⑨ 一夜の過ち ~永遠の愛~
「そこで、あの人は言ったのよ。月夜の君は何よりも美しいって……」
声に喜悦をにじませて、その女性は語る。
美女……といっても、差し支えない程度に美しい女性。
その腰まで伸ばした長く美しい髪の毛が、動物の尻尾のように揺れている。
「何処の誰ともわからなかった。共にしたのは、たった一夜、翌日には夢幻の如く姿を消してしまわれた」
それは歌のように。
小鳥の囀りのように。
「出会いは運命、けれども別れもまた運命だったのよ……」
そして、机の上に昇って、天を仰いだ。
「だけど、貴方は私に宿った……そして貴方が十三の時、再びあの人が私と出会ったの!これを運命と言わず何と言えばいいのでしょう!」
両手を広げて全身で、それを表現する美女。
それは壮大な物語のような……。
そして、観客の反応を待っているのか、そこで動きを止めた。
「わかりました……、つまりヤリ逃げされたんですね……」
静かな声と共に、物語を収束させる観客が一人。
歴戦の傭兵のような出で立ちと言われる、男。
クリスが椅子に腰掛けていた。
庭にだされた、ティーテーブルには、リリアーナが飛び乗った衝撃で、色々なものが飛び散っている。
もちろん、その余波を被り、クリスの服にも僅かに、紅茶が飛び散った。
「失礼しちゃうわね! あれはもっと幻想的な……連絡が来なかったら貴方は妖精さんの子供だと思ってたんだから!」
大声をあげて叫ぶ金髪の美女。
リリアーナ・ラプンツェル三十三歳。
クリスの実母である。
「そもそも妖精は人族と交配できませんよ……」
呆れた声で即答、否定する。
学術的な事を言えば妖精にそもそも個としての意識があるのかすら、不明だと言うのに。
何を言ってるんだ、この女は、と思うが口にはださない。
そう言っても、この女はまた変な回答をするだけである。
「それを成すのが愛でしょう?」
何を言っているの? とばかりに否定される。
この女と会話してると自分が可笑しいのかとさえ思えてくるから不思議である。
「……ともかく、父との経緯はわかりましたが……よくある話すぎて反吐が出ます。と言うか俺が言うのもなんですが、そんな子供産むなよ?」
産んでくれた母には感謝はするが……ありえなさすぎて、思わず最後には素に戻る。
「たった一夜! 一夜とはいえ、そこには愛があったのよ!」
間髪いれずに、叫ぶリリアーナ。
「愛ですか……」
「そうよ! 愛よ! じゃなければ貴方は生まれなかった!」
クリスが母から聞かされた父との出会いは、よくある……話だった。
ラプンツェル家はリリィ侯爵家御用達の豪商である。
リリィ公爵家の領地を起点に、王都や他領地にも手を伸ばしている。
金で買える爵位、男爵すら持っている。
この場合は母の父。
クリスの祖父にあたる、ベイカー・ラプンツェルの事であるが。
そして、商人とは交友関係が広いものである。
そして娘共々招かれたのは、とある夜の小さな舞踏会。
小さなというのが、重要だ。
小さな……つまり、大規模なものでなく、男爵や、准男爵以下が開催する小規模な舞踏会である。
その為、高位貴族が来る事は多くなく、殆どが男爵や准男爵、もしくは准男爵扱いの騎士である。
要するに、夜の社交場である。
小さな舞踏会に来る者の理由は様々だ。
基本は楽しむために開催される。
踊りを楽しむ、出会いを楽しむ、料理を楽しむ、会話を楽しむ。
そして大きな舞踏会とは違い、あまり政治は絡んでこない舞踏会でもある。
そんな所だ、一夜の相手を求めるものも少なくはない。
そして、高位貴族が身分を隠して入り込むのも珍しくもない。
男爵以下の貴族などそれこそ有象無象に居るのだから。
クリスの父である、アーノルドもその一人であった。
三女が生まれてから、妻との夜の相手もご無沙汰であったのだ。
一夜の相手として、リリアーナに眼を付けてもなんら可笑しくはない。
「一夜の愛っていうより、一夜の間違いですね……」
笑えない現実に、しかし、決して珍しい事ではない現実。
クリスは静かに皮肉った。
