⑬ ソノチカラ ~守るために~
そこに居たのは見渡す限りの不死族だ。
首なし騎士がいる、屍魔法使がいる、土骨兵士がいる。
動く人骨がいる、生屍がいる、彷徨う魂がいる。
そして、吸血鬼の女王もいる。
初めの処刑人こそ、高位に属する不死族であったが、今居る殆どが下位や、中位である。
しかし、それでも、その数は異常だった。
不死族は、死体から生まれる魔物である。
となれば、ここで幾人が死んだのか……、検討が付かないほどだろう。
「アリシア殿、悲観にくれている場合では無さそうですぞ……」
レイトがアリシアを静かに、窘めた。
アリシアはルシエンが不死族に混ざっている事に狼狽していたのである。
けれども、レイトのその言葉にアリシアも狼狽えるのは辞め、打開策を考えた。
しかし、そんな都合のいい考えはアリシアには思いつかない。
「逃げましょう……、この数に勝ち目はありません……」
なれば、逃げるという考えになるのは当然のことだっただろう。
けれども、レイトがそれを否定する。
「何処にも逃げる所などありませぬよ……、ですから動かぬように……」
「何か策でもあるんですか?」
アリシアは僅かに期待を込めてレイトを見やる。
「なに、私は頭がよくないので……強行突破という所です……殲滅します」
確かに処刑人を倒す事ができたレイトならば、中位や下位の不死族など相手にもならないだろう、しかし、一対一ならばと注釈はつくが。
しかも、ここにはアリシアという足手まといがいる。
レイト一人ならば或いは、逃げられる可能性もあるかもしれないとアリシアは思う。
「無茶です……私の事をおいて逃げてください」
アリシアとて、自分のせいでのこの結果である。
ルシエンの事を思うと、レイトまで死なせるわけには行かなかった。
「そんな事できるわけないでしょう……、貴方はご自分の……」
そこまで言いかけて止める。
「私が何なのですか?」
アリシアが不思議そうに問い詰める。
レイトはアリシアを気にしすぎなところがある。
何なのだろうとアリシアは思う。
けれども、いつも誤魔化してしまう。
「いえ、なんでもありませぬ、結界を貼ります、動かぬように」
「え?」
アリシアの返答などは聞きもしない。
「守れ、闇火竜の剣」
そう言うとレイトは闇火竜の剣を地面へと突き刺した。
瞬間、展開される炎の守り。
炎を揺らめかせながらアリシアを囲むように包み込んだ。
そして、見た目とは裏腹に内部は暖かいくらいで炎の影響などないように感じられる。
そうとうな高位の結界なのだろう。
「その中に居れば安全です、私が不死族を倒すまでお待ちください」
「武器もなしに、どうやって倒すんですか!?」
悲痛な声をあげるアリシア。
けれどもレイトは笑う。
「お任せください、我が名は、レイト・エルトス。火竜騎士団長ファーフニル・エルトスの娘であります、不死族ごときに負けはしません」
レイトは拳を握り、手を合わせた。
深く呼吸をする。
体に小魔力がめぐり、聖痕が輝きだす。
レイトの聖痕は七つ。
基本の再生と守り。
さらに、精神に対する負の効果を無効化する特殊系の守護。
理性を捨てる代わりに身体能力を向上させ動くもの全てを攻撃する身体能力系の狂化。
己の体が鉄の如く丈夫になる身体能力系の頑強。
攻撃した所から敵が壊れていく特殊系の破壊。
怖れを感じなくなり、常に全力を出す事ができるようになるという、特殊系の勇猛、の五つが加わる。
大凡、戦闘に特化した聖痕である。
けれども、この五つがあろうとも、敵の数は膨大だ。
人工的な月明りの下にはそれこそ、数えるのも億劫なほどの不死族がうごめいている。
小魔力の事もある、いくら戦闘向きの聖痕だろうといずれ力尽きるだろう。
けれども、レイトはそこに別の力をそこに上乗せした。
