Epilogue The return
改修
冷たい風が頬を撫でる。
地上は遥か遠く下方に位置し、雲の上に出てる今その姿を確認する事はできない。
雲の上には騎影が十と五つ。
三角の形で編隊を組んでいる。
時刻は夜中、月は新月なのか姿は見えず、明かりは存在しない。
けれども、隊列は乱れもせずの飛んで行く。
騎影は獅子の体に鷲の翼と頭を持つ幻獣。
鷲獅子だ。
その背中にはそれぞれ二人づつ外套を羽織った者が騎乗している。
「あまり速くはないが鷲獅子も悪くないな…………」
先頭を進む騎影に跨る女性、クリスがつぶやいた。
鷲獅子…………ウェスタリアの幻獣騎士で正式に使われている幻獣である。
気性は荒く肉を好むが、慣らしてしまえば誰でも乗りこなせるというお手軽騎獣である。
「ええ、この子たちは夜目も効きます、私達半吸血鬼と相性が良いので…………夜の警備にはとても役立ってくれます」
そう言って鷲獅子の背中を軽く撫ぜるレティ。
「キュルルル」
鷲獅子も気持ち良いのか猫のように喉を鳴らした。
「しかし、良かったのですか? 女王の事を誤魔化しても?」
「問題あるまい、むしろ退治した礼としてこうして鷲獅子を融通してもらったくらいだ。嘘も方便と言うやつだ」
ルシエンとの戦闘跡。
破壊の跡の残る地下空間。
全てを吸血鬼の女王の責任にし、倒した事にしてその場を切り抜けたクリス。
吸血鬼の女王を倒した礼にと一五匹もの騎獣を手に入れたのだ。
「そうですね…………ふふっ」
何が可笑しいのか突然笑い出すレティ。
「どうした?思い出し笑いか? 人前でやると引かれるぞ?」
一言も二言も多いクリス。けれどもレティは気にもしない。
「なんだか、いろいろ可笑しくって…………」
空を見上げ、呟くように話し始めるレティ。
「私、ついこの前まで父上に怯えて生きていたのに、任務中に突然襲われて…………突然助けてやるって言われて、それも凶悪なはずの聖騎士に」
その言葉に若干渋い顔をするクリス。
けれども後ろに乗っているレティのその顔を確認する事はできなかった。
吐き出すように続けるレティ。
「敵のはずの抵抗勢力に潜り込んで、いつバレるか…………とても怖かったんですよ? それでも一緒に戦って…………気づけば父上は死んで…………死に際は見てないけど、でも見たくもないかな?」
レティはくすくすと笑う。
「あれよあれよと言うまに事が進んで…………それで私達も聖騎士になるんだって…………」
まるで熱病に侵された者のように、クリスを見つめるその視線は熱を帯びていく。
「私ほとんど何もしてないのに……姉妹まで……助けられちゃって……あのまま国に残っても前王の娘なんて死刑に決まってますもんね。クリスさんは戦える女性が欲しかっただけだってわかってるけど……」
一瞬の間をあけ、レティは深く息をすう。
「改めて、有難うございます」
朗らかに笑った。
その眼には僅かに涙が溜まっていた。
「聖騎士とは騎士だ。今までと同じかそれ以上に命の危険はあるかもしれないぞ?」
そんなレティの雰囲気を察したのか、クリスはあえて感情的には慰めない。
淡々と事務的に、事実を語る。
「猿人相手くらいじゃ父上に比べたら怖くもなんともないですから」
レティはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
「だといいがな…………」
「そんなことより良かったんですか? 他にも戦える女性を探していたんじゃ?」
自分たちのことをそんなと称するあたり、どれほど虐げられていたのかが伺える。
「時間切れだ、こいつとの戦闘をあれこれ聞かれるのも面倒だしな……」
懐に入っている、蝙蝠化しているルシエンをクリスは覗きこむ。
ルシエンはまだ眠っているのか動きもしない。
クリスはそれを見て小さくため息をつく。
「……それにヒイロ一人で十分だ。あいつは一人で戦略級だ」
満足だと言わんばかりの台詞だった。
「私達も尽力いたします!」
そんなクリスの台詞を聞いてレティは張り合うように宣言する。
「期待している……夜明け前には国境着く。手続きをしたらすぐに王都に向かう……休みなしだが大丈夫か?」
「了解です。問題ありません半吸血鬼の体力をなめないでくださいね!」
レティは言い切るが、クリスにはどこか無理をしているようにも見えた。
