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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
三章 Daughters of the tragedy Country of the wasteland
38/121

Ⅴ Half that is cursed

改修

 薄らと輝く月明かりの下。

 逃げ場のないトロッコの中。


 褐色の肌に短い銀髪の女が居た。

 そのたれ目がちの青い目に涙を貯めて震えている。


 目から読み取れる感情……それは怒りか、怖れか、それとも戸惑いか……もしくはその全てか。


 その女を見つめる影がある。

 その女とは対照的に瞳は紅く肌は白い。


 共通しているのは銀の髪ということくらいだろう。


 けれども、その目つきは平坦に。

 まるで物を見るかのような目で青い瞳の女を見つめていた。


「それで、お前は何者だ……?」


 紅い瞳の女……クリスが問いかけた。


 びくりと震える女。


 けれど口を開こうとはしない。


「だんまりか…………」


 クリスは腰に手をあて、考えるような仕草をする。


「……なんで女の癖に盗賊の頭なんてやってる? いや……なぜできた?」


 チャキッとわざわざ音が聞こえるように少しだけ鞘から細剣(レイピア)を抜く。


 変化は劇的だった。


 悪い方にだが……。


 女のその青い瞳から涙が溢れはじめた……。


「……」


 それでも沈黙を続ける女。


 むしろ泣きながらも力の篭った瞳でクリスを見つめ返している。


 酷くそそられる。


 クリスに一瞬だけ極度の苛虐心が湧き上がり、恍惚とした表情が浮かび上がる。


 けれどもすぐに臍の上に小魔力(ポリ)が集まり守りの聖痕(スティグマ)が発動する。


 魔法を打ち消したようで、すぐに素面に戻る。


 こいつは……なんだ今のは。

 

 クリスは警戒したのか、ほんの僅かにだが眉根をあげた。


 女は明らかに残念そうな表情(かお)をしている。


 こいつ……。


 おもむろに鞘から細剣(レイピア)を引き抜いた。


 シャランと金属が擦れる音が響く。


 月明かりに煌く刃、既に何人もの血を吸っているというのにその刃には刃こぼれ一つない。


「良い剣だろう……?」


 どこか呟くように問いかける。


「本来細剣(レイピア)は刃こそあるが、切断に向いた剣とは言えないんだが……ところがこの細剣(レイピア)は多少手荒に扱っても刃こぼれどころか傷ひとつ見当たらないんだ……」


