⑫ 大人の仕事 ~子供の冒険~
「ここが表層部か……」
クリスは崖の上に出ている岩壁の中央……石碑を調べる。
クリスは封印塚の表層部。
かつて、レイトや土耳長が訓練場として仕様していた場所に赴いている。
「確かに割れている、それにこの文字は……」
「クリス様何かわかりましたか?」
ジョーイが尋ねた。
興味があるのか、あちらこちら見回している。
「古代語が掘られているということは恐らくは十字教の物だが……、水はあるか?」
「水ですね? ヴァイス……」
ジョーイは魔法を唱え、地面から陶器のようなコップを生成する。
そして、そこにヴァイスが魔法を詠唱し、氷を落とした。
すかさず、ジョーイが火の魔法でそれを溶かす。
「どうぞ、魔法で作ったもので味はありませんが、喉を潤すくらいは……」
「飲まねーよ……黙って見てろ」
ジョーイから水をひったくり石碑の文字の所に水を少しづつかける。
すると、隙間に水が染み渡り、文字がくっきりと見えるようになった。
「芸が細かいですね」
「黙っとけ……」
そしてクリスは古代語を読みあげる。
「時を奪うものをここに封じる。ハーリム・サイシアス……嘘だろ?」
驚愕に眼を見開くクリス。
なんども石碑を確認する。
「どうしたんですか? 鳩が豆鉄砲くらったような顔をして」
「ここに時を奪うものを封印したのは十二使徒だ……」
静かに語るクリス。
その言葉にジョーイは驚きの声をあげた。
「まじですか?!」
十二使徒……それは神話における神の使い、そしてエフレディアに並ぶ者たちである。
確かに神話では、ハーリム・サイシアスの神獣、十二獣が一匹不死鳥に倒された事になっているが、それがこの場所だというのだろうか。
「本物ですか? 仮に本物だとして、なんでエフレディア王国にそんなものが……?」
「わからんが……神話時代の代物だ、たまたま……という場合もある。あくまでエフレディア王国はエフレディアの末裔が建国したものにすぎないし……たまたまというには出来すぎかも知れないが……」
持論を述べながらも、封印塚の全貌を把握しようとつとめるクリス。
石碑をコツコツと叩いてみたり。
水をかけたり。
何かないかと、辺りを探る。
けれども、何も見つからず。
仕方がない、と千里眼を発動させる、クリスの眼に十字の光が宿る。
そして、封印塚の全貌を確認する。
「でかいな……ふむ……循環路に吸収路に放出路。表層のこれは放出路か……機能はしてないが……、研究室かこれは? 何を研究していたのか……」
「よくわかりますねー、クリス様ってその眼なに?! 怖っ!」
「少し黙っとけ……大まかな形はわかるが、中まで見えない……形すら視えない部屋がある……どういう事だ……?」
一つの部屋がクリスの眼にとまる。
部屋があるとわかるというのに、中は視えない。
千里眼の聖痕を防げるだと?