「王都に入ったら一悶着ありそうだが……まぁなんとかなるだろ。仮に敵意を向けられても大人しくしておけよ?」
レティは不思議そうに眼を丸めたが、完結に答えた。
「了解です」
「見えたぞ国境だ…………」
国境と言っても小さな関所がいくつか配置されているだけで、常駐の騎士団が、一つか二つ、当番制で配置に付いているだけである。
エフレディア王国は出入りの際にここで手続きをして旅券というものを発行しなければ王都や他の街には入れないのだ。
当然、国を出るときにも寄ったのだが、エフレディア国内から他国外に行くのと、他国からエフレディア国内に入るのにかかる手続きというのは、断然後者のほうが大変なのである。
もちろん行きはすんなりと通れた。
クリスは光玉を懐から取り出そうとして、そこにルシエンが入っているのに気づいた。
「…………レティ光玉を掲げてくれ」
「了解です」
レティが言われたとおりに光弾を掲げる。
レティが僅かな小魔力を込め光を発する。
しばらくすると関所のほうでも、光玉を浮かべたのだろう。
小さな光がいくつか見える。
クリスは右手をあげ、後ろの騎影に支持を伝える。
全体がゆっくりと下降を始める。
次々に着地する鷲獅子たち。
クリスが飛び降り、皆が鷲獅子から降りた。
関所から槍を構えた数人の男が歩いてくる。
その中で一人腹が出ている…………偉そうな中年騎士が声をあげた。
「なに用か! 月も出ぬ夜に航空騎兵など国家としての宣戦布告として取られてもおかしくないぞ!」
「驚かせたのなら詫びよう。入国許可を頂きたい」
クリスが堂々と前に出た。
「ならぬ……! なぜこのような夜分に参るか? 航空騎兵ならば朝でも良かろう? それともよほどの急用か?」
口早に尋ねる騎士。
「この者達は陽の光を受けると、体が壊死する病を患っていますの……そのため夜分に」
テートが前に進みでた。
声の主の姿を見ようと光玉を掲げる中年騎士。
テートと外套の下に見えるテートの騎士服が眼にはいる。
「それは翼竜騎士団の……なぜ女が……」
「あら? 父の騎士団をご存知ですの?」
「グラン殿のご息女であらせられるか!」
途端中年騎士は大きな声をあげる。
「ええ、そうですけど?」
「お名前を伺っても?」
「テート・サーシェスと申します」
言いながら指輪だろうか、テートは家紋を彫り込まれいるそれを中年騎士に見せる。
「間違いない、サーシェス家の文様だ。では手続きを致しますので中へ」
中年騎士は文様を確認して頷いた。
先ほどとは打って変わって急に優しい物腰になった。
「有難うございます、父とお知り合いなので?」
「いえ直接面接はございません……けれども王都最強の騎士と呼ばれるグラン様を知らぬものなどこのエフレディアいませぬよ」
中年騎士は朗らかに笑う。
「騎獣ならば夜明け前に王都にはつきましょう、王都への連絡もこちらで致しますのでどうぞ中へ、手続きをいたしましょう」
「気遣い痛み入ります」
テートは礼をいうと関所にある屋内の休憩所に足を進める。
クリス達もそれに続いた。
中年騎士は話を進める。
「他国の者をテート様が王都に連れていくとはグラン様からの何かの密命ですか? それとも秘密の国賓だったりしますか? あ、入国の書類はこちらです」
中年騎士は声を潜める。
それにはクリスが答えた。
「実は隣国の姫君達でな、お忍びなんだ…………」
クリスの騎士服を見て中年騎士は不思議そうな顔をする。
「貴方も、グラン様の?」
「いや私はテート様の護衛でな…………」
話を盛って行くクリス。
ある意味嘘はついていないので質がわるい。
こそこそと中年騎士と話し込む。
「なるほど、わかりました。皆まで言わなくともわかりますとも!」
何度も頷く中年騎士。
「見たところ女性だけ、お辛い旅路でしたでしょう、よければ王都まで先導を付けましょうか?」
「いや、それには及ばないさ、空の旅だ。滅多なことでは道中危険などないよ」
クリスは貼り付けたような笑みを浮かべる。
「そうですね……ではいいでしょう残りの手続きは私がやっておきましょう。どうぞお通りください!」
「ありがとうグラン殿に貴方の名前を伝えておこう、何と言うのかな?」
「これは失礼! サーメル・ライトリアと申します! これでも伯爵の位を承っております」
ライトリア?何処かで聞いたような?
