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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
一章 団長 始まりの旅路
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二話 聖騎士《パラディン》 創世の欠片 十字の歴史

改修

 王国が唯一信仰している宗教がある。


 十字教と呼ばれる一神教である。

 象徴は文字通りの十字である。

 もちろん王国に限らず、世界中に広まっている。

 人の国では。

 過去この世界には人と呼ばれる種族が六種族が居た。


 そう居たのだ、つまりはもう居ない。


 理由は単純明快だ。

 十字教が全て滅ぼしたのだ。


 いや、全てというのは語弊があった。


 たった一種族、十字教の起こりである、猿人(ヒューマ)族だけ残っている。


 百四十年前、十字教は猿人(ヒューマ)族以外の全ての種族に宣戦布告をした。


 かつて、世界には六代部族と呼ばれる種族が居た。

 神の十二使徒の生き残りの子どもたちが始祖だという六部族。


 闇の使徒の子孫、魔法に長けた耳長(エルフ)族。

 大地の守りての子孫である、力に長けた鬼人(オーガ)族。

 炎の鍛冶屋の子孫である、手先の器用な土人(ドワーフ)族。

 水の戦士の子孫である、水辺に住む水人(マーマ)族。

 風の射手の子孫である、空を翔ける翼人(ハーラ)族。


 そして光の治癒士の子孫である、数が最も多い猿人(ヒューマ)族だ。


 けれども猿人(ヒューマ)族は他の五部族を亜人と称し全てを滅ぼしたのだ。


 当時、十字教の勢力は世界中に蔓延っていた。


 猿人(ヒューマ)であらずは人にあらず。


 すなわち、猿人(ヒューマ)以外の人部族を、人として見ないのだ。


 人じゃなければ何をしてもいい、そんな甘言に人々は心酔した。

 そして、人々は近しい隣人の文化を蹂躙する。


 奪い、犯し、殺し、そこには何も残らない。


 けれどもただやられるだけの五部族ではなかった。

 五部族は結託し、十字教との戦いは年々激化する。

 いくら数が多いといっても猿人(ヒューマ)族の強さは他に劣る。


 魔法で撃たれ、力で薙ぎ払われ、するどい剣で貫かれる、逃げれば空から弓を撃たれ、船は軒並み沈没した。


 戦争後期、徐々に形成は五部族に傾いていく……。


 しかし、そこで十字教は聖騎士(パラディン)を投入する。


 聖騎士(パラディン)になった者は十字の光を放つ聖痕(スティグマ)をその身に宿す。

 聖痕(スティグマ)は神の使徒の証であり、聖痕(スティグマ)を宿せば特殊な力を使えるようになった。

 聖騎士(パラディン)に魔法は効かず、力も強く、剣でさしても再生し、水の上を走り、空を翔けた。


 五部族は追い込まれ、必死な抵抗虚しく滅んでしまう。


 たった十年、それが五部族が滅ぶのにかかった時間だ。


 後にそれを十字教は聖戦と呼んだ。

 しかし、十字教にも被害は多く、それが元で十字教も分離したのである。


 クリスはそこまで聞いて、もういいと手を振った。


「悲しい話です、隣人を愛せよという反面、近しい人々を人としてみない。彼らが何が人と違うのでしょうか、彼らは、生きて、愛し、育み、営んでいた。それを一方的に迫害し、滅ぼした。人とはなんて業の深い生き物だとは思いませんか?」


 手を振ったのをスルーして、そう熱心に説いてくるのはクリスが儀式を受ける際に案内をした、女性神官だ。


 そして何気なく言っているが、十字教徒の癖に十字教を否定している。

 何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。


 彼女の名前はアリシア・スワン。


 銀の巻き髪に小柄な体躯、ちょっとタレ目で柔らかい眼差してるが瞳の色が紅で珍しいとは思う。


 緑の僧服を着込んだ司祭(プリースト)である。

 

 クリスが倒れたあと、神殿の聖堂の裏にある、控え室にまで連れてきてくれたのはアリシアである。

 クリスが目覚めるまで介抱してくれたのだが、目覚めて何があったのかを聞けば、神のお導きですと、歴史の話をしはじめたのだ。


「それでなんで歴史の話が必要なんだ?聖騎士(パラディン)の特殊な力のことはわかるが、できればかいつまんで話して欲しい」


 そう頼むとアリシアは若干、頬を膨らませ、不機嫌そうな面持ちになる。


聖騎士(パラディン)の力を語るにはこの歴史が一番かと思いまして」


「当時の戦争の規模は知らないが、確かに戦況を左右するような物であるのはわかった、それで特殊な力というのは?」


「せっかちはダメですよ……聖騎士(パラディン)の特殊な力とは聖痕(スティグマ)に由来します。聖杯の儀、先ほどクリス様が聖杯から神の恩血、心なる聖水をお飲みになられた儀式を指します。聖杯の儀を終えると身体のあちらこちらに聖痕(スティグマ)が発現します」