クリスに一瞬の戸惑いが生まれた。
仮に千里眼の聖痕防げる可能性があるとすれば、それは同種の力の可能性が高い。
クリスは、まさか……と思う。
「入口を探すか……」
「あ、それなら崖したに何か地下に続くっぽい階段見えますよ……? さっき、着いた時に確認してたら、見つけました」
「そんな簡単に見つかるのは恐らくは偽物の可能性が高い……十中八九罠だな」
「そういうもんですか?」
「さて、どうだろうな? とはいえ本物の入り口だとしても真正面からでは侵入者用の罠はあるだろう、有名な所で魔法兵とか守護像とかな」
「それならば、俺たちの役目ですね! クリス様はどうぞ待っていたくだされば!」
「阿呆か、態々か罠にかかる必要が何処にある? 封印塚の魔法制御してる部屋。制御室に直接向かう。制御室ってのはデリケートでな滅多に罠はない」
「直接……言いたい事はわかるんですが、どうするんで? 俺の魔法で穴でも彫ります?」
「そんな、必要はない……まぁ見てろ」
そう言うと、クリスは左の人差し指に小魔力を込めた。
***
駆ける、駆ける。
聖騎士の体である、身体能力の向上のおかげで何段登ろうとそう簡単に疲れたりはしない。
酸粘液体スライムに追われ、階段を登り続ける三人。
気づけば直線だった階段は螺旋状に姿を変えた。
「酸粘液体は、足は遅いようで、もう姿が見えませんぞ!」
レイトが威勢よく喋る。
けれども、足を止めずに只管登っていくのは、近くに酸粘液体の気配があるからだろう。
酸粘液体は粘液のような体を持つ、そのため移動は平地ならば問題ないが、登っていくのは不得意なのである。
けれども、この狭い螺旋階段。
大量の酸粘液体は徐々に徐々にと登ってくるであろう。
それこそ、少しの隙間も残さずに。
触れてしまえば一巻の終わりである。
触った所が焼けただれ、見るも無残な事になるだろう。
はやいうちに対処法を考えるか、それとも近づかれない程遠くに行くしか無い。
気づけば、赤い光は消え、なぞの高い音も聞こえなくなっている。
先頭を進んでいたルシエンが何かに気づいたのか声をあげた。
「とりあえず階段の出口ね……。風の流れを感じるわ」
アリシアの眼にも僅かに光が見える。
そして確かに風が流れるのを感じた。
三人は慎重に部屋へと入り込む。
瞬間世界何かが切り替わるような違和感。
足を踏み出したそこは、硬質であったはずの今までとは違い、地面には土があった。
そして、高い天井には月が見え。
地面には無数の十字架が立てられていた。
「ここは一体……」
レイトが呟く、当然だろう。
時刻はまだ昼を過ぎた頃だろうに、空には月が上っているのだ。
「あの月は映像ね……本物じゃないわ……」
ルシエンが静かに、振り返りもせずに呟いた。
「わかるので?」
「本来なら感じる月の魔力を感じないわ」
ルシエンは吸血鬼の女王だ。
吸血鬼の女王ひいては、吸血鬼の特徴に月のでるよるに力を増すという物がある。
そのため、月に関しては敏感なのである。
「なるほど……?」
わかったような、わかってないような返事をするレイト。
けれども、ルシエンにはわざわざ教える気はない。
そして、この部屋に入った瞬間から部屋の中央にずっと眼を向けている。
「何か居ます……」
アリシアもそれに気づいたのか、中央を指さした。
そこには、人型の黒い何かがいた。
黒い長衣を身にまとい、肩には身の丈を超えるような黒い大鎌をかけていてる。
そこから連想できるものなど、ただひとつ。
「死神……?」
レイトが不思議そうに呟いた。
その時だった。
一つの十字架、その目前に佇んでいた、黒い影。
振り返るように、三人を見つめたのだ。
見つめた、と言っても顔が見えるわけではない。
黒い何かがこちらを向いたという事しかわからなかった。
けれども、そこからはっする威圧感は並大抵の者ではない。
時を奪うものよりも強大だと確信できる。
アリシアは辛うじて、耐えた。
そして、死神は大鎌をもたげた。
来る、と確信した。
次の瞬間。
黒い影が迸る。
死神は鎌を振りかぶった。
その凶刃はルシエンを上下に二つに分けた。
「えっ」
思わず放心するアリシア。
目の前にどさりと、二つの肉塊が落ちる。
「あ……」
死神はルシエンを切り裂いた勢いをそのまま、体を回転させ、もう一撃と踏み込んだ。