 クリスの呟きは続く。


 唐突に始まった呟きにわけがわからないのか、首を傾げる女。


 何がしたいのか……剣の刃に少し人差し指をかすらせ指に僅かな傷を作るクリス。


 そして傷口を女に見せつける。


 しかし、指には傷こそ見えるが血が付いていなかった。


「何……なんのことはない、傷が付かないのではなく勝手に直っていただけだったんだ……」


 クリスはニヤリ……と笑を浮かべる。

 女にはクリスの口が裂けているような幻覚すら見えてくる。


「切った獲物の血を使ってな」


 瞬間、女に衝撃が走る。


 そして、驚いたようにソレを見つめた。


「気づいたか? この剣の素材には吸血鬼(ヴァンパイア)の牙が使われているんだ、そう所謂、魔剣……という奴だ」


 魔剣、魔槍、魔弓……呼び名はそれぞれあれど、それは加護とは正反対に位置する呪いを受けた武器を示す総称である。


 魔法武器(マジックゥエポン)にも似たような効果の武器はあるが、魔剣には必ずある特徴が存在する。


 使用者の何かを奪うのだ……奪われるものは魔剣についている呪いの種類による。


 その代わりに武器としての性能は加護を凌駕するし、加護以上に特殊な性能を保持することができるのだ。


「今のご時世、吸血鬼(ヴァンパイア)なんてもう絶滅したと言われてるのになぁ? あるところにはある物だな……、お前の牙でも似たような物が作れないかなぁ?」


 まるで玩具のように、くるくると魔剣を弄り回すクリス。

 不思議な事を問いかける。


「なぁ、半吸血鬼(ダンピール)?」


 その切っ先を女の喉元につきつけた。


 数秒、数分だろうか……静寂が辺りを支配する。


「……なぜ私が……半吸血鬼(ダンピール)……だと、思うんですか?」


 女は沈黙を破り、ついにその重い口を開いた。


「やっと喋ったか……、手間を掛けてくれる」


「答えて……」


 震えながらも女の声には力がこもっている。


「その目だ……、お前さっきその目、魔眼を使っただろう? 魅了(チャーム)か? その力で盗賊団を操っていたんだろうが、あいにくと魔法の類は効かなくてな、聖騎士(パラディン)は知っていても、魔法が効かないのまでは知らなかったのか?」


 女はその言葉に悔しそうに顔を歪ませる。


 基本的にどんな種族だろうと女は魔法を使うことはできない。

 そして、それは魔物だろうと変わらない。


 けれども例外はもちろんある。


 特定の魔物の雌は特徴的な瞳を持つ、まるで猫のように縦に割れているのだ。

 そして、その瞳は保持者の意思で魔法を行使する。


 魔眼と呼ばれるものだ。


 もっとも、使える魔法は雄ほど多くもないし、ほとんどが精神に関するものに限定されるが。

 魔法ではあるが瞳を見つめた相手にしか作用しないため、むしろ催眠に近い。


 例をあげるなら土耳長(アマゾネス)の集落を襲った蛇女(ラミア)も強力な魔眼を有していた。



 クリスの眼と額が十字の光を灯す。

 千里眼と英知の聖痕(スティグマ)だ。

 その光にさらに腰が引ける女。


「そんなに怯えるな、とって食おうってわけじゃない……」


 そう言うと細剣(レイピア)を女の喉元から放し鞘にしまうクリス。


 女はほっとしたのか、胸に手をあて呼吸を整えようとする。


 いつの間にか涙は止まっているが、呼吸はまだ若干荒い。

 そんな女をなめまわすように観察するクリス。


黒耳長(ダークエルフ)吸血鬼(ヴァンパイア)か……面白い配合だな?」


 クリスの目には好奇が現れ、爛々と輝いている。

 しかし、配合とはまるで品種改良をしているような物言いである。


 女はぎょっとし、目を見開く。


「聖戦……お前らの言葉では大戦だったか? 大戦を生き残り十字教の圏外に逃げた黒耳長(ダークエルフ)と神話の時代から生き残った吸血鬼(ヴァンパイア)……互いに長命な種族だ、文献によれば見目もよく似ているそうじゃないか?」


 考察を述べるクリス。


「むしろ吸血鬼(ヴァンパイア)には雄しかいないんじゃなかったか? 他の人族との間に子を作り……雌が産まれてもそれは全て半吸血鬼(ダンピール)だったような……」


「何が言いたいんですか……?」


 女がクリスを睨む。


「話が横にそれたな……そうだな……? お前の他に家族や部族は居たりするのか?」


 家族と聞いて一瞬だが目に悲しみが宿る女。


「仮に居たとしてもあなたにそれを教える必要があるのですか?」


 女は気丈に言い切った。


「お前は今の状況を理解していないのか……? 何かを言える立場じゃないだろう? 違うか?」


 脅しをかけるクリス。


「っ……」


 俯く女。


「村人に突き出されない事がどれだけお前にとって幸せなことか……考えずともわかるだろ? お前が村人を虐殺した盗賊団の頭なら、村人がどういう対応をとると思う?」


 考える必要すらもない、報復を受ける事になるだろう。

 村人たちの身内を殺された怒り悲しみ、その全てをその身に受ける事になる。

 嬲られ、いたぶられ、拷問され、最後には無残にも命を散らすだろう。

 突きつけられる残酷な未来。


 それを想像したのか女は再び目から涙を流し始めた。


「仕方が……なかったんです、命令されって……、逆らえ……ば、どちらにせよ……私たち……も殺される……」


 嗚咽混じりに言葉を吐き出す女。


 殺される?


