⑥ 団長の帰還 ~露見する思惑~
後宮でのお茶会から、二週間が立った。
時節は既に秋にさしかかる。
王妃……フランシスの動きは早かった。
公募により、エフレディア王国の街の各所には張り紙が貼られた。
ついに、大々的に女性団員を募集するのだ。
ミイナが居ることにより、選別の階段を使わずとも、聖騎士の選別ができる事が大きかった、ならば遠慮はいらないだろう。
そして、騎士団受験者の公募を開始。
思った以上の申し込みが殺到した。
謳い文句は、貴方も女性騎士になりませんか?
高給取り、高待遇を保証。
年齢、身分の貴賎は問わず。
武道経験者歓迎。
である。
ある意味金に物を言わせた結果である。
そして、何より発行元が王妃である。
フランシスの家柄であるローズ家の薔薇の印が押されている事が大きかった。
すると、申し込みが来るわ来るわ。
裏面に試験はある、と書いてあるのだが、それでも何と二千通。
貧困街の子供から、諸侯貴族の次女、三女。
宿屋のおかみさんから、現役を退いた老婆まで。
幅広く募集しすぎた、とフランシスは後に零したという。
正直そこまで、来るとは思って居なかったそうだ。
ともあれ、二千近い応募を処理する事になったフランシス。
もちろん、セシリアに手伝いなど期待できるはずもなく。
かといって、神殿から寄越された十三祭祀団を使うのは神殿に仮を作るようで気が引ける。
できるだけ、王国側で有利になるような人物を集めたい事もあるが。
そのためか、結局一人で抱える羽目になった。
クリスがいれば、また違ったのだろうが、クリスはまだ帰ってきていない。
公募から二週間、受付を締め切り、選考を開始する。
自室に篭もり、机の上の書類を一枚一枚確認する。
「孤児院、多っ! なにこれ、子供になにやらせようとしてんのよ? 責任者締め上げんぞ……」
孤児院の視察をしたほうがいいかと思い悩み。
「貴族も多い? なによこれ……庶子ばっかりじゃない。これも親締め上げる……」
一部貴族の欲に目の眩んだ行動に怒りがこみ上げ。
「武道経験者歓迎って書いたけど、そもそも舞踊は武道なの……?」
基準の分からない特技を書かれ。
「特技に床上手ってなんだあああああああ、なんだこのアバズレ、却下よ!」
何かを勘違いした文を見せられ。
「男の娘? なにそれ……ある意味一人いるけど……いや……却下よ却下……」
よくわからない者に混乱する。
「うがあっ」
思わず奇声を発したフランシスは悪く無いだろう。
「フラン落ち着いてください」
控えていた、セシリアに窘められた。
「ありがとう……、あんたに窘められるといっきに頭に血が上るわ」
「それほどでもないですが」
セシリア照れくさそうにする。
「褒めてない!」
フランシスは文書をセシリアに投げつけた。
そして、ベットに飛び込み、転げまわるフランシス。
大分頭にきているようだ。
枕を掴み、マウントポジションで殴りつける。
一発、二発、三発……。
力の限りに叩きつける。
枕はとうとうやぶれ、その中身をぶちまけた。
飛び散る羽毛。
これがこの国の王妃だというのだから、なんとも言えない。
「何を荒れる理由があるんですか?」
セシリアが不思議そうに尋ねる。
予定よりも多い人員を確保できるのだ。
聖騎士になれる人材なら誰でもいいのではないかと、セシリアは思う。
「人の欲の浅ましさを見たから。かしらね……」
フランシスは静かに答えた。
「そうですか……」
頷いてはいるのものの、あれは分かっていない顔だと理解する。
興味のあるもの以外がてんでダメな幼なじみに、フランシスは頭を抱えたく成る。
フランシスは生まれながらの貴族である。
それも高位貴族だ。
幼少より、人の考えを見ぬくすべを教わり生きてきた。
でなければ、貴族などやっていけない。
食い物にされるだけである。
王妃になるまえは、公爵家令嬢としてそこまで政治に口を出す事もなかった。
一通りは知っている。
それだけだった。
けれども王妃になってしまえば、話は違う。
あの手この手で自分の欲を叶えようとする貴族たちと渡り合わなければならないのだ。
