Ⅶ Resistance
改修
そこは牢屋だった場所であった。
岩盤をくり抜いて作った凹みに、鉄格子の出入り口。
窓などという上等なものはなく、光源は中の壁につけられた蝋燭のみだ。
しかし、今は牢屋ではないのだろう格子に鍵は付いておらず、いくつかの寝具や椅子、机などが置かれている。
三人に宛てがわれたのはそんな元牢屋の一つだった。
「クリス様は無事なのでしょうか……」
テートが心配そうに呟いた。
その瞳は不安げに揺れており、落ち着かないのか、部屋の中をうろうろと歩きまわっている。
「あの少女は魔力枯渇だと言っていたが……なんのことだかわかるか?」
ユカラは坑道でのできごとを思い出しているのだろうか、眉根を寄せながらも二人に尋ねた。
「小魔力を過剰に使ったり、一部の魔物に吸い取られたりするとなる症状です……本来魔法の使えない女性がそうそうなる状態ではありませんが……聖騎士もその身に宿す力を使うのに小魔力を消費するのですね……」
その質問にはレティが答えた。
何処か納得をしたような……、そんな顔をしている。
「ふむ……確かにクリスは聖痕をよく使っていたな……、あの瞳の聖痕などよく光っている……あの翼の生えた聖痕も疲れると言っていたし、あれを使い我ら三人を持ち上げたせいであろうか……?」
その言葉にテートとレティが気まずい雰囲気を醸し出す。
あの時二人が泳げないと言わなければクリスが魔力枯渇になることなどなかったかもしれないのだから。
「ああ、すまんな? 気にしたか?」
それに気づいたのかユカラが申し訳無さそうに謝罪する。
「気にしてないと言えば嘘になりますわ……けれど事実です、宿舎に帰ったら泳ぎも習いませんとね……」
テートは悔しそうに呟く。
それを見て、そうだな、と微笑むユカラ。
「あの魔剣……のせいではないのですか?」
今まで考えていたのか、レティが唐突に疑問の声をあげた。
「村で話していた事か……? あれはアルザークで買った加護付きのただの細剣だと前にクリスが言っていたような……」
ユカラは首を傾げる。
あの細剣は蛇女を貫いたものである、ユカラ自身も持ったことがあるし、細剣をもったクリスと相対もしているが、魔剣というような禍々しい雰囲気を感じ取った事などは無かったのである。
「私の前で指につけた傷は確かに血が消えていましたが……」
悩むレティ、釈然としないのかイライラをぶつける様に親指の爪を噛んでいる。
「リガルトさんが反抗勢力の中でも腕の良い治療師にクリスを診せて下さるそうですので、時期に理由もわかるでしょう、医術の知識がない私たちがアレコレ言っても憶測でしかありません、待ちましょう……聖痕の使いすぎによる、ただの魔力枯渇ならいいのですが……」
テートは心配そうに、祈るように手を合わせた……。
***
反抗勢力のアジトには白い幌で幾重にも仕切られた大部屋がある。
薬品と血の匂いが充満するその部屋、診察兼治療室にクリスは居た。
今は落ち着いているのか椅子に腰掛けながら治療師の質問に答えている。
「……原因としては栄養不足と過労ですね……もっとよく食べて寝る事をお勧めします」
壮年の治療師の男がそう判断した。
「栄養不足に過労……?」
クリスは鸚鵡返しに問いかける。
「聖騎士とやらの体の作りはわかりませんが……人とさほどかわらないのでしたら、その二つが原因により小魔力の生成が滞った結果の魔力枯渇ですね……何か思い当たる事はありませんか?」
尋ねる治療師の男。
「過労はまぁ騎士なんで……多少の無茶はするが、栄養不足……? アレじゃ足りないのか……」
少しばかり嫌そうな顔をするクリス。
「どうやらお心当たりがありそうですね?」
「聖騎士になると基本大食らいになるもんでね……食べる量が少なかったんだろうかと……」
確かにクリスの食べる量は他の聖騎士に比べて少ない。
というのも騎士としての仕事に書類関係が多かったクリスは体の肉を余分に付けないように普段から計算して食べていたためである。
そして現在も聖騎士になる前の……男性時の食事量を基準に食べていたため栄養不足という事態に陥ったのだ。
「あとは……こいつのせいかと」
