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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
四章 団長補佐 守られしもの
60/121

⑩ 迷子と過保護と通りすがり ~警戒~

 

 鬱蒼と茂る森のなか、アリシアは座り込んでいた。


「ここは、何処でしょうか……」


 当たりを見回せば、そこには木。

 木、木、木。

 森の中であるので当然といえば当然であるのだが。

 右をみても左をみても木しかない、方角すら既にわからない。


 この状態を端的に表すならば。

 迷ったという状態である。


 よくよく考えれば、前に封印塚に来た時は、ハヤブサ丸という一角獣(ユニコーン)に道案内をしてもらっていて。


 森の歩き方などアリシアは知らなかった。

 それに気づいたのは、既に奥深くまで入り込んだ後だった。

 獣道を進めばいいと思っていたが、よくよくみれば、獣道も無数にある事に今更ながらに気づいたのである。


 さらにそこで焦り、無闇矢鱈と歩きまわったのも運の尽き、空腹で腹の音までなり出した。


 出発したのは昼だというのに、既に辺りは薄暗い気がする。


 もとより、薄暗い森の中だ。

 時計は置いてきた、太陽で時間を確認するのは難しい。

 時間の感覚さえ曖昧になる。


 溜息を付いて再び辺りを見回すアリシア。


 食べれそうな、木の実でもないかと探して回る。


 すると遥か高く、アリシアの頭上に木の実が見えた。


「高いですねぇ……」


 木を登ってみようと考えるが。

 アリシアは木登りなどしたことがない。


「……そうだ」


 逡巡、木の実を落とせばいいのだとおもいつき。


 何か投げるものを探す。

 手頃な枝を見つけ、木の実に向かって投げつける。

 枝は回転しながら、木の実に向かって飛んでいく。


 そして見事木の実に、突き刺さった。


 木の実に穴は開いたが落ちては来ない。


「えー」


 アリシアは落胆の声を漏らす。


 やはり登ろうかと思いもするが、アリシアには身体強化系の聖痕(スティグマ)は殆ど無い。


 諦めてかけた、その時。

 コツッ、と何かがアリシアの肩に触れる。


「痛っ」


 不思議に思いそれをみると、こぶし大の別の木の実が落ちていた。


 やったーという思いと、痛いという思いが並行する。


 そして、肩にあたって痛い……という事はその木の実は。


「熟れてない……」


 清々しいほどに青かった。

 熟れていない、木の実は物によっては毒をもつ。

 けれどアリシアは、気にせず、ガリっとひとかじり。

 そのまま、ボリボリと食べ始めた。


「美味しくない……」


 言いながらも食べるのは、それほどまでに空腹なのだろうか。

 ゴクリと全てを飲み込み、一息つく。


「あ、これ毒だったんだ……」


 食べてから気づく、不躾さ。


 アリシアの左胸の下あたりに、僅かに光が宿る。


 小魔力(ポリ)の動きを感じたアリシア、どうやら強制的に聖痕(スティグマ)が発動したようである。


 消化の聖痕(スティグマ)と呼ばれる聖痕(スティグマ)である。

 その性能は、文字通り胃を強化し、消化を助けるものである。

 アリシアの食欲の元……かもしれない聖痕(スティグマ)でもある。

 否、助けるでは、謙遜すぎた。

 あらゆるものを消化し、栄養に変える事ができる聖痕(スティグマ)である。


 つまり、口から入る限りに関してはアリシアに毒や薬は効かない……どころかそれすらも栄養に回せるのである。


 それでも、背も伸びず、胸も小さいままとはどういう事だとアリシアは時に憤る事あるが、その栄養は何に使われているかアリシア自身もわかってはいない。


 一つ果物を食べて空腹は落ち着きはしたが、アリシアが森のなかで迷っている事態は好転せず。


 どうしようかと頭を抱える。


 消化の聖痕(スティグマ)があるので、最悪、土を食べてでもアリシアは何年だろうとこの森の中で生き続ける事はできるだろう。


 けれども、それは本当の最悪だ。


 考えていると、ガサリッと茂みから音が聞こえる。


 もしや、私が居ないことに気づいて誰か迎えを?