そのため、フランシスはそれこそ、この程度の文書でも感じ取れるものがあるほどに、過敏になってしまったのである。
そして応募したものの文書をみて苛立った。
つまり、応募したものの半数以上が正規の騎士団だとは思っていない。
という事に苛立ちを覚えたのだ。
「あ~、腹立つ」
言いながら、ベットが飛び降りるフランシス。
この二千通から二百人を試験に通し、更にそのなかに聖騎士になれるのが少なくとも百人以上必要なのである。
フランシスは自分が周りからどういう風に見えているかなど理解しているつもりだった。
激情家で天真爛漫、好奇心旺盛な王妃。
それが市政でのフランシスの評価だった。
確かに、王の器量を示すには、王妃にそれくらいの枕詞がつけられるのが相応しい。
今まではそれでもよかった、おかげで対して表にでず、裏でしたい放題だったのだから。
けれども、今回もそれでは困る。
エフレディア王国で十字教における神託は絶対に近いものがある。
それだけ、王宮の内部にまで十字教は深く関わりを持っているのだ。
エフレディア王国の祖は十字教が崇める、エフレディアの直系である。
関わるなというほうが無理がある。
そして、それだけに今回ののままでは不味い。
女性だけの騎士団については、神託……神殿及び、王国の威信がかかっている。
それを遊び半分のようなもので構成するわけにはいかないのだ。
けれども、大半に王妃のお遊びだ、と思われたのも事実。
お遊びに付き合うだけで、高待遇は約束されてるのだ。
それは馬鹿でも食いつくだろう。
「この書類の多さは私の責任か……」
小さくため息をついて、机に戻るフランシス。
静かに書類の選考を始めた。
「セシリア、紅茶ちょうだい、砂糖たっぷり、ミルクたっぷりでね」
頭を使うのなら糖分がいいと聞く。
このさい大量にとってやる、といらだちまぎれにセシリアに注文する。
「はい、構いません……けど」
いつもと違い、何処か歯切れの悪いセシリア。
「けど?」
「太りますよ?」
セシリアとしては忠告のようなものだったのだろう。
「……とっとと淹れて」
底冷えするような声で無視された。
「はい……」
***
その日は既に、いつもどおり……というほどにやりこんだ訓練を終え。
夜の食事も終え、アリシアが風呂から上がった時だった。
にわかに厩が騒がしい。
騎獣達が僅かに騒いでいる。
アリシアはなにかな?と思案する。
また、レイトやエンファが訓練と称して厩の裏口から森に向かっているのだろうか。
禁止だと言いつけたはずなのに、言う事を聞かない人は困る。
そんな事を思いながら、アリシアが厩に向かう。
するとそこには背の高い女性が馬を繋ぎ止めていた。
「テートさん?」
声を掛けられ、背の高い女性……テートは驚いたように、振り返った。
「アリシア様ではないですか?まだ寝ていらっしゃらなかったのですか?」
「私はいつも最後ですからね、見回りとかもしているのです」
「ああ、なるほど……団長様がいない間、お疲れ様でございます」
「と、いう事はクリスとユカラさんも……?」
帰ってきたの? という、言葉は口に出さなくても伝わったのだろう。
テートは微笑み、頷いた。
「もちろん、新人を引き連れて、今頃神殿で儀式を受けてらっしゃいます」
「そうですか……」
帰ってきたのだ、一人で気苦労する日々も終わる。
そう思うと、安堵するアリシア。
「おつかれでしょう、ゆっくり休んでください」
「そうしたい所ですが……」
伏し目がちになり顔を僅かに赤く染めるテート。
ぐぅ、と小さくお腹が成った。
「そうですね、聖騎士なら食事が先ですよね」
アリシアも文字通り身にしみてわかっている。
「新人の子達も今日中に?」
「神殿に泊まる……ということはしないでしょうね。種族が種族ですし……」
言葉を濁すテート。
ということは、土耳長達のように、猿人意外を連れてきたのだろうか。
「今度はどの種族なんですか?」
「お分かりになります?」
「えぇ……、まぁ」
「半吸血鬼という、黒耳長と魔物との混ざり者らしいですわよ?」
「ぶはっ」
思わず噴出さずにはいられなかった。
黒耳長の混ざり者しかも魔物との?
