じゅういちわ かいほう
改修
甲板にはまるでそこから生えたかのように巨木が生えており。
あちこちには土でできた壁がそそり立ち、形容しがたい空間を醸し出している。
空中に浮かぶ水玉がさらに、それに拍車をかける。
そんな中二人の男が倒れていた。
一人は肩まで伸びた茶髪の男、蛇竜騎士団副団長ジョーイ。
一人は青い髪に痩躯の男、灰狼騎士団副団長レジール。
見たところ二人共無傷であるが、息も絶え絶えに荒い呼吸を繰り返しており、時折その体は痙攣しているようにも見える。
魔力枯渇というものだ。
過剰に魔法を使い、呼び水であるはずの小魔力すら使い切ってしまうと現れる症状だ。
全身の筋肉が痙攣を起こし、ひどい時には死ぬこともある。
二人の顔はひどく青ざめており、呼吸をするのも億劫なほどだろう。
限界まで魔力を使い切った証明である。
そして、それを見据える、巨大な影が一つ。
二人が魔力を使い切るほどに魔法を使わせた原因がそこにいた。
変異蛇竜だ。
その巨躯をゆっくりと揺らしながらも、二人を伺っている。
その右目は潰れ、翼は根元から切り落とされ、あちこちの鱗は見るも無残に焦げ付いている。
激戦の痕が伺える。
今は傷を治しているのか、敵を目の前にしても襲いかからずに見つめるだけに留めている。
変異蛇竜は体をふらふらと揺らしながらも、その場から動かない。
頭を振り子のように左右に揺らしてる。
すると動きを止めて、天を仰ぐ 変異蛇竜。
すると、その時を待っていたかのように叫び声が聞こえた。
「風刃破砕!」
声が聞こえたと思うと変異蛇竜の体に真空の刃が無数に突き刺さった。
蛇竜騎士団の攻撃班の攻撃のようだ、今まで機会を伺い続けていたのか、姿は見えない。
真空の刃が変異蛇竜を切り刻む。
変異蛇竜の体から血が吹き出し、変異蛇竜はおのが出した血だまりに倒れ込んだ。
「やったか?」
誰かが呟いた。
恐る恐ると行った感じに蛇竜騎士団数人が瓦礫の影から顔をだした。
そして突撃槍を構え、慎重に変異蛇竜に近づいた。
実は既に攻撃班も半ば小魔力が尽きかけ、今ので魔法は打ち止め状態である、到底次の魔法が撃てるような状況ではなかった。
突撃槍で恐る恐る、変異蛇竜を突く、騎士たち。
反応はない。
「倒したのか?」
騎士の一人が嬉色の表情を浮かべたその時、変異蛇竜がピクリと身動ぎをした。
しかし、まだ傷を治せていないのか大きく動くことはできないようだ。
「生きてるぞっ! 縄をかけて縛りあげろ!」
騎士の一人が叫ぶ。
それを合図に群がるように騎士たちが駆け寄り、次々と縄をかける。
変異蛇竜の真骨頂はその攻撃速度だ、体をしならせ蛇のように動き一瞬の間に攻撃する。
ならば動けなくすればいいと、騎士団がその答えに至るのは当然の結果だった。
本来ならば初めの氷柱の豪雨で足りていたのだが、すぐに破られてしまったので、ダメージを蓄積させてからの物理的拘束に切り替えたのだ。
「けが人の救援を!」
先頭で指揮をとっているのは、倒れていたはずの蛇竜騎士団長ヴァイスだった。
いつのまに戦線に復帰したのだろうか騎士団員に次々に指示を飛ばしている。
「無事か? ジョーイ、風雷殿も?」
「これで無事に見えるなら、団長の目は腐ってますぜ?」
荒い息も吐きながらもなんとか立ち上がり、ジョーイは皮肉を返す。
「大丈夫そうだな」
あしらうヴァイス。
「すまないが……、手をかしてもらえるか?」
レジールに至っては一人で立つことも難しいようだ。
ヴァイスが目配せをして一人の騎士がレジールを手伝った。
「地竜の騎士服きたやつはどこへ行った?」
ヴァイスがジョーイに問う。
「そのへんの瓦礫の近くにでも居ませんかね……? さっきは立つのも辛そうでしたが」
そう言うとあたりを見回すジョーイ。
すると瓦礫の上から 変異蛇竜を見下ろすセシリアを見つけた。
ジョーイは手を振り自分にに気づいたのを確認したから手招きをする。
セシリアが一足飛びに瓦礫から飛び降り、ジョーイの目の前に着地した。
「何か用かな……?」
すでに体調は良くなったのか足取りもしっかりしている。
