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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
四章 団長補佐 守られしもの
55/121

⑤ 王宮のお茶会 ~相性~

 夏の暑さも成を潜め、徐々に心地よい秋風が吹きだす頃。

 後宮の庭園では優雅にお茶会が催されていた。

 けれども、そんなお茶会でも顰め面をする女性が一人。


 お茶会だというのに、無粋な、無地ではあるが騎士服を着こみ。

 眼前の女性を睨んでいる。


 けれども、よく見ればその眼には涙を貯めていることがわかり、こらえるように頬を膨らませている。


 アリシアである。

 眼前には、メイド服に身を包むセシリアに給仕をされている。


 ドレス姿のフランシスがいる。


 優雅に紅茶を嗜んで入るものの、その眼はアリシアをちらりちらりと伺っている。


 とはいえ、アリシアと眼が合うと、ふいっと眼を逸らしてしまう。

 いくらか、時間がたったあと、フランシスが根負けしたように、謝った。


「そんなに睨まないでよ……無理やり連れてきたのは謝るから……」


「睨んでません……、これが素です……」


 不貞腐れています、と言わんばかりに、頬を膨らませるアリシア。


 どうだか、とフランシスは思う。


 確かに、半ば無理やり連れてきたが、問題はなかったと思うのだが。

 アリシアは報告書を王宮に届けるときに、いつも後宮の入り口にまでいく。


 中は入らないのだが。


 時を奪うもの(カトブレパス)の報告書を持ってきた時。

 今回はたまたまフランシスが居て、ちょうどいいからと連れて来られたのである。


「普通は喜ぶものなんだけどねぇ……、後宮のお茶会よ?」


 一応は、いくらかのテーブルが庭園に引っ張りだされ。

 テーブルの上にはそれぞれ季節に合わせた茶菓子などが置かれている。

 セシリアの他にも複数のメイド、フランシスの他にも後宮の王妃や、他の王妃候補達もいる。

 