 右手を差し出すアリシア、手を取り見てみるが何もない。


「何もないが?」


 クリスが不思議そうに問う。


「手の甲を見ててください」


 すると手の甲に薄らと十字が光り輝いた。


「これが聖痕(スティグマ)です」


「おおう……すげぇなって、あんたも聖騎士(パラディン)なのか?」


 初めてみるその光景に感嘆し、目の前の少女とも言える物が聖騎士(パラディン)という事実に驚きを顕にするクリス。


「ええ、私の髪と眼、王都では見ないと思いませんか?」


 確かに、王都では茶や金が多い、時折黒いのもいるが、眼だってグレーが殆どである。


「何か関係あるのか?」


聖痕(スティグマ)を授かり、聖騎士(パラディン)になると眼が紅く、髪が銀になるのです。詳しい理由はわかっていませんが、神殿には神の形に似せたということで伝わっていますね。神殿十字教関係者で銀の髪に紅い眼でしたら聖騎士(パラディン)と思ってくださって結構ですよ、まぁ純粋にそういう見た目の人もいますので、一概には言えませんが、それに、クリス様も今はそうなっていますよ?」


 そう言うと僧服の内側をごそごそとあさり手鏡を取り出すアリシア。


 手鏡をクリスへと向ける。


 鏡に映る自分の髪と目の色は、アリシアと同じ銀と赤になっていた。


 なるほど、確かに、変わっている。


 クリスの元の髪は金だし、瞳は青だ。

 目を見開いて手鏡を覗き込むクリスをを見てアリシアは微笑む。

 クリスが落ち着いたのを見計らって、アリシアは話を続けた。


聖痕(スティグマ)は普段見えません、意識するか力を使うときだけ見ることができます。人によって聖痕(スティグマ)の数も大きさも違います。また顕現する部位によって使える力も異なります。例えば、今見せた私の聖痕(スティグマ)は癒しの聖痕(スティグマ)といって、傷を治す奇蹟を起こすことができます。他にも先ほどの歴史にでてきた聖痕(スティグマ)ですと、おそらく守り、剛力、再生、飛翔、健脚でしょう。他にも破壊、浮遊、英知、暗視など、凡そ四十種類ほど確認されています」


 その種類の多さに驚愕する。

 下手な騎士の使える魔法よりよほど多いと感嘆した。


「守りと再生の聖痕(スティグマ)は全ての聖騎士(パラディン)が必ずもっています。ヘソの上と心臓付近ですね、これに例外はありません。悪意ある魔法、攻撃魔法を打ち消す、守りの聖痕(スティグマ)。 自身が受けた傷を癒す、再生の聖痕(スティグマ)この二つが最低位の聖騎士(パラディン)ですら持ち得る奇跡です」


 そして、と続けるアリシア。


聖痕(スティグマ)の多さは可能性の多さ、聖痕(スティグマ)の大きさは力の強さを表します。聖痕(スティグマ)を使いこなせば一人で竜種すら打倒しえるでしょう」


 得意気に語るアリシア。


「まるで御伽噺にでてくる英雄だな……。聖痕(スティグマ)を使う制約とかないのか?」


 ―ーそれだけの利点があるなら、当然何か負担があるんじゃないか?