小魔力を心臓に集め、その力を発動させた。
ドクンっと脈打つ。
「がぁっ……ああああああああああ」
悲鳴のような、咆哮をあげる。
すると、赤い……まるで竜の鱗のような物が生えはじめる。
そして、それは体中に生えていく。
次いで瞳は縦に割れ、赤いハズの瞳は黄金へと変わり、犬歯が発達し、頭部に二本の角が生えた。
服を突き破るように翼が生え……、そして最後に爬虫類を彷彿とさせるような尾が生えた。
「レイト……さん?」
眼を丸くして、驚くアリシア。
レイトのその姿は、竜と人の中間のように思える。
竜人……。
千年を生きた竜は人に化けることができるという。
人と竜の合いの子、それが竜人である。
けれども、その姿形は人寄りであり、けれども力は下位竜に匹敵するという。
体中に鱗をはやし、レイトは体を軽く動かし、確認したのだろう、そして不敵に笑みを浮かべた。
「ガァァアアア」
レイトが吼えた。
***
三人は、生成路に向かい歩いていた。
先頭をクリス後ろにジョーイ、ヴァイスという形である。
中心にいるジョーイが松明を掲げ、千里眼を使えるクリスが先頭にいるという布陣だ。
「今揺れたか?」
ふいに、クリスが何かを感じたのか呟いた。
「いえ、気のせいじゃないですか? ヴァイスはどうだ?」
クリスの言葉が気になったのかジョーイもヴァイスに問いかけた。
「いや、私も感じなかった……」
「気のせいか……、まぁいい、じきに生成室につく……」
まもなく、そこには大きな観音開きの扉が現れた。
「この扉ですか?」
「いや、そこは吸収路だ、こっちの脇道にある小さな扉だろう」
と、クリスが指差す所には、大きな観音開きの扉とは対照的に、人一人が通るのがやっと通れるくらいの小さな扉を指さした。
「あの扉に比べると随分小さいような……」
「当然だろう? 生成物が大きなものとは限らない……さて中に入るが一応は警戒しておけ……」
「そうですね、ヴァイス後ろは任せたぜ!」
「心得ている、それより子女に怪我をさせぬようにな……」
「わかってるって、そんなのは男の嗜みだろうが!」
「……」
なんだ、こいつらはとクリスは思う。
確かに、普通の女ならばあれだけジョーイに正面から女扱いされれば照れもしようが……、生憎とクリスは心まで女になったつもりはない。
正直反応を返すのも面倒だと、うんざりしている。
ヴァイスなど、女性ならば後ろになど、千里眼の性能を説明してもなかなか聞かないものがあった。
軟派男と堅物である。
どちらも、女性を大切にしているがための態度だというのはわかるが、クリスにはそれが鬱陶しかった。
クリスは後ろで喋る二人を無視して、扉を見つめる。
この部屋が千里眼で覗けなかった部屋だろう。
意を決して扉を開く。
すると中からは、温かい風が吹き込んでくる。
しかし、奥は視えない。
「いくぞ……」
「了解です」
「ああ……」
それぞれ返事をして、中へと足を進める。
すると何かが切り替わるような違和感。
辺りを見回せば、灼熱の太陽に、ごつごつとした岩肌、砂の地面。
気づけば三人は荒野の中心に立っていた。
遠くをみれば中央には台座のような物がある。
「まさか!」
駆け出すクリス、ヴァイスとジョーイも慌てて後に続く。
荒野だというのに、僅か数歩踏み出すだけで、台座の元へと辿り着く。
「どうなってるんだ?」
「私にもわからん……」
不思議そうに辺りを警戒する二人。
けれども、それを置いていき、クリスは一人台座へと進む。
「無いか……、しかしこれは……、あまりにも酷似している……」
千里眼を発動させるクリス。
眼には十字の光が灯る。
「視えなかった部屋はやはりここか……、そしてここで作られていたものは……」
聖杯ではないのか?