カシャンと腰にさげた細剣を軽く叩くクリス。
「小魔力を吸い取ったりする魔剣の類で……?」
治療師の男が神妙そうに目を細めた。
「いや、そんな大層なものではないが、吸血鬼の牙の粉末が芯棒に使われていて……効果は自動修復でな、目立つような効果ではないが、これがなかなか便利なんだが……」
嬉々として武器の説明をしだすクリス、心なしか顔がてかってきている。
しかし、治療師は別に興味はないのか「それで呪いのほうは?」と淡々とと聞き返している。
「空腹を感じなくなる……というものだ、この程度の呪いなら気にせず一定量食べればいいと思っていたんだが、どうやら今までの量では足りないらしい……それにいつも横に聖騎士の中でもとっておきの大食らいがいてな……見てる分には微笑ましいんだが量が量でな……こちらの食欲というものを根こそぎ奪っていくんだ……」
したり顔でさりげなくアリシアに責任を押し付けるクリス。
ものすごく非道である。
それを聞いて治療師が頷いた。
「取り敢えず食事を取りましょうか、他の聖騎士の方もご一緒に……少しばかり基準とやらを見せてもらい、どのくらい必要なのか計算しましょう」
「それは助かる、食えと言われたら入るんだが今度は上限がわからなくてな? 元から必要以上の食事はしない生活だったものでな……」
クリスは言葉を濁す。
「無理やり詰め込んでも気持ちのいい物でもないでしょう? 食事は肉体的だけではなく精神的にも我々をの心を豊かにしてくれる大事な要素です、できるだけ楽しんで取るといいでしょう」
そう言うと治療師は幌の反対側に向かって声をかけた。
「リガルト? お前のことだ、どうせ聞いているのだろう? 滋養に良い美味い物を用意してやれ」
すると幌の物陰から申し訳なさそうにリガルトか姿を現した。
「テシアラさん……あまりそう言う事は……」
「今後の趨勢だかなんだか知らんがな、患者の個人情報を盗み聞きするのは、俺はどうかと思うけどな? しかも今回は女性だぞ、お前にはデリカシーというものがだな……」
くどくどと説教を始めるテシアラ。
リガルトは身を縮めながら説教を聞いている。
しかし、反抗勢力の長としては使える情報はできる限り集めておきたいのだろう、クリスにはリガルトの行動に感じ入るものがあった。
それに、説教をされているリガルトを見て、クリスはリガルトと自身を重ねてしまった。
互いに仮にも組織の長である。
さらには医療担当のものに常に説教される日々。
治療師ってのはどうも説教臭くて困るな――。
「そのへんで……」
テシアラの説教を止めたクリスを誰が責められるだろうか。
「ああ、すまないね……こいつはいつも無粋で。ついつい説教したくなってしまう……頭はいいんだがな……合理的すぎるというか……まぁ変な事しても気にしないでやってくれ」
「は、はぁ……」
クリスも思わず生返事をしてしまう。
「自分も失礼をした……、お詫びといっては当てつけがましいかも知れないけれど食事を用意しよう。栄養不足なんだろう?」
謝罪するリガルト。
「まぁ情報集めというのは何事においても基本だからな……できるなら俺もやるだろうし、構わないが……、まぁ美味い飯でも食わしてくれ」
クリスは気にしないと言外に示す。
「ああ、とっておきを用意しよう……ついてきてくれ食堂に案内する、食事をしながら話をしようと思う。テシアラさんはすいませんが彼女の連れの他三人を呼んできてくれませんか?待機室に居ますので」
「わかったよ、食堂だね?」
ユカラ達の案内をテシアラに任せ、クリスとリガルドは食堂へと向かう事にした。
椅子から立ち上がるクリス、少しばかりふらつくがそれをリガルトが肩を支えた。
「随分軽いな……本当に食べていないのか……」
「食べてはいるんだがな……少しばかり小魔力を使いすぎてな……聖騎士ってのは燃費が問題なんだ……」
その言葉に眉根を寄せるリガルト。
「先ほどから……診察の時もそうだが、そう簡単に情報を喋ってもいいのか……?」
忠告なのだろうか、案外お人好しな台詞を吐くリガルト。
