ⅩⅠ The daybreak of the victory
改修
地下に鎮座する祭壇。
その祭壇が設置されている広間の中央では激しい打撃音が響き渡っている。
一方、白い砂漠用貫頭衣を着込み、中肉中背の雄の鬼名前をリガルト。
武器らしい武器はもっていない。
方や、背中までのばした赤銅色の髪の毛を靡かせ、娼婦のように露出の高い服装をした雌の鬼シダーラ。
武器は手甲だろうか、紅いソレを手の甲に装備している。
見目で共通しているのはその黄色い肌くらいだろう二匹の鬼。
そして、双方ともその肌にはあちらこちらに殴打の跡が見て取れる。
殴りあいが始まってすでに一分。
息も切らさずに互いに殴り続けている。
それを見つめる銀髪で紅い瞳の女性……クリスは倒れた石像の上に腰を掛けており、同じく銀髪で青い瞳の女性を足で抑えている。
青い瞳の女性……黒耳長はしくしくと泣いている。
そしてクリスのその手には石像の首らしきものを抱えている。
「おーい、首とってあんだけどー」
クリスは軽く声をかける。
けれども、二人は殴りあいをやめようとしない。
むしろどんどんと激しくなる攻防。
しかし、拮抗しているのか大きな変化は見られない。
「戦闘狂共め……」
クリスは吐き捨てると黒耳長に目線を向けた。
背中を足で抑えられ這いつくばっている黒耳長。
先ほどから、号泣している。
「なぁお前? 黒耳長だよな?」
冷淡な声をかけるクリス。
「え……、はっはい。わしは黒耳長でありんす……」
黒耳長はおずおずと答える。
「なんで吸血鬼なんかを助けようとした……?」
クリスは考えながら問い詰める。
「わ、わっちの、夫を……助けようっとするのが、そっそんなにおかしい事……でありんすか?」
「夫? お前ルシエン王妃か?」
「……そうでありんす」
見定めるように、クリスはルシエンを見つめる。
広間の中央から叫び声が響く。
「ふぉわっちゃー」
「あああああああ」
広間の中央ではリガルトとシダーラが時折奇声をあげながら激しい肉弾戦を繰り広げている。
クリスはそっと視線を中央に向け、そっと元に戻した。
「お前は魔眼で操られていたんじゃないのか……?」
「その程度のもの……破れない黒耳長族ではないでありんす……」
「……それじゃ何か? お前は自分の意思でヴァンパイアを助けようと思ったってことか?」
心底不思議だと言わんばかりにルシエンを見つめるクリス。
「それの何が悪いのじゃ……?王は……ヒヘトはわしの夫でありんす。夫を助けるのは妻として当然のこでありんす……」
言葉に怒りをにじませるルシエン、その瞳は涙に濡れているが、前を見据えていた。
どうやら喋った言葉は本気のようだ。
「お前らの娘は殺されるとか騒いでたけど?」
その言葉を聞いて、バツが悪そうに口ごもるルシエン。
ぽつりぽつりと語りだした。
「……ヒヘトが娘の半吸血鬼達をてひどく扱っているのは知っていたでありんすが……、娘達には悪い事をしたと思っているでありんす、けんども……男子を産めぬわしらも悪かったでありんすし……怒らせなければ妻たちには優しい夫であったのでありんす……」
親としての幸せより女としての幸せをってか。
クリスは何とも言い難い気分でルシエンを見つめた、そして軽く踏む力を強める。
「うっ……」
僅かに呻くルシエン。
再び広間の中央から叫び声が響く。
「サンテルラの誇りに賭けて!」
「ネルトビスだからと言ってを舐めないでもらおうか!」
広間の中央ではリガルトとシダーラが激しい肉弾戦を繰り広げている。
クリスはそっと中央を見たがすぐに視線をそらす。
「なら酌量の余地もない……か……、どの道……王が打たれたことだし、お前もすぐ処刑台だな?」
クリスあっさりと死刑宣告をする。
その目は物をみるかのように冷淡だ。
「聖騎士め……貴様らさえいなければ……、十字の狗め……、いつまでわしらを苦しめれば気が済むでありんすか……大戦もそう……お前らは平和に暮らしていたわしらを唐突に殺し始めたでありんす……」