だから、巷にはご落胤やら庶子やら、多いのかと納得もできる。
しかし、それが無ければ自分は生まれていないのだから、物悲しいものだとも思う。
「なんてことを言うのかしらこの子は! リリアーナは貴方をそんな酷い息子に育てた覚えはありませんよ!」
机から飛び降り叫ぶ母に、嘆息するクリス。
まともに育てられた記憶がない、と言ったら泣くだろうか?と考える。
事実、幼少期の育児は侍従に任せっきりであった。
そして十もすぎる頃には、逆に母の世話をしていた記憶がある。
「ねぇ、ベアトーリーチェ、クリストファーが反抗期なの? どうしたらいいかしら?」
小鬼のヌイグルミに話しかけるリリアーナ。
「うん、きっと久々の再会で恥ずかしがっているだけさ! 話題を変えて様子をみるんだ、リリアーナ!」
「そうね、わかったわ!ありがとうベアトリーチェ!」
下手くそな、腹話術で一人盛り上がっている。
何か言えばすぐに泣き、幻想に入り浸る。
そんな母なのである。
物心ついた頃には、何度矯正しようと、皮肉ったものか、数えきれないほどである。
「そういえば、貴方、騎士団長になったんですって? 凄いじゃないアーノルド様と同じね!」
変えた話題がそれなのだろうか、あまり返答はしたくない。
「ああ、まぁ……」
言葉を濁すクリス、当然だろう普通の騎士団ではないし。
どう伝えればいいというのだ。
侍従がいれた、紅茶を一口飲んで、何か他の話題はないかと、模索するが。
「嬉しくないの? 女の子ばっかりなんでしょう?」
「ぶはっ」
その言葉に思わず吹き出した。
どうやら、内容は伝わっているようである。
クリスとしてはどこから、伝わったのか気になるが。
「セイシェル……」
静かに執事を呼ぶクリス。
どこからか、執事服を着込んだ壮年の男性が現れた。
「アーノルド様から、お手紙が」
事務的に事実を伝えるセイシェル、優秀な執事である。
「……ろくなことしねえ」
本当に、父親なのだろうかとたまに疑いたくもなる。
しかし、手紙が来た、ということは変身魔法の事も知っているのだろう。
「良いじゃない、ハーレムで! いい男なら女性を何人もはべらせるものなのよ!」
「何言ってんだろ……この女……」
クリスは頭が痛くなる。
けれど、そんな発想だから、やり逃げされて、その子供まで産むのか、とも思えなくもない。
きっと、こんな頭だから、父も気をとがめないでやり逃げしたのだろう、と理解する。
「知ってるわよ! 変身魔法で姿を変えているんでしょう? つまりそれは最近流行りの男の娘って事でしょう!?」
鼻息を荒く、変な方向で解釈している。
それなら、どれだけ楽なことか……とクリスは思わなくもないが、逆にもっと面倒かもしれないと思い直す。
つうか、流行りってなんだよ、何処の流行りだよ?
そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、クリスは変身魔法について説明する。
「そうなの! じゃぁ今度はドレスを送るから、サイズ教えてね! というか今測るから変身魔法使いなさい! っていうか見せて! ねぇ可愛いの? 可愛いの? 私の息子? 娘? なんだから可愛いわよね?」
矢継ぎ早に、質問を連発するリリアーナ。
「要らないし、教えないし、見せない」
クリスはにべもなく切り捨てる。
「えー、良いじゃない、ちょっとくらい見せてよ? ねーねー。ちょっとだけー」
それでも、しつこく食い下がるリリアーナ。
「セイシェル……お祖父様に商品の受取書を渡して置いてくれないか?」
騒がしい母を無視して、淡々と要件を済ませるクリス。
「畏まりました」
優雅に礼をして、商品の受取書を持ち、祖父の元へと向かうセイシェル。
クリスがここに来た要件は騎士団で使う品物の発注等が半分である。
ラプンツェル商会は、豪商といって差し支えない。
少なくともリリィ公爵家の領地では、首位独走である。
そのため、当主である祖父に、騎士団で使うものを大量発注し、安く揃える事ができるのだ。
理由のもう半分は父の事を少し聞いてみたくなったからである。