「俺の……聖騎士の情報など、なんの役に立つ……? まぁこの国の宗教は十字教じゃないから情報自体が少ないかもしれないが……十字教の神殿がある国へ行けば容易く調べられる事だ。何か問題があるか……?」
そう言ってクリスは弱々しく笑う。
「そういうものか……? しかし、気丈な奴だな……立ち歩くのも辛いなら自分が抱えてやろう」
ヒョイとクリスを抱えるリガルト、身体強化もしていないというのに存外に力がある。
しかし、俗に言うお姫様だっこである。
クリスはなんともいえない顔をする。
「なんだそのしかめ面は……? 普通は頬を赤らめたりしたりするものじゃないのか?」
どうやら狙ってやったらしく、思っていた効果が出せなかった事に少々悔しがる素振りを見せるリガルト。
他人を抱きかかえる時にクリス自身もよくやるので何かを言う気はないが、微妙な気分になったクリス。
「病人を抱えてるだけだろう。とっとと運べ……」
素っ気なく言い放つクリス。
しかし抵抗する余力はないらしく、されるがままにしている。
「すまない、病人だったな……余りに気丈するぎるのも考えものだな、一瞬病人ということを忘れてしまった」
リガルトは素直に謝罪する。
「かまわん、これは俺の性分だそのくらいの態度は慣れている」
クリスは漫然と言い切った。
「まぁとっとと食堂に連れて行け、食べたらよくなる……と思う」
「ああ、自分もそう願いたいね……」
リガルトはクリスを抱えたまま食堂へ歩き出した。
***
リガルドがクリスを抱え食堂についたとき、すでに食事は始まっていた。
席にはユカラ、テート、レティ、テシアラがついており、テートを除く三人はどうやら酒を嗜んでいるようだ。
「おお、クリス! やっときたか。早くたべろ」
二人を見つけたユカラが朗らかに声をかけた。
すでに出来上がっているのか、辺りにはいくらかの酒瓶が転がっている。
見ればテーブルの上には数々の品が並んでおり、いくつも空いている皿もある。
大分食べているようだ。
クリスの姿を確認するとテートが席を立ってクリスに駆け寄った。
「クリス様、ご容態は……?」
心配そうにクリスを覗き込む。
「そう心配するなテート、リガルト、下ろしてくれ。テート、悪いが腰の小鞄から小瓶をとってくれ」
リガルドの腕からおり、テートに小瓶を催促するクリス、立っているのが辛いのか、ふらついている、リガルトがその肩を支えた。
「ここに……」
と素早くクリスの小鞄を開き小瓶を取り出すテート。
小瓶には透き通った液体が入っている、聖水だ。
「これがあるのを忘れていたな……まぁ急にだし意識が回らなかったからな」
「それはなんですか?」
テートが不思議そうに問う。
「聖水だ……普通の人間には儀式用の水でしかないが、聖騎士が飲めば小魔力や体力をいくらか回復できる、教えてなかったか?」
テートは聞いていないと首をふる。
「そうだったか……? まぁ水っけの少ない地方に来てるから少しばかり大事にしすぎた、すいまないが蓋もあけてくれ」
テートが小瓶の蓋をあけると小瓶を受け取ろうとして顔をしかめるクリス、手が震えている。
「悪いが……、飲ませてくれないか……?」
「!」
テートが聖水の入った小瓶をまるで宝物のように、両の手で掲げゆっくりとクリスの口に近づけた。
少しづつ注がれる聖水、クリスは一口分を飲み込んだ。
途端に聖水がクリスの体を駆け巡り小魔力を生成、循環させる。
体にある聖痕全てが僅かではあるが発光する。
「ふぅ……いくらか楽になった、さて飯でも食うか」
今までが嘘のように血色が良くなり、体に生気が満ちるクリス。
肩を支えるリガルトに「もういいぞ」と一声かけると席につくクリス。
「小魔力をそう簡単に回復できるものなのか……?」
驚愕し、呆れたように呟くリガルト。
それも当然である、魔力枯渇とは一度なってしまうと軽い症状でも動けるまで半日はかかるものである、重い症状なら三日はまともに動けなくなる……もしくは今後の小魔力の生成に影響をきたすこともあるくらいだ。
そもそも小魔力とは心臓で血液とともに作られ体を循環するのだ。
純度の違いこそあれど、基本的には血液と同じ量、食料を食べた量だけ作られる事になる。