凶刃がアリシアに迫る。
「アリシア殿おおおおおおお」
レイトが飛び出し、辛うじてそれを、闇火竜の剣で受け止めた。
「こいつ、処刑人か!」
処刑人は処刑場などに現れる魔物である。
殺されたものの怨念が集まり、生者を襲う、高位不死族であり、討伐には通常の騎士団一個中隊が必要である。
けれども、普段は滅多に現れる事はない。
処刑人は死霊や生屍が複数集まった時に融合されるものだからである。
死霊や生屍は下位の不死族だ。
しかし、少なくとも千以上の不死族が居なければ、生まれないはずの魔物である。
処刑人はレイトに阻まれ、一旦距離を取った。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅぁぁぁぅぅぅぅぁぁぁ」
その口からは怨嗟とも取れる声が響き渡る。
「ルシエン殿……申し訳ない……」
レイトが悔やむように言葉を吐き出した。
「アリシア殿……お下がりください!」
レイトが悲鳴のような声で懇願する。
けれども、アリシアは放心したままである。
「あ……え、うそ?」
未だ事態を飲み込めないのか、放心したまま呟いている。
「アリシア殿!」
レイトが叫ぶが、アリシアに反応はない。
「くっ……倒さなねばならぬか……」
レイトが思わず悪態をつく。
ここで倒さなければ、ルシエン同様、アリシアもやられてしまうだろう。
本来ならば、アリシア逃したい所だが、そうもいかない。
早さだけならレイトよりも処刑人のほうが上である。
仮に逃がしても、逃がした所を追われでもしたらレイトには打つ手がない。
処刑人は大鎌をレイトに向かって投擲する。
高速の縦回転。
地面は抉れ、大鎌はまるで車輪のように、レイトへと向かう。
「爆ぜろ! 闇火竜の剣!」
短いキーワード。
レイトが闇火竜の剣の魔法を引き出した。
大鎌と闇火竜の剣がぶつかる瞬間に爆発させる。
衝撃で、吹き飛ぶ大鎌。
その形は歪み、大破し、とてももう武器としては使えないであろう。
レイトは手がしびれたが、それ以上の成果はあった。
「武器がなければ如何に処刑人だろうと何もできまい!」
距離をつめ、武器を無くした処刑人を上段がら闇火竜の剣で斬りつける。
「もらったああ!」
ずりゅっという、剣が肉に食い込む音。
処刑人は縦に別れた。
ドサっと倒れる音、飛び散る腐った肉片。
闇火竜の剣で切ったために、焦げたようなむせる臭いが発生し、思わず一歩さがるレイト。
「ふぅ……、なんとか……炎の魔法武器で良かった」
不死族の弱点は炎と光である。
闇火竜の剣は炎の上位魔法武器だ、効果は抜群である。
普通の剣で切ったのならすぐさま再生していたであろう。
「アリシア殿。ご無事ですか?」
再び声をかける、レイト。
見ればアリシアは惚けて、そこに座っていた。
気づけばルシエンの遺体もない。
「ルシエンさんが消えちゃった……なんで……?」
「落ち着いてください、アリシア殿! 遺体が消えるはずがないでしょう?」
「けど、実際にないし……血の跡すら……」
「処刑人の居るような場所です、この場所自体に何かあってもおかしくはないです!」
「そう……ですね……」
アリシアは放心しているのか、よろよろと拙い足取りだ。
「行きましょう、奥に見える階段が恐らくは次の部屋につながる道です……」
そういうと、アリシアの手を引き、進みだすレイト。
「ここは危険です、戻って団長にご報告せねば……」
「そう……ですね、しかし、なんと言えばいいのでしょう……」
そう呟くと、アリシアは俯いてとうとう泣きだしてしまった。
「私が……封印塚なんて見たいなんて……宝石が欲しいなんて言わなければ……」
「今言っても仕方のない事です、進みましょう。ここもいつ酸粘液体がやってくるか……」
その時なにかが、アリシアへと飛来する。
「ちぇい!」
レイトが闇火竜の剣で叩き落とした。
確認するとそれは、髑髏だった。
「なんで、こんなものが……」
途端、聞こえる数多の音。
金属音に布を擦る音、何かを引きずるような音、馬のいななきすら聞こえてくる。
そして現れる、気配。
一つや二つではない。
己が首を腋に抱えた、首の無い馬に跨る全身鎧の首なし騎士。
全身が半透明な骨で出来ており、手には棍棒を構えた、土骨兵士。
黒衣を身に纏い、大きな杖を持ち、皺だらけの顔を歪ませ笑う、屍魔法使。
