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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
四章 団長補佐 守られしもの
57/121

⑦ 見極め ~運命~

 


 壮麗で厳かな雰囲気を称えるそこは、薄っすらと光が差し込んでいる。

 壁一面にはエフレディアの姿を象った、ステンドグラスが設置されている。

 そして、中央奥には祭壇があり、そこには初老の男性が一人、佇んでいた。

 頭は禿げ上がり、齢を感じさせるその姿。

 けれども、その頭とは真逆、佇まいは荘厳で、年齢を感じさせないものだった。

 そして、高位の神官にしか許されない、金で縁取った僧服を着込んでいる。


 大司教(アークビショップ)である。

 ステンドグラスに向かってしゃべっている。


「では引き続き……護衛を」


 見ている文には独り言にしか見えない。

 けれども、大司教(アークビショップ)はまるで会話をしているように話し続ける。


「……それは大変な事でしたな、けれど貴方なら問題は無かったでしょう?」


 否、ステンドグラスの僅かな影に何かいる。

 何か、と称するしかないような。

 気づこうとしなければ、気づけない、そんな希薄な気配のものが。


「ええ、団長が帰ってきた、というのならしばらくは安心でしょう。あれの千里眼は私以上です、王妃もなかなかに良い人材を選んでくれたものです」


 笑ってはいるが、けれども大司教(アークビショップ)のその眼には深い憂いが見てとてる。


「そろそろ、貴方も戻りなさい。未熟者とはいえ、もう一人の千里眼が居るのです。これ以上いれば気付かれかねないでしょう」


 希薄だった気配がさらに薄まり、そして消えた。

 おそらくは帰ったのであろう。


「……まるでお伽話のようですなぁ、まさか私の時世で起こるとは」


 一人呟く大司教(アークビショップ)


「剣に……盾、さて後は何が必要でしたかの……」


 そして、そのつぶやきに答える者が現れる。


「楔じゃないっすか?」


 声のするほうを振り向けば、三つ編みの女性聖騎士(パラディン)

 ミイナが悠然とそこに立っていた。


「なるほど、楔。それは大事な物ですな」


 さも、当然のように切り返す大司教(アークビショップ)

 ミイナがいる事自体に驚きはないようだ。


「大事っすよね、繋ぎ止めるためには」


 何を、とは言わない。


 お互いにそれを理解しているから。

 交差する視線。


「まぁ……良いでしょう」


 先に視線を外したのは大司教(アークビショップ)であった。

 けれども、顔は微笑を浮かべている。


「ところで、何か用事でもありましたかな?」


「第十三祭祀団七名、及び、王都付近の神官戦士(クルセイダー)三名揃いましたっす、これより、例の騎士団に合流する予定っす」


 どうやら、報告に来たらしい。


「尽力を……」


 短く言い放す。


「仰せのままにっす」


 横柄に騎士の礼をとる、ミイナ。


「その礼……いや、良いでしょう」


 僅かに気にするものの、すぐに諦めたように首をふる大司教(アークビショップ)


「では、自分らは出立するっす」


 そう言うと、ミイナはとっとと出口に向かって歩いていく。

 けれども、途中で振り返る。


「そういえば、何かあったら、連絡にはさっきの人使ってもいいっすよ?」 


 そして、微笑み、去っていく。

 驚き、絶句する大司教(アークビショップ)