「随分調子が良さそうだな」
ジョーイは笑いながら話かける。
「魔法のおかげかな? 助かったよ」
セシリア軽く謝辞を述べる。
「なに、当然のことだ、それにあんたがアレと戦っていなければもっと被害は拡大しただろうしな」
そう言うと、ジョーイは変異蛇竜を指差した。
変異蛇竜はすでに、雁字搦めと言っていいほどに縄をまかれて居る。
「殺さないの?」
セシリアが問いかける。
けれどもそれに答えたのはジョーイではなくヴァイスだった。
「ああして、せっかく捉えられたのだ変異蛇竜など、そうお目にかかれるものではない、竜種も現在は数を減らしていてな、然るべき場所に連れて行き、然るべき処置を行う」
だが、ヴァイスの眼は悔しそうにに細められていた。
「正確には殺さないわけじゃなく、殺せない……だ、もうすでに小魔力が枯渇しかけているものも少なくはない、あの頑強な鱗だ、並の魔法じゃ効きもしないし、並の武器じゃ傷一つ付けられもしない、実際今暴れられたらお手上げよ、今は飛龍騎士団の到着するまであれを押さえつけることが大事だ、現地に生き残った五十数名の騎士団員全員で飛龍騎士団がくるまでアレを押さえつける」
そして、その言葉には強い覚悟が垣間見えた。
けれどもヴァイスは少しばかり力をぬき微笑みながらセシリアに問うた。
「それとも、貴方にはアレを殺せるか?」
セシリアは否と首を横にふる。
「……私の武器は折れちゃった、今はそこの男から片平細剣を借りているけど、こんな鈍らではかすり傷すらつかないと思う」
「俺の片平細剣そんな扱い……? 結構いい値段したのに……」
ジョーイがぼそっと呟いた。
その顔は悲観で満ちている。
「風雷殿の槍ならもしかしてといったところだが……」
ヴァイスがつぶやき、三人の視線が騎士に手を貸してもらって立ち上がっているレジールに向けられた。
「ん?」
視線を返すレジール。
「貸すのは構わないが……、持てるか?」
槍を差し出すレジール。
ヴァイスが手を出そうとすると、バチっと雷が迸り触れることすらままならない。
「こいつは……」
「ああ、主を選ぶもんでな……あいにくと俺専用なんでね? 悪いな」
「飛龍騎士団の到着を待つしかないのか……、蛇竜が使い物になれば……」
ジョーイが悔しそうに言い捨てる。
「変異蛇竜相手に無茶を言うな、蛇竜が寝返らなかっただけでも奇跡に近い」
ヴァイスがそう窘めた。
その時だった。
怒声が響き渡る。
「押さえつけろ! 口を縛り上げるんだ!」
そちらを見れば変異蛇竜が縛られてなお、その口を大きく開き、喉には可視化できるほどの大魔力が収束している。
竜の息吹を放とうというのか。
騎士団員達は必死に縄を引くが口は大きく開いたまま動きもしない。
竜の息吹の予測射線上にはセシリア達がさらにその先には瓦礫に隠れている陛下たちが居る。
「まずいっ、撃たせるな!」
ヴァイスが叫ぶが、間に合わない。
竜の息吹が放たれた。
そして竜の息吹の衝撃で縄をもっていた騎士団員は軒並み吹き飛ばされる。
迸る魔力の本流が全てを焼き尽くさんとセシリア達に迫り来る。
「ふんぬぅっ……」
気合一喝、ヴァイスが素早く手をかざし、竜の息吹射線を塞ぐように結界を張った。
「ぐぅっ、がっ……」
しかし、結界で受けるのが辛いのか思わず言葉がもれるヴァイス。
自分の身一つ守る程度のものなら、例え竜の息吹だろうとヴァイスにとっては難しい事ではない、しかし、自分以外、それも複数を守るとなると負担は倍増どころではすまない。
実は結界とは名前としてはそう付けられているがそれほど大層なものではない。
詠唱や名称を唱える必要もなく、男なら誰でも使えるものだ。
本来魔法は魔力と呼ばれる力を使う。
個人の持つ魔力を小魔力。
大気に満ちる魔力を大魔力と呼称する。
小魔力を呼び水に、大気に満ちる大魔力を呼び寄せ、体内へ吸収、馴染ませる。
そして、呪文によって体内で集めた大魔力に指向性をもたせ、魔法名を唱える事で発動するのが、魔法の原理である。
けれども、結界は大魔力に使用しない。