一瞬そう思う。
けれども、聖杯にしては何か禍々しいものをクリスは感じ取った。
しかし、現物があるわけではない、僅かにそういう気配がするだけである。
確信はできない、あくまで可能性の話である。
ならば後ろで警戒をしている二人に話すべきことでもないだろう、とクリスは結論付けた。
「帰るぞ」
クリスは静かに言い放つと、踵を返す。
「へ? いいんすか? 調べなくても」
ジョーイが慌ててクリスを止める。
「大体わかった、王妃様への報告は俺が行う。お前らはもう帰っていいぞ」
「はぁ……わかりましたけど」
納得は行かないが理解した、とでもいわんばかりにジョーイがそう言った時であった。
ドスンと大きな音が当たりに響いた。
そして、ドンドンと聞こえる断続的な衝撃音。
「なんだ? 外からか?」
言うなり、外へ駆け出すクリス。
すぐさま、大きな扉のあるところへ戻っていく。
二人もあわてて、それに続いた。
「この扉の奥だ……」
千里眼で再度中を覗くクリス。
「何かが多い……多すぎてわからない……」
「どうします?」
「直接確かめるぞ……警戒はしておけ」
「了解です、ヴァイスもな!」
「ああ」
内部からは衝撃が響いてくる。
何かを感じ取ったのか、ヴァイスは神妙に頷いた。
***
「戦い方がかぶるわね……?」
ルシエンは静かに、戦場を見つめていた。
どうやって自分の正体がばれないように、場を収めるか不死族に混ざり考えていた時である。
レイトがアリシアを何かに閉じ込めたと思ったら、体中に赤い鱗を生やしたのである。
そして、手先から伸びた、手の延長のようなその爪で不死族を次々と切り裂いていく。
不死族の攻撃、中位不死族である首なし騎士の攻撃など鱗には傷ひとつ付かず、剣事握りつぶしているほどだ。
よほど頑丈なのだろう。
時には咆哮し、竜の息吹のようなものまで吐いている。
正直反則に近いものがある。
どうりで、あれだけ高位の魔法武器をポンポン発動させるわけだ、とルシエンは思う。
あれだけの威力の魔法が込められた魔法武器、威力はでかいだろうが、使う方も慎重をきすものだ、なぜなら自分を巻き込むからだ。
聖騎士だろうと魔法を消せても、魔法によって起こる副次的な効果を無効化することができない。
例えば、魔法によって爆発が起きたのなら、爆発事態の衝撃波を防ぐ事はできるだろう、けれども衝撃波によって起こる風までは防ぐ事はできないのだ。
けれど、あの丈夫さだ、聖痕の恩恵もあろうが、それ以上に鱗が硬い。
幻獣最強と言われる竜種、それは派生の竜人といえど決して侮れぬものではない。
聖痕によって強化されたあの鱗、ルシエンの爪で傷がつくかも怪しいものだ。
ドンっと衝撃、彷徨う魂が、その丸い体を蹴り飛ばされ、首なし騎士へとたたきつけられた。
二匹同時に不死族が塵と消えた。
どうやら、狂化を発動しているようで、動くものから攻撃しているようにも見える。
「理性なき獣か……魔物よりよほどらしいわね」
呟くルシエン、そしてその真横を熱風が駆け抜ける。
チリチリとルシエンの髪が僅かに焦げる。
竜の吐息のようなものだだ。
レイトの口から迸るそれは、全てをなぎ払うが如く、白き炎を吐き出している。
ようなものというのは本来ならば爆発を伴う竜の息吹が、炎だけで収まっているからである。
あえて名付けるなら模造竜の吐息だろうか。
けれども、その模造竜の吐息で骨兵士や土骨兵士、死霊と呼ばれる下位不死族が軒並み薙ぎ払われた。
「ガァアアアアアアア」
咆哮をあげるレイト。
大気がびりびりと震える。
ルシエンですらわずかに、恐怖を覚えた。
「母さんと戦った時より、怖いわね……」
思わずといった具合に呟くルシエン。
それは本能に訴えかけるような恐怖だった。
その場に居たくない、すぐさま逃げ出してしまいたい、そんな感情をルシエンにもたらした。
ルシエンとてレイトと戦えば、恐らくすぐに細切れにされるだろう、とはいえ霧化するのでダメージはないが。