小魔力を回復できる、魔道具も存在こそするがとても高価である、それが儀式で作る聖水であるとはいえあっさり回復するのだ。
正直ずるいとしか言い様がない。
「聖騎士の体は特別性でな、とはいえ持ってきた聖水にも限りがある。ここの国は十字教徒じゃないから神殿もないしな……食べて小魔力の生成量を増やさなければな……」
いつもの調子に戻ったクリス。
「ああ、食べるのが一番だ。この娘らから話は聞いたし、食べる様子も確認した、なーに十人前も食べれば十分だろう?」
クリスの言葉に反応しテシアラが陽気に笑いながら言い放った、こちらも酔っているのか頬には僅かにだが赤みがさしている。
「そうだな、では頂くとしよう……リガルトは食べないのか?」
振り返り、問いかけるクリス。
「ああ、自分も頂こう。そうだ、調子がよくなったのなら一杯引っ掛けるか?」
そう言いながらクリスの対面の席に座るリガルト。
「酒と聖水は混ぜるもんじゃねえよ」
苦笑しながらやんわりとクリスは拒否した。
「それもそうだな」
リガルトも笑う。
「代わりにアフィケでも飲むか? 山羊の乳から作った飲み物だ。滋養に良く、ここらで飲まれる健康食品のようなものだ」
「それならば頂こう」
クリスは頷いた。
それを見てリガルトが奥に声をかけた。
「料理の追加とアフィケを頼む」
大したまもなく次々と運ばれる料理。
時には驚き、時には関心し、文化の違いを料理に感じるクリス。
食事は和気あいあいと進んでいく。
テートは先ほどから自分の食事もそっちのけで甲斐甲斐しくクリスの世話をしているが。
しばらくし、テシアラが仕事だと退出し。
ユカラは気づけば泥酔し、レティもデザートを食べだした頃。
リガルトが厳かに切り出した。
「さて、食事も大分落ち着いたかな?」
「ああ、かまわんよ」
「君たちをアジトに招待し、クリス殿の療養に手を貸した理由だが……先に謝罪を。あの橋を燃やしたのは我々反抗勢力だ。言い訳というわけではないが……サイレント盗賊団をあそこで一網打尽にする予定だったんだ」
その言葉に僅かに眉根を寄せるレティ、今はクリスに従ってはいるが、そのサイレント盗賊団のお頭だったのだ気持ちは複雑であろう。
「さらわれた人々がトロッコに載っているとは考えなかったのですか……?」
思わず突っかかってしまったのは仕方ないことだろう。
「手はうっていた、橋の下には風や水の魔法を得意とするものを配置していたし、攫われた人たちが下に落ちればその者達が魔法を使って助ける手はずになっていて、盗賊団が落ちればそいつらはそのまま川に流す手はずだった……そしてトロッコから脱出し広間にたどり着いた盗賊団は、ヒイロの精霊術で焼き尽くすという予定だった」
それを聞いて黙るレティ、僅かに悔しそうにしている。
「それで?」
とクリスが続きを促した。
「予定は違え、トロッコに乗ってきたのは僅かに四人。それも全て女性だ。おまけに四人のうち三人は外套を羽織っているとはいえ、明らかにこの辺の服装ではない、確実に国外のものだ。では何者か……と自分は考えた。このタイミングでトロッコに乗るという事は盗賊団の関係者か、もしくは盗賊団を倒した者達が攫われたものたちの運ばれる先を確認しようとしているかだ……」
一度区切り、様子を見るリガルト、クリスは顔色一つ変えずに聞いている。
「そんな時国境近くの街で鋼鉄のゲハラが倒されたという情報がふと頭を過ぎった。それを倒したのが銀髪の女性だということを……」
朗々と喋るリガルト。
「ただの女が鋼鉄のゲハラを倒すなどありえない……奴のその体にかけられた身体強化はその強靭な肉体もあいまって魔法や刃物をほとんど通さない、よしんば通るような攻撃はその手甲で全てはじかれた……うちも奴には手を焼いていた」
興味深そうに考察に聞き入るクリス。
続きを促した。
「エフレディアの騎士服とその瞳を見たとき確信した、聖騎士だと……、百四十年前の大戦と呼ばれる種族の争い、十字教の圏外であるウェスタリアに逃げ込んだ亜人の生き残りは少なくない……その見目や強さは伝え聞いている」
その発言を聞いて目を丸くするレティ。
他にも種族がいるという情報を初めてきいたのだろう。