小魔力をそのまま放出する事によって魔法に対する障害物として、魔法を防ぐ。
それが結界の原理である。
単純で明快。
己が魔力だけを使用する。
だがそれ故に、燃費の悪さも折り紙つきである。
本来大魔力を呼び水にするためにだけに使うはずの小魔力。
それを直接魔法として使うのだ。
小魔力の使用量、及び体にかかる負担は甚大だ。
勿論大きさに比例して術者にかかる負担が倍増する。
人によっては多少展開の仕方が違うもの基本原理は全て同じである。
ヴァイスは今、結界を竜の息吹に対し三角錐のように展開していた、直接は受けず、魔力の本流をそらすように。
ヴァイスの結界によってそらされた竜の息吹は甲板にぶつかり爆発する。
断続的な爆発の衝撃で船が揺れる。
揺れで立っていられないのか、セシリア達はしゃがみこんでいる。
結界を意地しているヴァイスでさえ、膝立ちである。
「ぬんっ」
唸りをあげながらも両手を掲げ懸命に結界を貼り続けるヴァイス、その顔には冷や汗が流れ続ける。
実は竜の息吹の息吹の原理は結界とほぼ同じであり、ただ違うのは、大魔力を凝縮するという点と口からしか出せないということであろうか、しかし、凝縮された魔力が体外へ放出されたらどうなるか?
物質は凝縮されれば、今度は戻ろうとしようとする作用が起こる。
それは魔力も例外ではなく、故に今度は急激な膨張が起こり、爆発する。
さらに爆発の衝撃と摩擦熱によって起こる炎、これが竜の息吹と呼ばれるものの正体だ。
結界と竜の息吹のぶつかりあいによって徐々にだが、結界が爆風により削り取られていく。
すでにもう結界を保つのがやっとという所なのだろう、あと何秒耐えればいいのかわからない、ヴァイスは結界を維持する両手をさげないようにするので精一杯だった。
「ここ……までっか……」
徐々に下がる手……、完全に降りきる前に誰かの手がそれを支えた。
「俺も援護する……、なけなしの小魔力がなくなっちまうぜ……まったく」
そう呟き、残りの小魔力を使いヴァイスの結界を増強させるジョーイ。
そして増強し終わった瞬間、倒れ込んだ。
「ジョーイ!」
「気にすんなただの魔力枯渇だ、すぐに戻る……」
ジョーイの小魔力を使ってもまだ、竜の息吹を止めるには足りなかった、そしてそれ以前に、竜の息吹を受け止めているヴァイスの両手が限界に近づいていた。
「くそっ」
再び下がる、両手けれでも、再び手が差し伸べられる。
「小魔力はもうねえが、支える手伝いくらいはしてやるよ、だから諦めんな……」
レジールがその手を後ろから支えた。
「俺も手伝います」
レジールに肩をかしていた騎士もヴァイスを支えた。
しかし、それでも事態は好転するわけではない。
刻一刻と削り取られ、薄くなる結界。
そんな、四人をみてセシリアは自分にも何かできないかと考えた。
しかし、何も思い浮かばず歯噛みする。
セシリアには小魔力を渡す技術はない。
膝立ちの騎士を左右から支えている状態だ、セシリアが支えるような場所もない。
攻撃魔法が効かない聖騎士の体ではあるが、竜の息吹が攻撃魔法かと言われれば、セシリアにはわからない、そのため結界の範囲外に出ることもはばかられた。
目の前で、騎士たちが必死に成って戦っているのに自分は何もできないという無力感。
騎士に憧れ、騎士に慣れたというのに、竜一匹倒せないという、悔しさがセシリアを苛む。
そして、泣きたく成るほどの孤独感がセシリアを襲う。
「頑張れ……」
だから、せめてと……声援だけでもと。
思いを込めて応援する。
するとどうしたことだろう。
セシリアの喉元に十字の光が宿る。
「負けるなっ!」
吐き捨てるようにそう叫ぶ。
すると、ヴァイスの体が発光し、白く淡い光を帯びた。
そして、結界が強化された。
竜の息吹を押し返し始めた。
「ぬ?」
不思議そうな顔でおのが両手を見つめるヴァイス。
ヴァイスだけではない、みればジョーイもいつのまにか顔色は元にもどり、目をパチクリさせながらも立ち上がっていた。
レジールもだ、息も絶え絶え顔は青ざめていたくせに、呼吸は落ち着き、血色はよくなり、不思議そうな顔をしている。
