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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
四章 団長補佐 守られしもの
52/121

② 覗き魔 ~襲い来る恐怖~

 小さな影が夜道を歩く。


「ふぅんふんふん~」


 煌めく星空。

 それは灯りをつけなくても十分に世界を照らしている。


「ふぅんふんふん~」


 ちょろちょろ、滴る水音がする。


「ふん~ふん~」


 湯けむりが立ち上り、視界が不明瞭である。


「ふん~ふん~」


 けれども関わらず、その足を進めていく。

 湯けむりが立ち上るその源へ。


 温泉へとたどり着いた。


 足先でほんのすこしだけ、確かめるようにお湯に触れる。


「ん……、ちょうど……いい……」


 鼻歌をやめ、静かに足先から浸かっていく。

 やがて肩まで浸かると大きく息をはいた。


「ああ……、一日のしめはこれですねぇ……」


 アリシアである。

 辺りに人影はなく、一人でつかっている。

 なぜか、といえば、アリシアが温泉に入るのはいつも最後なのだ。

 別に仕事が忙しいわけじゃない。


 聖痕(スティグマ)の訓練指揮は取るものの、個別の訓練は完璧に自由である。

 団体訓練は人がそろってから考える、とクリスも言っているので特に気にはしてもいない。


 聖騎士(パラディン)は飯をよく食べる。

 その中でもアリシアは特に食べる。

 それだけ食べるということは、それだけ食事に時間を費やすと言う事だ。


 アリシアが食べ終わる頃には、他の聖騎士(パラディン)達は入浴を済ませて、自室に戻ってしまう。


 ちなみに、料理人(コック)のおばちゃん達はもっと遅い時間に皆で入っている。


 そうなるとアリシアが一人で浸かるのは必然であった。

 けれどもアリシアはこの時間に一人で入るのを気に入っていた。


「ちぃ~ちぃ~こっこ、ちぃこっこ。ほら、ベルちゃんおいで~」


「く~」


一鳴きして寄ってくる小さな影。


 ベルちゃん……ベルサイユと名付けられた蛇女(ラミア)の幼体と一緒に入るからである。


 幼体といえどすでににアリシアの膝丈ほどの大きさであり、尻尾までを含めた全長ならすでに一メートルはあるだろう。

 ベルサイユを拾ってはや二十日と行った所だろうか、拾った時は十センチしかなかったのだから、恐ろしい成長速度である。


 流石に魔物と行った所か、けれども甘えるそれは幼女にしか見えない。

 しかし、土耳長(アマゾネス)達は蛇女(ラミア)を見ると一様に顔を引き攣らせるのだ。


 理由はわからなくはないが、気にしすぎじゃないかな、とアリシアは思う。


 普段は厩に他の騎獣と共にあずけているのだが、夜のこの時間だけは一緒に温泉に入るのである。


「ベルちゃん、可愛いのにねぇ……」


「くぅ?」


 首をかしげるベルサイユ。

 下半身は蛇だが、上半身は幼女である。

 金の瞳に金の髪の毛、星明かりを反射して眩く光る。


 まだ言葉は喋らないのか、それとも喋る事ができない種族なのか、アリシアにはわからない。


 気にもしていないが。

 二人? してゆっくりとお湯に浸かっている。


 これが最近の日課である。

 アリシアのんびりとお湯に浸かり、ベルサイユは湯船に浮いている。


 いつもなら、そのまま、ベルサイユが眠りこけて、岩に打つかり軽く騒ぐ。


 そんな日常のはずだった。

 けれども、それは起きた。


 そろそろあがろうかというタイミング。

 アリシアは温泉に浸かっているというに、背筋に悪寒を感じた。

 ベルサイユが唐突に上半身を起こし、唸りだした。


「フシュルルゥゥゥ」


ちろちろと赤く細い舌を上下に振っている。


 恐らくは威嚇であろう、眼を鋭くし、湯気に隠れた闇夜を睨んでいる。


「ベルちゃん、どうしたの?」


 愛蛇の突然の行動に面食らうものの、ベルサイユの見つめる先をアリシアも見つめた。


「誰かいるんですか……?」


 立ち上がり声をかけるも、なんの反応もない。


「……?」


「フシュルゥルゥルゥ……」


 けれども、ベルサイユの威嚇は続く。

 そして、アリシアも何ものかの気配を感じ取る。


「っ……」