 危険を考えずに使うと言うのは蛮勇というものだろう。


「制約というのはとくにありませんが、強いて挙げるなら、お腹が空きます」


「は?」


 その言葉を聞いてクリスは思わず真顔になった。


「だから、お腹が空くんです、とっても」


 大真面目な顔で言うアリシア。


「それは、動いたら腹が減るとかそういうやつか?」


 随分と軽い代償だ。

 そんな事を思いながらも半ば笑うように問いかける。


「そんな生易しいものではありません!」


 けれども、アリシアは至極真面目に言い放った。


「これは経験なさらないとわからないかもしれませんが、あれは空腹ではなく……飢餓。そう例えるのがよろしいかと……」


 随分と大仰な例えだとは思うが、ここまで真剣なのだからそうなのだろうかと考える。


「そんなに、その、きつい……のか?」


「多少食いだめをしていればともかく、日常で食事を取り忘れるとそれはもう……」


 何かを思い出すかのように悲壮な顔をするアリシア。


「そ、そうか、じゃぁ飯は抜かないほうがいいな」


「それはもちろんです! ご飯を抜くなんてとんでもない!」


 アリシアは叫ぶように力説する。


「アリシアもそんなに食べる……のか?」


 気になり、問わずには居られなかったクリス。


「当然です十人前くらいならペロリと食べちゃいますよ、聖騎士(パラディン)であるかぎりはこれは如何ともし難いものなのです」


 アリシアは誇らしげに胸を張る。


 クリスに色々な意味で衝撃が走る。


 そんな、小柄なのに十人前何処に入るのか。

 そんなに食べるなら、出るものも大量だろうな。

 こいつ背も胸もちっちぇえな。

 騎士団の予算の半分は食費とか言わねえよな?

 人だけの騎士団で翼竜(ワイバーン)のいる翼竜騎士団と予算が同じだなんておかしいわけだ。

 とかである。


「人ごとではありませんよ、クリス様も聖騎士(パラディン)に成られたのですから」


 いろいろと思考し、真顔で惚けているクリスに追撃をかけるアリシア。

 けれども、クリスには実感がわかず、何処か遠い眼をした。


「色々、考えがお有りでしょうが、代償以上に聖騎士(パラディン)の体というのは便利なものですよ?」


「例えば?」


「基本的に身体の力が向上します」


 向上するといってもよりけりである。

 ちょっとやそっとじゃ何の役にもたちはしないが。


「どのくらい?」


 クリスが明確な数字を問いたくなるのは当然のながれだろう。


 そうですねとアリシアは一瞬考える素振りを見せるもすぐに答えをだした。


「これは聖痕(スティグマ)の数によりますが、最低位の聖騎士(パラディン)でも常人の二倍は超えますよ」


 常人の二倍。

 確かにやれることは増えるが、それでも魔法の有無を覆せるものなのかは疑問が残る。

 そして気になった。最低位でも、というならその逆の答え。


「最高位だと?」


「明確な数値で測ったりとかはしたことはないと思うんですが、十倍くらいいくんじゃないですか?」


 若干、おざなりな感じがする回答ではあるものの、それが事実ならば、それは驚愕し得る能力である。


 要約すれば。


「化け物だな」


「化け物は酷いですよ」


「ああ、失礼をした、つい本音が」


「フォローになってませんよ」


 まったくもう、とアリシアが苦笑する。


「すまない、続けてくれ他には?」


 クリスは謝りながらも続きを促した。


「そうですねぇ……?」


 アリシは思案顔でんーと唸りながら、指を唇に当てて上を見つめている。

 説明する事をまとめているのだろう。なんか行動が子供っぽい。


「まず老化がほぼ止まります……子供が聖騎士(パラディン)に成ったのならば成長はしますけどね」


「なんとも都合の良い……世界中の貴族がいくらでも金をだしそうだな」


 貴族の一部の女性では己が若さを保つために、若い女の血を浴び続けた殺人者さえも居るというのに、けったいな話だ、とクリスは思う。


「……大量のお布施を頂いて儀式を行うこともあります」


 ――あるんかいっ。


 思わず、言葉になりかけたが……すんでの所で堪えきった。

 けれども代わりにジト眼でアリシアを見つめた。


「そんな眼をしないでください、神殿の経営にだってお金はかかるのです、信者の寄付だけでやっていけるほど世の中は甘くないのです」


 したり顔で諭すアリシアにクリスは若干の憐憫を覚えた。


「もちろん儀式に失敗することだってあります。そこまでは責任取れませんしね」


 朗々と無責任発言を言い放つアリシアにクリスは呆れながらも、問いかける。


「失敗するとどうなるんだ?」


「まず適正のない人はあの部屋に入れません、いくら階段を降りても延々と降り続けるんです」


 ――それは結構な拷問じゃないか?


 精神的にきそうである。

 暗くて先の見えぬ階段をひたすら降りる。

 想像したのか、クリスは若干身震いした。


 ――もし俺に聖騎士(パラディン)の適正がなかったらどうしたのだろう?