怨念のように呟くルシエン、その眼には怒りが浮かんでいる。
「殺し殺されはお互い様だろう? 歴史には付き物だろうが……」
くだらない、クリスは一蹴する。
「わしらが何をしたと言うんでありんす……大戦から逃げ延び平和に暮らしていただけでありんす……」
「さて、お前らがしてなくても王はしてたんだろう、だから反抗勢力なんてものができるんだ」
その言葉に驚き、思わず起き上がろうとするルシエン。
しかし、背中を抑える足に力を入れられ、ジタバタともがく。
「どうした? まさか反抗勢力を知らなかったとは言うまい?」
クリスは問いかける。
「知らんかったでありんす! つまりお主らは聖騎士であっても神殿の使いではないと言う事でありんすな?」
開き直るルシエン、不思議な事をクリスに問う。
そして再び広間の中央から叫び声が響く。
「奥義……地獄突!」
「奥義……桜舞!」
広間の中央ではリガルトとシダーラが肉弾戦を繰り広げている。
そっと中央をみるクリス、なんかいい笑顔で笑ってる二人。
すぐに眼を逸らした。
「確かに……使いというわけでは無いが……」
「なら取引をするでありんす!」
ルシエンは急に元気になって叫ぶ。
何かを期待するかのように、声を荒らげた。
「仮に俺が神殿の使いでなくても、お前は王妃だ。処刑台行きは免れないぞ?」
「そんな事はわしとてわかっておるでありんす! 他の妻、王の妾の事でありんす!」
土壇場で、言い訳とも取れなくもないが、自分の事ではなく、他の家族の事ということに、わずかに興味をひかれる。
「ほう? 話してみろ、場合よっては取引してやらんこともない」
興味深そうにクリスはルシエンを見つめた。
「せめて、普通に座らせてくれないでありんすか……」
「いいだろう……が逃げようとしたり何かしようとしたら即座に首を刎ねるぞ」
「しない! なにもせんでありんす!」
仕方なしにクリスは足をどける。
ゆっくりと座りなおすルシエン、いわゆる女のこ座りで、背中を摩っている。
「それで取引ってのは?」
「他の妾たちを逃がしてくれないでありんすか……?」
「……理由は?」
「おそらく現存する黒耳長はわしらだけなのでありんす……種を絶やす事はしたくないでありんす……」
そう言ってルシエンは懇願する。
けれども、頼みに娘が含まれていない事にクリスは怪訝な顔する。
「娘たちはいいのか……?」
「娘といっても半吸血鬼でありんす、わしらの部族では本来、他の種族と交わるのは禁忌とされているでありんす。王が命の恩人だからこそ……わしらは子を成しただけのことでありんす……」
そう言い切る、ルシエンの言葉は無情だった。
「人型とはいえ魔物との混ざりもの。親であるわしらでこそ、愛着は多少あるものの……あの眼をみると時折恐ろしくなる……」
「まぁお前らの事情はどうでもいいが……見返りは?」
「城の隠し通路にある秘宝とかどうでありんす?」
「なかなかそそられる話だが、後でゆっくり探してもいいんだが?」
ルシエンは唸り、思考する。
「わしの肉体ではどうじゃ? 猿人ではあり得ない技術で女子とて愉しませる事くらいできるでありんすよ?」
「魅力的な提案だが……、残念だが却下だ……」
何を思ったのか一瞬眼を輝かせた。
クリスは心底残念そうな顔をする。
「う……む、しかし、逆に問うが何か欲しいものはないでありんすか?」
「俺たちは神殿の使いではない……ならどんな理由できたと思う?」
クリスは唐突に問いかける。
その問いに不思議そうな顔をするルシエン。
けれども必死に頭を巡らしたのだろうブツブツとつぶやいている。
「わからんでありんす……」
結局根を上げたが。
「神殿……とは無関係ではないんだがな……ちょっとばかし戦える女が必要でな……各地で歩き回っているんだよ」
ルシエンはその言葉に期待を見つけたとばかりに眼を見開く。
「なら……わしら黒耳長や宗家の耳長が女子でも魔法を使える理由と方法とかどうでありんすか……?」
爆弾発言を投下した。