 暗がりで何かが僅かに動き出す。

 瞬間アリシアに重圧が襲いかかった。


 それは、今まで感じた事のないような怖れ。


 真夏だというに背筋を這い上がる悪寒。


 良くないものが居る……。


 これはまずいものだ……。


 逃げないと……。


 駆け出したくなる衝動に駆られるが、体は金縛りにあったように動かない。


 気づけばベルサイユの威嚇音も止んでいる。

 目線をベルサイユに下げれば、ベルサイユも身動き一つしていない。

 アリシアと同じく、動けないようである。


 魔法……ではない、魔法ならばベルサイユは兎も角。


 聖騎士(パラディン)であるアシリアに効くはずがない。

 となると何か……けれどもすぐにそれは理解できた。


 動けないのに、体は震えているのだ。


 それは純粋な恐怖……。


 少し近寄っただけ、アリシアはそれだけで怖くて動けなくなった。

 それほどの存在がそこに居る。


 呼吸をするのさえ、億劫なほどの重圧。

 そのせいか、段々と霞んでいく視界。


 わずか数秒のはずなのに、何時間にも感じられるその感覚。

 そして、感じる別の重圧。


 そして同時に、その重圧が途切れた。


「えっ」


 助かった?


 アリシアは安堵した。

 そしてバチャンと水音がする。


 けれども、気づけば、視界は狭く、暗く。

 意識は段々と遠のいて行った。






 


***






「はくちゅっ」


 アリシアはくしゃみと共み眼を覚ました。


 あれは、なに?


 夢にしてはやけに鮮明な……。

 違和感を感じて辺りを見回した。


 白い部屋、馴染みのある薬品の匂いが漂ってくる。

 けれども、それは自室ではないいという証。


「救護室? なんで……?」


 お風呂に居たはず……なのに……。


「ベルちゃんは?」


 我に返り、上半身を起こす。


 けれども、すぐ横にそれは居た。

 ベットのわきでとぐろを巻いてすやすやと寝息を立てている。


 アリシアはほっと胸をなでおろす。


「昨日のはいったい……」


 考えるも、わからない。


 夢、ではない。


 しかし、ここにいる理由もわからない。


 そして思案途中で、ぐぅ、と腹がなった。


 備え付けの時計をみると、ちょうど朝ごはんの時間である。


「朝ごはんを食べてから考えましょう……」


 そっと呟き、ベットのわきで眠るベルサイユを軽く揺り起こす。


「ベルちゃん、朝ですよ~、厩にもどりましょうね~」


「くぅ……?」


 寝ぼけ眼で、眼を擦り、そのまま、するすると窓に向かうベルサイユ。

 どうやらそのまま、厩に向かうようだ。


 さてご飯へ、と思い、立ち上がると枕元にある着替えに気づく。

 用意してくれた誰かに感謝し、手早く着替え、アリシアは食堂に向かった。




***




「あら、起きたんかい? ダメだぁよ。湯船で寝ちょったら」


 アリシアが食堂について開口一番、料理人(コック)のおばちゃんの一人に声をかけられた。


「私を運んでくれたのは、おばちゃんですか?」


「そうじゃけん、昨日仕事あがりに風呂さ、むかったら、あんたがぐーすかねちょったから運んでおいたけん、んでも顔も赤かったから湯あたりやと思うて救護室いうとこにねかしといたばってん」


 少々、訛りが強いが、わからない事はない。


 なるほど、自分が救護室に居た理由はわかった。


「それはありがとうございました」


 深々と頭をさげるアリシア。


「気にするなげっちょ、んだば、朝飯さ食いに来たんじゃろ?」


「あ、はい」


「なんにんめー、食うとか?」


「十でお願いします」


「ほい、来た、ちょっち待ってろ」


 一旦奥に引っ込む、とトレー二つ分に山盛りの量を運んでくるおばちゃん。


「んだば、おまとーさん、よく噛んで食いなぁよ」


「ありがとうございます」


 トレーを受け取り、席を探そうとして、振り返った。


「私以外に何か見ませんでしたか?」


「変なこときくとね? あんたのペットも一緒になって寝こけちょったくらいしか、見とらんげっちょ」


「そうですか……」


 というと、おばちゃんが来る前にはあの何かはその場から消えていた……と言う事になる。


 あれは、いったいなんだったのか……?


