じゅうさんわ おんなきし
改修
夏の日光がまだまだ厳しい午後の昼下がり。
王宮の第七庭園、白波では細やかなお茶会が開かれていた。
岩と白い石だけで作られた庭園、その形は海を模していて、どこか異国情緒を漂わせる作りになっている。
中央には木で作られた大きめの東屋がひとつあるだけの簡素なつくりである。
主催は今代王女、フランシス・エフレディアその人である。
しかし、フランシスは眉を寄せて不機嫌そうにしている。
賓客は六人、眉を寄せながらもフランシスは一人一人を見つめていく。
そして、照らし合わせるようにセシリアから奪い取った手紙を確認する。
何が原因なのかとその視線の先を見据えれば、此度招待された賓客が戸惑うように席に並び座っている。
地竜騎士団団長、ランド・クラスラーが娘、リラ・クラスター。
白い騎士服を着こなし、こげ茶の短く切りそろえた髪の毛に丸い瞳が特徴的だ、年は十九。
翼竜騎士団団長、グラン・サーシェスが娘、テート・サーシェス。
黒い騎士服を着こなし、細身でありながら女性にしては高いその背、優しい目つきで金髪を肩まで垂らしている、年は十七。
蛇竜騎士団団長、ヴァイス・ケドラスが娘、フェイト・ケドラス。
焦茶色の制服を着こなし、銀に近いような透き通る青い髪を背中にまで流しており、その瞳の色も吸い込まれなほど青い、年は二十。
火竜騎士団団長、ファーフニル・エルトスが娘、レイト・エルトス。
紅い騎士服を着こなし、燃え上がるような紅い髪を、ポニーテールにしている、年は十九。
王都傭兵組合、ザルクの娘、ティターニア。
灰色の騎士服を着こなし、大人しい感じのする女性である、肩までかかる金髪に大凡平均的な体つきをしている、年は二十三。
王都傭兵組合、ストレンジ・トリスの娘、ラグラシア・トリス。
ティターニアと同じく灰色の騎士服を着こなしている、小柄の女性で、茶髪を肩にかからない程度に切りそろえ、活発な印象を受ける、年は二十一。
間違いはない、間違いはないのだが……。
フランシスは思わず声をあげた。
「全員騎士服ってどういうことよ?」
驚きと通り越して若干呆れている。
どっから手に入れたこいつら、誂えたように全員ピッタリである。
「おかしいですかね?」
疑問に答える声があった、給仕をしていたセシリアである。
もちろん、セシリアも騎士服だ、地竜騎士団の騎士服が下地なので白色である。
「確かに騎士団の話ではあるのだけど……、私お茶会って手紙に書かなかったけ?」
憮然として表情で頬杖をつくフランシス。
とても機嫌が悪そうにみえる。
事実悪いのだろう、目尻はつり上がっている。
ため息をつきながらも、とりあえず理由を問いただすため、ティターニアとラグラシアに眼を向けるフランシス。
「身内に騎士団がいる団長の娘四人はおいといて、なにそれ? あんたらも身内に騎士団でもいるの?」
おずおずと言った感じにティターニアが答えた。
「ご存知ないでしょうか? これは騎士団が臨時に傭兵を雇う時に配られる、準騎士団員の制服であります。正規騎士団の物と違い、肩章がないんです」
右手で左肩の部分を少し引っ張るように見せるティターニア。
フランシスが確認すると確かに肩章はなかった。
「私たち二人が持っているのは、四年前の戦争で支給されたものです」
傭兵とはいえ女性が戦場に居たという事実に、訝しげな表情を浮かべるフランシス、すぐに一つの可能性に思い当たり、僅かに眉根を寄せた。
「仕事は物資運搬がほとんどでしたけどね」
ラグラシアが付け足した。
その言葉にフランシスが自分の予想とは違った事が理解できたのか、すぐに素面に戻る。
「……騎士服を持っている理由はわかったわ、まぁ良いわ、セシリアも最近はこの格好だし……、けどねお茶会なんだから正装できなさいよあんたら……仮に話が騎士団関係の事だとしてもよ!」
勢いあまって立ち上がるフランシス。