 僅か期待と共に、茂みを見据えるアリシア。


「誰か、いるんですか?」


 声をかけるが、反応はなく。

 けれど、ガサリッゴソリッと草木をわける音は近づいてくる。

 流石に、不安になったのか、アリシアは杖を構えた。


 可能性としては、野生の動物の可能性が高い、むしろソレしかないだろう。


 草食なら別にいいのだが、むしろ、調教の聖痕(スティグマ)を使って道案内にしようとすら画策する。

 そして、音が段々と大きくなり、遂に目の前の茂みが踏み潰された。

 人よりも大きな体躯に、灰色の毛皮。

 鋭い爪に、鋭い眼光、片目は矢傷だろうか潰れている。


 けれども、その傷が恐怖を煽る。

 その尖った口からは、よだれを滴らせて。

 仁王立ちでアリシアを見つめていた。


「あ……、これ無理ぃ……」


 全力で逃げようとするアリシア。

 けれども、恐怖のせいか、気づけば腰が抜けて動けない。


 熊がアリシアに襲いかからんと、その大きな腕を振り上げた。

 その時アリシアは熊がスローに見えていた。


 そして、楽しい記憶が次々に蘇る。

 ああ、アルザークのシチューは美味しかったです。

 おばちゃんのご飯もっと食べたかった。

 色々なことが浮かび上がる。


 そして、最後に笑うクリスの顔が僅かに……。


「「危ない!」」


 けれども、その声にかき消された。


 不思議に思ってみあげれば、レイトが熊の腕をその両手で受け止めており、黒耳長(ダークエルフ)だろうか、一人の女性が素手で熊の首を跳ねていた。


 奇しくも同じタイミングで現れた二人に、アリシアは驚いていた。


 とはいえ、驚いてるのは二人もそうなのか、お互いに眼を見開いて見つめている。


 返り血がかかるのも気にせずにだ。


 そして、首をなくした熊の体がドサっと音を立てて横たわった。

 最初に口を開いたのはレイトだった。


「ルシエン殿でしたか……? なぜここに?」


「……私は此の森でよく過ごすのよ、暗い所好きだし、ここに居るのはたまたまアリシア……さんを見つけたから後を追ってきたのよ、そういうレイト……さん、貴方は?」


 何処か、ぱっとしない返答をするルシエン。

 とはいえ、当然である。

 ルシエンは普段は森にいる。


 当然であろう、血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)なのだ、陽光に弱いのだ。


 普段は日の当たりにくい、此の森で過ごしている。

 そのためか、他の騎士団員との関わりは薄く、初日の宴会以降姿をみた者はほとんど居ないという。


 それでも、団員なのか、と何人かクリスを問い詰めた事があるが、少し特別なのだと言葉を濁されて終わりである。


 となれば、レイトも警戒するのも当然である。


「私も似たようなものです、アリシア殿が森に入る所を見かけたので何処に行くのだろう、と気になり後を追いかけてきたのです、しかし、人の気配など感じませんでした……良い腕をお持ちですね……」


 朗らかに笑うレイト。

 とはいえ、レイトも言っている事がストーカー発言である。

 そして、ルシエンは人ではないのだから人の気配などあるはずもない。

 実際、アリシアを追いかけていたときは蝙蝠の姿であったので、人ではないし。


「貴方も、なかなかよ? 私が気づかないなんてね」


 そういうと、ルシエンも微笑んだ。

 ルシエンとしてもレイトは予想外であった。


 吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)である、ルシエンは本気を出したクリスと同等か下手をすれば、ソレ以上の戦闘能力を保持している。