仮に竜の息吹もどきを食らっても再生できる自信がある。
けれども、いくらダメージがなくても、刃物を突き立てられたり、炎で焼かれたりという感覚は何度も味わいたいものではない。
そして、不死族達もただやれているわけでもなさそうだ。
屍魔法使が何かを唱えると砕かれた、骨兵士や土骨兵士の破片が動きだし、小さな竜を象った。
骨竜だ。
さらに、武器を失った首なし騎士がそれに跨がり。
屍魔法使がそれに己が杖を手渡した。
さらに死霊が集まり、首なし騎士へと重なり融合し、首なし騎士の小魔力が増大する。
完成したそれは、立派な竜騎士であった。
屍魔法使は一仕事終えたとばかりに手で額の汗を拭う仕草をしている。
汗など書かぬ体の癖に、気分の問題だろうか。
睨み合う骨竜騎士とレイト。
そして骨竜騎士が先に動いた。
駆け出す、骨竜、騎乗する首なし騎士が杖を構える。
レイトが喉に小魔力を貯める。
そして吐出される、模造竜の吐息。
衝突する、骨竜騎士と模造竜の吐息。
結果。
塵も残さず消滅する骨竜騎士。
ついでに屍魔法使も巻き込まれた。
考えてみれば当然である。
多少質量や小魔力が増えようと、素材は同じである、燃えないはずがない。
一部始終をみていたルシエン。
ポンッと軽い音を立て蝙蝠へと変化した。
「森に帰ろう」
自分一人なら酸粘液体の隙間を抜けていくことなど造作もない。
ここに残る意味もないだろう、あの様子ならレイトは全ての不死族を問題なく駆逐するだろうし、近くにはなぜか母の気配がする。
自分の事は巧くごまかしてくれるだろうと思い、ルシエンは静かにそこを去った。
***
「これは不死族の群れか……」
クリスは静かに考える。
扉を僅かにあけ、中を覗きこんだ。
なぜか天井には月があるので僅かに、中の様子が伺えたのである。
幸い不死族達はこちらに気づいていない、何かと戦っているようだ。
千里眼の聖痕を発動させる。
「ここが吸収路か……ならば不死族が材料だとでもいうのか……」
クリスの呟きにジョーイが反応する。
「一体何を作ってたんですかね? というか不死族多すぎじゃないですか? 首なし騎士くらいならまだ……」
不安げに扉の隙間から覗くジョーイ。
「処刑人とか吸血鬼侯爵とか居ないですよね? あれ時を奪うものより強いっすよ、騎竜のない状態じゃヴァイスでも倒せるかどうか……」
「どうやら、その手の不死族は居ないみたいだが……なんだあの赤いの……? あの後ろに見えるのは……炎の結界……? アリシア!?」
アリシアに気づくや否やクリスは駆け出す。
赤いのは何かわからない、けれどもアリシアが不死族に囲まれているのは見ればわかる。
ならば、助けに行かなければならないだろう。
「ちょっ、どうしたんですか?」
突然走りだしたクリスにジョーイは驚きの声をあげる。
「不死族を殲滅する、援護しろっ」
「武器はあるんですか!?」
「俺の細剣は銀製だ!」
そう叫ぶとクリスは細剣を引き抜いた。
不死族に通常の武器は効かない。
武器でダメージを与えるためには、武器に魔法をまとわせるか、もしくは魔法武器を使うしか無い。
魔法ならば、関係なしにダメージは通らない事もないが。
ありったけの身体強化系の聖痕を発動させるクリス。
全身に光が灯る。
「邪魔だっ」
走りながら近場にいた、死霊を切り捨てる。
そして、それが切っ掛けか気づいた他の不死族達も一部がクリスに向かう。
けれども鎧袖一触。
不死族が何かをする前に、細剣を叩き込む。
首なし騎士の体が縦に割れ、拳によって骨兵士が砕け散る。
「ちょっ、クリス様つええ、援護いるのか?」
ジョーイは魔法を打つのをためらった。
殲滅速度が早い、この状態で下手な魔法を打てば目標がかぶり、クリスにも魔法があたる可能性があるからだ。
「氷柱雨」
けれどもクリスを気にもせず、ヴァイスが広範囲に氷柱を降り注がせる。
氷に触れただけで砕け散る不死族達。
「おまっ、当たるだろう!?」
「聖騎士に魔法は効かない、見てみろ」
氷柱を振り向きもしないで全て避けきるクリス。
