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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
四章 団長補佐 守られしもの
61/121

⑪ 親馬鹿と親嫌い ~欲と仕事と勘違い~

 


「団長様、お客様がお目見えですよ」


 それはクリスが宿舎へと帰ってきてのすぐの事だった。

 入り口でリラが待っていたとばかりに、クリスに声を掛けたのだ。

  

「客? 俺に?」


 不思議に思いすぐさま問いかける。

 クリスに客が来るなどほぼあり得ない。

 得に女の姿の時は。


 仮に来るとしたら翼竜騎士団か公爵家か……。


「なんでも、王妃様の使いだそうで、今はフェイトさんがお相手をしています……フェイトさんのお父上……蛇竜騎士団の団長、ヴァイス様と副団長のジョーイ様です」


「蛇竜騎士団が王妃様の使い……? すぐに行こう」


 まさかの蛇竜騎士団である。


 蛇竜騎士団の仕事は確か……、王都の警備、及び貴族の護衛が主な任務である。

 蛇竜騎士団はその性質上、貴族の使い走りをすることも珍しくはないのだが。

 王妃の使いとなれば、わからなくもないが、団長と副団長をわざわざ使いに出すほどの事がおきたのだろうか、と懸念する。


 クリスはすぐに応接室へと足を向け、リラもそれに続いた。


「内容は……?」


「申し訳ございません、お聞きする前にフェイトさんがお父上に絡みだしまして……」


「絡むっておい……」


 何かあったのか? そう言いかけた。


「この前の時に、見舞いに来なかったのが……どうにも癪に障ったらしく」


 その言葉にどうやら理由があるらしいと理解する。


「見舞い? フェイトは訓練で怪我でもしたのか?」


「いえ、時を奪うもの(カトブレパス)との戦闘の時です、アリシア様からお聞きに成っていらっしゃらないのですか?」


 時を奪うもの(カトブレパス)

 また物騒な魔物の名前が出てきたなと、クリスは顔をしかめる。


「……歩きながらでいい。掻い摘んで話せ」


「はい、まずは……」


 クリスは話を聞きながら応接室に向かい歩いて行く。

 話を聞いて、なぜ報告が無かったのかと、不思議に思うが。


 一応は解決済み、という事らしい。


 アリシアが自分を心配させまいとした可能性もある、とクリスは思う。

 あれはお人好しのきらいがあるからな、と心配にもなる。


 そこで応接室に辿り着いたようで、中から話し声が聞こえた。




***





「だからさ~なんで、見舞いすら来ないの ?親父宿舎まで来てたじゃん?娘が可愛くないの? ねえ? ねえ?」


 応接室に響くのは、甲高い女性の声、フェイトである。


 普段の明るさは何処へ言ったのか、眼を釣り上げしつこく、ねちっこく、問い続けている。


「……あれは職務であってな」


 それに応じるのは、その父ヴァイス。

 小さな机を挟んで対面のソファに腰掛けている。


 久々であるはずの娘との会話。

 しかし、それは朗らかなものではなく、どこか気まずそうにしている。


「だからさ~、職務でもさ、帰り際にほんのちょっと見るくらいしない普通? 死にかけてんだよ? しかもさー、その娘の命の恩人に、何言ったの? アリシアさん泣きそうな顔してたじゃん」