 だが、すぐさま冷静になろうと、心を落ち着かせるために深く呼吸をした。


「驚いた……成長を見誤ったか……、まったく……年は取りたくないものだ」


 そして、深い、深い溜息をついた。


 やがて、大司教(アークビショップ)は、ステンドグラスに向かって祈り始める。


「エフレディアよ。どうか、我らを御見護りください」









 ***







「なるほど、五百人もいれば、壮観だな?」


「そうっすね、これから少なくとも百人以上は成れないと困るっすが」


 クリスとミイナは宿舎の二階の階段踊り場から、窓越しに列を成す人々を見下ろした。


 応募総数約二千。

 フランシスが書類でふるい落とした数が千五百。

 残りの五百名が選別のために、こうして駐屯所に集められたのだ。

 下では、アリシアを筆頭に他の団員が人員整理をしている。


「女って一口で言っても色々いるもんだなぁ……」


 クリスは眼を光らせつぶやいた。

 ぱっと見渡しただけでも若ければ十二から、上も五十近いものがいる。


 はしゃいでいる者、緊張している者、表情一つ動かさないもの。

 小柄な女性、大柄な女性、男のように筋肉隆々な女性。


 凛々しいもの、気弱なもの、軽いもの。

 小さいもの、普通なもの、大きいもの。


 様々である。


「それはそうっすよ、似たり寄ったりはあるかもしれないっすけど。まったく同じなんて人は居ないっすよ。つうか何処みてんすか?」


 クリスの視線の先に気づき、注意するミイナ。

 こちらも眼を光らせている。


「別に何処も……」


 見ていない、とは言えず、眼をそらすクリス。


「嘘っすね、千里眼の悪用っすよ? よくそれで聖騎士(パラディン)に成れたっすね」


 ミイナは呆れた、というふうにため息をつく。


「生娘なら成れるんじゃないのか?」


「……成りやすい、というだけで絶対ではないっす。あと億面もなく生娘とか言い切らないで欲しいっす」


 ミイナは冷たく言い放つ。


「そういうもんか、しかし、お前といい、アリシアといい、気にしすぎだ」


 けれども、どこか納得が言ったように、クリスは、ああ、と頷いた。


「お前もきむ……」


「わー、わー、言うなって言ったそばからっすか!」


 ばたばたと手をふり、クリスの言葉を遮ろうとするミイナ。


 別に誰が聞いているわけでもないのだが。

 少しばかり、頬を染めている。


「そういう、団長さんはどうなんすか!? 男とかいないんですか!」


 ミイナは反射的に言い返して、後悔した。


「いるわけないだろう、生娘だ」


 淡々と答えるクリス。

 帰ってきた言葉。

 それは、なかば分かりきっていた言葉だが。

 けれども、それで頭が冷える。


「……デリカシー無いって言われないっすか?」


「……たまにな、つうか俺の場合それ以外ありえねーだろ」


 クリスは吐き出すように、言い捨てる。


「ああ、そうっすね。そうっしたね……なんかすいませんっす」


 ミイナは数少ない、クリスが男だと知っている者である。

 第十三祭祀団の班長として、大司教(アークビショップ)より教えられているのである。


「謝んなよ……、なんだか俺が可哀相になるじゃないか」


 何とも言えない、というようにクリスは顔を顰める。


「可哀想っすよ?」


 何を馬鹿なとばかりに、言い放つミイナ。


「……」


「……」


 一瞬の沈黙が二人を襲う。

 流石にミイナも気まずくなったのか。

 空気を変えるために、話題を変える。


「そういえば……騎士団員、手篭めにしてたりしてないっすよね?」


 しかし、酷い話題である。


「するかっ!」


 思わずクリスが叫び返したのは当然の事だろう。


「なら、いいっす」


 そういって、列を見つめるミイナ。


「とりあえず、半分づつでいいっすかね」


 何事もなかったのかのように、話を進めた。


「ああ、とはいえ、一応全員試験を受けてからだ」


「建前ってのは面倒っすねぇ」


「そう言うな、必要な事だ」


「どんな、試験っすか?」


 ほれっ、と書類の束を渡すクリス。


 一番上の用紙に今日の日付が見て取れる。

 どうやら試験の概要やら、なんやらが載っているらしい。

 パラパラと書類をめくり、確認するミイナ。


「え……これって試験っすか? ……体力試験とかじゃ無いんすか?」


「身体能力は聖騎士(パラディン)になればあがる。となれば問題は精神面だろう」


「言ってる事は間違ってないっすけど……、普通の騎士団って試験にこんな事やるんすか?」


「普通はやらないな……せいぜい国の騎士団でも身辺調査と戦闘試験くらいだ、やるとしても騎士になってから少しづつだろうな」


「えっ、ひどいっす……」


 思わず非難するが、それがどうしたとばかりに、ふん、と鼻を鳴らすクリス。


 そして語りだした。


「騎士とは往々にして覚悟が必要な時がある……、軽い気持ちで、軽い覚悟で受けに来ている連中を篩にかけるのにはちょうどいいさ、命をかける仕事だと理解してもらえれば、それでいい」