何かが引っかかるクリス。
「ではよい旅を!」
そう言って笑顔で送り出してくれるライトリア伯爵。
他の騎士たちも敬礼している。
夜中にたたき起こされたのだろう、一部の兵士は眠そうだ。
旅券を受け取り鷲獅子に騎乗するクリス達。
「父が役に立つ日が来るなんて…………」
テートは何気なくひどい事を呟く。
鷲獅子達は再び舞い上がり闇夜へと飛び立った。
***
「さすがに夜にこの人数は怪しまれることこの上ないな…………」
グリフォンにまたがり、クリスは呟く。
「すいません、半吸血鬼のせいで…………」
レティが謝罪する。
「陽の光に弱いのは半吸血鬼の生理現象のようなものだろう……気にすることはない」
「はい……」
頷くものの項垂れるレティ。
陽の光の元では半吸血鬼の身体能力は極限まで低下する、一般の女子供と同じかそれ以下だ。
ウェスタリアで戦っていた時には黒装束に仕組みがあったらしい。
日の光をまったく通さないらしい。
けれどもヒヘトを倒した後、その効果は消えてしまったらしいが。
クリスは朝の旅では辛かろうと夜の飛行をしていたのである。
とはいえ、王都グラナデウを出発して飛び続けてはや一週間、いい加減疲れも極限に達している。
これだけの騎獣を連れて街によれば当然のごとく目立つし、女ばかりで似かよった容姿。
王族が逃げているとしか思えないだろう。
下手に問題を起こしたくもなく、起きた場合はいちいち王都まで確認を取らせる手間がかれば無駄に時間ばかりを浪費してしまう。
そのためウェスタリア国内ではろくすっぽ街にもよらずに、一直線に関所まで飛んできたのだ。
そして関所もなんなく抜け、もうすぐ王都なのである。
クリスとしては野宿でも構わないのだが、いい加減令嬢であるテートや、まだ幼いヒイロがそろそろ限界に近いように感じる。
「王都はどうするかな、警備の騎士団に連絡は行ってると思うが流石に街の門はあけられまい…………」
航空騎兵用の門もあるにはあるが、そんなもの夜中にやすやすと開けれはしないだろう。
流石に壁を飛び越えて入るわけにもいかない。
公爵家の権力を使ってもいいのだが、流石に夜に門をあけるためだけに使うのは憚られる。
人だけなら通用口でもいいが、鷲獅子がいるのだ、門をあけさせなければ中に入れる事は難しい。
「……翼竜騎士団の厩にでも回ってみるか?」
テートがいるから無碍にはできまいと策謀を巡らせるクリス。
翼竜騎士団の本拠点は王都より南東に進んだ山岳地帯に配置している。
とはいえ、さほど離れているというわけでもなく、翌竜騎士団の宿舎には翼竜すらも通れる大きな隧道が地下から王都へ伸びているのだ。
しかしクリスが考えを巡らせているうち、すでに王都の外壁が見えてきていた。
連絡が回っていたのだろう。
門の前では光弾を掲げた兵士が合図を送ってくる。
「下降せよ……一三番を開く……?」
合図を読取るクリス。
王都には門が大きな門が二十あり、用途によって使い分けられている。
十三番、それの意味する所。
「航空騎兵用の門? 翼竜騎士団の誰かが手を回したか……?」
とはいえ、入れるのならと、クリスは素直にその指示に従う。
「レティ光玉を貸してくれ」
「はい」
クリスは光玉を掲げて信号を送り返す。
「了解……と」
従う意を見せる。
一三番、空中にある門である。
要塞のような外壁にぽっかりと開いた空中の門。
用のないときは、鉄の槍で幾重にも塞がれているはずのそこは、今はぽっかりとその入口を開けていた。
クリスは後ろに手信号を送りそこを一列縦隊に成って飛び抜ける。
無事門内に入ることができたクリス達。