 もちろん、戦闘以外……感知能力など、感覚も鋭敏で、少なくともこんな近くにくるまで気づかないということは、ありえなかった。

 二人は奇妙に微笑み合っている。

 一見、仲良く見える光景だが、精神的には互いに互い何者かと疑っている状態である。


「あのぉ」


 そこで初めてアリシアから、声がかかる。

 振り返る、二人。


 なぜか、怯えるアリシア。


「助けてくれたのは有難うございます。けど……二人とも、血まみれですけど……、良いんですか?」


 なるほど、怯えた理由も理解できる。


 血まみれで笑っている女二人など、恐怖以外の何者でもない。


「……あっちに泉があるわ、そこで洗いましょう」


 そう言うと、ルシエンが先導するように歩き出した。


「行きましょう、アリシア殿、立てますか?」


 レイトがアリシアに手を伸ばす。

 垂れる熊の血液。


「あー、すいません……、でも血塗れはちょっと……」


 手を無視して、代わりに杖うをつき、自力でなんとか立ち上がるアリシア。


「あ、いえ、失礼しました」


 手をさげ、思わず謝ってしまうレイト、若干気まずい空気が流れる。


「何してんの? いくわよ?」


「あ、はいー」


 アリシアが半ばかけ出すように追いかける。


 レイトもすぐに後を追った。







***






「それで、アリシア……さんは、何しに森に来たの?」


 三人とも服を洗うついでにと水浴びをしている。

 ここは、森の中の洞窟のさらに奥にある泉である。

 地熱のおかげか、秋だというのに洞窟の中は暖かく。

 泉すらも温泉というほどえはないが、生暖かい。

 どうやらルシエンのねぐらでもあるようで、いろんな物が散乱している。


 主に、娯楽用品だろうか、本や子供用? の玩具ばかりだが、中には寝具だろうか毛皮もある。


「言いにくいなら、さんは付けなくてもいいですよ?」


 名前の後にさんを付けるのに時間がかかるルシエンを見かねてアリシアはそう言った。


「自分もつけなくても構いませぬよ? 元より此の国の出ではないのでしょう? 言葉が違う所から来たのなら、気にしませんぞ」


 レイトも同調する。


「では、お言葉に甘えて……」


 ルシエンとて別に不自由なわけではないが、なまじクリスの記憶を受け継いでいる分、どうしても、言いにくい部分があるのである。


「レイトはアリシアを追って来たのはわかったけど、それで、アリシアはどうして森にきたの?」


「……暇だったんです」


 ポツリと呟いた。


「……ああ、そう、なるほど、暇ね、暇。まぁ森の散策も悪く無いわよね?」


 暇で命を落としかけたのか、この女、と思い、思わず頬が引き攣るルシエン。


「はい、それで……ちょっと前に、この森で水晶を見かけまして……何処かにないかなーとか思ったり思わなかったり……」


 段々と、尻窄みになっていくアリシア。

 なぜ水晶が出てくるのだろうか、ルシエンには理解できなかった。


 ルシエン生後一ヶ月。

 クリスの記憶で取り繕っているものの、女心はまだわからないのである。


 まだ男心のほうがわかるだろう。

 ここで黙っていたレイトが声をあげた。


「貴方は、ご自分の立場を……なんだと……」


 レイトには珍しく、低い声で、どうにも怒っているようだ。


「へ? 立場って言われても……、私別に特に立場に付いているとかそういう……」


 せいぜい思い当たるのは一つだけ。


「……癒やしの聖痕(スティグマ)は現状私だけでしたね……すいません」


 アリシアがそう謝るとレイトは首を横に振った。


「いえ、私も変な事を言いました、どうか忘れてください」


 懇願するレイト。


「私を心配してくれたんですよね? 有難うございます」


 アリシアも素直に礼を述べた。

 そんな二人をみて、ルシエンは不思議に思う。


 アリシアは兎も角、レイトの怒りは何だ?

 あまりにも不自然だ。


 聖騎士(パラディン)の再生能力はクリスの記憶にある限りでも、癒やしの聖痕(スティグマ)など必要ないほどに高いものであるし、それでも中にはクリスのように低いのもいるので必要なものは必要でもあるが。


 立場と言っていたが、クリスの記憶を調べてみても、騎士団を作るときに最初に神殿から送られた一聖騎士(パラディン)でしかない。


 事実、特別な事などアリシアには何もない、あえていうのなら癒やしの聖痕(スティグマ)を持つという事くらいだろうか?


 いや、待て、そもそもレイトは何だ? 何者だ?


 吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)である自分が気づかないほど肉薄した距離にいた女。


 こんな事ができるのは気配を消すという、聖痕(スティグマ)を持つものだけだろう。


 しかし、クリスの記憶をいくら探っても、レイトがそのような聖痕(スティグマ)を持つという記憶はない。


 深く記憶を探る。


 レイト・エルトス。

 火竜騎士団が団長、ファーフニル・エルトスが娘。

 年は十九、趣味は剣術と乗馬。


 何も可笑しい所は……女なのに趣味が剣術と乗馬っていう所は可笑しいけど。


 今は可笑しくはない……そうじゃない、探るとすれば火竜騎士団か。


 ルシエンはさらに記憶を探っていく。

 そして見つける。


 エフレディア王国第一大規模騎士団。

 建国前から存在し、神殿とも関わりも深い。


 火竜を使い出したのは建国後、そのため建国前は別の名前だったようだ。

 現在は王宮近衛(ロイヤルガード)を多く排出する、エリート騎士団。

 王国最強が翼竜騎士団なら、王国最古は火竜騎士団である。


 実質王国ナンバー2の騎士団である。

 翼竜騎士団と仲が悪い。


 クリスの記憶から探り出せた情報はこの程度である。


 わからないな……、とはいえ別に調べる必要もないのだが。

 

 なぜだか、とても気になった。

 ふと、思考の渦から帰還して、レイトを見つめた時だった。


「では、行きましょうか」


 行き成り、レイトがそう告げる。


「へ? 何処に?」


 虚をつかれ、反射的に返事をするルシエン。


「何処って、今から封印塚に行こうと話をしていたではないですか?」


「ああ、そうね、そうだったわね」


 取り繕う。

 記憶を探る事に集中していたために、おざなりにしか聞いていなかったルシエン。


 どうやら、二人はすっかり和解したようで、楽しげに会話をしてたようだ。


「でも、良いんですか? ただちょっと水晶とかあるかなーって思って見に来ただけなんですよ?」


「構いませぬよ。下手に岩盤なんかを探すよりは、封印塚で依代に使われていた水晶の予備を探すほうが現実味があるでしょう。それに、こそこそと行かれるよりは、一緒に行ったほうが安全ですしね」


 しかし、これである。

 なぜそこまでアリシアの身を気遣うのか。


 クリスの記憶からみても、アリシアは危うい、庇護欲をそそられるような女性、だと言う事はわかる。


 けれども、それは男性からの視点であり、女性からの視点ならば一部の特殊な趣向を持つもの以外は、とろい、とか、鬱陶しいとか思うのではないだろうか?


 ならば、と思考を逆転させる。


 まさか、レイト、こいつ男か?