「なんぞあったか?」


 おばちゃんが心配そうに声をかけた。


「いえ、多分寝ぼけてたのかな……と思います」


 そう言うとアリシアはトレーを持って、席を探す。

 すると、声をかけるものがいた。


「アリシア様、こちら開いておりますよ」


 呼ばれたほうに、顔を向ければ、そこにはと白い騎士服を着た聖騎士(パラディン)がいた。


 ここで白い騎士服を着ている聖騎士(パラディン)は二人いる。


 一人は言わずと知れた、副団長、セシリア・リリィ。


 そして、今回はもうひとりの方。

 地竜騎士団が団長の娘、リラ・クラスターである。

 若干、臆病なきらいがあるが、真面目で根は優しい子である。


「ありがとうございます」


 促されるまま、席に座り机にトレーを置く。

 もそもそ、と食事を食べ始める。

 とはいえ、昨日の事を考えながらなのでどこか上の空だ。


 すると、見計らっていたのだろうか、トレーが片方空になった頃。

 リラが再び声をかけた。


「今朝はどうしたんですか……? 早朝の訓練に顔を出しませんでしたよね?」


「それは……」


 唐突に話しかけられ、思わず口ごもるアリシア。

 話してもよいものか、下手をすればただの夢である。

 自身の事ながら、確証がもてないでいる。


「あ、あ、私なんかに話せない事なら、いいんですよ? アリシア様は特殊なお立場だとお聞きして……いますし」


 何を勘違いしたのか、リラはすまなそうな顔をする。


「別になんでもないんですよ、ただちょっと現実味がないというか……」


 アリシアは慌てて取り繕うものの、自身でもいまいちつかめても居ないのか、だんだんと尻窄みになる。


「お悩み事ですか……? 私で良ければお聞きしますよ?」


 悩み事……なのだろうか、確かに悩んではいるが、よくわからない。


「そう……ですね……」


 アリシアはためらいながらも、昨夜から今までの経緯を話した。


「夜の温泉に、得体の知れないものですか……?」


「はい……ベルちゃんも一緒だったんですが、どうにも現実味がなくて……」


 あれは何だったんだろうか?


 何かが居たとしたら目的は?


 皆目検討もつかない。


「アリシア様ほどの方が動けなくなるとは……一大事ですね、その、体のほうは何ともないのですか?」


 心配そうに、アリシアを見つめるリラ。


「体に別段怪我はないですが……?」


「そうではなくてですね……」


 リラは僅かに頬を染め、もじもじとしている。

 不思議そうに、首をかしげるアリシア。

 背後から別の声がかかった。


「リラは犯人が王宮の騎士だと思ってるのだよ」


「はい?」


 振り返れば、焦げ茶の騎士服を着込んだ、長い髪を背中に流している聖騎士(パラディン)


 蛇竜騎士団長が娘、フェイト・ケトラスが立っていた。


「王宮の騎士ですって、まぁもっとも、体に異常がないのなら多分違うのだけど」


「なぜですか?」


「風呂を覗きたがるのは男、ここに一番近い所にいる男は、王宮の騎士です。そして男なら裸の女性が目の前にいたら襲うに決まってるじゃないか」


「なっ……!」


 途端に理解したのか、アリシアも頬が染まる。


「違いますっ!」


 思わず悲鳴のような声をあげる。


「ああ、違いますよ。男なら女が裸で気絶してたら襲うだろうしね。体が何ともないなら相手は男じゃない、まぁもっともアリシアさんの体に興味がわかなかっただけかもしれないけど」