すると、今まで見ていた火竜騎士団長の娘、レイトが口をだした。
「お言葉ですが王妃様、我らは騎士になるのです、ならばこれが正しき正装でございます、傭兵上がりの二人ならいざ知らず、四騎士団長の娘である我らは幼き頃より市井の娘などとは比べるべくもなく、騎士相当の訓練を課されているはずでございます」
少しばかり小馬鹿にしたような台詞が入っているがその自信は本物なのだろう。
眼はフランシスの瞳を真正面から捉えていた。
フランシスがあたりを見回せば、他の騎士団長の娘達もそれぞれ示したようにに騎士の礼をとっていた、それをみて慌てたようにティターニアとラグラシアも騎士の礼をとった。
その姿をみて「ぉぉ……」と小さな喜悦をもらすセシリア。
「そうね、私が悪かったわ……だから騎士の礼はやめてね……」
セシリアが増えた。
頬を引きつらせて、頭をかきむしりたくなる衝動に駆られるフランシス。
しかし、人前でそんなことなどできるはずもなく、流石に抑える。
「自己紹介……とでも行きましょうか、私はいいからそうね、右の席、レイトからどうぞ」
「レイト・エルトスだ、父はファーフニル・エルトス候爵だ、趣味は剣術に乗馬、よろしく頼む」
「次は私? フェイト・ケドラスです、父はヴァイス・ケドラス男爵、趣味は弦楽器だよ、よろしくー」
「リラ・クラスターだよ……です、父はランド・クラスター準男……あ、男爵です、すいません、趣味は料理です、よろしくです」
「私かしら、テート・サーシェス。父はグラン・サーシェス伯爵。趣味は……星占いかしら? よろしくね」
「ティターニアです、えっと貴族ではないんで家名とかはないです、父は傭兵組合のザルクです、趣味……は特に無いです、はい、よろしくお願いします」
「ストレンジ・トリスよ、父はラグラシア・トリス伯爵、趣味は領地の森でやる鹿狩りかしら? よろしくお願いしますわ」
「では、私ですね! セシリア・リリィです! 父はアーノルド・リリィ公爵です! 今回副団長を勤める事となりました、よろしくお願いします!」
「全員終わったわね? 後はまぁ好きにやりなさい、お菓子も紅茶もあるし親睦でも深めたらいいわ」
そう言うとフランシスは思案に耽る。
それぞれの自己紹介を聞き、随分と豪勢な顔ぶれだなとフランシスは思った。
王都のほうで集めるとなるとこんなものかしら? でもセシリアは孤児院や娼館にも行ったのよね?
思案していると、レイトが疑問を口にした。
「団長はリリィ家の方だと聞いていたのですが、セシリア様は副団長なのですか?」
セシリアがそれに答えるた。
「私のおと……妹が団長ですね、クリスって言います」
弟と言いそうになる所に、フランシスがセシリアを睨んで、なんとか事なきをえた。
「セシリア様を抑えてどのような方が団長になるのかと不思議に思っていましたが、なるほど……妹君でしたか、こういう事を聞くと癪に触るかもしれませぬがセシリア様よりも強いので?」
「どうなんですかね? そういえば戦ったこととか無いですねー」
「元地竜騎士団長の片腕を切り飛ばしたセシリア様の武勇は轟いておりますし、変異蛇竜との激戦も小耳に挟みましたが、その……失礼ですが妹君のお話は聞いたことすらないので、気になりまして……」
セシリアが何と言おうと考えていると、フランシスがそれに答えた。
「彼女は庶子なのよ……だから今まで殆ど表には出てこなかったのよ」
「なるほど、庶子ですか、それなら確かに聞き覚えがなくても仕方がない……しかし、その、どのような人物なのでしょうか?」
どのような方と言われても、フランシス事態は数度しか会ったことはないし、セシリアに事情を伏せて説明できる頭があるとは思えない。
フランシスは個人の……ひいては王家や公爵家の秘密をいかに自分の騎士団といえどそう簡単にバラしていいものかと悩む。
フランシスが言葉を選んでいると思わぬ所から助け舟が入った。
「優しい方ですよ」