「騎士団としての心得をな……」


「そこで、それ言うの? 自分たちじゃ対処できないってわかったから王妃様に連絡したんじゃん、結果親父来たじゃん? なんなん? いちゃもんつけてんの?」


 いちゃもんをつけてるのは果たしてどちらなのだろうか。

 見た感じはフェイトがいちゃもんをつけているようにしかみえないが。


「フェイトちゃんもその辺でさ、ヴァイスも悪気があったわけじゃなくて……」


 同席している男、ジョーイが助け舟を出そうとするが。


「ジョーイさんは黙ってて」


「あ、はい、すません」


 一括されて押し黙る。


 ジョーイは、女性に弱い。

 得に、それが自分の属する騎士団の団長の娘とあらば、逆らえるハズもなく。


 ただ、静かに怒りが去るのを待つしかなかった。

 そこへ、別の女性の声が割り込んだ。


「何をしているフェイト、此度は俺の客なのだろう?」


 その声にジョーイは天恵かとすら思ってしまう。


「あ、団長さん、お帰りなさい……」


 フェイトは気まずそうに、顔を逸らした。


「父娘の会話を邪魔する気はないが、後でやってくれ、今は職務を優先させてもらおう」


 淡々と言い放つクリス。


「はーい、すいませんでしたー」


 そう言うとフェイトは頭をさげ、応接室から出て行った。


 帰りにヴァイスに向かって舌を出してから。

 一瞬あっけに取られるものの、ジョーイが急に元気になり、立ち上がり、クリスの手をとり口づけをする。


「感謝します、レディ。お名前を伺っても?」


 ジョーイはきざったらしい口調で言い放つ。


 クリスは若干の苛立ちを覚える。

 嫌そうな顔を隠しもしないで言い放つ。


「貴様は、団長の名前も知らずにこの騎士団に来たのか?」


「こいつは失礼、貴方がクリス様でしたか、俺は蛇竜騎士団がふくだん……」


 喋り切る前に手で制す。


「能書きは結構だ、して何のようだ? 蛇竜騎士団の氷結のヴァイスに土壁のジョーイ。王妃様の使いなのだろう?」


「ご存知でしたか、いやはや有名になったものです、どうです今度一緒に食事でも……」


 クリスを食事に誘うジョーイ。

 けれどもクリスにとってそれは鬱陶しく感じるものである。


「そんな暇はない、なんなんだ貴様は? チャラチャラして?」


「美しい人をみたら食事に誘うのが貴族の習わしでしょう」


 ジョーイは当然のように言い放つ。

 爽やかな笑顔だ、けれども今のクリスにはそれが苛立ちの原因にしかならかった。


 確かに、貴族が美しい女声を見たら、そう言う場合もあるだろう、事実社交辞令に近いものもある、けれども、ここは夜会でもなければ茶会でもない。

 騎士団の応接室である、若干ジョーイの行動はお門違いである。


「生憎と忙しいのでな、他を誘ってくれ」


「……青いですな、何があったかは知りませぬが、感情に身を任せているようでは団長など務まりませんぞ?」


 今まで黙っていたヴァイスが声をあげた。


「……っ、俺は忙しいと言ったはずだが」


 クリスも言い返すものの、気にした風もなくヴァイスは続ける。

 見透かされたような言葉に、クリスは声をつまらせた。

 

 事実、実家の事もあり少しばかり苛立っていたのは否定できないのだ。


「忙しければ礼儀を欠いててもよろしいと? ジョーイのそれはもはや病気に近いものがありますが、それでも貴族としては正しい。それに貴族の子女でありながら、その立ち振舞。些か乱暴ではないのですか?」