神殿では禁忌ではないか。
そんなもの、認められない……はずだ。
「大丈夫なんですか、それ?」
「大司教様が、出迎えにいらしてたので大丈夫だとは思いますが……?」
「大司教様が……?」
大司教はエフレディア王国の王都周辺の神殿を統括する立場にある。
実質王都の神殿での最高権力者だということだ。
その大司教様が直接出られた……というのなら、悪いようにはしないだろう。
好好爺とした老人だが、決して悪い人ではない。
けれど今回の事は下手したら異端審問にかけられるほどである。
土耳長はまだ、ギリギリセーフだった。
けれど今回は半吸血鬼だ。
アリシアは自分がついていけなかった事に僅かな後悔をする。
それが顔に出ていたのだろう、テートが安心させるようにアリシアに声をかけた。
「問題はないでしょう。新人の子達も悪い子は居ませんし、クリス様に忠誠を誓うと約束しておいでです」
「ならば良いのですが……」
そこでまた、くぅっと小さな音が鳴り響く。
「食事を用意してもらいましょうか……?」
「ええ、お願いします、あと皆さんも後々いらっしゃるでしょうから、そのぶんも……」
「わかりました、ちょっと頼んできますね」
アリシアは未だ食堂で皿洗いに従事してるだろうおばちゃんたちに、声をかけに行くことにした。
「ありがとうございます、私はちょっとお風呂に……一ヶ月近く入って居なかったので」
「ああ、ユカラさんもクリスもあまり、そういう所は気にしませんからね……」
というか、土耳長は泥まみれになっても気にしないし。
クリスに至っては、泥を肌に塗ると美肌になるらしいぞ? とアリシアをからかう始末だ。
つまりどちらも気にしていない。
「本当に……とはいえ、夜の行軍が多かったのでそれほど汗まみれという事でもないんですがね、気持ちの問題ですね」
砂漠や荒野は寒暖の差が激しい。
日が出てるうちは暑いものだが、日が落ちればすぐに気温は下がってしまう。
夜の行軍なら、確かに汗などそうかかないだろうが。
「そうですね……気持ちの問題は大事ですよね……っとそろそろコックに頼みに行きますね、3人を含めて何人くらいでしょうか?」
食事とて作るのには時間がかかる。
特に聖騎士の食べる量が量だけに。
「大体聖騎士三十人分です、よろしくお願い致します」
普通の人に換算したら百五十人分だろうか、皿を洗って本日の仕事が終わりであるはずのコック達が哀れである。
そして、二人は厩を後にした。
***
「コック達、居ないんですか?」
食堂に入り、調理室を覗いたアリシアは不思議に思った。
いつもは夜食用に数人残っているはずなのに、と。
この騎士団の食事は基本、朝、昼、晩の三回である。
けれども、聖騎士の空腹というものはもはや体質と言っても過言ではない。
そのため、それ以外にも一応、おやつとか夜食とかが常に準備されている。
そして、すぐに食べ物がでるように、基本的に食堂には最低でも二人は残っているはずだった。
けれども、居るはずのコック達はおらず、しかし見回せば夜食だろうか、果物と干し肉だけがそこに大量に置いてあった。
「あれ……?」
夜食に近づくアリシア。
よく見れば、走り書きで書かれた文書が一枚、置いてある。
「担当の相方が、こけて腰をうったため、念のために治療院に連れて行きます。申し訳ありませんが馬車をお借りします。夜食は干し肉と果物です」
紙には短くそう書かれていた。
「……うん、どうしましょう?」
というか、腰痛くらいなら、私が治したものを……、とは思わずには居られない。
というか、夜中に馬車を走らせるとか結構アクティブなおばちゃんだ。
というか、腰を打ち付けたの一人でしょ、休ませて片方だけでも残ってくれたりしてくれればいいのに。
というか、ご飯どうしよう?
アリシアはとりあえず夜食であろう、干し肉と果物をみる。
まぁ聖騎士用である。
これだけでも普通の人の三十人前はある。
けれども、他の聖騎士が摘んだりしたら、一人、一人前もなくなってしまう。
というか、アリシア自身もいますぐ摘みたい。
というか、よく考えたらおばちゃん二人でも百五十人前とか無理じゃ?