すぐさま降下し、着地に入る。
次々と着地する鷲獅子達。
クリスがそれを確認しながら一息ついていると、声がかかった。
「今回の者達は、また面白いものを連れてきましたなぁ」
大司教がそこに佇んでいた。
「闇の眷属達に、精霊の巫女……いやはや面白い」
突然の大司教の登場に面食らうクリス。
「大司教殿? なぜここに……!?」
「いやはや、王妃様から今度はウェスタリアに向かったと聞きましてな、どんな者達が来るのかと年甲斐もなく気になりましてな」
好々と笑う大司教。
「大司教殿にも帰還の連絡が?」
「いや、そこはほれ。わしもこれを持っていますからな」
そう言いながら両の目の光らせる大司教。
千里眼の聖痕だ。
「なるほど……」
「私は未来視が得意でしてな……、今の時間に来るだろうと手を回しておいたのですよ。さて、準備は整っております先に神殿で待っていますぞ」
ずんずんと先へ進む大司教。
「えっと、ユカラ。俺は手続きがあるから後は頼んでもいいか? 神殿側が準備を整えてくれた手前、明日になどとは言えなくてな、休ませてやりたい所悪いが、神殿に向かってくれないか? すぐに俺もおいつく」
「事情というものがあるのだろう。構わん任されよう……では皆、行くぞ」
ユカラが他の者を先導し、神殿へと歩みを進めた。
ユカラ達の姿が見えなくなるのを確認した後、クリスは手続きをするため、門兵の待機所へと向かった。
***
何処からともなく吹き抜ける風。
神殿の地下。
倒れている半吸血鬼達。
草原に転がされている。
「儀式としては問題ないと……聞いていても次々に人が倒れるというのは毒でも食らっているかのように見えないか?」
ユカラが大司教に問うた。
「毒と薬は紙一重と申しましてな……。問題ありますまい。聖水が魔を祓ったまでのこと……」
また一人半吸血鬼が聖水を口にして倒れる。
「半吸血鬼としての力を失い、黒耳長の聖騎士になるというのは……、なんとも言えんな……強くなっているのか弱くなっているのか……」
魔物との混ざり者である半吸血鬼が聖水を飲めばこうなるのはある意味当然の事だったのかもしれない。
ちなみにヒイロは気絶もせずに普通に聖騎士になれたので倒れている者達の様子を見ている。
「半吸血鬼のままでは神殿として見過ごすわけにも行きますまい。今は嘆いてもいずれ良かったと思う日が来るでしょう」
こうなる事が分かったいたような口ぶりで大司教は語る。
「確かに闇の中での動きは今までどおりとは行きませんが……逆に陽の光が大丈夫というは新鮮ですね」
気づけばいつのまにやらレティが立ち上がって、ユカラの横に居た。
先ほどまで倒れていたというのに存外にタフなのか、それとも魔物としての因子が少なかったのか。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、立ちくらみ……のようなものでした……治ってからはむしろ滾るような小魔力の躍動を感じます……」
元から魔力の扱いには敏い種族である、猿人とは違い何かあるのだろう。
「そういうものか……?」
不思議そうな顔をするユカラ。
「ユカラさん…………土耳長が聖騎士になったときは何もなかったんですか?」
「我らも耳長の混ざり者ではあるが……特に何もなかったな。土人の血のほうが強いんだろうな……魔法なぞほとんどのものが使えんから何とも言えぬ……しかし滾るというなら試しがてら戦ってみるか?」
ユカラは興味があるといった風に言う。
しかし、それは別の声に遮られる。
「そんな暇があればとっとと宿舎に向かえよ。この人数で神殿に泊まる気か?」