 何やら物騒な言葉が飛びてて思わずクリスは顔を顰める。


「……仕方がないでお前は人を殺すのか? それに誰にだ? 誰に命令された? 半吸血鬼(ダンピール)を従える力を持つものなどそうはいないだろ?」


 クリスは女を問い詰める。


 半吸血鬼(ダンピール)は女しかいないとはいえ、魔物である吸血鬼(ヴァンパイア)の力を半分ほど有している。


 人族以上の身体能力に魔眼。


 それにこの女の場合は黒耳長(ダークエルフ)の力……耳長(エルフ)の派生種族である黒耳長(ダークエルフ)は女でも多少の魔法を使えるはずである。


 この女はそれを受け継いでるはずなのだ。


 それを従えるとなると相当な者だろう。


「この国の……国王ヒヘト・ウェスタリア……、お父様に……殺されちゃう……」


 クリスに衝撃が走る。


 この女、今なんて言った?


 国王だと、そしてお父様?


 この言葉には流石にクリスも驚愕し、思わず問いかける。


「お前の名前は……?」


「私の名前はレティ・ウェスタリア……この国の第二十七姫です……」


 姫だと?


 なぜ、姫が盗賊の頭など……。


「こ、国王が、姫を盗賊団の頭に据えて、それを使い……自国の民をさらう? ……それは、どんな冗談だ?」


 言葉が詰まるほどに混乱するクリス。


「お疑いになるのは当然ででしょうが……、全て事実です。お父様は吸血鬼(ヴァンパイア)の末裔……そしてそろそろ次代の吸血鬼(ヴァンパイア)を残さなければなりません、そのために大量の血液と優秀な母体が必要なのです……だから盗賊団を作り幾人もの女性を攫っていたのです……」


 これまでの話を聞いて流石にクリスもこれには言葉失った。


 単体の吸血鬼(ヴァンパイア)半吸血鬼(ダンピール)、それくらいならどうにかなる。


 今も実際に半吸血鬼(ダンピール)をどうにか騎士団に手に入れようと画策していた。


 だがこれが、国が……王が絡むとなれば話は別だ。


 運が良ければ半吸血鬼(ダンピール)が手に入ると思っていたが、これではリスクが大きすぎる。


 国家を敵に回してまで、半吸血鬼(ダンピール)が欲しいわけではない。


 藪をつついて蛇どころではない、竜……それも群れが出てきてしまったようなものだ。


「私は任務を失敗した責を問われ、どの道、殺されてしまいます……村人につき出すならお好きに……」


 話しているうちに肝が座ったのだろうか。


 レティはいつの間にか覚悟を決めており……静かに目を瞑っている。


 体は震えているが。


 後味が悪すぎるぞコイツ。

 クリスはどうする?と思案する。


 国が相手となると流石に部が悪い、国家間の問題にもなりかねない。


 顎に手をあて、思わず唸るクリス。


「なんだ、助けてやればいいだろう? どうせその半吸血鬼(ダンピール)とかいうのも我らのよう騎士団に組み込もうとしてたんじゃないのか?」


 するといつまにか話を聞いていたのか、ユカラが横から口を出した。


「おまっ、気軽に言うなよ? お前らの時とは事情が違うんだぞ?」


「そうなのか? 要はその吸血鬼(ヴァンパイア)とやらを倒せばいいんじゃないのか?」


 ユカラは不思議そうな顔をする。


 極論を言ってしまえばそうなのだが、クリスとて、流石に小国とはいえ王となると踏ん切りがつかないのか、頭を抱えた。


「別に助けてくれとなどは言いませぬ……私が盗賊を率いて自国民をさらい、さらには殺して来たのは事実……ただお気を付けて……もう一人の、ゲハラを倒した聖騎士(パラディン)は王へ報告が行っております、すぐに母体候補として狙われるでしょう」