 目線が何処を見ているのか、くつくつと笑うフェイト。


「むぅ……」


 体を隠すように抱えて、アリシアは頬をふくらませる。


「フェイトさん、失礼ですよ……、アリシア様、すいません」


 なぜかリラが謝罪した。


「リラが謝る事はないよ、私がからかったのだから」


「自分で言うんですか……」


 呆れたように声をあげるアリシア。


「正直者ですらね、私は」


 フェイトはどこか飄々としている。


「しかし、温泉に得体の知れないものは穏やかじゃないね?」


「そうですね、皆さん利用する施設ですし、不安ですよね……」


 リラが不安げにおろおろする。


「団長がいればいいのだけどね、あの人ならなんでもすっぱり解決しそうだ」


 確かに、と思う。

 クリスは案外理詰めで動く。


 多少の問題事なら、さっくり片付けるだろう。


 もっとも理詰めで動く割には、最後には面倒になって力づくで終わらせるのだが。

 もっともそちらのほうが早く済むというなら、理詰めの範疇なのだろうが……。


「かといって、いつ帰ってくるかもわからないのでしょう? アリシア様は聞いてらっしゃるのですか?」


「流石にいつ帰ってくるかまでは、最長でも二ヶ月以内とは言ってましたが……」


「となると期待はできないね。よし私達で解決しちゃおう」


「解決は私も望むものですが……私達だけでですか?」


 皆に説明したら……? と思うが、まだ慣れてないものもいるというのに余計な不安を与えるのは少しばかり、憚られるのはある。


 だからといって、三人で抱え込むというのも、変な話だ。


「言っちゃ悪いけど、他に頭が使えそうなの居ないでしょ?」


 フェイトがぶっちゃけた。


「いやぁ……土耳長(アマゾネス)だっけあの人ら、確かに強いんだけど頭はちょっと弱くてね……教養を期待できない市政出の子も除外……、子供に教えるようなことでもないし、子供も除外。テートは団長追っかけていないし、レイトは馬鹿だし……? ラグラシアは伯爵家の癖に傭兵なんかやってた変わり者だよ?」


 普通の騎士団ならば騎士は全員魔法を使う。

 そして魔法は感覚的な要素が多い物の、基本的には学問だ。

 そのため、というわけではないが普通の騎士団なら、誰でも大なり小なり誰でも頭脳労働というものはできる。


 けれども、女はそもそも魔法を仕えないのだ。

 つまり、ここには教養のある者が少ないといえる。


「ほら、そもそも頭脳労働担当が圧倒的に少ないんですよ? ここ」


 言われてみて、初めて気づくアリシア。


 確かに、頭脳労働。

 主に書類関係はいつもクリスが一人で抱え込んでいた。

 一応補佐として付いているアリシアですら、書類仕事を行う事など、ほとんどない。


 救護室の薬品や聖水補充時の書類くらいである。

 そして、もしかしたら、自分もそっちは当てにされてないかもしれない、という事実がアリシアに押し寄せる。


 クリスなら使える人は使うだろう……。


 屈辱のような、安堵のような二つが入り混じりなんとも言えない感覚を感じる。


 しかし、ならば……どうするか。

 そして、一瞬悩んだ末、考える事を放棄した。


「それじゃ、三人で調べてみますか?」


 気持ちを切り替える。

 気にしたら負けだと思う。

 何に対して負けなのかは、わからないが。


「あれ? 良いんですか。訓練はどうする? とかゴネるかと思ったんだけど」


「……暗くなってからでは調べようがないですからね……私に暗視の聖痕(スティグマ)はありませんし……」


 アリシアは仕方ない……とあんに告げる。


「私もないですよー、リラは?」


「暗視ではないですが、感知の聖痕(スティグマ)を使えます。代わりになりませんか?」


「感知ですか……、それなら案外何とかなるやも知れませんね」


 アリシアは僅かに喜んだ。

 正体はすぐに突き止める事ができるかもしれない。

 期待がもてる。


 感知の聖痕(スティグマ)