「普通の騎士団は覚悟があるんすか?」


「あるとも、普通の騎士団ならば、一般応募は戦闘試験の時点で命がけだ。試験で怪我をするような軟弱な奴はまず入れないし、試験での怪我は責任は負わないと、試験を受ける前に念書を書いてある。一応治療士が控えているが、それでも、時には死者もでる」


 なるほど、確かにそれならば覚悟がいるだろう、とは思うが、ミイナは何処かクリスの言葉が引っかかる。


 そして、見つけた。


「一般じゃない応募ってあるんすか?」


「もちろんだ、お前もそうだろう?」


 確かに、そういえばそうだったとミイナは思い直す。


「特殊な例、お前らみたいな神殿からの出向とか、まぁこれは初めてらしいが。あとは上位貴族の子供とかな」


「私らは、そりゃ覚悟して聖騎士(パラディン)になったすけど、上位貴族の子供に覚悟なんてあるっすか?」


 不躾に問いかけるミイナ。

 貴族に覚悟なんてあるのか?そう嘲るように。


「騎士団に入れば上位貴族だろうと、王族だろうと扱いは准男爵でしかない。そこに一切の甘えは存在しない、そこで経験を積んでこそ貴族、という伝統があるからな……」


 とはいえ、試験に受かっても、数年で騎士をやめてしまう、という者も少なくはない。

 荒事の世界である、いかに訓練をつもうと些細な失敗でも命をおとしかねない。

 故に貴族の男児は子供の頃から、騎士になるべく、厳しい訓練に身を置くのだが。


「伝統で命をかけるんすか?」


 ミイナには、それがよくわからなかった。

 伝統と命、天秤にかけたときに傾くのは命だろう。

 伝統のために命をかけるのは、何のためなのか。


「伝統に習わなければ、家名に傷がつく、貴族は家名を背負って生きている。平民の考えているソレよりも、家名と言うものは重たいものだ……時には命よりも。そのために覚悟はできていて当然だ」


 しれっと言い放つクリス。

 ミイナは平民出身だ、家名と言われてもピンとこない。


「古臭い発想っすね……」


「俺もそう思う」


 くだらない、そう思ってミイナが吐き捨てた言葉に、なぜだか、クリスも同意した。


「まるで自分は違う考え方をもっている、と言わんばかりっすね?」


 訝しげにクリスを見つめるミイナ。


「どうだかな……、ただ篩に掛けてやるだけ優しいとは思うぜ? 篩に掛けなければ、いざ実践で死ぬのはそいつらだからな」


 何処か、ここではない所を遠い目で見つめるクリス。

 過去に何かあったのだろうか、けれどもそれはミイナにわからない。


「そっすか……」


 多分、間違ってはいないのだろう。

 篩は優しさなのだろう、死なせないための。


 一応は納得したのか、静かに頷くミイナ。

 そして、この話題には触れないで置こうと思った。


「そら、試験が始まるぞ」


 クリスが、外を指し示した。

 それに釣られミイナは視線を外に向けた。




 


 

***

 