「それで、反抗勢力の長が聖騎士に何のようが?」
クリスは不敵な笑みを浮かべる。
「否定はしないのだな、最もすでにあれだけ聖騎士の体がどうのこうの言っていれば意味はないが」
「そりゃぁな……それで本題は?」
「ゲハラを倒し、盗賊団を一掃したその強さを我々に貸して欲しい」
リガルトは頭を下げた。
「頼みたい事はわかったが、断られるとは思わなかったのか? それとも俺たちがこの国に物見遊山で来ているとでも思っているのか?」
高圧的な物言いでリガルトを挑発するクリス。
「盗賊を一掃し、その大元を確かめに行こうとするような者達だ、必ず手を貸してくれると信じている」
真摯な瞳でクリスを見つめるリガルト、そして続ける。
「貴方たちがなぜこの国に来たのかは流石にわからない、けれど理由がなんであれ我々にできることなら手伝おう、反抗勢力は各地に根付いている。この国で何かをするとしても我々の協力があれば早いだろう?」
その言葉からは確かな自信が垣間見れる。
「随分と大言を吐くじゃないか? その言葉、信じてもいいのか?」
「ああ、任せてくれ!」
クリスの言葉に胸を張るリガルト、その顔はやる気に満ちている。
少しばかり瞳を閉じて、熟考するクリス。
眼を開き決断を下す。
「……いいだろう貸してやる」
その言葉に顔をほころばせるリガルト。
そして朗らかに叫ぶ。
「我々反抗勢力は君たちを歓迎する!」
リガルトがそう宣言した。
すると、どこに居たのか、わらわらと砂漠用貫頭衣を来たものたちが溢れ出てきた。
子供や女性から青年や老人まであらゆる年齢性別のものがいる、そして明らかにおかしな体躯を誇るものもいる。
子供や女性たちがテートに群がり、矢継ぎ早に質問をしている。
どうやらテートがゲハラを倒したということが伝わっているらしく、ちょっとした英雄扱いだ。
おろおろとしているテート、しかし、顔を赤くしているが案外まんざらでもなさそうだ。
丁寧に説明している。
ユカラは泥酔しているせいか、数人の女性がついて介抱している、どうやらどこかに……おそらくは寝室に運ぶようだ、巨漢がやってきてユカラを抱きかかえた。
レティはというと、おばちゃん達と何か話をしていた、この辺りの容姿に近いものがあるせいか、年配の方に受けがいいらしい。
そしてクリスはというと、テートの真横にいるというのに先ほどのリガルトとへの高圧的な態度のせいか遠巻きに警戒してる者こそいれど誰一人として寄ってこない。
するとテートの取り巻きに混じった子供の中からこちらに気づいたヒイロがクリスに寄ってきた。
「ねーちゃん、大丈夫だったのか?」
「ああ体調は問題ないが、すまないが誰だったかな?」
クリスは首を傾げる。
「あたいはヒイロってんだ、まぁねーちゃんあの時顔真っ青でふらふらしてたしな、会ったの覚えてねーのもしかたねーよ」
「その時は迷惑をかけたようですまない、礼を言おう。俺はクリスだ。しばらく世話になる」
互いに軽い自己紹介をする二人。
「いいってことよ、しばらく仲間だ!一緒に戦おうぜ!」
「ヒイロも戦うのか? というか戦えるのか?」
不思議な者をみるようにヒイロをみつめるクリス。
「信じてねーな? あたいは精霊術の使い手なんだぜっ!」
胸を張るヒイロ。
「精霊術?」
聞き返すクリス、なんだそれはと言わんばかりの顔をしている。
「知らねーのか? 精霊にお願いして戦ってもらうんだよ、あたいの村じゃ誰でも使えるんだぜ」
自慢げに語るヒイロ、誰でもと聞いてクリスの目が僅かに笑みを浮かべる。
「ほう……具体的にはどんな術なんだ?」
「えーとな、そのへんにいる精霊に話かけたり合図したりして、やりたいことを伝えるんだ、そうすると精霊が手伝ってくれるんだぜ」
大分アバウトである。
「……手伝ってくれる……のか? 精霊は何か見返り……お返しを求めたりしないのか?」
子供にもわかるように言葉を選ぶクリス。
「小魔力をちょこっとだけもっていくけど、クリスねーちゃんみたいに魔力枯渇になるほどじゃねーよ?」
カラカラと笑うヒイロ。
「それは便利だな、どのくらいの強さなんだ? 魔法と同じくらいか?」