 皆が、遠巻きに、セシリアとフランシスのテーブルを伺ってはいるものの、声を掛けたりはしない。


「私だって、お茶会でしたらドレスを着てきます……、それがダメでもせめて僧服です……」


 なるほど、膨れている理由はそれだったか。


 確かにこの場でアリシアは浮いていた。

 セシリアでさえ、メイド服なのだ。

 自分だけ騎士服を着ているとか、とんだ羞恥プレイである。


「ああ、そうなんだ……あんたは普通なんだ……」


「何を言ってるのですか? お茶会なら女性はドレスが正装ですよ?」


 アリシアは変な物をみるような眼で、フランシスを見る。

 フランシスは、王宮に招いた六人を思い出した。


 一応はお茶会という名目で呼び出してやったのにも関わらず。

 全員騎士服で当然とばかりに堂々としていた。


 あの時は他に人は居なかったが、流石にどうかと思う。


 それに比べて、目の前でふくれっ面をしている、女性を見れば。

 あいつらがおかしいだけよね、そうよね、とフランシスは確信を得た。


「ま、このさい、それはいいわ」


 何がいいのだろう、とアリシアにはわからないが、とりあえずは頷いておく。


 相手は仮にもこの国の第一王妃である。

 一応粗相はしないように心がけている。


「あんたの報告書は読んだわ。封印塚ね……王家の土地だから、あっても可笑しくはないわ、むしろあるからこそ王家の土地なのかもしれないしね」


 フランシスは少しばかり、意味深な発言をする。


「いいですねぇ、封印塚……ロマンですねぇ」


 セシリアが紅茶を注ぎながら会話に入る。


「何が、ロマンなんですか?」


「何が、ロマンなの?」


 奇しくもかぶる二人。


「おや? 知りませんか? 封印塚といえば、地下には遺跡があるのが定説です。地表に出ている部分などほんの僅か、地下には大掛かりな仕掛けや遺跡があるものです」


 セシリアは鼻息荒く力説する。

 しかし、変な事ばかり詳しいのは、どういうことか。

 興奮しているように見える。


 しかし、二人はあまり興味がないようで。


「そうですか……」


「そう……」


 あっさりと流される。

 けれども、セシリアはめげない。


「探検はロマンじゃないですか?その時を奪うもの(カトブレパス)の力が何に使われれていたのかとか気になりませんか?」


 セシリアはわくわくと行った感じに眼を光らせる。


「後で専門の調査部隊を送るわ、黙って結果を待ちなさいね」


 笑顔で言い切るフランシス、笑顔だというのに得も言われぬ迫力がある。


「残念……」


 セシリアはため息をつくと口をすぼめた。

 どうやら諦めたようだ。


 それを横目にアリシアは本題にはいる。


「それで結局どのような御用なのでしょう?」


「神殿から連絡が来てね、どうやら近日中に到着するらしいわよ? 第十三祭祀団だっけ」


「それは朗報ですね、彼女たちが来てくれれば私の仕事も減りますし」


 先ほどまでの不機嫌は何処へ行ったのか、アリシアはもろてをあげて喜んだ。


「任務とやらで合流が遅れたんだっけね……他の聖騎士(パラディン)って普段何してんの?」


教皇(ホープ)枢機卿(カーディナル)の護衛が主な任務ですね。あ、でも第十三祭祀団は修道院の警備だったと思います」


「修道院?」


「性別で、女性だけで生活する所ですね、心身を十二使徒が一人、エフレディア様に捧げ、祈り過ごしています。ただ、修道院は入ったら出られないので、入るのは特殊な人ばかりですね、例えば元王族のお姫様とか……」


「なるほど、体の良い鳥かごね」


「まぁ、そうなんでしょうねぇ……でも女性だけなんで、十三祭祀団が警備に付いてるんです」


「神殿の施設なんでしょ? 襲うやつなんているの?」


「それがいるんですよねぇ……、盗賊や、たまーに何かを勘違いした奴隷商とかも来るとか」


「奴隷商ねぇ……」

 

 言いたいことはわからないでもない。

 けれども流石に神殿と奴隷商では相性が悪すぎるだろう。

 そして、奴隷と聞いて一つ思い当たるフランシス。


「そういえば騎士団は奴隷は使わないのかしら?」


 奴隷を使えば人数を集める事などあっという間だろう。

 もっとも、一口に奴隷と言っても色々あるが。


 基本的には、犯罪奴隷、借金奴隷の二種類がある。

 前者は勿論、犯罪を起こしたものが墜ちる末路の一つである。


 後者はその名の通り、払いきれない負債を抱えたものの末路である。

 使い道は様々で、犯罪奴隷なら兵士の末端から、重労働まで。


 借金奴隷なら、それこそ商人が他人を雇う代わりに買ったり。

 扱い方は様々である。


 細かい分類はもっとあるが、基本的には二つである。


 そして奴隷の取引は国が管理しているので、前者後者共に衣食住及び生命は保証されている。 


「あまりに集まらなかったら使う気だったらしいですけど、現状は無いと、前にクリスと話した時にはそう言ってました」


 アリシアはそう答えた。

 確かに奴隷となると、扱いや給与がほかの物と違ってくるので色々と面倒といえば面倒であるが。


「ふぅん、まぁいいわ……それで第十三祭祀団が来るのが、近日っていうのだけ、教えとこうと思ってね。ここに連れてきた意味は得に理由はないわ、強いていうなら宣伝……ね」