 という考えに至るのは至極当然の流れだった。

 階段をひたすら降りるだけなら、と思わなくもないが。

 実際体験しろと言われたら全力で断るだろう。


 というかクリス自信が聖騎士(パラディン)にならなければ王妃様の計画そのものが御破算である。


 その時はどうしたんだろうなと思い悩む。


 ――しかし、階段しか方法がないのか? それだと面倒だな。


 そう思い、他の方法がないかと、問いかけた。


「階段を降りずに適正を調べる方法はないのか?」


 それしか方法がなければ、仮に女性の騎士団員を集めても適正がなければ使えないということになってしまう。


 ――二度手間は面倒なんだが。

 

 クリスは起こってもいない未来を想像し陰鬱な気分になった。


「千里眼の聖痕(スティグマ)をもつ聖騎士(パラディン)が視るとわかるそうです」


 一応別の方法があるようだ。

 けれども、それだけだと今度はその千里眼とやらを使える聖騎士(パラディン)を引き連れなければならないという事なのだろう。それはそれで面倒そうである。


「それだけか?」


 思わず聞き返してしまう。

 すると途端に顔を赤らめもじもじしだすアリシア。


「あともうひとつ……女性は大体生娘なら……ほぼ無条件で……」


 小さな声で呟いた。


「……ああ、そう」


 途端に自分がなぜ適合されたのか理解したクリス。


 ――俺の場合で生娘じゃなかったら変態だもんな。


 黄昏れた瞳でここではない何処かを見つめた。


「生娘なら無条件でいいんだ……童貞は?」


 虚ろな瞳でアリシアに問うクリス。


「ダメです」


 にべもなく否定される。


 ――なんか納得できねえ。

 