「さて、困りました……」
自分は料理などできない、専ら食べる専門だ。
クリスにもう料理しないでいいと匙を投げられた経歴があるほどに。
むしろ、一応は元貴族令嬢である、料理できる令嬢のほうが少ないのだ、と自分にいいか聞かせる。
そして僅かに虚しくなり、その思考は打ち切った。
アリシアがどうしようか、と悩んでいると食堂の扉が開かれた。
「あれ、アリシア様ではないですか?」
そこには、リラが立っていた。
大方リラも夜食を取りに来たのだろう。
「リラさん……」
僅かに逡巡、思い出す。
リラは料理が趣味だと言ってなかったか?
「料理作れますか?」
即座に問うた。
***
リラの趣味は料理である。
母はリラの幼いころになくなり、それから家庭での料理はリラが作っていたのだ。
その頃リラは貴族でもなんでもなかった。
今でこそ父が地竜騎士団の団長等という地位を与えられて、半ば強制的に男爵位を与えられたが。
当然その頃は侍従なども雇うことなどできるはずもなく。
自分たちで作るしか無かった。
身内は父しか居らず、父は仕事でほとんど家にいない。
となれば、リラが食事を作る事になるのは当然の長れだっただろう。
リラはそれでもよかった。
父が仕事から帰ってきて、ご飯を美味しいと言ってくれるのだ。
その時の父の笑顔が大好きだったのだ。
父の笑顔を見るために料理を練習し、必死に覚えた。
友人、知人に食べさせてもいつも、美味しいと笑顔で言ってくれるほどで、それなりの自信はある。
気づけば料理はリラにとっての生きがいになっていた。
楽しくて、誰かを笑顔にできる、幸せにできる、女性でも使える魔法。
そう思って生きてきた。
けれども今、リラは料理ができる事を初めて気付き、そして後悔した。
人によって、幸せになる量が違うんだな……と。
料理ができる事をこれほど後悔した事はこれから後から先にもないだろう。
いや、無いだろうと願いたかった。
「百五十人前ってなんですかあああああああ」
叫びながらも、手は止めない。
若干半泣きである。
しかし、恐るべき速度で、手が動き野菜を肉を食材を刻んでいく。
アリシアに問われ、趣味です、自信ありますよ、と得意になった自分を殴りたい。
やりとりを思い出す。
「ではコックが居ないのでお願いしてもいいですか?」
「構いませんよ?」
「ではお願いしますね! 百五十人前もあれば足りるらしいので!」
「わかりました、百五十人前ですね? え?」
理由を問えば、これから新人が来るらしい。
なるほど、夜間行軍をしてきて、聖騎士になるのだという。
それはお腹もすくでしょう。
もちろん、手伝います、とアリシアが言ったものの、皮むきを任せればジャガイモは半分以下になる。
肉を任せば全てが生焼け。
オーブンを任せれば、爆発した。
余計な仕事を増やすだけだった。
アリシアはすでに何もしないように言いつけた。
今はぼーっと窓辺の席に座っている。
そんなアリシアを遠目に確認しながら、リラは爆発の衝撃音でやってきた土耳長達を手伝わせて、必死に料理を作っている。
けれども、百五十人前になると流石に、難しい。
土耳長とて料理を作れるものはいるが、何処か野性味あふれていて話に聞く南西の国の出の人には合わないだろう事確実である。
ネズミの丸焼きを自信満々で作られたときは、リラも顔を引き攣らせた。
しかも、食料庫で捕まえたというのである。
騒ぎを聞きつけてやってきた他の土耳長は酒を飲みながら夜食をぱくついている。
なんて自由な!