 ヴァイスは古い貴族である。

 長く続く男爵家であり、現在はその筆頭である。


 つまり……真面目を絵に書いたような、不器用な男である。


「……王妃の使いと申した割には知らぬのか、事情も知らぬ小物がよくも吠える」


「……なんの事情か、我らには関係の無い事。それとも公爵家の方は礼儀も知らぬと存じ上げるか?」


 ヴァイスは、そう言い切った。


「騎士としての礼儀は通している、騎士団に居る限りはそれ以上に何が必要か? 貴族の礼儀などここでは何の役にもたちはしまい」


 クリスはヴァイスを鼻で笑う。


「団長なれば、そうも行きますまいと、ご忠告申し上げたまでに御座います」


 けれども、ヴァイスは気にした風も、言葉を続けた。


「貴様ごときに、言われるまでもない」


 クリスは吐き捨てるように、言い放った。


「おいおい、二人共なんで喧嘩腰なんだよ? 俺たちはお互い職務で会ってるんだぜ? もうちょっと穏便にいこうぜ?」


 慌ててジョーイが仲裁に入るも、雰囲気はあいも変わらず。

 空気は剣呑なままである。


 男爵家とはいえ古き貴族のヴァイス。


 伝統を重んじる生き方をしてきた男だ。

 言い換えれば、真面目馬鹿である。


 公爵家とはいえ庶子であり、商家の出であるクリス。


 商家から、公爵家、そして騎士団と、数奇な人生をたどるも、合理性に基いての行動を基本とする。

 言い換えれば、面倒くさがり屋である。


 ともあれ、この二人、どうやら相性は最悪のようであった。


「要件を言えと言っているのに、まどろっこしい貴様らが悪いんだろうが……」


 クリスは吐き捨てる。


「それは、失礼申し上げました……要件というのは封印塚の事になります」


 ジョーイはやっとの事で本題に入る。

 けれど、その言葉にクリスが顔を顰める。


「どういう事だ?」


「えっと、クリス様が旅に出てる間にこの騎士団時を奪うもの(カトブレパス)に襲われたんだけど、聞いてますかね?」


「……悪いが先ほど、耳にしたばかりだ。そのため、今から封印塚を確認しに行こうと思っていた」


 裏を返せば、ヴァイスとジョーイが居なければすでに、封印塚に向かっているという事だ。


「そうそれそれ、俺達も封印塚の調査に行けって言われたんですよ」


 我が意を得たとばかりに、クリスに同調するジョーイ。

 とはいえ不思議である。


「それは、仮にも団長や副団長が出向く事なのか?」


 クリスの疑問も最もだろう、遺跡の調査など本来は下っ端に任せるべき事である。


「自分で行こうとしてたクリス様が言う事じゃないですよね?」


 ジョーイ軽く笑う。


「悪いが、女ばかりでな、魔法に明るいものなど俺以外は居ないのだよ、得に古代語の封印塚など、その辺の(魔法使い)でも解析は無理だろう代物だ」


 クリスは釈然としない面持ちで説明する。


 ヴァイスやジョーイはクリスが男だという事を聞かされていない。

 魔法が使えない女なのにその辺の(魔法使い)よりも、詳しいという自負がある。


 これは、凄まじいことである。

 そして、まるで自分ならできる、というようなクリスの物言いには思わずジョーイは舌を巻いた。


「本来なら蛇竜騎士団の技術部が調査に向かったんですがね、場所すら見つけられず、むしろ子供に襲われたとか言って逃げ帰って来たもんですから……」


 その言葉に、顔を顰めるクリス。

 子供、恐らくはルシエンであろう。

 普段は森に潜むように言いつけてはいるが、縄張りでも荒らされたのだろうか。


「それで、腕の立つ、団長と副団長が態々でてきたと?」


「いえ、それだけでは無くてですね、封印塚は魔物の力を使うために、宝石を依代として魔物を閉じ込めるでしょう?」


「ああ、そうだな、時を奪うもの(カトブレパス)はその宝石、水晶が壊れたことによって現れたと聞いている」


「ですね。それでその宝石。一つだけだと思いますか?」


「確かに、封印塚の規模と内容にもよるが、場合によっては予備もあってもおかしくはない……」


「そうですね、それに実は、王妃様が文献を漁って王宮から封印塚の説明らしき古文書を発見したらしく、どうにも大規模なものを司る封印塚という所までは解読されたんですよ。大規模ならば依代に予備が無いなんてことないでしょうね」