 試験場は異様な雰囲気に包まれていた。

 既に騎士団員が会場での整理を行っているものの、全員が銀の髪に赤い瞳。

 エフレディアで一般的なのは金髪だが、それでも他に黒や茶などもいる。

 瞳の色も様々で、グレーや中にも赤などもいるにはいるが、これほど全員がということはありえない。

 受験者には一種の怯えのようなものが蔓延しはじめていた。


「そろそろ試験が始まります、二十人、二十五列で並んでください」


 アリシア、パタパタと走り回り列を整理する。


 けれども、体の小さなアリシアでは、人の波に押され、思うように事が進まない。


 人混みに弾かれて、たたらを踏む。


「大丈夫かアリシア?」


 すると大柄な女性、ユカラがそれを受け止める。


「有難うございます」


「何、気にするな、此の人混みだ。致しがたあるまい、アリシアは教護室で待機してたほうがいいのではないか?」


「いえ、多分今日は怪我人はでませんから……」


「まぁそうか……、っとそこ、きちんと並べ!」


 声を張り上げ、ふざけている連中を注意するユカラ。


「さて何人が受かるかな……?」


「わかりませんね……一応ここにいる人たちは書類上は問題なし、と判定された人たちです、後は聖騎士(パラディン)への素質さえあれば、騎士団には合格ですが……」


「それだけなら、別にクリスが視れば一発でわかるんだろう? わざわざこんな事せずともよかろうに」


「さぁ……? 私には理由はわかりません」


 その時、ピーピーと高い音が響き渡った。


「どうやら準備ができたようですね……」


 音をたどれば、テートが受験者の前で指笛を吹いている。


 呼び笛のようだ。

 すると、まもなく空に三つの影が……。

 影は徐々に大きくなり、受験者の前と着地する。


 駆け巡る、風圧。

 そして粉塵。


 一瞬視界を塞がれるが、すぐさま視界は元にもどる。


 眼をあければ、そこには三体の翼竜(ワイバーン)が首をもたげて、佇んでいた。


 騒然とするその場。


 当然だ。

 翼竜(ワイバーン)は竜種の中でも大型の部類に入る。


 さらに、気性が荒く、時には人も襲う。

 そして、その戦闘能力は竜種の最高峰と言われ、翼を広げれば全長は十メートルに及ぶ。


 それが唐突に、目の前に三体もだ。


 驚かないほうがどうかしている。


 それでも受験者達が、混乱に陥らなかったのは、騎士団員である聖騎士(パラディン)達が平然としているからだろう。


 そして幾人かは理解する。

 これが試験に関係するのだと。


 理解できなかったものは、口をあけ間抜け面をさらしたり。


 翼竜(ワイバーン)を見るだけで恐怖の余り、倒れるものさえ出る始末である。


 そしてさらに、三体の翼竜(ワイバーン)は追撃とばかりに咆哮をあげる。


「「「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」


 申し合わせたように、咆哮を重ねる三体。


 響き渡る重低音の三重奏。

 思わず耳を塞ぎたく成るほどの大音量。

 咆哮はビリビリと大気を震わせ、まるで世界中に響くかのように轟いた。


 そして、受験者は、次々と倒れていく……。






***




「演出過剰じゃないか……?」


「そっすね、半分くらい気絶したっすね……」


 窓から見える光景は死屍累々といえる、試験会場である。


「咆哮をあげろとまでは指示してないんだがな……、窓もいくらか割れた……」


 みれば、全壊とまではいかないが、窓のあちらこちらには罅が入り。


 場所によっては砕け散っているものもある。


「これで気絶しなかった人だけ合格っすか?」


「……そういう事にしておこう」


 僅かに言いよどみ、顔を顰めるクリス。

 恐らく予定していたのとは違うということなのだろう。

 実際、先ほどミイナが眼を通した計画書にもこんな事は書いてなかった。

 クリスは唸りながら思案してるのか、小声で呟いている。


「それで、結局覚悟が見れたっすか?」


「さてな……一般人なら命の危険を感じる事はできたと思うが……」


「まぁ、そのくらいなら……感じ取れるとは思うっすけど」