リラは思わず叫びたく成る。
結果としてまともに手伝いといえる事ができたのは、孤児院出の子どもたちとラグラシア・トリスとティターニアである。
けれども、流石に子どもたちは寝かせておいた。
時間はすでに深夜である。
傭兵組合の出である、二人は戦争経験者でもあり、後方支援と称して料理くらいは作れるとの事だった。
平民出のティターニアは兎も角、貴族であるラグラシアが料理ができるのは以外であったが。
「こっちの煮込みは終わりました、次何します?」
ティターニアが仕上げてくれる。
「あそこの、お肉の下処理をお願いします」
すぐさま次の作業を振り分ける。
ティターニアの腕はなかなかだった。
機会的に次々と仕上げて行く。
「はい」
軽い声と共に作業に入る。
「こちらも素揚げは終わりましたけど、どうします?」
ラグラシアは逆に、大雑把だった。
それでも、貴族で料理ができるのだから大したものであろう。
「仕上げは私がやるので、オーブンを見ててください」
「承りましたわ」
二人の手伝いもあり、リラは次々と料理を仕上げていく。
けれども、百五十人前にはほど遠く。
食堂の夜食もなくなり、調理場を見つめる者まででる始末である。
「……普段のコック達の苦労が身にしみます」
とはいえ、コック達は二十人体制である。
交代制で朝昼晩の食事の時は十人は詰めている。
そこで聞き慣れた声が聞こえた。
「だろうねぇ、しかし、最近の若い子はこんだけ居て料理を作れんのは三人しかいないのかい?」
何処かの方言だろう、訛りのある特徴的な喋り声が聞こえた。
「コック!」
そこにはコック達が呆れたようにリラ達を見つめていた。
天の助けか、リラにはまさにおばちゃんが女神のように感じられた。
後ろでアリシアが立っている事から、どうやらおばちゃん達の住み込み宿舎まで行って連れてきたようだ。
初めから、それに気づけよ、と言いたい所だが、残念ながらリラには今そこまで思考する力は残っていなかった。
「あんた腕はよさそうだけど、経験不足だねー、新人さんが来るんだべ? そういう時は細かい料理なんかじゃなくて、宴会料理さね、あそこにある大鍋でいも汁とか、鹿や山羊肉の丸焼きにするのがはやいべ? 酒も飲んでるの多いし、どうせ歓迎会つって宴会になるさね」
すぐさま状況を判断するその観察眼。
まさに歴戦の料理人のようだった。
「はい!」
まさに、地獄に仏とはこの事か。
リラは頼もしい増援に心底安堵した。
「んじゃ、大鍋外にさ、出すべ」
「外へですか?」
「だんちょうさんと新人たちの出迎えもあるんだべ? ここで騒がれたり、寝たりされたら片付けで明日の朝飯さ、間に合わんかもしれんべな、だから外でやるべ」
たしかにそれなら、外で宴会にしたほうがいいかもしれない。
すぐさま、行動に移すおばちゃん達。
はやい。
食材もあっという間に下処理をすませて外へもっていく。
リラはこれで開放される、そう喜んだ時だった。
「ほら、ぼーっとしてないでいくどー」
「はいっ」
思わず返事をしてしまう、リラ。
三人は既に手伝いとして認識されているようだった。
開放されるとおもいきや、まだまだ、リラ達は開放されそうになかった。
けれども、リラは思う。
たまにはこんなのもいいかな……と。
***
「団長殿! ユカラ殿! お帰りなさい! 新人諸君はよろしくであります!」
空に見える騎影を発見して、レイトが空に向かい、手をブンブンと振った。
「なんとか、間に合ったようですね」
どうにか料理を完成させたリラは、ほっと一心地ついた。
騎影は厩のほうへ飛んでいった。
すぐに皆こちらに来るだろう。
既に宴会は始まっている。
***
騎影が見えた後、アリシアはすぐに団長室へと向かった。
予想通りそこには、書類に眼を通すクリスが居た。
疲れた表情をしながらも、書類をさばいていく。
「王妃様が行ってた公募ってのはどうなったかなぁ……」
ぽそり、と呟いたのは騎士団の今後の事か。
「結構集まっているみたいですよ? あとは分別だけとか」
アリシアは声をかけた。
けれども、クリスは気にした風もみせず。
「ほう。それは助かるな……」
そう答えた。
僅かにむっとするものの、本当に気づいていないのか、再度問いかけることにする。
「それよりクリスのほうは何人くらい連れてきたのですか?」
「ダンピ……黒耳長を二十六と変わった魔法を使うのが一人」
話では、半吸血鬼という事ではなかったのだろうか?
疑問が浮かび上がる。
誤魔化せた……という事なのだろうか?