「となると、古い遺跡だ、内部には高位の魔物が解き放たれていても可笑しくはない……」


「でしょう? そんなのに態々下っ端を行かせられます? もし時を奪うもの(カトブレパス)のような魔物が複数居たら、死体を量産するだけですから」


 ヴァイスとジョーイが選ばれた理由は理解できた。

 けれど、自分までも動向する意味はあるのだろうかとクリスは思う。


「クリス様は翼竜騎士団の元技術部なんですよね? うちにも技術部は居ますが、聖騎士(パラディン)ではないので……だからクリス様と向かってくれって王妃様が……」


 確かに高位の魔物ならば、魔法や魔眼を使ってくる。

 魔物相手において聖騎士(パラディン)ほど都合のいい存在もいないかもしれない。


「まったく……、王妃様は俺に厄介事ばかり持ってくる……」


 騎士団といい、神殿といい、なぜ自分ばかり忙しいのだろうと頭をひねるクリス。


 とはいえ、都合が良いと言われたのを思い出す。

 思わず頭を抱えたい衝動に駆られる。


「そう言わずにね、行こうと思ってたなら丁度いいじゃないですか? 三人で行きましょう?」


「……三人で?」


 一瞬の沈黙。


 そしてクリスとヴァイスの視線が交錯する。


「行きたくないのなら、構いませぬが……」


 ヴァイスが静かに言い放つ。


「構うわ! 主に俺が! つうかヴァイスお前、遺跡とか宝石の解析とかできねーだろ! 俺もできねえし!」


 けれど、ジョーイが大声で否定する。

 それを聞いてクリスはチッと舌打ち一つ。


「足手まといにはなるなよ?」


 言い放った。


「何、子女の出番などありませぬとも」


 ヴァイスも冷たく言い放つ。


「出番あるから! むしろメインだし! 魔物が居なかったら俺たちの出番のほうが怪しいから!」


 応接室にはジョーイの声が虚しく響き渡った。



 



***





「その剣便利ですね~」


 通る声はアリシアのもの、喜悦を滲ませ、感心したようにそれを見つめている。


 その視線の先には、先頭を進むレイト、けれども、その背には何処か、哀愁が漂っている。

 その手には魔法武器(マジックウェポン)を掲げている。


 哀愁が漂うのも当然か魔法武器(マジックウェポン)はその切っ先に炎を灯し、松明代わりになっている。


 古代語を読み解いて開かれた地下へ下る階段、進む先は当然の如く暗闇だ。

 進むには光源が必要で、けれども灯りなど持っているはずもなく。

 そして、レイトが汚名返上とばかりに出した案がこれである。


 片手平剣(ブロードソード)の銘は闇火竜の剣(レーヴァテイン)