レジールに肩をかしていた騎士もだ、なにかみなぎったような顔つきになっている。
それは、声援の聖痕と呼ばれる物だった。
セシリアの三つある聖痕のうちの最後の聖痕。
残念ながらフランシスが望むような固有ではないが、特殊系でも珍しい部類にはいるものだ。
聖痕の力でもって声援をかけられたものは、体調を回復させ、己の限界以上の性能を発揮できるという代物である。
三人は立ち上がると、そのまま結界を強化し、竜の息吹を受け止め続けた。
その間数十秒。
数字にしてしまえは短いものに感じてしまうだろう。
けれど三人には、それが何時間にも感じられた。
「うおおおおおおお」
鼓舞するためだろう、雄叫びをあげるヴァイス。
徐々に竜の息吹の勢いは衰え、遂に途絶えた。
そして変異蛇竜は竜の息吹で力を使い果たしたのか、そのまま大きく体を横たわらせた。
***
「助かったのか?」
投写されていた映像をみていた一人が呟いた。
「ああ、どうやらそのようだ」
ギリアスがほっとしたようにそれに答えた。
仮にあそこで四人が変異蛇竜の竜の息吹をそらさなかったら、こちらは壊滅していただろう。
一度目は耐えたが二度目が耐えられる確率はほとんどなかったのである。
それを知ってか知らずか来賓の一人が叫びをあげた。
「俺たち助かったんだ!」
すると一瞬の沈黙の後、辺りは歓声に包まれた。
抱き合うもの、慰め合うもの、泣き出すもの、笑い出すもの多様な行動をとっている、皆緊張の糸が切れたようである。
しかし、それは皆が同じようで、騎士も例外ではなく、変異蛇竜の近くからも歓声があっていた。
その光景をみて、ギリアスが微笑んでいると、空に影郡が通った。
その正体を考え、「ああ……」と呟き一人納得したギリアス。
「まったく、飛龍騎士団は重役出勤か?」
悪態をつきながらもギリアスは目を細め、空を見上げた。
そこには三十ほどの翼竜とそれに跨る竜騎士たちが飛んで居た。
***
変異蛇竜には鎖が掛けられている。
縄よりもさらに頑丈に作られている、竜用の鎖である、雁字搦めに縛られる変異蛇竜。
周りにはすでに、翼竜騎士団が待機し、複数の翼竜がその鎖をその口で加えていた。
蛇竜騎士団の騎士達は、ほとんどがすでに居ない。
自分の騎竜をもっているものは相棒の様子を見に向かってしまった。
残っているのは団長であるヴァイスと副団長であるレジール、それに主な功労者である、レジールとセシリアだ。
「それにしても、最後のはなんだったんだ? 急に力が湧いてきたというか……」
不思議そうに語るヴァイス。
「ああ、俺も魔力枯渇だったはずなのに、気づけ力がみなぎるような……」
手をニギニギしているジョーイ。
「わからねえが、まぁいいじゃねえか? おかげで助かったんだからよ」
楽天的な意見を述べるレジールだが、その目はセシリアを捉えていた。
そのセシリアはというと、ボケっとした顔をして座り込んでいた。
「なんだ? 疲れたのか? まぁあんだけ戦えばな、すまんがもう少しだけ付き合ってくれよ?」
ジョーイがそういってセシリアを立たせようと手を伸ばそうとする。
しかし、ジョーイの手が届く前にセシリアは横向けに倒れた。
「え? おいっどうした?」
慌てて、セシリアを抱き起こすジョーイ。
よくみれば、顔は青ざめ荒い息をしている。
「これは……魔力枯渇? 女が?」
不思議そうな顔をするジョーイ。
「とりあえず、急いで治療師に見せたらどうだ?」
レジールが提案する。
「ああ……」
頷きセシリアを抱きかかえるジョーイ。
セシリアを運ぼうとしたとき、少し離れた所から女の声が響いた。
「なにこれ、どうなってんの?」
そこにはフランシスが瓦礫を蹴飛ばしながら歩いてきて居た。
あまりに遅い迎えにじれて船内から出てきたのだろう、服は若干汚れているが、怪我はないようだ。
辺りを見回すフランシス、そしてセシリア達の様子に気づき、眼を細める。
「何があったか、説明なさい」
その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
改修