クリスがいつまにかそこに立っていた。
「案外はやかったな?」
「大司教殿に何か粗相をされてはかなわないからな……」
「構いませぬとも、若き乙女と話せるだけでも若返る気分ですよ」
「左様ですか……」
クリスは若干呆れたように応える。
若き乙女と言われてなんだか嬉しそうにしているレティとユカラ。
ヒイロがクリスに気づいて寄ってきた。
「クリスねーちゃん、なんか腹へったよ」
「早速か……この時間じゃ店は閉まっているからな、宿舎なら何かあるだろうか……」
聖騎士の宿命である。
「なら早い所向かうとするか? 言われてみれば私も腹が減った」
ユカラもグーと腹の音を鳴らす。
ある意味器用な奴である。
「全員問題ないなら向かうが……そういえばテートは何処へ行った?」
クリスは今気づいたとばかりにあたりを見回す。
「一足先に宿舎に帰還の報告をしに行ったぞ、料理くらいは用意してくれているかもしれないな……」
「……先ほどの手続きのついでに飛行許可もとってきている、とっとと行くとするか」
そう言うとクリスは大司教に向き直る。
「それではお暇致します、門の礼はまたいつか」
「何、ウェスタリアと聞いて昔が懐かしくなりましてな、少しばかり興味があっただけのこと、過去に逃した敵の首級がウェスタリアに逃げ込みましてな。今でも思うと血が滾ってしまい、年甲斐もなくと行った所でして……」
大司教昔を思い出したのか、少々興奮した面持ちで語る。
「おっと長話は若い娘さんには面白く無いかな?」
ヒイロがつまらそうな表情をしている事に気付き、大司教は話を終わらせた。
「では、また縁があれば合うでしょう、その日まで神の導きがあらん事を」
そして、胸の前で十字を切った。
「では、いずれまた」
騎士の礼で返すクリス。
そうして、クリス達は神殿を後にした。
***
鷲獅子で空をかける事、およそ三十分。
すぐに宿舎は見えてきた。
夜中だというのに宿舎の外には明かりが灯り人の姿が見える。
起こされたのだろうか、おばちゃん達の姿も見える。
クリス達が着く頃には宿舎の外ではすでに炊き出しが始まっていた。
よくみれば酒もあるのか若干宴会気味ている。
クリス達を見つけたのだろう。
ポニーテールの女性がぶんぶんと手をふりさけんだ。
「団長殿! ユカラ殿! お帰りなさい! 新人諸君はよろしくであります!」
レイトである、手がはちきれるんじゃないかとばかりに振りまくっている。
厩の近くに着地するクリス達、順番に厩へと鷲獅子達を入れていく。
レティ達はすでに宴会に向かわせている、今頃自己紹介でもしているだろう。
「こんな夜中に何やってんだかなぁ……」
クリスは呆れたように呟く。
その顔には若干疲れが滲んでいる。
「結果的に飯が食えそうだし良いではないか?」
「そうか……まぁ歓迎会も兼ねてるとは思うから半吸血鬼と他の奴らの間を取り持ってやれよ?」
「お主は来んのか?」
不思議そうに尋ねるユカラ。
「俺はちょっと書類を見てくる……溜まってるだろうし……主に領収書」
クリスは悲壮な顔をして一人だけ宿舎に向かおうとする。
「忙しいやつだな……あ、あと半吸血鬼は黒耳長に成ってるぞ」
「はい?」
それを聞いて、クリスは素っ頓狂な声をあげた。
「聖騎士に成ったときに魔を祓ったとあーくびしょっぷ? 殿が申されていたぞ?」
「……マジで?」
「聞いただけの私に聞かれても困る」
「暗殺者部隊でも作ろうと思ってたのに……」
クリスはがっくりと肩を落とす。
半吸血鬼の、夜の戦闘能力は驚異的だ。
それこそ、一人一人が聖騎士化する前のユカラよりも強かったのだ。