 神は男に対してのみ厳しい。


 ――女好きで処女好きかよ。


 こんな宗教を国教にして大丈夫かと思わなくもないが、仮にも神殿でそれを言わないくらいの良識はクリスにもある。


 悪態をつきたくなるのをなんとか抑えこんだ。


「ちなみに男の聖騎士(パラディン)っているのか?」


 王国の歴史には名を残した聖騎士(パラディン)は殆ど男だったはずだと。


 もしそれが全部男装の麗人だったら王国の歴史を嫌いになりそうだとクリスは思う。


「もちろん居りますよ、例えば、大司教(アークビショップ)様も聖騎士(パラディン)で有らせられます」


 クリスはそれを聞いて安堵する。


 ――あの爺か。


 厳かでいながら何処か好々とした大司教(アークビショップ)を思い浮かべるクリス。


 ――あの禿爺強かったのか。


「それでも女性が多いのは確かですね。もっとも女性は神殿に務めるのが殆どなので表にはでない方ばかりですが」


 アリシアの言葉にクリスはなるほどと頷いた。


「もっとも男性の聖騎士(パラディン)も、教皇(ホープ)枢機卿(カーディナル)の警護などに殆ど回されてしまいますので、普段は出会う事はないと思います」


 教皇(ホープ)枢機卿(カーディナル)、十字教における、第一階位、第二階位である。


 要するにお偉いさんである。


 しかし、警護が必要というのはどうにも怪しい、危険な事をしていると言っているようなものだ。


 それとも敵対教徒でもいるのかか。


 現状は関係はないが、一応は頭には入れておくべき事柄である。

 しかし、確かにそれならば辻褄はあう。

 クリスが頷いていると、話がそれましたねとアリシアが軌道修正する。


「次に食べた分の過剰摂取量は体力として貯蓄できます、これは個人の資質にもよりますが」


「物資なしで遠征できそうだ、いいな」


 アリシアの説明が正しければ聖戦時に大食漢であろう聖騎士(パラディン)がどうやって敵地で活動をできたかわからなかったが、体力の貯蓄と聞けば理解できる。


 戦争は兵糧が大事なのである、常に大食漢である聖騎士(パラディン)なんてものを運用しなければならないのなら、荷馬車の中は食料だらけになってしまうだろう。


 けれども、食い溜めができるというのなら話は別だ、遠征地で食料を補給しなくてもいいのだというならば、逆に他の兵よりも機動力に長けた運用を可能とするだろう。


 文字通りの食いだめができるというのは便利な体だろうとクリスは思う。


「次にに排泄をしなくなります」


「戦場で厠は衛生的な問題もあるから、それは嬉しい」


 排泄……、人は排泄をするときは一番無防備になるという。


 例えば排泄中に襲われて要人が亡くなるというのは決して珍しい事ではなく、食事や睡眠中よりも襲われやすい。


 余談だがクリスは野営地で排泄用の穴をほっていると、何をしているんだろうと虚しくなることが多々あった。


 何をしているんだろうと思いながらも、その辺に垂れ流しにするわけにも行かず、衛生面からも必要な行為のためしぶしぶとだが。


 技術部というなの雑用を行っていたクリスは割とよく穴は掘った。

 衛生面が悪い戦場では、疫病が発生しやすいのだ。

 敵なら構わないが、味方で発生されたらたまったものではない。


「最後に睡眠欲と性欲が低くなります」


「なんか、神官っぽいな……」


 口では軽く言っているが、クリスは内心で情報を纏めていた。


 身体能力の増加に老化を遅延、成長はするということは全盛期を維持するためなのか。

 性欲と睡眠欲が減って、食い溜めができて排泄を必要としない。

 人間の三代欲求二つを抑えられ、尚且つ食欲も食いだめする事で対応できる。


 そして、最低位の聖騎士(パラディン)でも傷を治し、魔法を弾くと。


 まるで兵器である。

 確かにこんなものが何人もいれば戦況を覆すような事ができるかもしれない。

 

「感想はそれだけですか? 結構すごい事言ってると思うんですが……」


 アリシアは不満げに眉を寄せ頬を膨らませる、ちょっと可愛いが司祭(プリースト)になるような年齢だとコレはどうなんだろう。


 まさか本音をいうわけにもいかず、クリスは躊躇った。


「他に何を言えと、もう俺は驚き疲れた」


 そう言い、お茶を濁すほかなかった。


「普通の方はもっと、聖騎士(パラディン)になったことを喜んだり、感謝したりするものですので……」


「俺が普通じゃないみたいに聞こえるんだが……」


「……変な方ではないですが、なんというか言葉に絹を着せぬというか」


 遠慮がちに言うアリシアに対し「そうか?」とクリスは首をかしげた。


 翼竜騎士団での中間管理職みたいな立場だったクリスには、初めは丁寧に喋るがすぐにオブラートに包む暇のない言葉の応酬になるのが日常茶飯事であり、アリシアの指摘を理解することはできなかった。


「……?」


「…………」


 微妙な空気になってしまったのを話題を変えようとアリシアが咳払いをした。


「ゴホン、で、ではクリス様に宿った聖痕(スティグマ)の種類を調べましょうか」


 若干強引に方向転換するアリシア。


 ゴソゴソと胸元をいじり、小瓶を取り出す。


 ――どこから出してるんだ。


 クリスが思わず眼を見開いたが、アリシアは当然のように小瓶の蓋を外す。


「聖水です、飲んでください」


「これは、その地下の……?」


 真の聖水かと思い一瞬身構えた。


「いいえ、これは別の儀式によって作られる、市販されているものですね。聖騎士パラディンは聖水を飲むと身体にある聖痕(スティグマ)が強制的に反応し一時的に身体能力が向上するんです、それに聖水は聖騎士(パラディン)専用の回復薬にもなります。その際聖痕(スティグマ)がある場所が光るのでそれで確かめるんですよ」


 クリスはなるほど、と頷いて聖水を受け取ろうとして、次の言葉を聞いて固まった。


「では服を脱いでください、全部」


 笑顔でアリシアがのたまったのだ。




***




 服を全て剥かれて、生暖かい聖水を飲まされ。

 

 自分の身体があちこち光ってるのに驚き。


 アリシアに隅々まで調べられ、精魂尽き果てたのか抜け殻のようになっているクリス。


 逆にアリシアはふんふんと鼻息を荒くし、興奮している。


 こいつ百合っけでもあるんじゃないかと、クリスは若干引く。


 たとえ変身魔法で女になれようともクリスの心は男である。


 越えてはいけない一線があるハズだ。


 ――何かを失ったきがする……。


 クリスが虚ろな瞳で黄昏ていると、ひとしきり興奮して落ち着いたのかアリシアが寄ってくる。


 クリスはこれ以上なにかされてはかなわない、と慌てて衣服を整えた。


「確認済みましたよ!なんと合計十八個!全部小さくはありましたが、この数は過去最多かもしれません!それに未確認の聖痕(スティグマ)も発見されました!流石に王妃様から団長に抜擢されるだけはありますね!私だって七つしかないというのに!」


 ――多いのか? でも小さいってことは力が強くないんじゃ、ああ基礎能力の上昇は数がものを言うんだっけ、あれ、じゃぁ俺結構性能高くなったのか?