真偽は不明であるが、どうやら上手くは行ったようである。
「前回より少ないですね……? こちらは王都近郊を含めて聖騎士十名揃いましたよ」
現在ミイナは神殿で他の祭祀団の団員の到着を待っている。
揃ったら後日、身の回りを整え、王都にいる他の女性聖騎士も連れて来るという話だ。
「ありがたい、これでもうひと息と行った所だな……」
そう行ってため息をつくクリス。
やはり長旅で疲れているのだろうかと思う。
「そうですねぇ、お疲れ様です」
労いの言葉をかけた。
「おう、ところでアリシアいつからそこに……」
さも今気づきましたよ、というふうに驚いたふりををするクリス。
「わざとやってるんですか?」
思わず頬をふくらませるアリシア。
「いや、そんな事はないが……すまないな」
クリスはそれをみて素直に謝罪する。
どうやら本当に気づいていなかったようで、何か疲れているようである。
そのため、不問にする事にした。
「所で俺が居ない間なにかあったりはしたか?」
「特には……さっき言った事くらいで皆さん真面目に訓練に励んでいましたよ」
本当はあった、時を奪うものとか、エンファが死にかけたりだが。
けれど、一応解決済みである。
わざわざ報告する事などないだろう。
今は疲れているみたいだし。
アリシアはそう思い、報告はしない事にする。
「そうか、それは良かった」
安心した、という表情を見せるクリス。
「所で何か言うことはないんですか?」
「土産なら、干し肉があるぞ……」
なぜそれが言う事なのだろうかと、アリシアは若干の憤りを覚えたが、きっと自分へのお土産なので我慢する事にする。
「それは後で頂きますってそうじゃなくて、帰ってきたら言わないと!」
若干叫ぶように言い放った。
一瞬考え、思い当たった、とばかりに眼を見開くクリス。
「ああ、そうか……ただいま。アリシア」
その言葉を聞いて微笑むアリシア。
「お帰りなさい。クリス」
二人は和やかな雰囲気で会話を始めた。
互いに労い、報告し、時折笑う。
それは何年も付き添ったもの達が見せるような……。
そんな二人を影を物陰から見つめる、瞳が四つ。
「ねぇ、リラ……あれッて出来てんのかな?」
何が、とは最後まで言わない、言うのは野暮だ。
「どうなんでしょう……姉と甘えたい妹という感じに見えますが」
リラとフェイトである。
歓迎会が本格的に始まったのでクリスを呼びに来たのだが。
なんかちょっと入りづらい雰囲気を醸し出していた。
「えー、そうかな? ま、でも確かに団長さんは脈なしだよね、明らかにアリシアさん子供扱いだし、テートっちの好敵手か……」
「テートっち? それ以前に女性同士ですが……」
「ちっちっち、性別なんて些細なものだよリラ、大事なのは思いだからね」
フェイトは舌を鳴らし指を振る。
「深いですね……経験則ですか?」
「さてね……? でも聞いた話じゃアリシアさんも、男爵家の出で、許嫁が嫌で神殿に入ったっていうじゃない? 共感を覚えてね……」
「フェイトさんにも、そういう方が……?」
「いんや、私には相手は居なかったけどね、家で親の言うとおりに生きて来たんだなぁと思うとね……」
何処か遠い眼をするフェイト。
つまらない人生歩んできたな……と独り言ちる。
「貴族の家は大変なんですねぇ……」
「他人ごと見たいに言ってるけど、リラの所だって男爵家じゃないの?」
「うちは元々准男爵で……平民でしたから」
「ふぅん?」
フェイトが、詳しく問い返そうとしたときだった。
「平民だの貴族だの、気にする事はない。少なくともここにいる間は全員が准男爵扱いだ、家の事は忘れていて良い」
気づけば、クリスが団長室の外に佇んでいた。
「あれっ、って団長さんいつからそこに」
「あれだけ騒げば誰でも気づくだろう……、何かあったか?」
「いえー、一応宴会なんで団長さんがいないと締まらないかなーって呼びに来ました」
ピシっと騎士の礼をするフェイト。
巫山戯ているのが見て取れる。
「ああ、そうか。まぁいいだろう、向かおうか。アリシア。行くぞ?」
団長室の中に声をかけるクリス。
「あ、はい~、そういえば今日の料理は何品かリラさんが作ってくれたんですよ~」
アリシアも喋りながら、外に出てきた。
「ほう、そうなのか?」
それはいい、と思う。
正直、遠征時の料理担当が不安であったクリスである。
土耳長の料理は野性味溢れているし。
どうやら料理ができるようなものは殆ど村に残ってしまったようなのである。
黒耳長の連中は仮にも王族だ。
期待などできるはずもない。
「あ、はい、僭越ながら……」
おずおずと答えるリラ。
「楽しみにしておこう」
思わぬ拾いものだ、とクリスが微笑んだ。
どうやらリラはこれからも聖騎士の料理を作り続ける運命にあるようだ。
一同は、宴会を開いている宿舎の外へと、足を進めた。