 そう言って、二人のいる席を見つめる、他の女性たち、を横目で確認するフランシス。


「宣伝……ですか……?」


「そ、まぁお披露目にはまだ、ちょっと早いけど。後宮にいる女性達って、どんな女性が多いと思う?」


 まるで試すかのように、アリシアに問いかけるフランシス。


「王妃様達と……その候補なのではないですか?」


「そういう事じゃなくてね……。まぁ聞き方が悪かったわね」


 フランシスはポリポリと頬をかく。

 僅かに思案する。


「どういう家の女性が多いと思う?」


「どういう……基本的には上級貴族……諸侯の娘達ではないのですか?」


「そう、それよ!」


 ビシッとアリシアを指さすフランシス。


 戸惑うアリシア。


「公募するのは、王国全土。ここは後宮といえど、多少の里帰りは許されているの。まぁギリアスが基本的には私一筋だからね。……しょっちゅう浮気するけど」


 アリシアは最後の呟きは聞こえないふりをした。

 むしろ、一筋なのに浮気というのは矛盾してると思うし、もしそれが本当なら本命の気を引きたいだけの惚気にも聞こえるが。


「……それでね、諸侯に里帰りする日付は秋なのよね、つまりそろそろ。だからそれまでにお披露目……とは言わないまでもある程度の認識を持ち帰ってもらえれば公募もやりやすくなると思わない?」


「確かに……そうですけど、どのような認識を持ち帰らせるので? 花よ蝶よと育てられた、貴族の女性では、騎士団は到底無理かと思いますが……」


「ここの女性を騎士にするわけじゃないわよ?」


 フランシスは怪しげに微笑む。

 いい?と前置きする。


「久々の里帰り、親は根掘り葉掘り近況を聞くと思わない? そして親……父親にも当然出来事を話すと思うの、そうすると、戦場の経験がある貴族なんかは、誉れになるような……騎士が好むような話が好きだと思わない?」