「まじか……?」
クリスは驚嘆し、口を半開きにした。
半吸血鬼をもらっていくつもりだったのだが、思わぬ収穫である。
「まじもまじ! 大真面目でありんす!」
「それで理由と方法か……言ってみろ?」
「その前に約束して欲しいでありんす、必ず妾たちを逃すと」
「ああ約束しよう、この剣に誓って」
そう言って鞘から細剣を引き抜き、目前に掲げ眼を閉じるクリス。
数秒ほど眼を閉じていただろうか、その後すぐに鞘に細剣をしまった。
剣の誓いと呼ばれるそれは騎士が己が武器に誇りを賭けて誓う事で最上級の契約をするときに行う儀式である。
騎士の誓いを破ったものは、騎士と名乗れなくなるほどに。
「……良いでありんす、まずなぜ女が魔法を使えないかというと……大魔力取り込めないからでありんす小魔力だけでは殆ど魔法は使えないでありんす……」
「そんな事は知っている……時間もない手早く話せ」
「ここが重要なんでありんす……なんで大魔力を取り込めないかというと子供を産むために……胎児を守るために……女は大魔力を弾くのでありんす」
「まて……それでは大魔力が有害な何かに聞こえるが……」
「過ぎたるは毒の如しというでありんす。空気が多くても息が吸えなくなるんでありんす。酒が多すぎても酔っ払うでありんす。大魔力は多すぎると破裂するでありんす」
そのとき再び叫び声が響きわたった。
「魔法を使ったらどうですの? 手加減のつもりかしら?」
「使わない意味くらいわかるだろ?」
「えっ? それって」
「次で決める! ハアアア」
中央に視線を向けるクリス、戦闘が佳境に入ってる二人。
そっと視線を戻した。
「……子供が産めない体になれば魔法が使えると?」
「それは極論でありんすな、確かにそれでも使えない事はないでありんすが、子供の頃から調整しなければできないでありんす……それに子を産めない体は可哀そうでありんす……」
ルシエンは少しだけ寂しそうに、呟いた。
「……ならどうする?」
「普通の人族の女では大魔力を取り込めないでありんす、けれどわしら黒耳長や耳長は多少であるけど、取り込めるんでありんす……だから他の人族より子供が出来にくいんでありんすよ」
耳長や黒耳長は種族としては欠陥品なのかもしれない。
クリスはとても失礼な事を考える、けれども気づく。
「まて、結局他の人族の女では魔法が使えないだろ?」
「話は最後まできくでありんす……耳長や黒耳長なら取り込めるのでありんす、魔法を使うとき取り込んだ大魔力というのは心の臓を必ず経由するのでありんす、心の蔵で一度留めて己が小魔力と同調させるでありんす、だから大魔力に一番馴染んでいる臓器が心の蔵なんでありんす」
「ほう?」
「他の人族の女にはわからないと思うでありんすが……」
「御託はいい……結論は?」
「……わっちらの心の蔵を飲み込めばいいでありんす」
「あ?」
その答えにクリスは思わず変な所から声がでた。
「心の蔵を飲み込み己が心の蔵と同調させ馴染ませる。そうすればわしらほどではないとはいえ、魔法を使えるようになるでありんす」
「つまりあれか? 耳長に体が近づくってことか?」
「その認識でいいでありんす、半耳長とでも言うでありんすかね?」
ルシエンは小首を傾げる。
けれどもその方法には致命的な問題がある。
「だが……お前らは逃がしてくれと……?」
どこから心臓を手に入れるかが問題だ。
けれどもすぐさま答えは出た。
「半吸血鬼のでも十分でありんす、むしろ半吸血鬼なら魔眼も使えるようになるかもしれんでありんす」
――こいつ娘売りやがった。
ルシエンは先ほどから親としては最低である。
それほどまでに部族の存続が大事なのだろうか。
個人の存続より種族の繁栄……、古臭い考えと取るかそれとも……。
クリスもルシエンの価値観をわからないことはないが、賛同できるかどうかと問われれば答えに窮するだろう。
「……ここでわしの心臓をそなたに捧げてもいいでありんす……だから他の黒耳長達は助けて欲しいでありんす……」