 それは、起動すれば自分を中心とした一定範囲内の空間を把握、感知する事ができるという聖痕(スティグマ)だ。


 発動効果は、範囲内であれば、箱に入ってようが、瓶詰めだろうが、どんな状態か、形そのものや、どんな動きをしているかがわかる、という代物である。


 聖痕(スティグマ)位置は右頬なのだが、常時発動効果は無い。

 特殊系に準ずる聖痕(スティグマ)である。


「でも夜にでるって事は覗きの騎士じゃなければ、不死族アンデットですかねー?」


不死族(アンデット)なら、生者を襲うのでしょう? アリシア様は気絶なさっただけどいうのだから、それはないのじゃないですか?」


 不死族(アンデット)と聞いてアリシアは頬が引き攣るのを感じた。

 何を隠そうアリシアは不死族(アンデット)が苦手である。

 神官がそれでいいのか、と思わなくもないが。

 苦手なものは仕方ない。


「聖水準備しますね……」


 一般的に不死族(アンデット)に効果的とされるのは、光と炎である。

 魔法でも他の何かでもいい、例えば松明なんかでもいい。

 そして例外として、聖水も効果が抜群である。


 ある意味神官や聖騎士(パラディン)にとって一番、倒しやすい相手でもあると言えるのだが。


 それでも現場で、その何かを確認しなければ始まらない。


「では、行きましょう」


 そう言うと、アリシアは空になったトレーを置いて、二人を連れて風呂へと向かう。


 行き掛けに倉庫から武器と聖水を数本持ちだして。




***




「何もないですね……」


 アリシアが呟くのも無理はない。

 温泉に来たものの、朝食後すぐでは流石に人もいない。

 湯気こそ漂うものの、他には何もない。


「アリシア様は昨夜、その何かとやらは何処に居たのですか?」


「多分、あのへんの岩陰ですね……」


 アリシアの指し示した所は、一段と湯気が濃く。


 よくみれば柵で囲まれていることから、恐らくは源泉が湧き出ている所である。


 しかし、湯気のためか肉眼では確認はしづらいがかなりの深場である。


「使います……」


 そう呟いて、リラが頬に十字の光を灯す。

 感知の聖痕(スティグマ)が発動する。


 リラは眼をつぶる。


 自分を感じ、体を感じ、小魔力(ポリ)を感じ、大魔力(モノ)を感じる。


 空気から湯気、湯気からお湯へ、お湯から大地へ、大地から世界へと。

 感知する範囲を徐々に増やしていく。


 アリシアを感じる、フェイトを感じる。

 そして、湯気の中心へと知覚範囲を広げていく。


「何もいないですね……」


 リラのその言葉に安堵するアリシア。


 なんだ……やっぱりただの夢だったのかな? 湯あたり?


