られる。
「おっと、気付いたっすか? 博識なんすかね。それとも勘がいいんすかね」
「眼を細めているのは隠すためかしら……」
「中々、どうして、どうやら感覚の鋭い人……あ、吸血鬼だったすね」
納得したとばかりに、ミイナは一人頷く。
「それで何か用かしら?」
ミイナの気にした風もしない、態度に少しばかり苛立ち、ルシエンは冷たく言い放つ。
「そろそろかと思ったっす。そういうルシエンさんこそ、どうして此処へ?」
ミイナは、抽象的な言い回しをする。
ルシエンにはよくわからなかった。
「単なる付き添いよ、危なかっしくてね」
何が、そろそろなのだろうかと気にはするものの、なんとなくミイナが癪にさわり、ルシエンはわざわざ聞きたくもなかった。
「ああ、アリシアっすか……? それは同期がご迷惑をお掛けしまして」
すぐさま名前が出てくるあたり、心当たりがあったのだろうか、それともその千里眼で見ていたのか。
「貴方が謝る事ではないけれど……」
その時だった。
ドクン。
何か、鼓動のような音が聞こえた気がした。
「気づいたっすか?」
ミイナがニヤリと笑う。
「それは、どういう……」
ドクン。
再び、今度は先程よりも大きな感覚。
「蟲毒って知ってるすか?」
突拍子もない事を言い出す、ミイナ。
「知らないわ……」
「そうっすねー?」
唸るように言葉を選ぶミイナ。
静かに語り始めた。
「何処かの魔法……それも呪いに近い奴なんすけどね、小さな入れ物に毒虫をいっぱい入れて、最後の一匹になるまで放置するんすよ、そんで最後に残った一匹を使う。魔法に使ったり、生贄にしたり、使い魔にしたり……まぁ色々っすけど」
何のために行き成り説明をはじめたのか、ルシエンにはわからなかった。
「それが何なのかしら?」
「地下になんであんなに不死族が居たと思うっすか?」
その言葉に、思い出す。
ありえない数の不死族。
下位、中位ではあるが、その数は尋常ではなかった。
「貴方……やっぱり見ていたのね」
そういうと、ミイナは不敵に笑う。
「不死族の発生原因は死者の思いと言われてるっす……あの地下は、人同士を殺しあわせた蟲毒の箱だったんすよ」
蟲毒の説明をした、理由はわかった、これが言いたかったのだろう。
しかし、人同士、それが本当なら、あそこで生き残った最後の人は何のために、と考えを巡らせる。
そして話している間にも数回の鼓動を感じ取る。
「とまぁ、それも昔の事、今はたいして機能もしてない、おんぼろ施設だったんすけど……」
ドクン。
また鼓動が聞こえる。
「再稼働とは言わないまでも、なんか動いちゃってるんすよね」
ミイナはヘラヘラと笑う。
「結局貴方は何をしにきたの?」
「聖騎士……、いや……神殿騎士としての勤めっすね……、まったく下っ端はいつもこき使われる」
小さくため息をつき、ミイナは階段へと向かい歩き出す。
「この鼓動と何か関係があるの?」
ルシエンは再度問いかけた。
「吸血鬼ならわからないっすか? そっちよりの力っすよこれは」
そう言うと、ミイナは振り返りもせずに階段を降りていく。
その言葉に感覚を研ぎ澄ます、ルシエン。
眼をつむり、静かに、大魔力を感じ取る。
そして、気づく。
何処か懐かしいような感覚。
それは自分が生まれた時のような。
何か、何かが生まれようとしている。
ルシエンにはそんな風に感じ取れた。
けれども、それが指す意味は。
「……面倒くさいわね」
確実に訪れるであろう、面倒事にウンザリする。
今日の事が終わったら、母にはいつもより多めに血を貰おう。
そう心に決めて、ルシエンはミイナの後を追いかけた。