 人の身と比べるには、おこがましい程の存在感。

 圧倒的な、その戦闘能力。


 そして、凶暴性。


 単なる人の身で、それと相対したときにできることなど何もない。

 気分のままに蹂躙されるだろう。


 それが翼竜(ワイバーン)という幻獣だ。


 事実、野生の翼竜(ワイバーン)に滅ぼされる村というものたまにあるのだ。


 そんな生き物の咆哮を受けて、立っているのだ。

 覚悟、という点では十分かもしれない。


「でも立ってる人でも資格が無ければ、成れないっすよ?」


 当然の懸念である。

 しかし、クリスは否定する。


「こういう時にはな、そういう事は無いんだよ」


「どういう意味っすか?」


 思わず聞き返す。


 クリスが何を言っているのか、ミイナにはわからなかった。


「そのままさ……そうだな運命、とでも言っておくか? 浪漫だな?」


 苦笑するクリス。


 ミイナがわけがわからない、とばかりに反論する。


「立ってる人が全員聖騎士(パラディン)に成れるっていうんすか? それこそ、奇跡じゃないっすかね?」


 そんな確率は、ありえない……事はないが、それこそ万が一である。

 一般的に聖騎士(パラディン)になれるものは、成人男性で三分に満たず、女性でも通常で一割にみたない。


 生娘で三割と言うが、それでももちろん中には成れないものもいる。


 むしろ、七割はなれないのである。


 それが、今回残っているので二百弱、それが全員なれるというのは、可笑しい話だ。


 けれども、実際クリスが連れてきたも達が、皆聖騎士(パラディン)になれているという事実がミイナには引っかかる。


 確かに千里眼の聖痕(スティグマ)を使えば、成れる成れないは感覚的にわかるものだが、ここまで成れるものが多いというか、それに巡りあう事ができるというのも、おかしな話である。


 それこそ、まさに運命ではないか、とさえ思えてくる。

 けれども、馬鹿な、とその考えは投げ捨てる。


 神の加護だなんだと、大層な枕詞は付いているが、所詮魔法によって体が改造されるだけである、とミイナは思っている。


 運命だとか奇跡だとか、そんな幻想的(ファンタスティック)なものではない。

 聖杯によって体を改造され、聖痕(スティグマ)という魔法装置を体に彫り込まれ、戦うために作り直されるのだ。

 ミイナにとって聖騎士(パラディン)とは、正しくもってして、現実(リアル)な兵器なのだ。


聖騎士(パラディン)の存在事態が奇跡みたいなものだろう? ただ俺はそんな気がするだけさ……」


 そして、クリスはおそらくそれを理解している。

 理解している癖に、理解していない振りをする。

 その態度に、ミイナが苛立ちを募らせる。


「何を言ってるんすか……?」


 僅かに低くなる声、けれどもそこで、我に返り気づく。

 クリスの両目に僅かな光が宿っている。


「千里眼の予知っすか?」


「使っているつもりはないが……なんというか、時たま何となく分かるんだ。お前にはないのか?」


「残念ながら、ないっすね……」


「そうか……」


 平静に答える裏側でミイナは驚愕する。


 時たま? なんとなく? そんな事で予知されたのでは、たまったものではない。


 千里眼の聖痕(スティグマ)における、予知とは能動的である。


 わずか、数十秒先を視るために使う小魔力(ポリ)ですら魔力枯渇に陥いる可能性があるほどだ。


 それが、時たま、なんとなく、で勝手に、受動的に発動するとはどういう事だ?


 使い慣れた聖痕(スティグマ)なら確かに、そういう事もあるだろう。

 けれど、予知を頻繁に使うなどあり得ない。

 ミイナでさえ千里眼でまともに使える能力は、さほど多くはない。


 それが聖騎士(パラディン)になって一年足らずのクリスがどうして、そんな事ができるのだろうか。


 なんだ、こいつは……とミイナは思わず悪態を付きたくなる。


「まぁいい、下に行って確認してみればわかるだろうさ?」


 自信があるのか、不敵な笑みを浮かべるクリス。

 その眼はなんでも見通している、とばかりに輝いている。


「そうっすね……」


 ミイナは、まだ納得が行かない、という顔で不承不承に頷いた。


 



 




 