 諸侯とは国に領地の管理を任された、土地を持つ貴族の事を示す。

 特例でなければ殆どは、伯爵以上の貴族にしかなれない。


 そして、伯爵以上の貴族ともなれば……少なくともエフレディアでは何処かの騎士団で経験を積んでいるものである。


 私営か国営かは違うが、それでも、ある程度の武勇があると話が通じやすいのだ。

 戦いに身をおいた者が多いために。


「セシリアは武勇はもう十分あるし、クリスも……まぁ主だった功績はないけど翼竜騎士団で腕を磨いたというのなら十分でしょうしね」


 なるほど、理解はできる。

 結局はその諸侯の父親にうまく話を伝えれば地方での公募もそれなりに力を入れてやってくれるということだろう。


「それで、ここの女性たちに何か、記憶に残るような事でも見せるって事ですかね?」


「そうねー」


「では後日、騎士団のほうで何か考えて……」


 アリシアが言おうとするとすぐさま遮られた。


「いいえ、それはできないわ」


「なぜですか?」


「ここは後宮だからね、彼女たちもそう簡単にここはでれないし。私の直属とはいえ、正式に結成もされていない騎士団をほいほいと入れるわけにもいかないのよ」


「あー、なるほど、でも、それじゃどうするんですか?」


 アリシアがフランシスに尋ねると、僅かに考える素振りを見せ。


「……あんたは、戦えるの?」


 アリシアに尋ねた。


「……神殿の杖術なら心得がありますが?」


 フランシスの問に疑問に思いながらも返答するアリシア。


「ここで軽く模擬戦をやりなさい、セシリアと」


 その言葉を聞いて、給仕をしていたセシリアの眼が僅かに見開かれた。


「えぇっー」


 アリシアは思わず叫ぶ。


聖痕(スティグマ)の使い方がまだ未熟だろうと、変異蛇竜(ウィアードドレイク)と渡り合ったという話は、アリシアとて聞いている。


 はっきり言えば冗談じゃない。


 怪我じゃすまない可能性すらある。

 誰かの怪我を治すのはできるが、自分の怪我を治すのは不得意なのだ。


 というより、アリシアは痛いのが好きではない。


「無理ですよぉ……、私後衛ですよ?」


 事実、アリシアの杖術は守り主体の戦法である。

 武器は背中にくくりつけている杖が一本。


 クリス曰く、加護付きらしいが、ただ丈夫なだけらしい。

 大きな杖、棒術ならば攻めのものもあるが、少なくともアリシアには使えない。 


「セシリアに手加減させるから、それっぽくキンキン、カンカンやってればいいのよ、ここらにいるのは殆ど素人なんだから、驚かせるだけでいいの」


 フランシスがアリシアを諭す。


 記憶に残らせるだけで良いのである。

 何も本気で戦えと言っているわけではない、演技だ。


 アリシアは悩む……が。


「ささ、やりましょう!」


 既に騎士服に着替え、どこからか木剣を引っさげたセシリアがわくわくと言った感じに構えている。


 そして、どうやら後宮の庭園の真ん中にどうやら試合場所を作っている。

 遠巻きにみていた女性たちも、何が始まるのかと囁きあっている。


「断れる……雰囲気じゃないですね……はぁ……」


 私の仕事って聖痕(スティグマ)の指南なんですけどねぇ……。


 憂鬱そうに、アリシアは背中の杖を取った。


 これを使うのも久しぶりですねぇ……。


 そんな事を考えながらアリシアはとぼとぼと、試合場所に歩き出した。






***






「準備いい?」


 フランシスが尋ねた。


「私はいつでも!」


 セシリアが、すでに木剣を下げるように構えている。


 片手平剣(ブロードソード)を模した物だ。


 鞘がないことから、抜剣術は使えない。


 とはいえ本気ではないのだから、問題はないのだけれども。


「構いません……」


 対して静かに呟くアリシア。

 宿り木で出来た愛杖を両手で構えた。


「じゃ、始めるわね……開始」


 淡々といつもの口調で告げるフランシス。

 やる気があるのか、無いのかわからない。


 ただ、その表情は真剣で、周りを観察しているようにも見える。


 開始の合図と共にセシリアが駆け出す。

 息もつかせぬほどの速度。


 瞬きの間にアリシアの懐に入り込んだ。




***



「貴方の体格では剣を使うのは向いていません、仮に聖騎士(パラディン)になり聖痕(スティグマ)で身体が強化されたとしても、体格の勝る相手にはまず勝ち得ないでしょう」


 はじめに師範に告げられたのはそんな言葉だった。


 聖騎士(パラディン)に成る事を推薦され、聖騎士(パラディン)になる事を承諾した日、アリシアはそう告げられた。


聖騎士(パラディン)になるということは神官戦士(クルセイダー)になると言う事です、神官戦士(クルセイダー)になるからには戦えなければ成りません、ですから私が武術を教えます」


 神官戦士(クルセイダー)の訓練をする、そう告げられて武器を初めて渡された。


 けれども他の神官戦士(クルセイダー)と違って武器として渡されたのは、剣の代わりに、杖だった。


「棒ですか……?」


「棒……一応杖です」


 表情の読めない師範だった。


 いつも、ぶすっとした顔をして、何を考えているかはわからない。


 そんな人だった。


 渡された杖はアリシアの胸ほどまでの長さしかない。

 飾り気のない無骨な杖だった。


「アリシア……あなたは小さい、平均的な女性よりも遥かに」


 淡々と紡がれる言葉は事実だが、それはアリシアを心配しての物言いである。


「そんな事はわかってますぅ……」


 けれども、言われた方からしてみれば、不機嫌にもなる。


「だから相手を己が力で倒す、剛術ではなく。相手の力を利用して相手を倒す、柔術を学ぶべきなのです」


「相手の力を利用……?」


「……一流の戦士ともなれば、剛柔併せ持ってこそですが、今はそれは置いときましょう……聖騎士(パラディン)になれば誰でもある程度の剛……力はある程度てにはいります」


「なら剛術でもいいんじゃないですか?」


「いいえ、例え多少の筋力があがろうと貴方の体格で、剛術を学んでも、平均的な男性にすら勝てないでしょう」


「柔術なら勝てるんですか?」


「ええ、もちろん、これからそれを貴方に教えてあげましょう」


 そう言って、師範は杖を取り、笑みを浮かべた。



***




 いつのまにか、目の前に棒がある。


 気づけば、である。


 相手が動くような動作は見受けられなかった。


 けれども目の前にあるのだ。

 避けなければと思い、強引に体を撚る。


 その瞬間、僅かに背中を押されたような感じがする。


 音さえたたないように軽く後押しされたような感覚。

 その感覚を理解したとき。


 セシリアは盛大にこけた。


「えっ?」


 顔面から地面に突っ込むセシリア。


 ズザーと少し滑り、軽い粉塵が巻き上がる。

 周りではセシリアの惨状をみて小さな悲鳴があがっている。


 何が、起きた?


