Ⅰ First experience
改修
空には暗雲が立ち込めている。
おかげで昼だというのに、夜のように暗い。
そんな暗い中、騎士団の厩には外套をかぶった影が一つ、翼竜の寝床に立っており、みれば何か作業をしている、どうやら翼竜に手綱と鐙をつけている。
「おーし、ゴロー準備はいいか~?」
返事のつもりなのだろうか「グギァ」と一鳴きするゴローと呼ばれた翼竜。
「静かにしろよ? 誰か付いてこられたら困るからな」
声をかける影。
わかっているのかいないのか「グルゥ?」と首を傾げるゴロー。
「なんで困るんだ?」
作業をしてる影の後ろから声がかかった。
「本当に困るってわけじゃないが、一人気ままに旅をするというのなかなか機会がなくてなーちょっとばかし楽しみなんだが……」
「そうか、だが残念な事に一人というわけにはいかないらしいぞ? クリス」
「……っええ」
クリスは振り向く。
見れば背後にはユカラが立っている。
「アリシアに頼まれてな……? 悪いが同行させてもらおう」
そしてユカラが付いてくるのは確定らしい。
「余計な事を……」
クリスは悪態をつく。
「そう言ってやるな、お主のことが心配なんだろうよ。察してやるのが器量というものだぞ?」
「器量ねぇ……まぁいいが、それでお前だけか? ならとっとと出るけど準備はどうなんだ?」
「まぁそう急くな……、私だけだと思っていたが……」
そう言うとユカラは厩の外を見つめる。
「そこにいるのだろう? 先ほどからチラチラと……お前もついてくるのか?」
そして声をかけた。
ユカラが声をかけたほうへと振り向くクリス。
そこにはクリスと同じ黒い騎士服を着た聖騎士。
テートが立っていた。
テートが立っていることに驚きを隠せないクリス。
呆けたような顔を晒している。
「いつからそこに? 俺が気づけないとか……驚いたぞ……?」
テートは気まずそうに出てくる。
「ええ、クリス様が厩に入って一通り翼竜と戯れるところくらいから……居ましたけど」
「最初からじゃねーか!」
クリスは思わず叫ぶ。
何かをしていたわけではないのだが、見られているというのは恥ずかしいものだ。
「それでお主も行くのか? その背負い袋は旅支度であろう?」
ユカラはテートの背中にある大きめの麻の袋を指差しいた。
「ええ……できれば、ついて行きたいとは思いますが……よろしいですか?」
「そこまで準備しといて、よろしいですかも何もないだろう……」
クリスはあきれたように呟き、思わず米神を抑えた。
「鐙を三人用に変えるか……、ゴローにのって国境付近の街まで一気に向かうからな……? そこで支度を整える」
既についていた一人用の鐙を外し始めるクリス。
「直接向かわんのか?」
「……国境を超えるからな、同盟国でもなければ敵国でもない……が、直接翼竜で乗り付けてもみろ、騒ぎくらいにはなる。下手に問題を起こしてしまうのも問題だからな」
「翼竜で乗り付けるとなぜ騒ぎになるのだ? 確かに少しは……いや大分目立つだろうが……?」
疑問を口にするユカラ、それにはテートが答えた。
「簡単なことですわ、我がエフレディア王国にしか翼竜が居ないからですの」
「なるほど……?」
とまだ理解できてはいないのか不思議そうな顔をするユカラ。
「翼竜に限らず他の国には基本的に竜騎士そのものが居ない、竜に関してはエフレディア王国が最高峰だからな……」
補足するクリス。
「話は建国にまで遡りますが……初代王妃、エリザベート・エフレディア様……竜の巫女と呼ばれる、特殊な力をお持ちの方だったと言われております、詳細は流石に王家に秘匿されていますが、市井に伝わる伝聞でも竜を自在に操り自身も竜に成れた……とそのためエフレディアの王家は竜の一族とも呼ばれることがありますね、エリザベート様が竜と結んだ盟約により、エフレディア王国は竜を使役することができるのです。他国の幻獣騎士は数多くとも、竜を使役できるのは我が国だけです」