***








「確かに怪我人はでないが……これはこれで大変だな……」


 ユカラはそう言いながら、倒れた女性を担ぎ上げる。


翼竜(ワイバーン)って凄いんですねぇ」


 アリシアも自分で運べそうな女性を抱き上げた。


「そうですわねぇ……」


 テートも頷きながらも、一人抱えた。

 翼竜(ワイバーン)を指揮したのはテートである。

 クリスに指笛を教えてもらったので軽い気持ちで、引き受けたのだが。

 まさか、最後の合図で咆哮をあげるとは思っていなかった。


 テートの予定では、そのまま首をさげるだけのハズだったのだが。

 そのためか、少しばかり意気消沈している。


「とりあえず、宿舎の陰にでも並べておきましょう。気当たりしただけですから、すぐ眼を覚ますでしょう」


 団員達は、一人づつ倒れたものを運んでゆく。

 倒れなかった受験者達は一旦脇に避けてもらい、休憩を言い渡している。

 倒れなかった者達とはいえ、その表情は様々だ。


 怯えるもの、戸惑うもの。

 中には泣きだしたものもいた。


 けれども、不思議な事に、誰一人辞退は申し出てこなかった。


 それどころか、倒れている者を運ぶ事を手伝う者すら現れる始末だ。

 これには、他の聖騎士(パラディン)達も多少を驚いた。


 聖騎士(パラディン)達が、倒れたものを介抱していると、クリスとミイナが宿舎から向かってのんきに歩いてきた。


「ほらな?」


「なぜっすかね……本当に……」


 クリスはミイナをからかうように笑っており、ミイナは憮然として表情でそれに答えている。

 そして互いに両の眼を光らせていた。


「介抱、おつかれ。倒れてる奴らは失格で倒れなかった奴らは合格だ」


 言い放つクリス。


「はい? それでいいんですか?確認は?」


 反射的にアリシアは聞き返すものの。


「それで問題ない、なぁミイナ?」


 クリスは飄々と答える。


「ういっす……」


 問われたミイナも不満気ではあるが、肯定する。


「良いなら、良いんですが?」


 アリシアに千里眼はない。

 クリスとミイナが良い、と言っているのならそれに口を挟めない。


「あとは神殿の仕事だから、新人が聖騎士(パラディン)になるまでは任せるぞ、名前と人数を把握したら教えてくれ、俺は王妃様に報告する書類を作るから、後で団長室に報告にきてくれ」


「わかりました、では後ほど」


「ああ、ではな」


 アリシアと事務的なやりとりを済ませると、クリスはすぐに団長室に向かってしまう。


 憮然とした表情でそれを見送るミイナ。


「自分あの人なんか苦手っす……」


 小さく呟いた。


「珍しいですねぇ? ミイナが人を苦手とか言うのは」


 アリシアが珍しいものを見たかのように反応した。

 実際ミイナは、いつも明るく快活ですぐに誰とでも仲良くなるのだが。


「見透かされてるっつか、大司教(くそじじい)と同じ感じがするっす」


大司教(アークビショップ)とですか?」


 アリシアは僅かに考えるが、余り似ているようには思えなかった。


「知ってる癖に知らない振りみたいな所ないっすかね?」


「ああ……たまに人をからかったりしますからねぇ……でもそういうのミイナもよくやるでしょ?」


 言い返され、僅かにたじろぐミイナ。


「むしろ大司教(アークビショップ)よりミイナのほうが似てますよ?」


 さらに指摘される。


「……そっすか?」


 そう答えるのが精一杯である、そして気づく。

 同族嫌悪だと。


「笑い方が胡散臭い所とか似てますよ?」


 そして止めを刺された。


 絶句するミイナ。

 胡散臭い……。

 心に響くその言葉。


 ミイナの大司教(アークビショップ)にたいする第一印象。


 クリスの笑みをみたときの第一印象。


 それが、胡散臭いだった……。


 まさか自分も胡散臭いと思われているとは、露にも思っていなかった。

 ミイナは膝を付き、頭をたれた。


「自分って胡散臭いんすか?」


「いつも、眼細めて、笑ってる所とかそれはもう」


 死体に鞭打たれ、ミイナは僅かに涙を流す。


「自分、笑うの止めるっす……」


 そして、なぞの決意を表明した。

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