 アリシアがした事など、僅かに杖を前に出しただけである。

 何もされてはいないはず。


 セシリアがそれを理解する前に。


 背中にアリシアの杖の感触がする。


「私の勝ちで、いいですよねぇ?」


 アリシアが微笑んだ。







***




「嘘でしょ?」


 静けさの中、呟いた言葉は響き渡る。


 驚愕が辺りを支配する。

 セシリアの武勇は最近留まる事を知らない。

 幻獣や魔物相手でも引けは取らないし、その辺の騎士でも相手にはならないだろう。


 同じ聖騎士(パラディン)とはいえ、あんな小柄なアリシアに一瞬で負けた?


 理由すら検討もつかない。

 唖然とするフランシスに声をかける声がかかった。


「いいえ、あれがアリシアの実力っす」


 みれば、僧服……それも神官戦士(クルセイダー)の服を着こむ、髪を三つ編みにして女性が立っていた。


「アンタは?」


「失礼しましたっす。自分はミイナって言うっす。第十三祭祀団、班長ミイナ。一足先に到着致しましたっす」


「近日とは聞いていたけど随分早いのね……?」


「ちょっち、急かされまして、自分だけっすが」


 ミィナは頬をかいて苦笑する。


「まぁいいわ……なんで後宮にいるのか……もいいわ、それであの子の実力って?」


 問いかけずにはいられない。

 セシリアが一瞬で負けるなど、可笑しいなんという話ではない。


「まぁ、相性もあるっすけど、アリシアの杖術は反撃型っす……後の先とでも言うんすかね? んで、あのおねーさんは、先の先。先手必勝型っすね。相手に何かをさせる前に打ち倒す戦いが得意なんじゃないっすか……?」


「……そうね」


 この女どこまで見抜いているのか、軽い口調とは裏腹にあやしすぎる。


「今のはあのおねーさんが突っ込んだ所に、アリシアが棒をつきだしながら、一歩下がったす。棒に気を取られて、棒をさけた瞬間にはもうアリシアの術中っすね。距離感がおかしくなって、体制を崩して勢いのまま転けたって所っすね」


 言ってる事は正しいのかもしれないが、どこか納得が行かない。

 最も武術に関してはフランシスは門外漢なのだが。


「それに、アリシアはあーみえて、神殿じゃ師範代級の杖術の使い手っすよ? 防御だけならっすけど」


 フランシスは驚く、あの小さな少女に、そんな事実があったのかと。

 これだから神殿は嫌いだ。

 何があるかわかったものではない。


 ミィナはアリシアのほうに近寄るとパチパチと手を叩く。

 ハッとしたように、周りの観客たちもまばらに拍手をしだした。


「すごかったですー」


「びっくりしましたー」


「セシリア様に勝つなんて小さいのに強いんですのねぇ」


 そして賛辞の嵐である。

 アリシアは照れたように軽く頭をさげて、フランシスの元に戻ってきた。


「勝っちゃいました……」


 軽くはにかんでいる。


「セシリアが負けたのは、予想外だったけど、成果は想像以上かもね。よくやったわ」


 アリシアをねぎらい、セシリアを見つめるフランシス。


 セシリアは立ち上がったものの、何があったかわからないポカーンとした表情を浮かべていた。

 くしくもそれは、普段セシリアが相手にさせてる表情だった。


 セシリアの敗因は二つ。


 一つめは、アリシアの背が低すぎたために、完全に視界から外れる事が敵わなかった事。


 セシリアがみがいてきた剣術は成人男性を打倒する事に特化しているため、自分より小さい相手というのは想定上はありえないのだ。


 本来ならば、縮地法による加速で視界から、消えたように見せて懐に潜り込むその技術。


 背の低いアリシアに効果は低い。


 もっとも、仮に小さい相手でも普段ならば愛刀でもってその速度もあいまって、何もさせずに切り捨てるのだが。


 二つめ、手加減をしたという事だ、最もこれはフランシスの命でもあるので、しない、という選択肢はなかったのだが、つまりはフランシスもセシリアさえもアリシアを見くびった、という事に他ならない。