「おう……すげえな……つうか効かないの意味ちがくね?!」
確かにクリスはヴァイスの魔法を気にもしないで、不死族を駆逐していく。
効かないというのは少なくとも当たってもダメージにならなという意味ではないのか。
避けきる事を効かないというのはジョーイ何かが違う気がすると思った。
「庶子だの何だのと注釈はつくがあの方は、セシリア様の妹君だぞ?」
ヴァイスがジョーイを諭す。
「そう……だったな……」
唐突なヴァイスの言葉、けれども、ジョーイにとってはそれが説得力のある言葉だったのだろう、素直に納得してしまった。
ジョーイもセシリアと共に変異蛇竜と戦った事は記憶に新しい。
セシリアほど、ふざけた早さや、動きはしていないが、それでも後衛であるジョーイには剣術では勝てないだろう程の動きをしている。
しかも、セシリアのように速度に物を言わせた剣術ではない。
的確に確実に弱点をついていく。
剣は基本に忠実でありながら、けれども時折混ざる荒々しい体術。
実践で、戦場で培った剣であろうと伺える。
拳につけた銀の篭手で不死族の攻撃をいなし、反対にもった細剣で不死族を切り飛ばす。
時には細剣を盾に、銀の篭手で殴りつける。
そして、一匹づつ確実に仕留めていく。
「それに……前王の懐刀と言われた、アーノルド様の……」
アーノルド・リリィ。
リリィ家現当主にして、クリスやセシリアの父。
前王の懐刀と言われ、前王の時代には幾多の敵を屠り、王を守り、王を支えてきた。
ある意味、現在の騎士たちにとっては伝説にも近い存在である。
現在は殆ど隠居に近い状態だが、若き日のその武勇は隣国にも届くほどである。
好色で他国にも子がいるなどという噂もあるが。
「ジョーイ最後の一匹だ。あの赤いの……竜人なのか……?」
気づけば不死族を全て殲滅したのだろう。
残るは赤い、竜人のみ。
既にクリスと何合が打ち合っているのだろう。
キンッキンッと甲高い金属音が響いている。
「俺に聞かれてもなぁ……しかし、本当に竜人なら、援護しようにも聖騎士同様魔法なんぞ殆ど効かないだろう……」
竜の鱗は魔法を通しにくい、派生の竜人も勿論同様だ。
「戦略魔法なら効くだろう……?」
そう言って、呪文を唱えようとするヴァイスをジョーイは止める。
「それって聖騎士にも効きそうで怖いんですけど!?」
「なるほど……尚更試してみる価値はあるか……」
堂々と、とんでもないことを言い出すヴァイス。
「この馬鹿野郎! 価値ねーよ! 首が跳ぶよ! 俺たちの価値がなくなっちゃうよ!?」
ジョーイは焦り、急ぎ詠唱するヴァイスを止める。
意図的に公爵家の人間に傷などつけたものならば、ジョーイやヴァイスの爵位ではお咎め無し、というわけには行かないからだ。
最悪の場合文字通り首が跳ぶ、機嫌が悪いだけでも昇進に響いたりするのだ。
ジョーイはそのためクリスに大層気を使っていたのだが……。
ヴァイスは気にしていないらしい、クソ真面目なこの男。
礼儀に反していれば上位貴族でも文句を言う。
そのため、本来ならば男爵程度ではなく、もっと上位の爵位を与えられていても良いというのに、見送り続けられている、残念な男である。
そんな事を考えている、ジョーイ、けれどもジョーイ自身も似たようなものである。
ジョーイは平民出の騎士で、准男爵である。
そして、二つ名がつくほどの武功をあげているのだ、上位爵位を承っても可笑しくはない。
けれどもジョーイも女癖が悪くて、准男爵のまま爵位が上がらないのだ、残念な二人組である。
「冗談だ」
唐突にヴァイスが微笑んだ。
「娘よりも若い子供に、娘を預けると思うと、苛立ちもしたが、腕は悪くないようだ」
どうやらこの男、娘可愛さに喧嘩を売っていたようである。
とんだ親ばかだった。
ため息一つ、ジョーイが戦場に眼を向ければ、竜人がクリスと激しく打ち合っていた。
「十八で騎士団長ってのは伊達じゃないんだなぁ……」
その速度はジョーイに踏み込める領域のものではなく、ジョーイは静かに、感心した。