 炎の力を宿す、魔法武器(マジックウェポン)である。

 レイトが実家、エルトス家が家宝でもある。


「父上に何と言えばよいか……」


 呟くレイト、思い浮かぶは厳しかった父の顔。


 本来なら父の得物であったはずのその剣。

 レイトが騎士団に来ると決まったときに、父から渡された選別でもある。


 それを、仕方がなかったとはいえ松明の代わりなど。

 普段厳しい父が見せた、レイトが家をでると決まった時の寂しそうな顔、それが脳裏をよぎる。


 そして、餞別として渡した剣がこの扱い。

 おそらくはレイトの父が聞いたら卒倒するであろう事実である。


 レイトがそんな事を考えていると、気づけばそこで階段が途切れている。


 どうやら地下に到着したようだ。


「到着したようです」


 灯りを高く掲げ、辺りを見回すレイト。

 そこは大きな部屋だった。

 階段を降りればすでに広場といっていい広さの部屋。


 そこは既に何かの装置なのだろうか、天井や床にはどこか魔法陣を連想させる幾何学模様が描かれている。


 壁には、棚のような窪みがあり、そこには、何か個体が入った瓶が並べてある。


 中央付近には四つの柱が高くそびえ立ち、柱にも幾何学模様が描かれている。


 辺りを気にしながらも、慎重に進む三人。


「ここが封印塚の中ですか……初めて入りました」


「私も初めてですね……危険がないと良いのですが……」


「研究施設のようなものなんでしょう? 地上の依代に封印されていた時を奪うもの(カトブレパス)は倒してもらいましたし、中は施設や装置だけなんですよね?」


「ええ、通常はそのようなものだと伺っております」


 なら大丈夫とアリシアは思う。


 専門の調査部隊が一度来ているはずだし、もう問題は無いはずだ、予備の依代であるはずの宝石を見つけて帰ろう。


 水晶以外の宝石もあるかもしれない、と僅かな期待を胸にアリシアは暗闇を進む。


 アリシアは服飾品や装飾品を殆どもっていないのだ。

 アリシアは元々貧乏貴族である、昔は多少なりとももっていた、けれども神殿に入る時は着の身着のまま、全て実家においてきた。


 聖騎士(パラディン)になってからも、正式な任務についた事などなく、お金などろくにもってもいない。


 騎士団に来て、女だらけという事もあるだろう、おしゃれの話……装飾品や宝石類の会話になる事も勿論ある。


 平民出の人たちに多くは琥珀など嵌めこまれたブローチを持っている。

 娘を嫁にやる時に送るという伝統で琥珀のブローチなのだそうだ。

 騎士団は夫ではないが、殆ど宿舎にいることになるし、似たような物であるが。


 黒耳長(ダークエルフ)達などは、髪留めにエメラルドやルビーを使った物が多い。

 元王族というのは本当らしい。


 土耳長(アマゾネス)でさえ、耳にラピスラズリのピアスをしている。


 貴族の出など言わずもがな。

 レイトでさえ、指には赤い宝石をはめた指輪をしているのだ。


 そういう物をもっていないのは、子どもたちとアリシアくらいだろう。


 ちなみに、神官戦士(クルセイダー)は過度な装飾を許されていないはずなので、第十三祭祀団などは、そのような者をつけていないはずなのだが。


「ばれなきゃ、いいんすよ?」


 そう言ってミイナなど、三つ編みの髪留めに、宝石の編み込まれた髪留めを使用している。


 他の女性聖騎士(パラディン)も概ね似たようなもので。


 一見してわかりにくい所。


 髪留めや、袖の下だったり、中には下着や武器に装飾を施しているものまでいる。


 アリシアはいつもそれを羨ましく思っていた。

 アリシアとて、騎士団努めということで現状一応は給金を得ている。

 得ているのだが、そのほとんどは食費や外遊費として消える。


 王都エフレディアは誘惑の多い街である。


 たまの休みに、一歩街に出れば、軒を連ねる屋台達。

 貴族御用達の割高の演劇、観劇。

 時たま服くらい見に行くが、結局僧服や騎士服で過ごす日々。


 食費はや遊びで使うのには抵抗はないのだが、服とかになると必要ないと思うとどうしても手が出ない。


 宝石だってそうである。

 一つや二つは欲しいと思うが、値段もあってどうしても手が出ない。

 要するに貧乏性なのである。


 でもそれが、無料(タダ)で出て入るというのであれば話は違う。


 とりに行くのくらいの事はやぶかさではない。


 アリシアがそんな事を考えながら、柱に囲まれた中央付近に来た時であった。


「道が無い? この部屋……」


 レイトが不思議そうに、呟き辺りを見回した。


「この部屋だけなんでしょうか?」


「そんなハズは……これは恐らく大魔力(モノ)の還元装置です、何処かに吸収装置がなければ封印塚にはなりません……」


 何処かに道はないか、と探すが手にもつ闇火竜の剣(レーヴァテイン)の炎の光だけでは探しにくい。


「私が探すわ、貴方は耳を塞いでいなさい」


 見かねたルシエンが、大きく息を吸い込んだ。


「先程のをやるので!?」


 レイトが叫びながら、耳を塞ぐ。

 それを確認したルシエンは、再び超音波を発した。


 反響定位で辺りを確認したルシエンは数秒もしないうちに口を閉じた。