 思うものの、けれども自分で待ったをかける。

 今水浴びをしてるときは、胸はあったし、下は無かった。


 だが、クリスという例がある以上、完全に否定はできない。

 ルシエンは胡散臭そうに、地熱で乾いた服を着こむレイトを見つめていた。








***






 警戒されているな、とレイトは思う。


 洞窟から出て、封印塚へ向かうという事になり、ならば先導しようとルシエンが前に立つのはいい。


 けれど、洞窟に来た時には、歯牙にも掛けない感じであったのに、今はやたら後ろを気にしている。


 はじめはアリシアをみているのか、と思うものの明らかに視線は自分に向いている。


 けれど理由がわからず困惑する。


 怪しさでいえば、騎士団に顔を出さず普段から森にいるルシエンのほうが怪しいのであるが。


 そこまで考えて、レイトはむしろ怪しいという意味では、お互い様か、と思い、首を振った。


 自分とて、アリシアをつけてきた理由など、公に言えるものでもない。

 とはいえ、その理由がバレる可能性もない。

 仮にバレるとしたら、団長か、王妃か、もしくは十三祭祀団くらいであろう。


 大丈夫だ、自分は上手くやっている。

 少なくともただの聖騎士(パラディン)に、バレる事など毛の先ほどの確率もないハズなのだから。


 だから、おそらく、警戒されているのは別の事なのだろう。

 そう自分に言い聞かせ、ボロをださないようにと、気を配るレイト。

 静かに歩みを進めた。


 一同は、それぞれ思うことがあるのだろうか、ルシエンもアリシアすらも静かに歩く。


 いくら歩いただろうか、ふと、辺りが明るくなる。

 どうやら封印塚のある開けた場所についたようである。

 アリシアが、とことこと封印塚へと歩みよる。


 地上に出ている部分。

 岩壁に埋まるようにそれは存在していた。

 よくよく視れば、それは石碑に見える。


 石碑の中央付近には割れた水晶がはまっている。

 石碑の高さはアリシアの肩程度である。


 中央となると、少し前かがみに成らないとよく視えない。

 僅かにかがみ、水晶を覗き込むアリシア。

 割れているとはいえ、透き通り、光を反射するそれはとても美しくみえる。


「これの予備が、何処かにあるんですかねぇ?」


 割れてない水晶でも想像したのか、アリシアは声に喜悦をにじませどこか恍惚としている。


「ええ、封印塚ですので。近くに入り口があるはずです、宝石は依代としては優秀ですが、使い捨てなので、必ず予備があるはずです」


 レイトが自身満々に説明する。


 女の癖に魔法に詳しいとは、どういう事なのだろうか、やはり先ほどの仮定が正しいのか、とルシエンは考える。


「レイト……は魔法に詳しいのね?」


 ルシエンがレイトに尋ねた。


「いえ、それほどでも……しかし、ルシエン殿も魔法に興味が……」


 とそこで、気づいた、とばかりにポンと手をうつレイト。


「失礼。黒耳長(ダークエルフ)でしたね、黒耳長(ダークエルフ)は女性でも魔法を使えると聞き及んでおります、よければ後で魔法を見せてもらっても?」


 そして、朗らかに笑うレイト。

 ルシエンは自分の頬が引き攣るのを感じた。

 ルシエンは魔物である。


 吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)だ。


 魔眼は使えても魔法は使えない。


 こいつ、私が黒耳長(ダークエルフ)じゃないと気づいている?


 いや、まさか、確かに怪しい自覚はあるが、出会って大した会話もしていないというのに、ありえない。


 何者だろう、と疑念が湧く。


 今はルシエンは小魔力(ポリ)を隠している、最低限に押さえ込んでいるのである。


 この状態で仮にルシエンの正体気づけるものなど、一部の魔力の扱いに長けた者か特殊な力を持つ者くらいであろう、例えるならば千里眼の聖痕(スティグマ)とか。


 やはり男で、何処かの間者か……?


「ごめんなさいね、流石においそれと見せれられるものじゃないのよ?」


 考えながらも、無難に返すルシエン。


 しかし、レイトに対する警戒の濃度を上げていく。


「それは失礼、確かに女性で魔法……というのは体に負担が掛かるといいますしね。浅慮でした」


 レイトとしては一般論を言っているだけではあるのだが。

 そこでアリシアから二人に声がかかった。


「ありましたよ~、入り口~!」


 みれば、崖の側でアリシアが手を振っていた。

 風がふけば、今にも落ちそうなくらいの、距離である。

 それを見ると、血相を変えて駆け出すレイト。


「危ない事はなされないでください!」


 叫びすぐさま、アリシアの腕を掴んで崖から離す。


「大丈夫ですよぉ? 子供じゃないんですから……レイトさんは心配性ですね?」


 半ば呆れたように、言うアリシア。


「心配性とか、そう言う問題では……」


「では、どういう問題なんですか?」


 問いただされるが。


「いえ……」


 まさか真実を言うわけにも行かず、口ごもる。


「まぁ、いいですけどぉ、こうみえても私はレイトさんより一歳年上なんですよ?」


 頬を膨らませ、目尻を釣り上げるアリシア。


 もしも、ここにクリスがいたなら言うだろう、そういう態度が子供なんだ、と。


 アリシアは自分が子供扱いされていると思い、怒っているらしい。

 レイトとしてはそういうつもりではないのだが。


「申し訳ございません、先輩。今後はこう言う事のないように気をつけますので……」


 そういう誤解をしているならばと思い、年上をたてるべきかと、レイトはその言葉を選んだ。

 効果は劇的であった。


「……先輩? 私が?」


 静かに繰り返すアリシア。


「ええ、聖騎士(パラディン)としても騎士団員としても先輩で在らせられるではないですか?」


「そうですね、先輩ですね……、じゃレイトさんは後輩ですね、先輩の言う事は聞くものです」


 そう満面の笑みで告げるアリシア。

 どうやら、それなりに嬉しかったようである。


「勿論です、先輩」


 繰り返すレイト。

 どうやらアリシアは上手く丸めこられたようである。


 そんな光景を、それじゃ私は赤の他人だな……あ、人じゃなかった。


 そんな事を考えながら二人を見つめるルシエン。

 疎外感を感じているのか、何処かさみしげである。


 そしてやはり、レイトはアリシアに気遣いすぎでもあるとも考える。


 先輩? 確かに、そういうものもあるだろう。


 現状騎士団にいる聖騎士(パラディン)は殆どアリシアに対しては敬称をつけている。


 それは確か先達を敬うという態度のはずであるので、可笑しくはない。

 それとも、自分が知らないだけでアリシアに何かあるのだろうか?