テートはそう言って期待を込めた視線でクリスを見た。
「俺は公爵家とはいえ、そんな大層な力はもっちゃいないが……、テートの言ってる事で概ね合っているよ」
クリスは微笑ってお茶を濁す。
竜に好かれやすいというのはあるかもしれないが。
クリスが自覚してるほどの力はない。
「なるほど、それで結局、何がまずいんだ?」
「翼竜の戦闘能力だな、現存する竜種の中でもトップクラスと言っていい……、翼竜に乗った手練の竜騎士一人でもいれば、幻獣騎士なら五人、普通の騎士なら二十人で相手になるかどうかってところだろう……そんなのが行き成り現れたら、騒ぎにもなるだろう?」
「なるほど、確かにそれは騒ぎにもなるか」
ユカラようやく納得したのか深く頷いた。
「さて、こんな所で立ち話を続けるのもなんだ、準備はできたから、後ろに乗り込め」
見ればゴローにの鐙は先ほどつけていた、一人用のものではなく、複数騎乗できるようにか、ベルトのついた長めの鐙に変更されていた。
「ゴロー」
クリスが声をかけると、ゴローが背を向けしゃがみこむ。
「翼には触れるなよ?」
そう言って一足飛びに先頭に飛び乗るクリス。
けれども飛んだというのにゴローは揺れもしない。
クリスも重さを感じさせず着地する。
「ほら、テート」
クリスは手を伸ばす。
「では、失礼して……」
手を取るテート、そのまま真ん中に乗り込んだ。
「ユカラさんもどうぞ」
今度はテートが手を差し出した。
「う、うむ……」
テートの手をとり慎重に上り一番うしろにに乗り込むユカラ。
「座ったらベルトをつけろよ?」
一旦言葉を区切るようにとめて、思案するクリス。
「落ちないようにしっかり捕まっとけよ?」
ニヤリと笑って、手綱を引いた。
途端に羽ばたきを始めるゴロー。
辺りに風が吹き荒れる。
背中に乗っている三人は大きく揺れる。
「喋ると舌を噛むぞ」
言いながら手綱を引き方向を厩の外へ向けるクリス。
「おぉう?」
微妙な声をあげるユカラ、テートはクリスにしがみついている。
「いくぞ」
一声かけ手綱を振るう。
それに応えるかのようにゴローも「グギャ」と一鳴き、羽を震わせる。
ふわりと体が浮き上がり、前へと進み出す。
しだいに速度は上がって行く。
上昇していくゴロー。
宿舎、森、渓谷、街、目まぐるしく景色が変わっていく。
気づけば宿舎は遥か遠くに位置している。
ゆっくりとユカラが下を覗きこんだ。
「宿舎がもうあんなにも小さく……」
「初めてだと、やはり驚きまして?」
テートがユカラに問いかける。
「ああ、流石にこの高さは初めてだ! 何もかもが小さく見えるな」
「ふふ、風も気持ちいいでしょう?」
ユカラは頷くと、楽しそうに笑う。
「これが騎獣というものか……素晴らしいものだ」
「騎獣だからじゃない、翼竜だから、凄いんだぜ?」
クリスは何処か誇らしげにそう言うと、満面の笑を浮かべた。
「ちょっとだけ、本気を見せてやる……捕まってろよ?」
クリスがゆっくりとゴローの首筋を撫でると、ゴローの体から淡い緑の光が溢れだし、三人に纏わりついた。
「いくぞ!」
それが合図か、クリスは手綱をしならせた。
「グラァアアアアアア!」
普段のゴローからは想像出来ないほど低い雄叫び。
羽ばたきが大きく早くなる。
そして、速度があがった。
「いやっほおおおおお」
叫ぶクリス。
「うおおおぉぉおぉお」
驚き唸る、ユカラ。
「……」
テートは無言で笑っていた。
***
数時間ほど風に当たり、街から少し離れた所に降り立った三人。