 しかし、けれども、とも思う。

 あの重圧は現実だった。


 言いようのない恐怖。

 思い出すだけででも怖気が走る。

 アリシアが、僅かに体を震わせた時だった。


「何かっ、居ます! 警戒を……!」


 リラが叫んだ。


 三人に駆け巡る衝撃。

 しかし、動揺はするものも、アリシアは杖を手に構えた。

 いったい何が……。


 リラは一寸さがり、フェイトが片手平剣(ブロードソード)を構え前にでる。


「牛……? いやこれは……」


 そこには湯の中に居たのだろうか。

 牛のような体に、灰色の長い体毛。

 顔は猪のように大きくいかめしい、角が二本あり。


 そして最大の特徴だろう、顔の中心に眼が一つ、それもかなりの大きさだ。


 それは湯に浸かり、眼を閉じている。

 しかし、首だけを出すようにして、アリシア達三人のほうへ首を向けていた。

 アリシア達に重圧がかかるも、けれども昨夜ほどではない。


「先手必勝ってね!」


 叫び、フェイトがかけ出した。

 光る、フェイトのふくらはぎ。


 健脚の聖痕(スティグマ)だ。


 常時効果は脚力の向上。

 発動効果は、ありとあらゆるものの上を駆ける事ができるという。

 極めたものなら、空気さえ足場にして空をかけるという聖痕(スティグマ)だ。


 そして、それは水も例外ではない。


 温泉の上をまるで地面の上かのように駆けぬける。

 そのまま、飛び上がり、牛のような相手に斬りかかる。


 狙うは明らかに大きなその瞳。

 キィン、と響く硬質な音が響きわたる。

 額を狙った剣は、目前で動きを止めていた。

 角が交差し、額への攻撃を防いだのである。


「角が動くとか、気持ち悪いなぁ!」


 後ずさり距離をとるフェイト。

 なぞの相手は動く素振りすらみせない。

 ただ、開いていないはずの瞳で、フェイトを捉えているのだろうか。

 首の動きはフェイトに合わせて動いているように見える。


「フェイトさん、後ろへ!」


 リラが叫ぶと同時に聖水を瓶事投げつけた。

 角にあたり、パリンと小瓶が割れ、なぞの相手に振りかかる。


 けれども微動だにしない。


「……効きませんか……まぁ、朝にいる時点で不死族(アンデット)ではないですが……」


 リラが嘆息する。


「魔物……なんでしょうか……動きもしないですし……」


 アシリアは思案する、けれども答えはでてこない。

 その間にもフェイトが再び、飛びかかる。


「あああああっ!」


 気合一声。


 腕に光るは剛力の聖痕(スティグマ)か。

 再び、角で防がれるも、そのまま押し切る気なのか。

 ぐいぐいと押し込んでいく。


 角に僅かな亀裂が入る。


 いける!


 フェイトがさらに力を込めようとした時だった。

 なぞの相手の大きな瞳、それが僅かに開かれ始める。


 そして同時にリのが小魔力(ポリ)の集約を感知する。


「いけない、下がって!」


 叫ぶリラ。

 けれども、それは一瞬の出来事だった。


 眼は開かれた。


 綺麗な眼だった。

 まるで深淵を覗いたかのような黒い瞳。


 見ているだけで吸い込まれそうになる。

 そして、その瞬間。


 昨夜アリシアが感じたそれが再び、今度は三人を襲う。


 襲いかかる重圧。

 呼吸をすることすら困難なほどのもの。


 一番近くにいたフェイトなどは、ピクリともしない。


 既に呼吸もしていないのだろう。

 まるで石になったかのように、動きを止めて。


 ふくらはぎから光が消えて。

 そして、そのまま温泉に沈んだ。


 言葉もなく。

 動きもせず、ただそれを見つめるアリシアとリラ。 


 瞬間、そして、怯えたように眼を見開いた。


 そして、それは。

 唐突に姿を消した。


「え?」


 途端に消える重圧。


 なんだったのだろうか……?


 疑問に思うが、けれども正直、何がなんだか分からない。


 アリシアは呆然とする。


「フェイトさん!」


 叫び声で我にかえる。


 リラが温泉に飛び込み、フェイトを抱きかかえる。


「フェイトさん! フェイトさん!」


 声をかけるも反応はない。

 フェイトはまるで戦っていたときのままの表情で、固まっていた。 


「急いで救護室に!」


「はい……!」


 フェイトを抱きかかえ、走るリラ。

 アリシアも後を追う。

 後を追いながら考える……。


 突然現れた正体不明の敵。


 なぞの重圧に固まったフェイト。


 理由がわからなかった……。


 そこまで考え、自体は既に、自分の手には負えない物と成っている事に気付き、歯噛みする。


 私達だけでは厳しい……。


 温泉は封鎖して、王宮か神殿から増援を……。

 考えているうちに救護室に到着する。


 フェイトをベットにのせる。

 相変わらず固まったままである。


 原因はわからない。

 いや、わかっているが分からないのだ。


 何をされのかが不明すぎる。

 けれども固まるという症状は尋常ではない。


 わからないがやるしかない。


「治療を初めます……!」


 アリシアは気持ちを切り替えるために気合をいれて告げる。

 誰にいうでもなく自身に向けて。


 アリシアの右手の甲が十字の光を宿し。

 両手の薬指に十字の光が灯った。


 


 


名前間違えてた。

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