「いいだろう……娘達はもらっていこう……構わないかリガルト?」
すると気づけば、ルシエンの後ろにリガルトが佇んでいる。
いつのまにか勝負が終わっていたようだ。
「あわわ……」
リガルトの出現にルシエンは慌てふためき、後ずさる。
「ああ、半吸血鬼か……王の娘なんだろ? ということは国外追放という名目でクリスにやる事はできる……好きにしろ」
「そうか、所でなんでそいつはお前に抱きついているんだ?」
見れば先ほどまで争っていたシダーラがリガルトの肩に擦り寄っている。
「鬼族の仕来りでな、魔法を使わずに雄が雌に勝ったらその雌に番か主がいなければ、勝った相手の嫁になるんだ」
リガルトはとんでもない発言をかました。
「力こそ全てですわ……」
シダーラが即座に肯定した。
「なんという脳筋部族……」
クリスは呆れた声をあげる。
「うちの部族も大戦でほとんど生き残りがいなくてな……初めて見たときに一目惚れを……」
視線をそらしながら頬を染めるリガルト。
「おまっ……仮にも反抗勢力の長だろうが……」
クリスは思わずツッコミをいれる。
「勝ったんだから良いじゃないか……」
開き直るリガルト。
「ヒヘトの首はそれか……、では皆に終戦を告に行こう……」
リガルトはヒヘトの首をクリスから受け取ると踵を返し、祭壇の影にある通路へ向かっていく。
おそらく地上の城の上層部に向かうのだろう、ヒヘトの首をテラスで掲げてリガルトが勝利宣言をすれば、この戦いは終わる。
「行きましょうアナタ……」
シダーラがそれに続いていく。
ルシエンもヒヘトの頭を見つめながら寂しそうに、トボトボとそれに続いた。
「俺道案内しかしてねーな……」
ふと椅子替わりにしていた倒れている首のない石像をみやる。
「こいつもあっけなかったなぁ……俺ちょっとだけやる気だったのになぁ……」
つぶやきながらも立ち上がり、鞘から細剣を引き抜くクリス。
「なんで服まで石化してんだよ……この服からだの一部か?」
クリスはツンツンと石像をつつく。
何かないかと死体あさりをしている。
サクッと音がして、その胸に細剣刺さる。
「あっ」
すると細剣が刺さった周辺から石像がボロボロと崩れ始た。
そして数秒もしないうちに砂になった。
「……」
クリスの額からたらりと、ひと雫の汗が落ちた。
細剣を鞘に戻し、左人差し指を光らせ僅かに撫でるような仕草をする。
すると砂は溶けるように消えてしまい、そこには何も残らなかった。
「さて……俺も行くとするか……」
何事もなかったかのようにクリスも上に向かった。
***
日は上がりかけ、太陽が煌々と世界を照らそうとしている。
ウェスタリア王国、王都グラナデウに聳える宮殿。
その地上二十階には王が演説をするためのテラスがある。
国をほぼ一望できるそこにクリス達四人が居た。
テラスには魔法道具である伝声管が設置されている。
国中の施設に張り巡らされた、音声装置から国中に言葉を伝える事ができる大型の国宝級の代物である。
リガルトが小魔力を込め、声をだした。
『聞こえているか……?』
街に響くリガルトの声、住民や兵士にとっては聞いたこともない声だろう。
住民や兵士はざわめきどよめいた。
『聞こえているな……よし、今日この時をってヒヘト王による恐怖政治は終わりを告げた。国民たちよよく耐えてくれた。我ら反抗勢力は王を打倒した!』
その言葉に静まり返る住民や兵士たち。
だがその後、住民から歓声が湧き上がる。
『兵士たちは武器を捨て投降せよ! 貴様らの主君は死んだ! 疑うのならば宮殿のテラスを確認するがいい、王妃がヒヘトの首を抱えているのが見えるだろう』
その言葉に数人の幻獣騎士が空から飛んできて、首を確認した。
首を見るやいなや、大急ぎでどこかへ飛び去っていく。
『そして、我々反抗勢力はここに新生ウェスタリアの建国を宣言する!』
その言葉に世界が割れんばかりの歓声がこだました。
夜の月は、静かに沈む。
そして、新たな太陽が世界に顔を出した。
改修