西国境の街、サレナに向かい歩みを進めている。
ゴローはすでに宿舎に戻るように言い含めて返してある。
「もうすぐサレナだ、サレナについたら服と食料、それに駱駝と貨幣の両替をするぞ」
「服はこれじゃまずいのか?」
ユカラが着ている染色すらされていない、麻でできた無地の騎士服を示す。
帰ってきて初日に手配した無地の騎士服である。
流石にユカラのサイズは一番大きいものなのだが、もともと男用の物であり、どうやら胸囲が合わないのか服が持ち上げられ、代償としてヘソが露出している。
「機能てきには、そいつでも問題ないんだがな、宗教的な問題でな? 砂漠の国あたりの伝統でな女は顔を以外を見せる服装をすると娼婦として扱われるらしいぞ?」
「なんともけったいな宗教もあったものだな?」
ユカラは目線を下に動かした。
自分のヘソを覗ぞこうとするが目線を下げるだけでは覗けないようで、顔を顰めている。
「貞操観念が強いのでしょう、悪いことではありませんわよ?」
「宗教……十字教も似たようなものだろ……」
何か思い当たる節があるのか言葉を濁すクリス。
「砂漠ほどとは言わないが、それなりに暑い地域だ。男がいれば魔法でいくらか誤魔化しも効くが、ないもの強請りをするもんじゃないしな、それに肌を見せない服というのは日光からの体力消費を抑えてくれるし悪いものじゃないさ……街が近いぞ」
クリスが指を差すほうには、土と石でできた町並みが広がっていた。
どことなく土耳長の集落に趣が似ている。
防熱と防寒、目的は真逆だろうが。
街の入口には衛兵が多く配置されており、十人近い人数が動員されている。
「国境が近いとはいえ随分多いな? 少なくとも西に敵国はないはずだが……? 視てみるか……」
クリスの両目が十字の光を宿す。
千里眼の聖痕を使ったようだ。
「なるほど検問か、道理で人が多いと……何かあったのか?」
「どうしますか? 収まるまで待ちます?」
テートは心なしか不安げに思案する。
「別にやましい事はしてないから行っても問題ないだろ? まぁまだ国内だし問題ないだろう」
気楽な調子で笑うクリス、しかし、突然に何かに気づいたかのように我に返る。
「騎士服のままだと何かありそうだな、お前ら外套もってるか?」
「もちろんです」
「一応あるが」
それぞれ返答する二人。
「騎士服は見えないよにしとけよ? あとフードはかぶるなよ、怪しまれる」
アルザークでは堂々としたものだが、今回は国外に行くのだ。
検問に引っかかれば確認に時間を取られるだろう。
サレナの町で補給もしないといけないのだ。
流石に面倒だ、とクリスは思う。
「やましい事はないんじゃなかったのか?」
不思議そうな顔をするユカラ。
「国境付近の村の検問は他より厳しくてな、おまけに、ここの領地を治める候爵は父上の知人でな、気づかれたくないから、うちの紋様は使えない」
クリスは庶子として認知されたのが十二歳である。
遅すぎる認知のため公爵家でありながらも、他の貴族にはほとんど名前も、性別すらも知られていない。
だが例外もある、公爵家縁者やその知人である、サレナを治める諸侯、ベライア候爵はクリスの父であるアーノルド・リリィと旧知の中である。
家族構成くらいは当然の如く知っている、公爵家の秘密をバラしてもいいならクリスとて堂々と名乗るが、現在クリスにそれは判断がつかない。
何度かベライア候爵の話を聞く機会こそあれど、直接会ったことなどないのだ、信用性など皆無に等しい。
「まぁ検問で騎士服はばれるだろうから、バレたらテートが父の……翼竜騎士団の密命を帯びたってことにできないか? 俺たちその護衛で雇われた臨時の傭兵ってことにしよう……こんな事になるなら普通の服買っとくんだったな……」