 しかし、クリスの記憶には、アリシアに関しては特筆すべきことはないし、言われた事もない。

 考えすぎであろうか、と首をひねる。


「何してるんですかぁ? 置いていきますよ~?」


 そこへ、アリシアが声をかける。

 みればレイトもアリシアも崖から顔だけをだして、こちらを覗いている。


 あら、いい生首、と思わず思う。


 とはいえ、生首で生きてるわけもなく、体はちゃんと付いているらしい。


 不思議に思い、崖に近づくと、どうやら崖の下へ続く階段……でいいのだろうか、無数の杭が壁に刺さっており、二人はその上に乗り、顔だけをのぞかせていたようだ。


 どうやら、崖の下のほうに封印塚へ入る入口があるらしい。


「行きますよ? 落ちないように気をつけてください」


 そう言うと、レイトは先に進む、どうやら安全を確かめながら進んでいるようだ。


 アリシアもおっかな、びっくり進んでいる。

 ルシエンとしては崖を降りることには問題はないが。


 時刻は昼時だ、太陽が真上に見える。

 森の中ならともかく、こんなに日の当たる場所には長時間居たくない。

 能力が落ちる……というのも勿論あるが、気分の問題でもある。

 やはり吸血鬼(ヴァンパイア)は日の光に弱いのだろう、肌がヒリヒリしだしている。


 今は何の問題もないが流石に、長時間あたっていたら、この程度では済まないだろうと思う。


 けれども、前をいくアリシアの歩みは遅い。


 いっそ落としたほうが早いのではないかとさえ思ってしまう。

 溜息をつき一声かける。


「アリシア……」


「なんですか?」


「跳ぶね」


 そう言い放つと、アリシアの返答を待たずに、抱きかかえ。

 一気に崖下へと飛び降りる。


「ひえああぁああ」


 アリシアはなんとも、無様な悲鳴をあげた。


 五十メートルは落ちただろうか、聖騎士(パラディン)とはいえ、普通に落ちれば致命傷になりえる、その高さ。


 けれどもルシエンは、アリシアを抱えたまま音も立てずに、着地する。


「うぇ?」


 衝撃すらなかったのだろうか、アリシアも不思議そうな顔をする。

 アリシアをゆっくりと地面に下ろすルシエン。

 封印塚、塚というくらいならば地下だろう。


 ルシエンは感知をするため、魔眼を使おうかと、小魔力(ポリ)を集める。

 けれども、途中で見せて良いものではない気付き、躊躇し、取りやめた。


 ならば別の方法、魔法で誤魔化せるものでと、息を大きく吸い込んだ。


 そして大きくし、放つ。


 口を大きく開いているが、そこから何がでるわけでもない、僅かに空気が震える音がした。


 それを見て、アリシアは不思議そうに首をかしげた。

 何をやっているかはアリシアにはわからない。


 けれども、何かをやっているのは、確実だ。

 ルシエンが口を開いた途端、アリシアは耳鳴りがしだし、木々は揺れ、近場にいた小動物は逃げ出す始末なのだ。

 口を開くという事は、音に関する何かなのだろう、けれども聞き耳の聖痕(スティグマ)を使えばきっと危ない事になる。


 そう直感的に悟り、アリシアは大人しく、何もしない事にした。

 その判断は適切だった。


 人の耳には聞こえない領域、超音波。

 それを発射し、帰ってきた音で相手の位置や地形を把握する能力。

 反響定位と呼ばれる吸血鬼(ヴァンパイア)の得意とする、力の一つである。


 近くにいる生物は、おそらく超音波が聞こえたのであろう、それで逃げ出したのだ。


 アリシアが聞き耳の聖痕(スティグマ)を使わなかったのは正しい判断であった。

 もしも使えば、その瞬間鼓膜が破れていたかもしれない。


「アリシア殿、ご無事ですか?! ルシエン殿も何かやるなら先に……!」


 レイトも、耳を抑えて、顔を歪めてやってくる。


 その注意は飛び降りたことに対してか、それとも超音波に関してか。


 ともあれ、両方のようである、つまりは超音波が聞こえているようである。


 この女……獣並の聴覚なのか?