公爵家に行けと言われそうな事であるが、まともに会話をしたこともなく、何年も会話をしてない相手にどうすればいいのか、とクリス自身も分からなかったからである。
クリス自身、父には、さほど興味はない。
王妃様との会話でたまたま庶子として認められた理由を知っただけで、多少ショックは受けたものの、正直、貴族ならば、どこにもあるような、ありふれた話である。
人に聞くは軽いが、いざ自分でとなると、流石に驚いた。
おかげで色々と考えた。
その末に一つの、クリスなりの結論に至る。
云わば、父であるアーノルド・リリィは貴族らしい貴族なのだろうと。
良い意味でも悪い意味でも。
事実、アーノルドのした事は間違ってなど居ない、自分も同じ環境、同じ立場だなら同じことをしただろうとクリスは思う。
ただ自分も、その父の血を引いていると考えると、なんとも複雑な気分になるだけである。
「くだらない、なぁ……」
こんな事を考えるのに時間を割く余裕など今はない。
なのに気にしている自分がいる。
クリス自身、案外と繊細である自分に驚いた。
その事実に、さらにため息を付いた。
「何がくだらないの?」
リリアーナが、唇を尖らせて不満そうに問いかける。
「いえ、こっちの話です、母上……では俺はそろそろお暇します」
「えー、もう帰っちゃうのー? 母孝行しなさいよー、この不良息子めー、髪なんか脱色しちゃってさー、なにそれ流行りなの? 何処のはやりなの? いつやったの? 眼も赤いし、ウサギちゃん? ウサギちゃんスタイルなの?」
「聖騎士になった時ですよ……? そっちは手紙に書いてなかったんですか?」
「ぱらでぃん? お皿の一種? それともウサギちゃん? それともパスタ?」
「……人の一種です」
「ふーん、そうなの?」
しかし、クリスとて母と会話するのは嫌いではないのだが、疲れてしまう。
これでも、ラプンツェル商会の跡継ぎのために婿として、夫を取ったし。
クリスの下に、その夫の子供である二人の妹がいるのだ。
いい加減落ちついて欲しいとクリスは思う。
「まぁ、気が向いたら顔をだします。何かあれば俺宛に騎士団へ、古い名前ではなく公爵家のほうの名前で手紙をお願いします、何もないとは思いますが……」
「はい、はーい。じゃぁね、またねー!また明日ねー!」
「明日は来ないです……」
「えー、つまんないー、つまんないー」
わめき始める、リリアーナ。
なぜか泣き始めた。
「フリッドーいるかー?」
手に負えないと、クリスは人を呼ぶ。
「はいはい、何でしょ坊っちゃん?」
笑いが似合う、というような爽やかな青年が母屋から走ってきた。
「坊っちゃんはやめろよ……」
不満気に忠告するクリス。
「染み付いたものはどうしようも……それで何か御用でしょうか?」
この男フリッドは、ラプンツェル商会の若旦那である。
つまりクリスの義父だ。
クリスが公爵家に呼ばれるまでは番頭として商会で働いていたのだが、クリスが公爵家に呼ばれてしまうとリリアーナが情緒不安定になってしまった、それをあれこれ気遣いしてるうちに祖父に気に入られ正式に……と言った具合である。
クリスからしたら、年齢的に父よりも兄に近い。
若い頃は何かとよく面倒を見てもらった相手でもある。
「母上を頼む、俺は帰る」
母を押し付ける。
「お忙しそうで……、可愛い妹には会って行かれない?」
「悪いが、これから騎士団に戻る」
「おや、職務ですかな? 良いですねハーレム、男の浪漫」
フリッド含み笑いをする。
「お前、公爵家からの手紙読んだろ?」
「何のことやら、存じ上げませんが?」
知りませんよ? とばかりに下手な口笛まで吹き始める始末である。
「下手に漏らせば、首飛ぶからな、気をつけとけよ?」
軽く指で首を掻く仕草をする。
クリスとしては軽く脅しを掛けたつもりなのだが。
「坊っちゃん……そういうのは先に教えてくれませんかね……」
フリッドは途端大人しくなる。
冷や汗をだらだらと流し始める。
態度の豹変には眼を見張るほどだ。
「やっぱり読んだんじゃねーか、つうか誰かにもらしたのか?」