 クリスは試しにと騎士服のカフスボタンを握ってみた。

 くにゃっとでも言いそうな、具合に折れ曲がった。


「……」


 男の時のクリス自身にさえ筋力強化の魔法をかけても、こうスンナリはいかないだろう。


 驚愕を通り越して恐ろしくなる。


 ――ありえないな……これは人の身に余る。


 そんな思いが顔にでたいたのだろうか、アリシアはそんなクリスをみて微笑んだ。


「そんな顔しなくても、大丈夫。私がお教えします、力とはそのものが悪いのではなく、使う人によって善と悪に別れるのです。私も聖騎士(パラディン)に成たてのころは苦労いたしました」


 そう嗜める。


「クリス様ほどの力は授からなかったものの、よく食器などを割ってしまい、給仕の方にはご迷惑をおかけしました。それに事情は大司教(アークビショップ)様からも伺っております、もちろんそのお姿のことも」


 ――事情を知っていて人の裸に興奮するこの女、頭大丈夫か?


 あえて口にはしなかったがクリスは失礼な事を考えていた。


「それから私も騎士団に入りお手伝いするように仰せつかってますので安心なさってください、では改めて……聖痕(スティグマ)の制御、指南を担当させて頂きます、アリシア・スワンです。よろしくお願いします」


 理解できないのか、キョトンとした表情のクリスにアリシアは問う。


「一応、騎士団員候補の推薦者の中に名前があったと思うのですが? 名簿は確認していらっしゃらない?」


 記憶をたどるが、そんなものもあったな程度の認識でしかない。


「いや、すまないが、人集めより先に騎士団の体制を考えていて後回しにしていた」


「まぁいいです。これからよろしくお願いしますね、団長様」


 不意打ち気味に団長と呼ばれたせいか、若干クリスの頬が赤くなる、照れているのだ。


「ああ、よろしく。アリシア」


 それでもなんとか返答し、クリスは平静を装った。

 

「それで、俺の聖痕(スティグマ)はどういうものがあるんだ?」


 眼を背けるわけには行かないと、力の大きさに若干怯えながらもクリスは問うた。


「まずは右手の……」




***




 結局アリシアによる聖痕(スティグマ)の講義は夜まで掛かった。


 おかげでその日は神殿に泊まる事になったクリス。


 気づけば腹も減り、アリシアと共に夕餉をとろうと食堂でアリシアが給仕に晩ご飯の手配を頼んだのだが。


 テーブルに運ばれたソレは異常だった。


 山と積まれたパンに鍋ごとのシチュー。


 アリシアはもくもくと食べている。


 もちろんクリスの分も同じだけある。


 ――これは全部食べないといけないのだろうか……。


 げんなりとした表情で食事の山を見つめるクリス。


「食べないと持ちませんよ?! 聖騎士パラディンの弱点は兵糧攻めですから」


 食べ続けるアリシアを見てるだけでも、クリスは腹一杯だった。


「……」


 クリスは無言で手を付けた。


 生憎と肉類こそないが、味はそこそこ美味しいのが救いだった。

 しかし、パンを五つ、シチューを二皿食べたところで満腹になる。

 常人ならそれでも食い過ぎだと言われる量である。


「もう、充分だ……」


「そうですか?」

 

 不思議そうにクリスをみるアシリア、本人はパクパクもぐもぐと擬音が聞こえそうなほどに愛らしい食事姿ではあるが。


 すでにシチューは七皿は食べているし、パンなど二桁だろう。

 クリスは何ありえないものを見るかのような視線でアリシアを見ていた。


 ――確かに普段よりは多く入るが、十倍は嘘だ。いいとこ二、三倍だろ?


 クリスは顔をひきつらせながらも考える。


「いらないなら、余りもらっていいですか?」


 その言葉にクリスの顔がさらに引きつった。


「やるよ……」


 力なく肯定し。


「すまないが、先に寝る……」


 クリスは食堂を出て割り当てられた部屋に入った。


 そして、ベットに転がり、脱力した。


「はぁ……」


 ――そういや姉様はどうしたかな、色々と打ち合わせをしないと……明日からしばらく聖痕(スティグマ)の訓練か。


 ベットの上で色々な考え事をしていると、自然と瞼が下がっていく。


「今日は、疲れたな……」


 何がとは言わない、けれどもきっと精神的な事である。


 そして、そのつぶやきを最後に数分後には、部屋に静かな寝息が響いた。

 




 


 

改修

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