「ああ、黒耳長なら魔法部隊でもいいか……でも実際どのくらい使えるのか……」
ぶつぶつと構想を練っている。
するとクリスの胸が突然動きだした。
ユカラはぎょっとし、眼を見開く。
「なんだそれは……?」
「ああ……こいつか」
クリスが言いかけた所、内ポケットから蝙蝠状態のルシエンが飛び出し、ポンっと軽い音を立てて人の姿になった。
「おはよう。母さんご飯ー」
クリスに抱きつくルシエン。
「お主子持ちだったのか……それもこんな大きな……いつ産んだ子だ? アリシアが悲しむぞ?」
ユカラは大真面目な顔でのたまう。
「色々と突っ込みたい……が、だるい……」
「つまらないやつだ……」
クリスの反応が面白く無かったのだろ。
ユカラは、つまらなそうに言い捨てた。
「こいつも半吸血鬼……黒耳長に混ぜてこい、見た目は同じだからばれないだろ」
クリスはルシエンを突き出した。
「見た目は同じ? ということは違うのか?」
「私は吸血鬼の女王よ? 母さんと契約したの」
ルシエンはのほほんと笑う。
「ほう。地下で戦ったという……なるほど契約したのか道理で焦ったように国を出るわけだ」
ユカラは納得したように頷く。
「つうか、お前内ポケットにいたとはいえの選別の階段通れたのか……」
変なものを見るかのようにクリスはルシエンを見つめた。
「なんの事かわかんないんだけど?」
実際寝ていたのだろう、わからなくて当然だ。
「いいや別に……」
諦めたクリス。
「まぁ俺は団長室にいくから、てきとーにやっててくれ、一応ルシエンの正体はバラすなよっと流石にダンピ……黒耳長連中はわかると思うが、まぁあえて追求はしてこないとは思う……」
「ふむ、心得た。ルシエンと言ったか私はユカラだよろしく頼む」
「ルシエンよ、よろしく」
挨拶を交わす二人を尻目にクリスは宿舎へと歩みだした。
***
クリスが団長室に入る途端に眼に入る書類の山。
「多い……」
椅子に腰掛け書類に軽く眼を通すクリス。
「また住民手続きがきてら……これ誰が発行してんのマジ……」
ぶつくさと文句を言いながらも重要と書かれた書類だけとりあえず眼を通していく。
「王妃様が行ってた公募ってのはどうなったかなぁ……」
そんなクリスの独り言に反応する声があった。
「結構集まっているみたいですよ? あとは分別だけとか」
「ほう。それは助かるな……」
反射的に応えるクリス。
「それよりクリスのほうは何人くらい連れてきたのですか?」
「ダンピ……黒耳長を二十六と変わった魔法を使うのが一人」
「前回より少ないですね……? こちらは王都近郊を含めて女性聖騎士十名揃いましたよ」
「ありがたい、これでもうひと息と行った所だな……」
「そうですねぇ、お疲れ様です」
「おう、ところでアリシアいつからそこに…………」
さも今気づきましたよというふうにクリスは驚いたふりををする。
「わざとやってるんですか?」
頬をふくらませるアリシア。
「いや、そんな事はないが……すまないな」
クリス素直に謝罪する。
「所で俺が居ない間なにかあったりはしたか?」
「特には……さっき言った事くらいで皆さん真面目に訓練に励んでいましたよ」
「そうか、それは良かった」
「所で何か言うことはないんですか?」
「土産なら、干し肉があるぞ……」
もちろん土蚯蚓の肉である。
「それは後で頂きますってそうじゃなくて、帰ってきたら言わないと!」
アリシア若干叫ぶように言い放つ。
一瞬考え、思い当たったとばかりに眼を見開くクリス。
「そうか……ただいま。アリシア」
その言葉を聞いてアリシアは微笑んだ。
「お帰りなさい。クリス」
改修