テート・サーシェスがそう言いながら微笑んでいた。
「テート殿はご存知なので?」
不思議そうな顔をしてレイトが問う。
「ええ、父の……翼竜騎士団でその腕を磨いた方ですからね、よく存じていますわ」
翼竜騎士団と聞いてピンと来たフランシス、テートはクリスを知っている。
「よければどのような方か教えて頂けませぬか?」
その流れになるのは当然のことだっただろう、フランシスはセシリアが余計な事を言わないように注意を配るだけで精一杯だというのに、思わぬ伏兵である。
「責任感が強く、竜に好かれ、凛々しく、剣をもてば、全てを切り裂き、魔法を使えば全てをなぎ倒し、知識においても他のついづいを許さない、そんな人ですわ……」
フランシスは数度しか会ったことはないが、そこまでの人物だったろうかと頭を捻った。
「おお、それは素晴らしい人なのだな! ん? 魔法?」
素直に信じるレイトであるが、魔法という言葉に引っかかる。
フランシスも慌てて、何かを言おうとしたがその前にテートが言葉を被せた。
「あらやだ、私ったら、言葉の綾ですわ……」
妖艶に微笑むテート。
「うむ、そうか、つまり素晴らしい人なのだな、そんな人が団長ならば納得もしよう、なあ皆?」
皆が頷く。
セシリアなどはとりあえず笑ってごまかしている。
するとテートは瞳を潤ませ、とても艶かしい声で言い放った。
「そして私の想い人ですわ」
瞬間、ピシリ……と空気に罅が入るような音が聞こえた気がした。
勿論、テートが好きなのは男のクリスであろう。
けれどその事実は簡単に口外してはいいものではなく、クリスの秘密を知らない者たちからしたらそれは、とんでもない発言だった。
テートは空気など介さず、妖艶に微笑んだままだ。
「あ、勿論これは本人には秘密にしておいてくださいね」
勿論普通の感性の持ち主なら本人に話せるはずも無く、逆に本人以外ならいいのかと辺りは微妙な雰囲気になった。
「ああ……、そうだな、貴殿はそちらのほうの方の人か……、いや、何、ひっ否定するわけではないぞ……? だが余り大っぴらに言うのもだな……?」
レイトが優しくたしなめるが、それを聞いてもテートは「私は気にしませんわ」と微笑み続けている。
この女、確信犯である。
フランシスは頭を抱えたくなった。
こいつら表向き私の……、私営騎士団ってことになってんのよね……? 何か嫌……。
「そういえば、今回我々は何の用事で呼ばれたのですかな? 顔ぶれを見る限りでは期待しても良いのでしょうか?」
空気を変えるためか話題をそらすレイト。
何を期待するのだろうかと思ったフランシスだが、顔ぶれをみて一つ思い当たった。
「残念だけど、期待してるような事ではないわ、貴方も小耳に挟んだのなら変異蛇竜との戦闘がいかに激戦だったかは、推測できるわね?」
言われて、残念そうに、けれども真剣に頷くレイト。
「セシリアも無傷というわけには行かなくてね、今は大事をとって養生させているのよ、それで本当なら各家にセシリアが回った所を私が招集という形でここに集めさせてもらったのよ」
「では、その集めた理由とは?」
「セシリア……」
名前を呼ぶフランシス。
セシリアは懐から人数分の手紙を取り出した。
「この手紙をもって、リリィ家へ向かってください、騎士団結成か何か指示がでるまでリリィ家で訓練を受けてもらおうかと思いまして」
「ということは、他の騎士団員候補はすでにリリィ家に居ると考えてもよろしいので?」
「王都にいる被推薦者は全部リリィ家に集めとこうと思いまして、お……妹は今騎士団結成に向けて色々と準備で忙しそうなので……。それに王都は私が任されましたので」
任されたという事実が嬉しいのだろう、どこか誇らしげに言い切るセシリア。
「その旨了解いたしました、では我らは今すぐ準備し、すぐにでもリリィ家に向かうとします」
言い放つレイト。
「え? 今から……?」