赤いドレスを身に纏い、その爪を伸ばし、妖艶に微笑む、吸血鬼の女王。
「どうやら囲まれているようです……くっ、ルシエン殿……まさか既に不死族に……」
「……ぁぁ」
ルシエンの口からは小さなうめき声が漏れる。
「ルシエンさんが!」
アリシアも泣きながらルシエンを見つめる。
「……」
二人に見つめられものすごい罪悪感を感じるルシエン。
勿論、ルシエンは元から吸血鬼の女王ではあるが、別に混ざる必要もない。
不意をつかれて切られたものの、別にダメージになったわけでもなく。
そのまま起き上がったら吸血鬼の女王だというのがバレるだろうから、近くにいえ気配のした不死族達に混ざっただけである。
吸血鬼の女王とて、不死族である、それも高位も高位。
最高位と言ってもいい。
先ほどの処刑人などお話にならないくらいである。
少なくとも、下位不死族千匹を集めて作られた程度の魔物では、約二万人の生贄で作られたルシエンにかすり傷一つ負わせる事はできない。
先ほどは不意をつかれたが、下手をすれば下級不死族などは、ひと睨みすれば、何もしなくてもそれだけでルシエンに従うだろう程には高位である。
「くそっ、仲間を切れというのか!?」
「私のせいで! 私のせいで!」
ルシエンを見つけた途端、二人とも凄い取り乱しようである。
「……どうっすっかな」
二人には聞こえない程度の音量でポツリと呟くルシエン。
くしくもそれは、クリスの台詞にとても似ていた……。
***
「ここが生成路か……」
ポツリと呟くクリス。
辺りは、光弾で照らされているので、器具や仕掛けが見て取れる。
「ここで何かを作る実験をしてたってことですか?」
「恐らく……」
クリス達はすでに一番奥の部屋にたどり着いていた。
消滅の聖痕を使い、表層部から最深部へと続く階段を新しく作ったのだ。
「見取り図があった……」
ヴァイスがそういって、地図のような物を差し出した。
そこには大まかな、全体図が記されていた。
クリスは見取り図を確認し、その図を頭に叩きこむ。
「表層部の石碑は制限機能か……あの入り口はやはり罠か……、循環路と吸収路の一部だな」
「封印塚ってそもそも何なんですか?」
ジョーイが不思議そうに問いかける。
「封印塚ってのは、だいたい過去の研究施設だというのは知っているか?」
「それは勿論」
「基本的には何かを作るために、建設されているんだ。3層から5層程度になっていて、基本は放出路、吸収路、生成路の三つからなる。規模が大きくなるとここに循環路や色々と細かい物が増えていく」
「その路ってなんですか?」
「……道だ、動物の体みたいなものだ。食物を摂取し、分解し、必要なものとそうでない物にわける、いらない物は排出し、必要な物は摂取し、己が体に必要な物へと作り変える、動物でいうなら、食物を摂取口から排便をする肛門まで、一つの路だからな、封印塚の作りはそれに似ているため、路と呼ぶんだ」
「なるほど……博識っすね……」
「動物でいえば、創りだされるものは最終的には己が血だが、封印塚では血は必要ない、ならば何を作っているかが問題だ」
クリスは再び見取り図を睨む。
「それ見ただけでわかるんですか?」
「多少はな……とはいえ、生成路にある、成功作でも失敗作でもいいから物を見ればはやいんだがな」
「生成路って所に向かいますか? 場所はわかるんで?」
「ここは制御室、動物ならば脳にあたる。生成路は心臓だ……つまりは中心にあるはずだ」
「降りるしかないですね……」
「此処から先は、魔物がでるだろうな、下手をすれば時を奪うもの並のもな」
「それは、きついっすね。そういやその時を奪うものは結局何に使われてたんで?」
「恐らくは時間を操っての、大魔力の収束だろう。この施設は魔力を集めて高純度魔法道具を作っていた可能性がある……」
「おお、凄いっすね……これだけの規模でできるんなら国宝級っすか?」
「可能性はあるな……」
しかし、十字教の施設でもある、ここで国宝級の魔法道具となると、クリスには一つしか思いつかなかった。
そんなはずはないだろう……とクリスは思う。
けれども、類似品ならば或いは……、そんな考えが頭を過る。
見てみなければわからないか……と首をふった。
三人は生成路へと足を進める事にした。