 レティはとんでもない事実を口走る。


 クリスは血の気が引くのを感じた……。


 つまりは、テートが狙われているということだ。


 後に引けなくなったな。


 仮にすぐさま逃げ出し、テートを守りながら国境に向かったとしても、国王相手では部が悪すぎる。


 下手をすれば国境付近ですでに兵士が待ち構えている可能性もある。


 無茶をすれば国境を超える事も可能だろうが、そうするとそのままクリスやユカラが狙われたりする可能性が高い。


 むしろクリスが狙われるくらいなら一人でどうとでもなるのだが。

 そして何より国家の問題に発展しかねない。


 東が怪しいこの時期にそれは避けたいと考える。

 そしてクリスは、テートを見殺しにするつもりは毛頭無い。


 そして王をどうにかしなければテートを助ける事はできないだろう。


 虎穴に入らずんば虎子を得ずとはよく言ったものだ。


「腹を括るか……」


 呟き、クリスは気を引き締める。


 その顔はいつになく真剣だった。


「いくつかこの国についての質問をする。できるだけ正確に答えろ」


「え?」


 レティは、理解してないのか呆けたような顔をする。


「頭が悪いのか? 助けてやると言ったんだ、事が済めば礼はもらうがな……」


 クリスは言い放つ。

 

「残虐非道な聖騎士(パラディン)が私たちを助けてくれると……?」


 まるで奇跡でも見るかの目つきでクリスを見つめるレティ。

 それを聞いてクリスの真面目な気持ちが霧散してしまった。


「おまえ……、どういう風に聖騎士(パラディン)を知っているんだ……」


「どういうふうにとおっしゃりますと……」


 何か、身振り手振りで説明しようとしているのか、頬を引っ張って口を大きく開けようとしているレティ。


「いや、いいから、もう大体解った……」


 クリスは呆れた。


「ここで話すのもなんだな……取り敢えずトロッコから出ろ」


 しかし、動かないレティ。


「どうした……?」


 不審に思いレティをみつめるクリス。


「腰が抜けてしまいまして……アハハ」


 帰ってきた答えは酷いものだった。


「……ハァ」


 本当にこいつ盗賊の頭か?

 そんな思いがクリスの頭を過る。

 ため息をつきながらレティ抱き上げるクリス。


「キャッ」


 軽く悲鳴をあげるレティ、それだけを見れば可愛いものだが。


 しかし、抱えると同時に異臭がクリスの鼻についた。

 血の匂いと尿の匂いが混ざって酷い事になっている。


 抱えるその手にも湿り気を感じる。


「……ユカラ、お前もこいつらの拠点で血に転げていたな?」


「ああ、それがどうした?」


 ユカラも体中は血まみれで、騎士服はとても汚れている。

 加えて訓練のせいか汗の匂いが酷い。


「酷く臭う、村長に水場を聞いてレティ共々洗ってこい、替えの服くらいはあるな?」


 年頃の娘には精神的ダメージのでかい一言をクリスは吐く。

 それを聞いてレティは顔を赤くしながらも固まっている。


「それは構わがないが、レティはなんと説明すればいい?」


「他の所で攫われたのが紛れ込んでいた事にでもしておけ……」


 クリスは投げやりに言い放つ。

 そしてレティをユカラに渡し、水場に向かわせた。

 二人が見えない距離まで歩いた頃クリスは暗がりに声をかけた。


「テート、聞いていたか?」


「はい」


 暗がりから返事がした。

 今まで、無音の聖痕(スティグマ)で気配を消して、聞いていたのだろう。

 心持ち声に元気がない。


「心配はするな、何とかする」


 安心させるように、クリスは言い切った。


「だから、気にするな」


「……はい」


 僅かに嬉しそうな返事が聞こえてきた。





 

 

 

改修



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