だとしたら、その相手の口を封じる必要があるな、とクリスは思う。
「ついつい読みましたが、それは、妻の昔の男からの手紙ですとも、気にならないはずがないでしょう。でも漏らしてはおりませぬよ、義理であろうと愛しの娘の秘密ではないですか、おっと失礼息子でしたな」
言葉の端々に皮肉が交じるフリッド、先ほどのおとなしさは何処へ行ったのかすでに飄々としている。
「……まぁいい」
色々とクリスも思うことはあるが、漏らしていないなら構うまい。
これで中々優秀な男である、家のためにも母のためにも失うのは惜しい。
「そこで駄々をこねてるのを任せた」
クリスがリリアーナを、示すとフリッドは心得たとばかりに、頷いた。
「お任せを……ほらほらリリアーナ、スターシャとシャルロットが遊びたいと言ってましたよ」
すると、今まで泣いていたのが嘘のように、ピタリと涙を止めて、顔を明るくするリリアーナ。
「おっといけない、私の可愛い可愛い子猫ちゃん達が私を待っているわ! じゃぁね、ウサギちゃん!」
そう言うと走り去っていく、リリアーナ。
あっけに取られるクリス、けれどもすぐさま理解した。
「なるほど、いい具合に娘に嵌り込んでいるな」
スターシャとシャルロット、二歳と三歳になる、クリスの妹である。
「やはり幼子は可愛いようで……」
「今年でいくつだっけか?」
「二歳と、三歳になりますね、気になるならクリストファーも会っていけば良いではないですか?きっと立派な姉妹異愛になれますよ」
何を言ってるのだろうか、この男は。
結局こいつも只の親ばかなのだろうか。
「……いや遠慮しておこう、まぁ次は子供用の土産でも買ってくるさ、じゃぁな」
呆れまじりにそう言うと「土産か……」と呟いてクリスはラプンツェル家を後にした。
***
土埃が舞い、大地が揺れる。
ザッザッザっザッと人の走る音がする。
百人余りの集団が見える。
それを指揮するのは笛の音か。等間隔のリズムでピッピッピッピとなり響く。
ここは駐屯所の訓練場である。
戦闘を走るのは長い銀髪を一つの三つ編みにして流した少女。
「ほらほらー。走るっすよー走るっすよー、限界まで酷使して初めて見えるものもあるっすー」
ミイナである、聖痕の使い方を教えようと、新人達やまだ聖痕を使い切れてないものへの指導をアリシアから引き継いだのである。
その訓練方はアリシアの時と遜色無いものだが、しかし、重圧が段違いである。
何しろ笑いながら、
「まだまだ走れるっすよねー?」
と聞いてくるのだ。
アリシアなら、何気に文句を言いながらも、チラチラと後ろを確認してくれるもするのだが、ミイナはそれをしない。
そして時たま後ろを見たと思えば、的確に全力をだしていない者を見抜くのだ。
「サボってると、飯抜きっすよー」
そして、そう必ず言う。
聖騎士にとって飯抜きは致命傷だ、訓練後など特に。
食いだめなどできるほど新人たちは聖痕を使いこなせないし。
飯を抜かれたら文字通り、死活問題である。
故に、訓練される側としては恐怖でしかない。
皆は精神的に張り詰めていく、が。
逆に結果としては聖痕の使い方を覚えるものはアリシアの訓練よりも早く、効果的であった。
***
「暇です……」
ポツリと呟くのは、小さな聖騎士、アリシアである。
半ば自室となりつつある救護室で、お茶を飲んでいる。
というのも、聖痕の啓発訓練をミイナに引き継いでしまったのでアリシア事態にやることはないのである。
勿論、訓練には参加するが、それでも第十三祭祀団が来てから格段にやることが減った。
そもそも、アリシアは聖騎士の中でも武闘派でもなんでもないし。
別に教えるのも上手くない。
仮にも実践任務に何年もついている、十三祭祀団が来たのだ、アリシアの出る幕はない。
そして今は聖痕の啓発訓練以外は、基礎訓練しかしていない。
なのでこれからの事も考え、引き継ぎは妥当であったのだが。
暇である。
そもそも、ここは山の中腹という立地のため、辺りには川と森しかなく。
訓練以外やることが殆ど無いのである。
他にあるとしても温泉くらいだろうか。