 超音波を止め、レイトを見つめるルシエン。

 一層と警戒水準を引き上げた。


「今のは一体? 金物を引っ掻くような音が聞こえてきましたが……」


「ちょっとした魔法です」


 しれっとした顔で誤魔化すルシエン。


 けれど先ほど、おいそれと見せる事はできない、と言ったのが効いたのだろうか、それ以上の追求はなかった。


「では、魔法で何をしたのですか?」


「ああ、位置を……封印塚の位置を探ってました」


「じゃあ、分かったんですかぁ?」


「ええ、まぁ……そこの岩の下……ですね」


 反響定位でルシエンが探したのは、不自然な場所。

 この自然の中にあって、明らかに人工物であろう形がある場所である。

 地面だというのに、そこはまるで切り取られたかのように空間があり。

 自然の中ではあり得ない、というほど平坦であり、尚且つその形が正方形である。

 これで疑うな、という方が難しい。


 もっとも、岩の下にあるので、少なくともその辺の(魔法使い)程度では発見すらも困難であろうが。


「なるほど、岩の下ですか……」


「じゃぁ無理ですねぇ……こんな大きい岩。身体強化系でも上位の聖痕(スティグマ)でなければ、どかせません……」


 岩の大きさは、三人が乗っても、まだ余る、という程度には大きい。

 全長は三メートルほどであろうか。


 とはいえ、ルシエンならばどかすこともできるだろうが、これ以上は流石に憚られる。


 何しろ聖騎士(パラディン)聖痕(スティグマ)が発動すれば聖痕(スティグマ)が光るのだ。


 ルシエンは聖騎士(パラディン)ではない、容姿がたまたま酷似しているがため、バレていないのだが、下手に手をだして、聖痕(スティグマ)が無いことに気づかれれば面倒である。


 普段の駐屯所に居ないのも、そういう理由からである。

 もちろん、時には血をもらいにクリスの部屋と忍びこむが。


「では、ここは私が……」


 コホン、とわざとらしく咳払いをしレイトが進みでる。


 その手には、腰にかけてあった片手平剣(ブロードソード)が両手で握られている。


 そして何事かを唱えると、その剣の刀身は赤く光り、その身に熱を帯びた。


 魔法武器(マジックウェポン)だ、それもおそらく魔法事態が切れ味を強化するという剣士向けの魔法武器(マジックウェポン)


 レイトはその魔法武器(マジックウェポン)を大上段に構え。


「ちぇすとおおおお!」


 気合の咆哮と共に岩に斬りかかる。

 空気がゆらぎ、炎が走る。

 空間を焼きつくさんと、剣が吠えた。


 熱風で眼をあける事も辛くなる。


 そして、キーンと高い音が鳴り響いた。

 そして、カシャンと魔法武器(マジックウェポン)が地面に落ちた。


 その熱のせいか、持ち主の手を離れたというのに辺りには僅かに焦げ臭さが漂う。


 けれども、魔法武器(マジックウェポン)が落ちたという事は。

 失敗である。


「無念……」


 レイトは手をぷるぷると震わせながら呟いた……。


 岩にはわずかに凹みはあるが、他に目立った外傷はない。

 わざわざ、咳払いまでして、格好つけようとしたのにこの末路。


「残念です……」


 アリシアは呟いたが、どちらの意味で呟いたのかは不明である。


「あれ?」


 と、そこでアリシアが何かに気がついたのか、岩の凹みを指でなぞっている。


「なんじ……ゆらのそ……なりて、みをささげし……?」


 古代語である。

 アリシアが読むと同時に、岩は空に溶けるように消えてしまう。


「あー、なるほどー」


 読めるものだけが通れる道ということか。

 しかし、上にあった石碑といい、古代語ということは恐らくはこれは十字教縁の封印塚なのだろうか。


 そして岩が消えたあとには、地下へ続くであろう階段がその姿を現した。

 きっとこの下に予備の水晶が……、と思うと僅かばかりアリシアの頬が緩む。


「まあ、入ってみましょうか?」


 アリシアは楽しげに先を促した。


 


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