***
目前の敵をただ屠る事だけを考えていた。
腕で、尻尾でなぎ払い。
爪でそのまま切り払う。
手に触れる、その感触は、生々しくて、けれども何処か、気持よくて。
時には吐息で消し炭にした。
快感が体を突き抜ける。
けれども半ば不死族を殲滅した時だった。
不死族の動きがおかしくなった。
不死族の数は減っているのはわかる、自分が殺したのだ。
けれども明らかにそれ以上に自分に向かう数が減っている。
それの正体はすぐにわかった。
銀光が煌めく度、不死族が消えていく。
文字通り、暴力的にしか消せない自分とは真逆の不死族を消滅させるその力。
おそらくは銀の武器を持つものが来たのだろう。
恐ろしい速度だ。
竜化し、狂化した自分と同等の速度で敵を屠っている。
僅かの安堵に、そして疑問を抱く。
仮に助けに来るとしても早過ぎる。
一体誰が来たのだろうと、時折遠方より魔法による援護も混じっているが実質不死族を駆逐しているのは一人だろう。
銀の武器だけでこんな事ができるのは、上位の聖騎士……、か大司教か、神殿騎士団に所属する神官戦士か……。
けれどもすぐにその姿を捉える事になる。
肩にかからないように切りそろえられた、銀の髪、手に馴染むと言ってよく使う銀の細剣、翼竜騎士団の黒い制服、そしてその姿はエフレディア王国初代女王の……。
「かぁああぎぅす」
団長か、と呟いたハズなのに、己の口からでた人語ではない音に苦笑する。
そして、見つめる。
なるほど、強いな……、これならば団長に推薦されるのもわかる。
聖痕に振り回されてる自分とは大違いだと、自嘲したくもなる。
けれどそんな意思とは関係なし、気づけば自分の腕は不死族を屠っていた。
またか、と嘆息したくもなる。
狂化と竜化によって、一時的に戦闘能力をあげるこの方法。
守護の聖痕の力で辛うじて意識はあるものの、体は本人の意思とは無関係に動き、敵を屠る。
そして、戦うに連れて、意識を狂化に持って行かれ、段々と戦闘を求めるようになる。
人の時ならば、切り替えもそれほど、きつくはない。
けれど、竜化すると、狂化は中々に度し難い。
今もそうだ、目の前の強敵と戦いたくてうずうずしている自分が居る。
自分と同じ速度か……それ以上で敵を屠る、クリス。
気づけばレイトは、模造竜の吐息を、クリスに放っていた。
***
最後の一匹と思われる、不死族を切り伏せた時だった。
途中から動きの止まっていた竜人。
それがクリスに向けて、模造竜の吐息もどきを放ったのだ。
目前に迫る炎に守りの聖痕を発動させるクリス。
受動的な発動ではなく、能動的な発動を。
クリスの中から薄っすらの淡い光を放つ白い膜が現れる。
腕を眼前で交差させ、姿勢を低く。
弱点である、頭部を守り、攻撃を受ける範囲を狭め、最小限の小魔力で受け流す。
炎が途切れた、と思った瞬間。
クリスめがけて竜人が飛び込んできた。
翼を器用に使い、低空飛行での体当たり。
吹き飛ばされるクリス。
同時に千里眼の聖痕で竜人を確認する。
「レイト……?」
幸い顔は然程変わっていない。
服もところどころ、破れたり、鱗がつきだしたりしているが、よくみれば赤い騎士服である事がわかる。
なぜレイトがと思う反面、レイトならばと思う事もある。
レイトの父が団長である火竜騎士団は王国で最も古い騎士団だ。
それこそ、建国に携わったとも言われている。
竜は長い年月を生きると、人化できる者が現れるという。
変身魔法が存在するくらいだ、竜が人になったとしても可笑しくはない。
そして、竜と人が結ばれると言う事もあり得ない話ではない。
クリスは思考をまとめ、ふとアリシアを囲む炎を見た。
恐らくは結界だろうか、中心に見えるのはレイトの剣、闇火竜の剣。
アリシアは中から何かを叫んでいるが、結界の効果なのか声は聞こえない。
「アリシアを囲む炎はレイトの剣の力か……」
なれば、先ほどの戦闘はアリシアを守るためと考えていいのか、とクリスは結論付ける。