 そして手をあげ、耳をだしていいと合図する。


「それで分かったので?」


 レイトが耳を塞いでた手を外し、催促する。


「上ね……、あの先に視えないだろうけど、階段あるわ」


 そう言うと暗闇をもろともせずに平然と歩いて行くルシエン。


「お待ちを、灯りがなければ危のうございます」


 そう言って闇火竜の剣(レーヴァテイン)を近づけるレイト。


「位置はわかるからいいわ……」


 僅かに眉根をよそて、それをにべもなく断って、進んでいくルシエン。

 暗闇を物ともせず進んでいく。

 吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)であるので、当然といえば当然なのだが。


 アリシアとレイトはそれを知るはずもなく。


「ルシエンさんは凄いですね……?」


「いやまったく……この闇の中を灯り無しで進めるとは……」


 感心した用に話す二人、とはいえ、離れないようにと歩いてはいる。

 しかし、ルシエンはそんな会話を聞いても白々しいとしか思えなかた。

 闇火竜の剣(レーヴァテイン)を近づけられた瞬間冷っとしたものだ。

 アレほどの魔法武器(マジックウェポン)になればルシエンに傷を付ける事も難しくはない。


 しかも、属性が炎である、不死族(アンデット)であるルシエンには相性は最悪だ。


 なぜあんな小娘がそんな物騒な持っているのか、やはり只者ではないと勘ぐらざるを得ない。


 気づけば目の前に壁がある。


「ここね……」


「ここが扉ですか?」


「ええ……、壁に見えるけど、後ろは空洞……階段に成っているわ」


 すると、レイトが待ってましたとばかりに、闇火竜の剣(レーヴァテイン)を両手で構えた。


 切るき満々である。

 ルシエンには古代語が見えていたが。


「今度こそ、汚名を注ぐ機会を自分に!」


 そう叫ぶ、レイトは止まらないと思って任せることにした。


「開くなら別になんでもいいですよ?」


「構わないと思うけど……」


 ルシエンもおざなりに同意した。


 許可が降りた事に喜ぶレイト。


「では、尋常に!」


 今度は闇火竜の剣(レーヴァテイン)を脇に構え、腰を低くし。


「ちぇすとおおおおおおお」


 突きを放った。

 熱風が駆け抜け、一瞬辺りは真昼かと思うほどに照らされる。

 そして、爆発、衝撃が走る。


「なんで突きよ……しかも爆発?」


 斬るんじゃないのか……突きじゃ穴は開いても、壁は壊れないだろうに。


 こいつ、本当はただの馬鹿で私の勘違いか? とルシエンは思う。


 けれど、そこには綺麗に爆砕した壁の破片が散乱しており、向こう側に階段が姿を表している。

 眼を見開くルシエン。


 恐ろしい威力である、これならば突きでも構わないだろう。

 なるほど今のはいつでも殺せるという示威行為か……。


 挑戦ならば、受けて立とう。

 私は誇り高き吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)なのだから。


 そう思い、ルシエンがレイトを見つめた時だった。


 ピーピーと甲高い音が響き渡り。


 声が響く。


「緊急警報、緊急警報、侵入者です、侵入者です、至急職員は非難してください、至急職員は避難してください」


 暗かった部屋は赤い光に灯され、全容を露わにする。

 すると、次々とパリンとガラスの割れるような音がする。


 音源を視れば、そこには壁の窪にあった瓶が次々と割れ中から、赤い何かがもぞもぞと動いて這い出てきてるではないか。


 その形は水のようで、ゆらゆらと、けれどしっかりとした姿を持たない。


酸粘液体(アジットスライム)……」


 アリシアが静かに呟いた。


 酸粘液体(アジットスライム)、研究機関などで護衛として使われる、魔法兵(ゴーレム)の一種である。


 その特徴は、触れるだけで有機物を溶かし、鉄を錆びさせる酸の体(アジットボディ)


 一匹一匹はこぶし大だが、見ているうちにその数を増していく。


 徐々に、アリシア達に迫り来る。


 すでに入り口までの道は塞がれたと言っていいだろう。


 レイトが闇火竜の剣(レーヴァテイン)を構えた、攻撃する気だろう。


 けれど、アリシアがそれを止める。


「炎はダメです!」


 一瞬だけ、びくりとするが、すぐに言う事を聞いて構えを解くレイト。


「上に走りますよ!」


 アリシアは叫ぶ。


 これは不味い。


 酸粘液体(アジットスライム)に物理攻撃は効かない。


 弱点は水と炎である。

  

 水を掛けて酸性を薄めてしまえば、スライムは水に溶けて消え去る。

  

 そして炎だが、仮にレイトの魔法武器(マジックウェポン)で焼き殺すとする、しかし、その後にでるのは酸性の毒ガスだ。


 開けた所ならともかく、こんな所で酸粘液体(アジットスライム)を燃やしてしまえば、その後の大量のガスで中毒になり死んでしまうだろう。


 三人は今、ただ逃げる事しかできなかった。




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