「強さ精霊の数にもよるんだけどさー、そこにどれだけいるかだから、例えばー燃えてる松明があれば炎の精霊をいっぱい呼べるけど、逆に水の精霊なんかは全然呼べなくなっちゃうんだー」
場所や使いどころを選びそうだが……使い方によりけりか。
有用性を思案するクリス。
「村の皆と一緒に抵抗勢力に来たのか?」
そう聞くと、僅かに俯きその大きな瞳に涙をため始めるヒイロ。
「アタイの村は盗賊団に襲われて、女の人は皆攫われちゃって……抵抗したけど男の人は皆殺されちゃった……アタイは兄さんが井戸に隠れてろって……」
悲しそうに言葉を絞り出した。
「うちではそういう生き残った者達も受け入れている、一人では生活もままならないだろうからな……」
リガルトが悲しそうに呟いた。
ヒイロを慰めようとするクリス。
「すまない、辛い事を聞いた。だが安心しろ盗賊団は俺が壊滅させてやった、もう残っちゃいないさ」
「壊滅……させたの? クリスねーちゃんが?」
「リガルトに聞いてないのか?」
ヒイロが泣いたせいでこちらを伺っていた視線がリガルトに突き刺さる。
「えっ、いやっ、あれは予測しただけで、本当はせいぜい追い払うくらいかと……?」
リガルトは慌てて返答する。
「一応皆殺しにしといたが……」
呟くクリス。
今度はクリスに視線が突き刺さった。
「えっと、それは四人でってことですか? 五十人近い盗賊団を?」
リガルトは目を丸くして驚く、若干言葉が丁寧になった。
「いや、俺一人だ。そのせいで魔力枯渇……になったのかもしれんが……原因の一端はまぁあるだろうな、あと言っておくが一応レティは現地で雇ったものでな聖騎士ではないんだ」
リガルトは泡を食ったように驚いている。
そばで話を聞いていた連中も軒並み似た様な感じに驚いてる。
ある意味当然だろう、悪名高い盗賊団を一人で皆殺しにしたなど。
普通なら誰が聞いても信じはしないだろう話だ、それが出来るというのならば、まさに英雄だろう。
リガルトを無視してレティに目線を送るクリス、言外に辻褄を合わせろと語っている。
頷くレティ。
「クリスねーちゃん強いんだなぁ?」
気づけばヒイロの涙は止まり、目をらんらんと輝かせながらクリスを見つめていた。
「一応団長だからな、それなりには強いぞ」
褒められて悪い気はしないクリス、ちょっぴり頬が赤い。
「だんちょーなんだ? だんちょーって何?」
ヒイロは純粋な目でクリスを見つめた。
「この辺には騎士団というものはないのか……? んー、お前ら抵抗勢力で言うリガルトみたいなもんだ」
「クリスねーちゃん偉いのか!」
「国に帰ればそこそこだな?」
すると驚きから復帰したのかリガルトが口を挟む。
「騎士団の名前をお伺いしても……?」
「いや……名前はまだない、というか正式には結成していなくてな……少し特殊なんだが、女だけの騎士団を作っている最中だ、どうだ? ヒイロも入るか?」
クリスはニヤリと笑った。
「アタイでもいいのか?」
「ああ、戦える女というのは貴重でなヒイロでも大歓迎だ、それを求めて俺たちはこの国に来たんだ、事が済んだら抵抗勢力にはそれを手伝ってもらおうか」
クリスの言葉に騒めく辺り。
視線がクリスに集まり、あちらこちらで呟きが聞こえるが、クリス本人は飄々としている。
「事が済んだらと気軽に言ってくれますが、王を倒すんだぞ?」
流石に王を倒すという事に重圧を感じているのか、慎重に喋るリガルト。
「ここが抵抗勢力を名乗るのなら、俺だってそれくらい弁えているさ、盗賊の親玉がヒヘト王だということも知っている」
それがどうした?と言わんばかりに胸をはるクリス。
テートのこともあり既に決意はできているようだ。
「なるほど、貴方たちは自分が見込んだ以上の者だったらしい……事が済めばうちも貴方の騎士団に加われるものがいないか有志を募ってみよう」
リガルトが告げる。
「それはいいな、手間が省ける」
クリスは満悦気に笑う。
「騎士団に入ったらあたいクリスねーちゃんみたいに強くなれるかな?」
ヒイロが疑問を口にした。
「ああ、勿論だ……鍛えてやるよ」
そう言いながら、クリスはヒイロを微笑み見つめたのである。
改修