「まぁよいでしょう、滅多に役に立たない父の顔をたまには借りましょう、私にお任せくださいな」
テートが頷くものの、なにげに父親を酷い扱いだ。
「今更いってもしょうのないことだろう? 服は街に入れたら買えばよい」
ユカラがクリスを慰めた。
「そうだな、今は話してもしょうがない……街へ向かおう」
同意するクリス。
そして三人は歩み始める。
程なくして門へ到着した。
すると衛兵から声がかかった。
「そこな女性たちはサレナの村に何用かな?」
「ウェスタリアへ向かう旅の途中ですの、サレナには物資補給に」
予定通りにテートが前に出て、対応する。
「国境を超えるのかい?」
「そのつもりですけど、何か問題が?」
「今の時期はやめたほうがいい、今は土蚯蚓の繁殖期だ、国境付近は奴らの巣が多い、魔法を使えぬ女だけで向かったとしても餌になるのが落ちだよ?」
心配してくれるのか、神妙な顔で説得してくる衛兵よくみれば顔はまだ若く、新人騎士といったところだろう。
土蚯蚓は荒野や砂漠に生息する動物である。
その体は大きく、体長は二メートルから三メートルほどになり大きな口で得物を丸呑みにする習性をもつ巨大な蚯蚓である。
知性は皆無に等しく、動くものを追いかけ飲み込むという、ただそれだけの動物である。
陸上を時速は五キロメートルがやっとという速度で転がって追いかけるため、その姿は気持ち悪いと定評があり、砂漠の街などでは貴重な蛋白源でもある。
魔法を使える男ならほとんどの場合が勝てるだろう相手であるし、訓練をつめば女でも倒すのは決して難しくはない。
けれどもそれは一匹ならの話である。
いくら勝てる相手でも十匹、二十匹と居れば勝てなくなるのは道理である。
「繁殖期は当然だが数が多くてね……」
衛兵は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「ご忠告感謝しますわ、気をつけます。それで、街に入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、すまないな、か弱い女性が三人で旅か……気をつけるんだよ」
衛兵あっさりと許可をだす。
「ところでこの仰々しい検問はなんなんですの?」
「ああ、別に検問でもなんでもないよ? 近くに翼竜が降り立ったとかで警戒してるんだと、翼竜騎士団の巡回日程とは違うらしいから野良竜だと危なくてな」
その言葉を聞いてテートの後ろでは二人がこそこそと小声で話をしていた。
「俺のせいか……」
「お主のせいだな……ぎりぎりまで近づくより手前の森で降りたほうがよかったな?」
ユカラがからかうようにクリスを笑う。
「だが森から歩いたら半日はかかったぞ? この暑い中半日も歩きたいか?」
汗だくになりながら歩くところでも想像したのだろう。
ユカラも考えこみ神妙な顔つきになった。
「……誰もお主を責めたりはせぬよ」
土耳長は涼しい気候の高原育ちだ。
平地や砂漠には縁が無かったのだ。
暑さには弱いのだろうか、事実三人の中で一番汗をかいているのはユカラだ。
そんなやり取りを聞きテートは思わず吹き出しそうになるが、堪えながらも会話を続けた。
「そ、そう、野良竜がいたら危ないですわね……警戒お疲れ様ですわ」
「いえいえ、街を守るのが職務ですから、お嬢さんがたもお気を付けて、街で何かありましたらどうぞ、紅蠍騎士団へ」
騎士の礼をして、丁寧にも見送ってくれる若い衛兵。
テートが軽く手をふりそれに応え、三人は門をくぐる。
結局、女三人だからだろうか、大したチェックもなく街へ入る事ができ。
名前すら名乗っていない。
それでいいのかサレナの街。
クリスは街の防衛に一抹の不安を抱えながらも、物資を買うために店を探し始めた。
改修