と思わず聞き返すフランシス。
とてつもない、既視感を感じる。
そう、セシリアと……同じような……。
「善は急げと申しまして、しからば御免致します」
騎士の礼をして踵を返すレイト。
他の者たちも礼をして続々とレイトの後に続いた。
それを見て深く頷いているセシリア。
唐突の出来事にフランシスは思った。
――バカばっかり。
***
三週間後、フランシスはセシリアと共に神殿に訪れいていた。
クリスから連絡が来たのだ。
「こちらは一段落ついたのでそちらの集めた団員を宿舎に送って欲しい」
そのため王都で集めた十二人を聖騎士にすべく、すぐさまリリィ家に手紙を出した。
その後十二人を神殿へ呼び寄せ、今は地下で儀式を受けている。
既にクリスは王都にいるらしく、ほかの団員を集めて宿舎に入っているとのことだった。
今二人は、選別の階段の前で待機している。
「そろそろ出てこないですかね?」
セシリアはまるで誕生日前の子供のようにそわそわとしている。
「あんたの時もすぐ終わったし、もう出てくるでしょ」
「楽しみですねぇ……」
二人がそんな会話をしていると、階段から足音が響いてきた。
「来たようですね」
相槌をうつフランシス。
まもなく階段から出てきたのは髪の色を銀に、瞳の色を紅に変えたレイトだった。
「お出向かありがとう存じます、皆もすぐに上がってまいります」
そう言うと、続々と階段を上がってきた。
皆一様に同じ髪色と同じ目の色になっている。
「問題はなさそうね? 宿舎に向かうわよ」
フランシスがそう言うと、皆揃って一糸乱れず騎士の礼をした。
リリィ家で何を習ったのか、それともレイトの影響か、リリィ家の訓練が怪しい所だが。
「……いくわよ」
一言を放ち、馬車に向かうフランシス。
慌てて後を追うセシリア、皆も一糸乱れずそれに続いた。
もう何も言わないとフランシスは決めた。
若い、まだ子供と言っていい者までいるというのに、フランシスが予想していた「あらあら、失敗したの? うふふ、可愛いわね、次はがんばろうね」的な騎士ではなく、凛々しい眼差しをし、歴戦の猛者のようにキビキビと動きくそれを見て、少しばかり落胆した。
――せっかく素材がいいのが揃ってるのに。
フランシスはついそんな事を思ってしまう。
訓練を身に行ったときにリリィ家で確認した孤児院出の子供たち、たまたま昼時に行ったのだが、可愛らしくご飯を食べていたハズなのに……。
それが今では、歴戦の猛者のように目を光らせ、キビキビと動き、フランシスの付近を警戒している。
その眼光で鬼人族すら裸足で逃げ出すだろうというほどだ。
他の者もそうだ、四騎士団長の娘は置いとくとしても、娼館出のものなどとても美しい容姿をしているのに、なんだかよくわからない魔法武器を使って、いたぶるように模擬戦をしており短髪の女の子をいじめていたのを目撃した。
まともに見えた傭兵組合出の二人も模擬戦となると急に奇声をあげて斬り合っていた。
――変なのばっかり。
訓練として、騎士としては正しいのかもしれないが、フランシスは釈然としなかった。
もっと女の子の騎士団って華やかでキャピキャピしてる雰囲気じゃないの? うちの若い侍従達は少なくとももっと女の子してたわ。
何この雰囲気、王宮近衛兵に守られてるときよりピリピリしてるんだけど。
セシリアは相変わらず「うむ……」深く頷いており満足そうだ。
――リリィ家うぜぇ。
一瞬だけ本気の殺意が湧いたフランシス、馬車に乗り込み扉が閉まるのを確認すると一緒に乗り込んだセシリアの両頬を引っ張った。
「にゃ、にゃにすりゅんでひゅか?」
抗議の声をあげるセシリア、しかし、頬を引っ張らているせいで言葉にならない。
「憂さ晴らし」
淡々と告げるフランシス。
「ひみが、っはかんはいんですけど!」
「王妃命令よ、黙って受けなさい」
「ひょんなあーーー」
馬車の内部にセシリアの悲鳴がこだました。
改修