しかし、なぜこちらに襲いかかってきたのかはわからない。
竜人は、小魔力をためているのか、模造竜の吐息もどきを放つようだ。
「レイト! レイトなら返事をしろ!」
名前を呼ぶ、すると僅かにだが、反応を示す、頬がピクリと動いた。
「確定だな……、ならばなぜ襲うのか……」
千里眼の聖痕で注意深くレイトを確認する。
聖痕が全て発動している事に気づいた。
そして、見つけたのは狂化の聖痕。
眉間に輝く十字の聖痕だ。
奇しくも竜の逆鱗と言われる場所に類似しているような気がするのは気のせいだろうか。
クリスが聞いた話では、守護の聖痕があれば、狂化の聖痕は身体能力の増加だけに留める事ができるはずである。
「首の裏か……」
首の裏には守護の聖痕が、狂化に比べれば弱々しいと呼べる程度の光を放っていた。
思案するクリス、狂化を止める方法は恐らく二つ。
狂化の聖痕への小魔力の供給を止めるか、もしくは、守護の聖痕へ外部から小魔力を直接供給し、無理やり効果を高めるか、である。
「どちらにせよ、あれに直接触れる必要があるなぁ……」
こんな時は男のほうが有利である。
女の状態では殆ど小魔力の供給など殆どできない。
となれば、前者の供給を止める方法しかない。
しかし、それをするにしても、どうやって供給を止めるかだ。
思考していると、再び模造竜の吐息もどきが放たれた、模造竜の吐息すれすれを潜り込むように、避け、肉薄する。
けれども、レイトの爪がクリスを襲う。
細剣で受け止め……られない。
キンッと高い音がして細剣が吹き飛ばされ、次は逆の爪がクリスに襲いかかる。
「くっ」
ギャリンと金属をこする音がする。
銀の篭手でなんとかいなし、距離を取るクリス。
けれども、追撃せんとレイトが再び爪を向け、飛びかかる。
あわや……という瞬間。
「土壁!」
瞬間地面から土壁がせり上がり、レイトの体を吹き飛ばす。
ジョーイの土壁だ、間一髪間に合ったようだ。
「ぐがああああああ」
吼え、翼を使い中で態勢を整えるレイト。
少しはダメージをくらったのだろうか、空中で待機しながら荒い息をついている。
「助かった、礼を言う」
気づけばジョーイがそこに居た。
「俺達もともと護衛なんですけどね?」
ジョーイが軽口を叩く。
「絶対零度」
空気を読まずに響き渡るのはヴァイスの声、展開されるのは氷の戦略魔法。
絶対零度
指定した空間その物を凍らせる魔法だ。
空に浮かぶレイトが、広範囲に空間事四角く氷つく。
「うがあああああ」
けれども、咆哮。
瞬間、氷は溶けるように霧散する。
元から聖騎士でもあり、竜化し魔法の効きづらい鱗のあるレイトに魔法は効かないと言っていいだろう。
「俺の全力が……」
そう言うと、パタリと倒れるヴァイス。
魔力枯渇である。
氷結のヴァイス、四十五歳。
魔力操作は器用なのに人としては不器用な男である。
「お前、加減覚えろよおおおおおおおお」
ジョーイの声が無情にもひびく。
「ジョーイ。俺が奴の動きを止める、そしたら首筋にある十字に小魔力を注げ、わかったな?」
ジョーイは二つ返事で了承する。
「わかりやしたー! けど止めるってどうやって?」
「そうだな……みた所奴の小魔力も尽きかけだろう、翼を切り落とす、そうすれば再生に力を回すはずだから、動きが弱まるはずだ」
「了解です」
了承はしたけれど、どうやってあの飛んでいる奴の翼を落とすのか、とジョーイは思う。
「フッ」
短く息を吐くクリス。
背中に、肩甲骨の当たりに小魔力を回す。
生えてくるのは純白の二翼。
飛翔の聖痕だ。
「いくぞっ」
クリスは細剣を拾い、空へ駆け昇る。
「うっそーん」
ジョーイは空を飛ぶクリスを見て驚き、眼を丸くして、呟いた。
「聖騎士って何でもありか? 俺も成れないかな……」
想像するのは空をかける、自分の姿。
きっと女の子にもてるなと、ジョーイは確信する。
今度神殿に掛けあってみようと、こっそり思う。
けれど、ジョーイが選別の階段で弾かれるのは別のお話である。