仮に遊ぼうと思ったら、歩きでは二時間かかる山道を行き、とは言え一角獣で十分も走ればつくが、使えるかどうかは別にして、それでも街に降りればいくらか暇は潰れるのだが。
現状、街に降りる事も今は禁止されているのだ。
騎士団員が予定の二百人を少し超えた人数なので、そろそろ結成式を行うという。
そして、結成式前に問題を起こされても困ると、クリスが禁止したのである。
街に行きたいと抗議しようと思ったアリシアだが、どうやら他の面子は然程気にしていないようで、土耳長など、引きこもっているのが慣れているのか、例え休日でももとより街にでる者は一人もいない。
黒耳長達は少し行きたいような素振りを見せたものの、自分たちの境遇では仕方ないと、諦めているし。
貴族出の一部は、何か言いたそうでは合ったが、そもそもそれくらいの覚悟はある、という者が殆どで。
最近入ってきた、新人たちなど、基礎訓練だけでもへとへとで街に行ける余裕のあるものもいない。
子供たちを出汁に使おうとした事もあるが、
「三食お腹いっぱいご飯が食べれるのに何が不満があるの?」
である、アリシアは何も言えなくなった。
アリシアよりよほど大人である。
ミイナ達がいる手前、神殿を言い訳にも使えない。
生活用品などで理由をつけて、街に行こうとも思ったが。
必需品などは全て宿舎に揃っているし、文句をつける所がなかった。
取り揃えにそつがない。
なぜか、化粧品から風呂場の桶まで揃っている、中には娯楽として、カードやボードゲームに流行りの本まであるのだが……若干揃えすぎだとは思うが、アリシアはどこの高級宿だろうと時たま思う。
閑話休題。
ただ、アリシアとしてはそう言う遊びではなく、食べ歩きとか、演劇とか、普段と違う事をしたいのである。
要するに色々と飽きたのだ、昔ならいざしらず、クリスと旅をして、いくらか知ってしまった贅沢に、初めは怖かったとはいえ、新鮮だった、土耳長の集落への道のり。
つまるところ刺激が欲しいのである。
「はぁ……」
小さくため息をつくアリシア。
クリスが帰ってきてからは王妃様への報告もクリスが行っているし、実にやることがない。
何かないかと、他の人の暇の潰し方を参考にしてみたものの、土耳長は酒びたりだし、黒耳長は魔法やらを研究している、子どもたちはカードやボードゲームに夢中である。
それぞれの暇つぶしに付き合った事もあるが、アリシアは酒は葡萄酒しかのめないし、魔法などわかるわけもなく、そしてカードもボードゲームも弱かった、つまりどれも面白くない。
ちなみに新人などは、暇な時は寝ている、というほどに疲れているようで、やはり素体が猿人であるぶん、他の土耳長や黒耳長には身体的に劣ってしまうのだろう、その二種族が聖騎士になった時よりも明らかに疲労が濃い。
平民や貴族の二女、三女が多いから、かもしれないが。
ともあれ、暇である。
時折訓練ででる怪我人を治す程度しか仕事もない。
厩にいって、動物たちと戯れようかな、と思ったほどである。
クリスなど、暇あれば厩で竜種と遊んでいるし。
団長室には、アリシアには興味の無いものが一杯である、時折それを弄っているのすら見かける。
温泉でも入ろうかな、と思案する。
すると時を奪うものが脳裏に蘇る。
苦い思いが胸をかける、けれども、それとは別に、封印塚どうなったかな? と思い出す。
専門の調査部隊とはなんだったのだろう、報告は来ていない。
そういえば、封印塚に使われていたあの石は、綺麗だったなと思い浮かべる。
砕けてはいたが、あれは水晶だろう。
近くに水晶を含む岩盤があるのかもしれない。
温泉地帯だ、決して珍しい事はない。
気になりだしたら止まらない。
アリシアとて、女性である。
普段は色気より食い気であるが、綺麗なものは嫌いではない。
少なくとも、もう危険はないはずだ。
暇つぶしに見に……、いや安全を確認しにいくらい良いだろう。
そう自分を納得させ、救護室の扉にある、滞在可否のボードを裏返し。
そっと、一人、アリシアは封印塚に向かうことにした。