 仮にセシリアはエンファと戦った時のように、後ろに回りこむくらいの事をすれば倒すことは可能であった。


 けれど、幼気な少女にしか見えないアリシア相手にそれをするほど、セシリアも非道にはなりきれなかった。


 以上がセシリアの敗因である。


 とぼとぼと歩いて帰ってくるセシリア。

 顔や騎士服についた土埃を払いもせず、未だに放心状態である。

 そしてフランシスに一言。


「びっくりしました……」


 呟いた。


「うん、うん、誰でもそうなるっすよねぇ……杖術は返し技ばっかりっすから初見はきついっすよねぇ!」


 ミイナが同意した。

 初見殺しである、戦士の武器としては中々有効な手段だ。


「そうですね、剣士とかは結構戦ったことありますけど、杖使いはそういえば初めてでした」


 素直な感想を述べるセシリア。


 剣士ならば、やはりある程度修練を積めば積むほど、似通う部分がでてくるものである。


 よほど、特殊な剣士でもない限り。


 しかし、杖術は使い手そのものが多くはない。

 そのため、戦闘経験そのものも無かったのだろう。


 アリシアは剣士と戦った事はあるが。

 セシリアは杖術士と戦った事がない。


 戦闘において、初見というのはそれだけ重要な事なのである。


「ところでどちら様でしょうか?」


 セシリアが当然のように会話に混ざるミイナを不思議に思う。


「おっと、失礼、ミイナといいます。第十三祭祀団の班長をやっています、招集に応じて王都へ参りました、副団長様、以後お見知り置きを……」


 優雅に騎士の礼をする、ミイナ。


「うむ、私が副団長のセシリア・リリィだ。以後よしなに」


 こちらも騎士の礼で対応するセシリア。


 二人は見つめ合い、手を取り合った。

 握手である。


 それを見て、フランシスは思った。


 むしろ確信したと言っていい。

 こいつら同類(バカ)だ、と。


「ミイナ……?」


 アリシアが不思議そうに声にだす。


「はい、ミイナっす、アリシア久しぶりっすね。つうか誰だと思ってたっすか? 戻ってきても挨拶もないし、てっきり忘れられたのかと思ったすよ?」


 アリシアとしてもこの人誰だろうと思っていたが、フランシスと話しているので関係者なんだろうなーくらいにしか思っていなかった。


 「本当にミイナ? え? うそ、なんでそんなに大きくなってるの?」


 ミイナは聖騎士(パラディン)としてはアリシアの同期である。

 三年前に修道院の警備につくとの事でそれ以降は手紙で多少やりとりをする程度ではあったが。

 身長はアリシアより少し高い程度であった。


「成長したっすよー、背伸びててびっくりしたっすか?」


 今の背はアリシアよりも30センチくらい高い。


 女性としては長身の部類に入るだろう。


「背もそうだけど、その、む、胸が……」


 三年前は、アリシアと同じくらいだった。


 アリシアにとっては数少ない仲間だったはずなのに。


 嘘だ……ありえない。


 そんな言葉がアリシアの頭を過る。

 けれどもそこには、たわわに実る二つの塊がある。


「ああ、胸筋鍛えたらなったすよ?」


「うそ!?」


 ミイナの言葉に僅かな期待に胸を膨らませるアリシア。


 これから自分も鍛えようかと、一瞬思考を巡らせる。


 けれども期待はすぐさま裏切られる。


「うそっす!」


 良い笑顔で言い放つミイナ。

 右手を握り親指を立てている。


「この裏切り者おおぉぉ」


 アリシアの口から怨嗟の声がほとばしった。


  








 

 

 


 


 

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